少女探偵

ハイブリッジ万生

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青年の証言

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次の日、池照と岩井は青葉高校に来ていた。

学校に交渉して野球部の顧問と会う事ができたのだが、人目を避けるように裏口から入らされ、生徒に見られない様に細心の注意を促されて今、応接室に通されて粗茶を出されている。

お世辞にも歓迎ムードとは言えない様だ。


「この子なんですけど居ませんか?」

池照は防犯カメラの映像から抜き取った映りの良くない写真を野球部の顧問の古林先生に見せた。

「ん?あ、あー。もしかすると」

「居るんですか?」

「そうですね、断言はできませんけどね…中川に似てるような気が.......」

しきりに首をひねりながら古林先生はそういった。

「あの、もし中川だとして、何があったんですか?なにかやらかしたんですか?」

「いえ、そういうわけではありません。あくまでも、ある事件の目撃証言を集めてるだけですので」

池照は加害者である可能性がある事を隠した。

そのほうが、先生は協力的になってくれるし、今のところ本当に只の目撃証言者かもしれないのだから。

「はぁ、それなら良いんですが.......公式試合も近いので生徒に要らぬ動揺が走ると困りますのでね」

古林先生は刑事を相手に汗を手拭いで拭きながら、やんわりと釘を指した。

「もちろん大事にするつもりはありませんよ、協力していただけるんでしたら」

池照はもちろんそんな事では折れない。

「も、もちろん協力しますよ。ただ、あんまり校舎の中を刑事さん方が出入りされるのも他の生徒に影響ありますし」

すこし重たい空気が流れたところで岩井が口を挟んだ。

「せや、その中川くんやったっけ?早めに上がらせてもらえまへんか?そしたら後はうちらが勝手に交渉しますわ.......校舎の外で」

そういってニッと笑った。

しばらくの沈黙の後、古林は言った。

「いいでしょう」

そんな要求飲むわけないだろうと思っていた池照は仰け反った。

「え?いいんですか?」

「正直、気が進みませんけど、周りに対する影響を考えたら背に腹は変えられませんからね」

そういって野球部顧問は苦笑いした。

池照は中川くんが野球部にとって背なのか腹なのかわかりかねたが、心の中で合掌した。



青年は中川良太と名乗った。

「どうもはじめまして、この事件を担当してる池照です」

「岩井です」

二人の刑事に帰り道で呼び止められて、半ば強引に近くの喫茶店に連れ込まれた高校生の男の子はしきりに恐縮していた。

「あ、あの、なにか?」

「なにかじゃないよ中川くん。通報してくれたのは良いけどさ、なんで逃げちゃったりしたの?」

岩井が笑顔で聞いたが、その目は笑ってなかった。

「な、なぜって、驚いてしまって…先生が…あんな…首を…。」

「ん?先生が…?」
岩井が聞き咎めた。

「え?知らなかったんですか?」

青年はそう言うと目をパチクリとした。

「それが本当なら、また伸展ですね、身元がわからなくて困ってましたから」

池照はそう言ってメモを取った。

「さよか、自分とこの先生やったら尚更逃げんくても良かったやろ?それとも逃げる理由があったんか?」

もとより、本当に逃げたのかどうかは問題ではない、要は揺さぶりをかけたいのだ。

揺さぶって、なにかボロをだしてくれたら儲けものだ、人は平常心を崩されないとなかなかボロをださない事を岩井は知っていた。

岩井に睨まれて冷や汗をかく青年。

「待ってくださいよ先輩、そんなに攻めなくても…。」

こういう、取り調べではどちらかが強く言う方と、やんわりとなだめる方が居るほうが良い、池照はなだめ役に回った。「突然あんなものを見せられたら誰でも逃げたくなりますよねぇ…例え顔見知りであっても。」

青年は無言で頷いた。

「それより、ほら折角たのんだ珈琲が冷めちゃうから飲んで飲んで、あとなにか他にも食べるかい?」

池照は優しくそういった。

「いえ、大丈夫です。」

中川君はそう言って俯いた。

「で、何て言う先生なの?教科は?」

「ええと、たしか…山野だったきがします…教科はたぶん国語だったような…。」

「あんまり知らないの?」

「あ、あの、受け持ちの学年が違うんです。たぶん二学年の方かなと…。」

「なるほど、君は1学年だから、直接授業を受けた訳ではないんだね?」

「そ、そういうことです。」

中川君は少し珈琲を飲んだ。

それは珈琲を味わいたいというより、目の前の大人の視線から少しでも逃れたいという風であった。


岩井はしばらく青年を睨んでいたが…フッと笑って言った。

「池照交代…。」

交代って、相手の前で言ったらダメだろ、スカポンタン!

心の中でそう言うと顔ではニッと笑って池照は言った。

「あの、じゃあ質問変えますね。」

「はい。」

「アラームが鳴ってて鳴りやまないのでおかしいと思ってお店の人をよんだのね?」

「はい。」

「なにか、大変な事が起こってると思った訳ね?」

「はい。」

「それで、扉を開けたら、ひどいものを見てしまったよね?」

「はい、それで、驚いてしまって…逃げたのは謝りますけど…そんなに悪いことだとは…思わずに…。」

「いや、発見が早くなったので悪いことじゃないんだけど…矛盾してないかな?」

「は、はぁ?」

「だって、驚いて逃げるくらいなら、最初から逃げてると思うんだけど…。それこそ、誰も呼ばずにそこから立ち去れば、厄介毎に巻き込まれずにすむよね?」

池照は言葉の意味が相手に伝わるのを確かめる様にゆっくりと待ちながら観察した。

「アラームがなり続けてることで大変な事が起こってるのはわかった筈だからね…。その時逃げないで、後から逃げるのはちょっとだけ…心理的に矛盾してる様に思えるんだけど…。どうかな?」

「あ、あの、それは…大変な事が起こってる気が…したんですが…まさか…。」

「まさか、あんなことになってるとは…。」

「はい、あんなことになってるとは…。」

「思わなかった…。」

「はい、思わなかった…です。」

池照はじっくりと観察したが、嘘をついてるのかどうか判断しかねた。

池照はニコッと笑って言った。

「だよねぇ。ごめんね変な質問をして。もう少しだけ答えてくれたら終わるからね。」

池照の笑顔に少しだけ安堵の表情を浮かべた青年を見て、確かにジャニーズの後ろの方に居てもおかしくないかな…と、岩井は思った。


「あとは、たいしたことじゃないんだけど…これ、見てくれる?」

池照は例のネイルを青年に見せた。

青年はほんの僅かな時間だが、ハッキリと動揺が見えた。

「ん?知ってるの?」

「…いえ、知りません。」

「本当に?」

「……はい。」

「後から知ってるとか言うのなしだよ?」

「………はい。」

どんどんはぎれが悪くなる。

岩井がダメを押すように言った。

「偽証罪って知っとる?」

「え?」

「簡単に言うとやな、嘘つくと最悪、牢屋に入っちゃうで!って事や。」

確かに、簡単に言うとそうだが重要なところがわざと抜けている。

「え?そん…な。」

「どうなんや?」

しばらく沈黙したあとに青年は重い口を開いた。

「なんとなくですけど…。ねいちゃんのに…似てるかな…と。」

「ねいちゃん?」

「はい。」

「そのおねいさんのお歳は?」

堪らず池照が聞いた。

「ちょっと離れてるんですけど…二十歳です。」

池照と岩井は顔を見合わせた。

「あの、もう少し時間あるかな?」

池照はやんわりとそう言った。



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