少女探偵

ハイブリッジ万生

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おかしなこと

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翌日、つまり事件の二日後に司法解剖の結果と遺留品から、おかしなことが判明した。




「え?ほんまに?」

岩井は信じられないという顔で鑑識の男の話をきいていた。

「はい、本人の携帯で間違いないんですけど、仏さんの顔では顔認証できないほどの状態でしたのでメーカーに開いてもらったんですが…。アラームが設定されてないんですわ。」

「どういうことです?」

「わかりませんね、アラームの設定を消せるのは本人しかいませんからね?でも、本人は既に亡くなっている…つまり、不可能です。」

「でも、専門家とかなら出来るんちゃうの?」

「できません。」

「裏技とか?」

「裏技ですか?生前の本人そっくりのマスクでも用意すれは可能かもしれませんけど…メーカーに聞いてみないとなんとも言えませんね、それに、そこまですることでもないような気がするんですけど、これで、犯人が絞られる訳でもないですし…。」

たしかに、そこまでやって得られるのはアラームを消すことだけ…。あまりにも割に合わない。

「あの…その携帯は猿野さんので間違いないんですよね?」

「それはもちろん、そちらの方が先にガイシャの身許を割られているのでご存知かと思いますが…。山野文紀さん35歳、青葉高校の先生をされてたようですね」

「ですね、遺族の方はこられました?」

「はい、奥さんが娘さんを連れて、昨日の時点で確認されていきました。」

「そうですか。御愁傷様です」

「あ、でも。特に取り乱した様子もなく、淡々と確認されてましたけどね…憔悴されてはいましたけど。」

「まあ、実際はそんなもんやろ…最初は魂抜かれたみたいになる人の方が多い気がするわ。」

「ですね、遺族の為にも犯人見つけないと…他殺とすればですけど。」

「だな、あと、絞殺で間違いないんか?」

岩井は大切な事を聞いた。

「じつは…残念ながら絞殺か首吊りかの判断はできませんでした。ただし状況証拠的には他殺かと…。」

「どういうことですか?」

「つまり、首をつってしんだのは間違いないんですが…自分で吊ったのか、吊らされたのかまではわかりません。」

「それで?どうして状況証拠的には他殺になるんです?」

「それは指紋です。」

「指紋がでたん?!」

思わず岩井が身を乗り出す。

「い、いえ、その逆です。」

「逆?」

「ベルトから指紋が出なかったんです。」

「誰のも?」

「誰のもです。」

たしかに、自殺する人間が指紋を拭き取ったりしない…。




「これから、どうします?」

「せやな、なんかだんだん掴み所のない事件になりよったなぁ。ちょっと手分けよか?」

「ですね、僕はもう一度ガイシャの学校に行ってみます。」

「さよか、じゃあ、わいはあの無表情なお嬢ちゃんのところいってみよかなぁ」

「大丈夫ですか?」

「なにが?」

「これ以上こじらせないでくださいよ」

「ばか、俺ほどフレンドリーな刑事はおらんよ?」

池照はなにか言いかけたが、無駄だと思って溜息をついて言った。

「では、お願いします」

「おう!まかしとき!」

一抹の不安を抱えながら池照は青葉高校に向かった。

学校につくと、昨日とは違って少しだけ丁寧な対応になっていた。

たまたま、事件に出くわした生徒が在籍している学校ではなく、先生が亡くなった学校になった訳だから、さすがに穏便に事を運ぶと言っても限界がある。

池照は例の応接室に通されて野球部顧問の古林先生の苦みばしった顔を拝まされていた。

「いやぁ、まさか、まさかねぇ、うちの教師だったとはねぇ」

会ってから何度目かの溜息が古林から漏れるのを聞いて池照は言った。

「ですから、山野先生の弔いの為にも学内での事情聴取が必要なんです」

「そうは言ってもねぇ、ほとんどの生徒は最近の山野先生について知らないと思うんですよねぇ、無駄だとおもうんですけどねぇ」

「無駄かどうかはこちらで判断しますけど…そこまで言う根拠があるんですか?」

「山野先生はここ半年ほど学校に来てないんですよ」

え?池照は鳩が豆鉄砲を食らった顔を忠実に再現した。

そんなバカな…山野はここに居なかった?

「え?退職されたんですか?」

「いえ、退職はしてません。療養中です。」

「療養中?ご病気ですか?」

「まあ、そうですね、病気です。」

「それは…お気の毒に。因みになんのご病気で?」

「それは…つまり。ここです。」

古林先生は言いよどんでから自分の胸をトントンと叩いてみせた。

「…心臓?ですか?」

「心です。」



「こころ?」

「そう心です、なんでも鬱となんとか障害を併発してるらしく、半年くらいですかね、珍しい症例で専門医が居ないと言うことで、ちょっと離れた病院で治療してたらしいです。」

「どこです?」

「なんでも北海道の大学付属病院らしいです。」

なるほど、北大医学部か、珍しい症例に興味ありそうだ。

「入院ということですか?」

「というか、通院ですね、単身で北海道に行って治療してるらしいです。」

「そちらに家族で引っ越すという事はできなかったんですね?」

「いえ、なんでも、少し家族と離れて暮らす必要もあって、治療という名目で少し家族と距離を置かせる狙いもあった様です。」

「家族が原因なんですか?」

「いえ、その逆です。家族に被害が及ぶらしいです。」

「家族に被害が?暴力とかですか?」

「まぁ、そうですね、詳しくはしりませんが、パナソニック障害とかなんとか?」

「パーソナリティー障害じゃないですか?」

「あ、そうそう、それです」

池照は岩井がここに居なくて良かったと思った。

もし居たら変な関西弁の突っ込みが炸裂して、無駄な盛り上がりを見せられてたに違いない。

「たぶん境界性パーソナリティー障害でしょう、親しい親族などに攻撃的になって、自分ではコントロールできなくなるんです」

「ほう、お詳しいですね。」

「まあ、職業柄です。それより、なんで離れた所で療養中の山野先生がこちらに居たのか知ってますか?」

「それは…そろそろ、病状も落ち着いて復帰の目処がたったというのは聞いていました。」

「そうだったんですね…たしかに半年も不在だと聴き込みしても無駄骨かもしれませんが、それも承知でお願いできませんか?」

「熱心ですね…そこまで、おっしゃるなら何人か半年以上前の山野先生を知っていそうな生徒を紹介しましょう。」

「お願いします。」

それにしても、調べれば調べるほど新事実が出てくるが、その度に事件の輪郭はおぼろげになって行くような気がしてならない。

山野が心の病だったとすると自殺する理由も強固になる。

しかし、他殺だとすると…被害を受けていた身内の可能性も浮かび上がってくる。

こちらの聴取が終わったら、山野の家族に会わないとならないな…池照は漠然とそう思った。


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