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本編 第一章 【伏縁編】
お友達から始めましょう
しおりを挟む拝啓、お母さんへ。
お父さんとの馴れ初めを教えてください。
娘より。
実家を出て自立してからひと月に一度、近況報告がてら母宛に手紙を送るのだが今回ばかりはこれくらいで十分だろう。というか切に教えて欲しい。
1番親しい友人のエルフの意見も参考にならないと判断してから、じゃあもう誰に恋愛のノウハウを教えてもらえば良いのかわからない。結局、母の馴れ初めでも聞いたら参考になるような気がする。たぶん。そう思いながら道を歩く。
ここは街の商業地区で冒険者やこの街の住民を問わず多くの人が往来する最も活気のある場所だ。
ギルドの制服から平民らしい落ち着いたグリーンの私服に着替えて歩く…私のその隣には頭痛の種が。
今頃はいつもどおりギルドで仕事に従事していたというのに、こんなことになったのもこの男のせいだ。諸悪の権化の顔でも拝んでやろうと顔を向ける。
「大地に咲く大輪の花を思わせる、素敵な服だ」
顔が良い。思わず顔を逸らす。
いやじゃなくて、顔を向けるたびにこの始末。
そもそも前見て歩けよ。なんで見るたびにこっちを向いているんだ。まさかずっとこっち見て歩いているのか?
彼が本気かどうかはともかく、公衆の面前で男の一世一代のプロポーズとも言える場面で「お友達から」なんてある意味断って、恥を欠かせてしまったのは否定しない。彼が本気なのかどうかはともかくだ。
ギルドマスターに今日一日の暇を言い渡され、アラスターがかわいそうだから一日くらい付き合ってやれとギルドからほっぽり出された。
「あの、アラスター様」
「なにかな」
「先ほどは、その、すみません」
「…というと?」
「恥を欠かせてしまったのでは…と」
「気にしてはいないよ。それに今君とこうして歩いていられるのだから、恥もかき甲斐があるね」
ふふ、と心底嬉しそうに笑う彼にぐっときた。
いや違う。間違った。
実際グッとはきた。でもいつもと笑い方が違う。とってつけたような笑みじゃない。
だから余計申し訳なくなってしまった。もう少しあの場をうまく切り抜けられる方法を私がもっていればよかったのだが。
「それに『お友達』から始めてくれるのだろう?」
「えぇ…まあ…はい」
「君もせっかくもらった休日なのだから、楽しまなければ」
「でもあなたは…」
「私はついてまわっているだけさ。君が何を好きでどんなものに興味があるのかを知りたい」
てっきりデートだねなんて言い出すんだとばかり思っていたので、少し拍子抜けした。
確かに思い返してみれば、昨日も親睦を深めようとしか言ってきていな…い…よな?いやもうちょっとなんか言われた気がするけど。
相変わらず歯の浮くようなセリフを挟んできはするものの、カウンター越しより幾分か話しやすく感じる。
周囲の視線は痛いものの、まあ確かにせっかくもらった休日だしなと思い直す。
「ではアラスター様」
「うん?」
「まずは腹拵えといきましょう!」
「賛成だ、腹が減ってはなんとやらだね」
そうなればどこか手頃な店に入れれば良いのだが、昼時に差し掛かる今の時間はどこも混み合っていそうだな。歩きながら目線をあちこちに向けて探すけれど、賑わっていて往来も多く探すのは大変だ。
キョロキョロしていれば当然前への注意をおろそかにしたことで、体格の良い男とぶつかりそうになる。やばい。
避けられそうになくて、思わずぶつかる衝撃に備えて目をぎゅっとつぶる。
しかし腰元から横に引っ張られ、予想していた衝撃はない。
ぽすん、という表現が正しいほどに柔らかい衝撃を受けた事に驚いて目を見開く。
「あわ」
「仕方のない人だ」
「…あ、りがとう…ございます」
アラスターに腰を抱かれていた。
困った顔で私を見下ろす彼は、いつも遠目で見ていたよりずっと肌が白い。冒険家業なのに日に焼けたりしないのかな、焼けにくい体質?
男性らしさと女性らしさを兼ね備えた、中性的な印象を受けていたのに近くで見ると体格は意外とがっしりしている。首元なんかしっかり筋肉がついているし、くっきりと見えるの喉仏のシルエットが…妙に…男らしくて。
…やめよう。
引き寄せられていた時間は長いわけではないが、瞬間的にここまで考えられてしまうほどとても長く感じられて、自分がとても意識しているみたいで恥ずかしかった。
けれど離れようと思うよりも先にアラスターに優しく離される。
それが少し意外だった。自分の虜になってくれと言わんばかりの自信満々の普段の言動からは予想し難い。もっと見てくれて良いんだよとか言いそうなのに。
「君は私の前を歩いて」
「あ、でも」
「大丈夫ちゃんとついているよ」
「…はい」
あんなにカウンター越しに話していた時は、グイグイと言わんばかりにきていたのに。実際こうしているとむしろ少し距離を取られているように感じる。
迷子にならないように手でも繋ごうとか言われそうだなとか思っていた。
確かにこんなに混み合っていたら、手を繋いで歩く方が歩きにくい。彼がとった手段は最良だと思う。
変に意識しすぎたかも。恋愛小説の読みすぎかよ。とセルフツッコミしてアラスターの前を歩く。
この商業地区は屋台も出ているから、さまざまな食べ物の匂いが漂っていてそれだけで食欲をそそられる。うわ、美味しそう。屋台のご飯好きだし食べ歩きみたいなのしたいんだけど、いかんせん少食のため食べ歩きを出来たことがない。
いつかやってみたいけど、今は食事ができる場所を探さないと。と言ってもどこも混み合っているけど…まいったな。
ふと目に入った屋台の肉の串焼きがとてつもなく美味しそうだ。空腹だからなおさらに。
「うわ…美味しそう…」
「肉の串焼きは定番だけど、ここのは絶品だよ。店主、ふたつもらえるかな?」
「まいど!」
てっきりどこかの店に入って食事をとるものだと思っていたから、こうしたある意味フランクすぎるのはどうかと思っていたので、これもまた意外だった。
綺麗な見た目だ、こういうのは苦手かとばかり。
焼きたての串焼きを渡されて、喉が鳴る。
炭の良い香り、焼きたてだからこそ油が肉の表面でじくじくとまだ熱を帯びて音を立てている。
ふー、ふー…と流石に熱そうなので冷ましてひとくち頬張る。
「~~ッ!おいひい!!」
かー!!なんだこれはけしからん!
大きめの肉の塊が串に何個か刺さっていて、硬く焼いてしまいそうになるだろうにめちゃくちゃに柔らかい。
火の通り加減といい、塩の加減といい全てが良いバランス。そのうえ出来立てとあって最高すぎる。
はふはふと夢中で頬張りながら、はっと思い出したように同行人に視線を向ける。
「……それじゃあ私もいただこうかな」
いやめっちゃこっち見てた。にこにこと。
私と目が合ってからすぐに串焼きに視線を落として食べ始める。私を見ていた事を濁すように。
恥ずかしい。口になんかついたりとかしてなかったかなと肩掛けバックに忍ばせていたハンカチを取り出して拭く。
しかしまあ…あなたが食べているの本当に串焼きですよねってほど綺麗に口元をひとつも汚さずに食べている。通行人たちが彼を見て屋台に殺到している。絵になるもんな。
食べるために開く唇、咀嚼するために動く口元に目を奪われる。当たり前だけどこの人も食事するんだ。いつも会話しかしていないからなんだか新鮮だな。
どういった構造の服になっているか分からない彼のいつも通りの冒険者姿。黒が基調で派手さはないが、その分だけ彼の肌の白さと金色の瞳が際立つ。
革製と思われる手袋も黒だ。手袋越しにも分かる、意外と手が大きい。
「アビゲイル」
「はいっ?」
「冷めてしまうよ?」
「ですよね!いただきます」
名前を呼ばれてマジマジと見ていたことに気付かされる。首を傾げて食事の続きを促され、そんなに見られていたら食べにくいと遠回しに言われた気がした。
お互い様のような気がするけど…今度はあまり視線を向けないようにしなきゃ。そう思う前にこの串焼きが美味しすぎて、結局夢中になって食べてしまった。
すっかり食べ終わって待ってくれていたアラスターと共に再び歩き出すと、今度は野菜スティックみたいなのを売ってる屋台が目に入る。
「アラスター様、あれは?」
「棒状に切った野菜をソースにつけて食べるものだよ。食べやすいし屋台は味の濃いものが多いからさっぱりして人気の店だね」
「確かに、さっぱりしたいですね」
「食べるかい?」
「あ、食べたいんですけど…私そんなに食べられなくて」
「良いだけ食べればいいさ。残れば私が食べよう」
「…では、お言葉に甘えて」
悪い気はしたが、念願叶って屋台の食べ歩きが出来るわけだしここは素直に甘えておくことにしよう。
店主からひとつ購入して早速食べる。うますぎる!
この野菜につけて食べるソースが絶妙だ、前世だとマヨネーズに近い。
「アラスター様!これめちゃくちゃ美味しいです!ほら!」
「いただくよ……うん、美味しいね。ソースが良い」
「分かります!これは進んじゃいますね」
あまりの美味しさに差し出して食べてもらう。美味しいものに出会った時に、その美味しさを共有してくれる人がいると何倍も美味しく感じる。
それが嬉しくて、相手が今まで粘着してきて迷惑だと思っていた男だというのをすっかり忘れてしまっていた。
ひとしきり色んなものを食べ歩いて、少し開けた広場にあるベンチに腰掛ける。ここで待っていてくれと告げられて、ふぅとお腹いっぱいになって大人しく座って振り返る。
普通に優しい…!!!
というか楽しかった。勝手に一人で楽しんでるだけなんだが。私の楽しみを邪魔しないようにしてくれていた気がする。
普段とはえらい違いだ。日頃はどれだけ私の邪魔をするかにリソースを割いてるように思えていたのに。
実は思っていたより結構普通の人なのかもしれない。心底嫌な人だなって辟易していたのに、こんな少し一緒に過ごしただけでアッサリ心を開いている自分の現金さに落胆。
油断は禁物だ、気を引き締めなければ。
「待たせてしまったね」
「い、いえ…」
「さ、飲み物を」
「…ありがとうございます」
飲み物を買ってきてくれたんだ。
カップを受け取り、絶妙な間を開けて隣に座る彼に気付かれないように視線を向ける。
風になびく、黒い髪。短く切り揃えられた髪がそよそよと流れる。
金色の瞳が向ける視線はまっすぐ街の景色。人々の生活を慈しむような目。
冒険者の目だ。この街を生きる人々を守っているという自信に満ち溢れ、決して過信のない眼差し。
ギルドで様々な冒険者と対峙してきて思うが、高ランクの冒険者になればなるほど皆こういった目つきになる。
それが妙に嬉しく思う時があって、私は戦ったりできないのに少しでも助力出来た気がして誇らしい。
賞賛を自ら浴びることはないけど、それでいい。
この人もこんな顔するんだな。初めて見た。
ふとユリシーズの言葉を思い出す。アラスターが戦闘中に問題がないのかと問うても、全く問題ないと即答された。だが今の彼を見て納得がいった。
だからこそ分からない。なぜ、私なのかと。
「アラスター様は」
「うん?」
「なぜ私なんかを」
「というと?」
「あなたは口八丁に褒めてくださいますけど、私見た目は良くありません。他に心当たりがありませんし、なぜ…」
「アビゲイル、君は美しいよ」
言葉を遮られる。
綺麗な姿勢で私をまっすぐ見つめ返す。
金色の瞳に捉えられて怯みそうになる。告げられた言葉が今までのどれよりもストレートで、顔に熱が集まるのを感じる。
アカン…耐性が無さすぎて顔が爆発しそうだ。
「そ、れは…答えになってない気が…」
「今日はとても楽しかったよ、屋台巡りは久々だった」
「すみません、私のわがままで」
「わがままなど、君の休日だ。言ったように私はついて回っただけだよ…むしろ私のわがままだね」
「……」
「それにしてもどれも絶品だった。野菜スティックだったかな?あれはまた食べたいね」
「確かに美味しかったです。その後に食べたリンゴのパイも良かったですよね!」
「香りが良くてつい進んでしまった。アビゲイル、君は甘いものは好きかな?」
「大好きです!紅茶と一緒にいただくのが細やかな楽しみで…」
「なら今度はオススメの店を案内しよう。店主が一人でやっている小さな店があってね、スイーツもさることながらこだわりの紅茶との相性に思わず頬が落ちそうになるんだ」
「えっ、興味あります!行ってみたいです!」
「では、次の休日にでも」
…あれ。
つい食べ物の話で盛り上がってしまったが、次の約束を取り付けてしまった。つまり、次も二人で出かけるということだよな。
ころころと鈴のように笑う上機嫌な彼とこうして話すのは、嫌じゃない。仕事中に対面していた時が嘘のようにスラスラと素直に話せて、なんというか楽しい。
異性と二人で出かけるのってこんなに楽しいって思えるものだったっけ。すっかり忘れてしまった感情に頭と心が一致しない感覚を覚えて、なんか急に動悸が。
よく笑って話す彼は私が少し硬直しているのに気がついたらしく、またクスリと笑う。
私の様子を見て楽しんでる。けど、それが今までみたいに嫌じゃなくて。なんかむしろ彼が楽しんでくれていることが嬉しく思えてしまって。
「君とまた会う約束を出来て、これ以上の喜びはないよ。嬉しい」
「あわ…えっと、その…」
「数時間でも君を独占できた。今日はこの喜びを噛み締めながらこの辺りでお暇するしよう」
「え、もう?」
いや「もう?」ってなんだよ。我ながら。
まるで名残惜しいみたいじゃないか。そうじゃなくて、こんなたった数時間で解放されると思っていなかったから、そのあまりにアッサリした身の引き方に驚きを隠せなくて。だから別に決して名残惜しいわけではない。断じて。
「いつもより近い距離で君と過ごしていると、喜びで満たされ過ぎて胸が破裂してしまいそうだからね。…それとも私が破裂するのをお望みかな?」
「……いえ、その、お大事にどうぞ…」
「ありがとう。それでは、ご機嫌ようアビゲイル」
隣に座る彼が自分の胸に手を当て、私の耳元に顔を寄せて囁く。それは今日食べたリンゴのパイよりも何倍も甘い。
ものすごく耳がこそばゆくて、私の顔はリンゴよりも何倍も顔を真っ赤にさせて思わず顔を逸らし、両手を軽く突き出して「わかったから離れて」と意を示す。
くすくすと笑って素直に離れてくれた彼は、私が顔を逸らしている間に去って行く。
彼が去った方向にずっと顔を向けられないまま、両の手で顔を覆い今日1番の大きな溜め息を漏らした。
「イケメンえぐぅ……」
私の筆舌にしがたい気持ちと整理のつかない気持ちを死ぬほどどうでもいい単語にして吐き出す。
それは、私の心に植え付けられた気持ちを置き去りにして、広場を行き交う人の雑踏と喧騒にあっという間にかき消されていくだろう。
明日からどんな顔をして会えば良いものか。
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