少女探偵

ハイブリッジ万生

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お姉ちゃんの証言

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岩井と池照は中川青年の姉に会わせてもらうように頼んだところ、近くの若葉病院の看護師をやっているとの事で、早速そちらに出向いて話を聞くことにした。
このあたりで一番大きな総合病院なだけあって、まさに白亜の要塞といった佇まいであった。
しかし、二人の刑事は裏口にまわらされて、人気のない病棟の影で待たされるのだった。



「はい、中川翔子です。なにか?」

一見して二人の刑事は顔を見合わせた。

「すみませんお仕事中にお呼びだししてしまって、なるべく早く終わらせますので…。」

「おねいちゃん、しょうこって羊に羽の翔?」

思わず岩井を小突いて池照が小声で言った。

「なに聞いてるんですか?事件に関係ないでしょ(小声)。」

「ばか、容疑…じゃなくて関係者の名前は関係あるやろ(小声)。」

「あの、たしかに有名人の方とおなじ漢字ですが…それがなにか?」

ほらやっぱりという顔で岩井は池照を見るが、池照はなにがやっぱりなんだ?という顔で見返した。

「すみません、へんな事を聞いてしまって、それより昨日この近くのコンビニにいかれませんでした?」

中川翔子はギョっという顔で二人を見た。

弟と同じで隠し事が下手らしい。会った瞬間に赤い服の女に似ているなと思ったがやはりそうだった様だ。

問題は次になんというか…だ。

はぐらかす様ならかなり怪しいと言える。

「ええ…確かに、行きましたけど…なんで知ってるんです?」

あっさり認められてしまった。

「あ、そ、そうですよね…それで…トイレを借りられましたよね?」

「え?えぇ…確かに、借りましたけど…。」

「それでですね、男女兼用と女性専用があるじゃないですか?どちらを使用されたか…失礼ですが覚えていらしたら教えていただけないかと…。」

中川翔子は少し考えこむと、思い出した様に言った。

「たしか…女性専用だったとおもいます。」

「たしかですか?」

「え、ええ、いつもそっちを使うようにしてますから、男女兼用を使うのは抵抗あるんで…もしそっちを使ったとしたら覚えてるはずです。」

かなりはっきりした証言だ。

池照は今の会話も録音されてるのを確認するとおもむろに袋を取り出した。

「これに見覚えありませんか?」



中川翔子は袋の中身をマジマジと見つめると言った。

「これ…私のです。」

ネイルが自分の物であることをあっさり認めてしまった…落としたことに気がついてないんだろうか?

いずれにせよ、決定的な矛盾を口にしたことになる。

池照は緊張してきた、この後は慎重に言葉を選ばないと…。

「おねいちゃん、誰か殺した?」

えー!バカ!オタンコナス!

という目で池照は先輩刑事を見たが岩井は動じなかった。

「な、なにいってるんですか藪から棒に!」

「藪から棒ではなくてやな、トイレからネイルやねん。」

うまいこと言ってる場合か!

そういう目で池照は見たつもりだったが何故か岩井はどや顔だった。

「トイレからネイル…?さっきのネイルが落ちてたんですか?」

「せや、あんたが入ったことのないはずの男女兼用のトイレからなぁ。なんでやろなぁ?」

なんとなく台詞口調なのは気のせいか?

「それは…知りません。」

「知りませんて…そこで人が亡くなっとるんやで?」

「え?」

中川翔子は心底驚いたという顔をした。

演技だとしたら大したもんだ。

「そん…な。知りませんよ私!」

「知らないゆうてもなぁ、証拠の品あがっとるんや翔子ちゃんの証拠がなぁ。」

語呂合せかよ!

さすがにそろそろ怒った方が良いかもと池照は思い始めていた。

「あの、本当に心当たりないんですか?」

堪らず池照が割ってはいった。

「え、ええ…本当に…いつの間にかなくなっていて探してたんです。」

中川翔子は動揺しながらもそう証言した。

「どこで無くしたか心当たりありませんか?」

「え?ええ…全く…非番の時にしかネイルはつけないので昨日の非番の日につけようとしたらみあたらなくて…。」

「このネイルだけみあたらなかったんですか?」

「いえ、全部ですよ!一式です!気に入ってたのでショックで…。」

池照は亡くなった山野の写真を見せた。といっても、首吊りの顔は鬱血してたり膨張してたり舌をだしてたりと、およそ正視に耐えられないのでそこは加工してある。

「この方なんですけど見覚えはありますか?」

池照は相手の感情を読み取ろうと集中して中川翔子を見ていた。

「いえ、知りません。」

キッパリと言われた。

「後で知り合いでしたとかだと印象悪くなるで?」

今回は岩井はとことん悪役で行くようだ。

「そんなこと…ありません!」

少し間があったな…と池照は思った。


「なにか、心当たりがあるなら今話して頂いたほうがありがたいんですが…。」

池照は僅かな返答のスキマが気になった。

「…いえ、本当に知り合いではないんですけど…どこかでチラッと見た記憶があるような…。」

「どこですか?」

「…ちょっと、出てきません、もし思い出したとしても知り合いではありませんから…。」

「もしも知り合いでないとしてもどこで会ったかは重要です、是非思い出して頂きたい。」

中川翔子が犯人であれば必ず会ってるどころか何回も接点があるはずだ…それを否定しておいて見覚えがあるというのはどういうことだろう。

「後から実は知り合いだった事がバレたときの為にそんな事言ってるんちゃうやろな?」

「そんなことしません。もう、なんなんですかこの人!」

「すみません、この人すこしアレなもんで…おきになさらず。」

「ん?なんや?アレってなんや!気になるやないかぁ!」

「ちょっと先輩、お口チャックでお願いします。」

「なんやお口チャックて!わいはミッフィーか!」

随分とかわいい例えをするな、と池照は思った。

「あの…昨日のトイレで見たことがあるなんてことは…ないですよね?」

タイミング的にはそこで見た可能性が高いのだが…。

「え?トイレで…?え?あぁ…。」

「思い出しました?」

「思い出したというか…。洗面台の前でふらふらしてる男の人は覚えてます。」

「顔は見てないんですか?」

「ええ、なんか具合が悪そうに洗面台の方を向いてたので…。」

彼女の前に入っていたのは黄色い服の女と猿野しかいない…とすると彼女が見たのは猿野で間違いないが顔は見ていないのか…しかし、知りあいではないがどこかで見たことがある…と。

「なるほど…。」

なるほど、とは言ったものの池照は釈然としない話だなと思った。

「おねいちゃん、向こうを向いていたって鏡なんやから、顔は見えてるんちゃうの?」

「え?…いえ、だからうつむいて具合悪そうにしていたので…そんなに正面から見た顔と同じかどうかなんてわからないでしょ?適当な事言えないし、それに、具合悪そうにしてる人をマジマジと見る趣味はありませんよ…患者さんならともかく…。」

「ですよねぇ。」

池照は愛想笑いをした。


しばらく沈黙が流れてから池照は思い出した様に言った。

「あ、そうそう、あとこれに見覚えないですか?」

錠剤の入ったビニールの袋を取り出した。

「なんですか?それ?見覚えも何も、職場が病院ですから大抵の薬なら見覚えありますけど…。」

憮然として中川翔子は答えた。

「これは…ハルシオンです。」

池照はそういうと、ニコッと笑って見せた。

「もちろん、知ってますよね?」

「それも…事件と関係あるんですか?」

「まぁ。たぶん、詳しい事は言えませんが…。」

「だとしても、うちの病院もしっかりした管理がされてますので、たとえ看護師でも無断で薬を拝借するなんてできません。」

「無断じゃなかったら出来るって意味やないか?」

「だから、無断じゃなかったら記録に残りますから調べてくださいよ。」

「記録も中の人間やったら消せるんちゃうの?」

「はぁ?なんでそうなるんですか!?」

中川翔子は今度は完全に怒った様子で岩井を睨んだ。

「まぁまぁ。うちの先輩はちょっと適当な事を言ってしまう癖がありまして…代わりにあやまります。それにしても失礼すぎますよ本当に!お口チャック!」

一応池照は先輩を怒る体を取った。

カマをかけるにしても取調室ならいざ知らず任意の聞き取りでは不味い。

相手が本当に怒って協力してくれなくなってしまうかもしれないからだ。

気まずい空気を変えようとしたのか、池照は1つ咳払いをすると話を切り替えた。

「最後にこれだけ見てもらえませんか?」

池照は中川翔子の目の前に何枚かの写真をだした。



写真には防犯カメラの映像から抜き取った当日の関係者と思われる人々が写っていた。

ジーンズに黄色い服のロングの女。

たぶん女子高生。

たぶん女子小学生。

山村もみ。

中川良太。

そして中川翔子。

「話が前後して申し訳ないですが、この、あかいふくの女性、あなたで間違いないですか?」

「…そう、みたいね。」

中川翔子が憮然として答える。

「あとは、弟さん以外でしってる方いらっしゃいます?」

「…そうね、この人は山村さんかしら?有名なおしゃべりおばさんの…。」

「よくご存じで。」

「一応、この辺では一番大きな病院ですから、この辺に住んでるなら見覚えくらいあります。」

「ですよねぇ…他には?」

「ほかに…ん、このセーラー服の子は確か…この前うちに来てたような…。」

「確かですか?」

「はっきりとは言えませんが…。もし本人ならカルテがあるはずです。」

「内科ですか?外科ですか?」

「…いえ。産婦人科です。」

中川翔子は言いづらそうにそう言った。

池照と岩井は顔を見合わせた。

「あの…、刑事さんだから言うんですからね、本来なら言いませんよ。」

中川翔子はそういうと、フィッと病院の建物を見上げて言った。

「もう…、いっていいですか?そろそろ戻らないと。」

「もちろんです、ご協力ありがとうございました。」

そういうと池照はお辞儀をした。

岩井もつられて、申し訳程度に頭を下げた。


池照と岩井はその足ですぐさま産婦人科病棟に向かった。

受付の看護師に事情を話すと、奥から40前後にしては可愛いと言われそうなナースがでてきた。

「どうも、わたしが看護師長の遠藤です。警察の方らしいですけど、なにか?」

そういうと、口だけニッコリと微笑んだが目は警戒の色を隠せないでいた。

「どうも、突然伺ってすみません。すこしだけ質問させてもらえませんか?」

そういうと、池照は警察手帳をチラッとみせながらニッコリと微笑んだ。

「はい、もちろん協力しますけど、私達は誰もやましいことはしておりませんよ。」

そういうと、目をしきりにパチクリさせた。

まるで犯人みたいな素振りだ、たまに警察が相手というだけで挙動不審になる人がいるが、そのタイプだろうか?

「いえ、あくまでも、ある事件の参考人の方にお話を聞きたいだけですので…。」

「参考人?誰が参考人なんですか?」

そういうと大きな目を更に大きく見開いて聞いてきた。

「いえいえ、こちらに勤めてる方が参考人というわけではなく、参考人らしき人が患者として訪れたらしい情報がありまして…。」

そういうと、池照は例の女子高生の写った写真を取り出して見せた。

「ちょっとボケてますけど、どうですか?この写真に写ってる子に見覚えありませんか?」

看護師長はマジマジと写真を見つめると、何かに気付いた様子で目を丸くして顔をあげた。

「た、たぶんですけど…うちの患者さんで似ている方はいますが…。」

「ほんまか?名前はなんてゆうん?」

今までずっと黙ってた横のおっさんがいきなり妙な関西弁で話始めたので遠藤はぎょっとして岩井を見た。

「な、名前ですか?マリアです。」

「それ、自分の名前ちゃうやろな?」

「そ、そんなバカじゃないですよ!患者さんの名前です!」

看護師長は慌てて否定したが、口許が少し笑っていた。

こういうとき、変な関西弁も少しは役に立つなと池照は思った。

「さよか、なら良かったわ、遠藤さんそそっかしそうやもんなあ。フルネームはなんていうん?」

「え?遠藤美紀です。」

「いや、ちゃうて!患者さんのほうや!」

「あらやだ、ごめんなさい!」

「いえ、今のは先輩の聞き方も悪いですよ。」

「いや、わかるやろふつう。」

「ごめんなさい、わざとじゃないんです。」

「わざとやったら、いい腕しとるわ。」

「なに言ってるんですか先輩。」

場が少し和んだ。


「苗字は阿部さんだと思います。阿部寛さんの阿部です。」

「よく覚えてますね。」

「いえ、少し印象的な名前でしたので…。」

「え?阿部がですか?」

「ちゃうがな、全部繋げて読んでみい!」

「え?繋げて…阿部…まりあ?ああ!アヴェ・マリア!」

「呑みこみわるいわー。」

池照は岩井を少し睨んだあと遠藤主任に質問した。

「では阿部さんのカルテありますよね?」

「え?はい、もちろんありますけど…持ち出しは禁止ですので。」

「もちろんです、こちらで拝見するだけです。」

「では、此方へどうぞ。」

そういうと遠藤はカルテ室に二人の刑事を促した。

「これです。」

そういうと遠藤は数多くのカルテの中から即座にお目当てのカルテを抜き取ってみせた。

「さすがやな、ちゃっちゃしとるわ。」

「拝見します。」

池照は阿部真理亜のカルテを見た。

「ふむ…検査ですね。」

「ですね。」

「妊娠しているかどうかですか?」

「まあ、そうですね。」

「してなかったんですね?」

「そういう結果になってますね。」

「…でも。」

「はい。」

「検査するってことは身に覚えがあるってことですよね?」

「まぁ…そうでしょうね…でも最近では珍しくありませんよ…庇うわけではありませんが。」

「付き添いはおらんかった?」

「え?」

「せやから、その、妊娠させた張本人とか、一緒に来てそうやない?」

「いえ、基本的に皆さん一人で来ることが多いですよ…こういう検査は。」

「さよか。」

「そうなんですね。」

少し重たい空気が流れた。

「真理亜さんはどんな感じでした?」

「どんな感じ?と言われても…。ふつうの女子高生でしたよ。」

「まぁ、そうなんでしょうけど、…なにか思い詰めた感じとか?ありませんでした?」

「そうですね、とくには…なかったような…。」

遠藤はしきりに思い出そうとしている様だった。

「やっぱりこれといって印象がないですね…普通でした。」

「普通ですか…。」

「はい。」

今の時代、女子高生が妊娠検査するのも普通な時代なのか、と、少し池照は驚いた。



「ではこちらのカルテの住所などをうつさせてもらったら帰りますので。」

そういうと、池照はスマートフォンのカメラでカルテを写した。

「最近は刑事さんもスマートフォンで撮るんですね?」

驚いて遠藤主任が聞いた。

「ええ、画質も充分ですし、セキュリティをしっかり管理すれば、一番便利ですからね。」

そういって池照はカルテを主任に返した。

「では、これで、ご協力ありがとうございました。」

そういうと池照はニコッと笑った。

「いえ。」

ようやく遠藤主任もわりと自然な笑顔を作ることができた。

「ほな、またね。何かあったら、また邪魔するかもしれはんけどな?」

「…邪魔するなら来んといてください。」

池照と岩井は顔を見合わせた。

「なんや、やるやんか?」

「遠藤主任も吉本すきなんですね?」

「…はい、ごめんなさい。」

主任はしきりに照れた。

「いや、そのほうがええ!とくにナースはそのほうがええよなぁ。」

「やりすぎるとダメでしょ?」

そういうと三人は破顔一笑した。

二人の刑事はナース主任に会釈すると産婦人科病棟を後にした。



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