太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

受難の日々 2

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「ユリ、口もとについてるよ」
「んへ?ありがと~!アビー」


 その細い体のどこに入るのかという量を冒険者よろしくガツガツと勢い良く食べる眼前のエルフ。
 いっぱい食べる君が好きとは良く言ったものだ。美味しそうに食事を頬張る女性は、気品ある振る舞いや仕草とは異なる天真爛漫さが垣間見えて可愛いらしい。
 長い金髪が食事中に邪魔そうだったので、髪結い紐を貸してひとつに結んであげたのはユリシーズと出会って間もない頃だ。

 ギルドの仕事中は、口調は一貫しているもののプライベートになればそれも崩すこともままあるし、付き合いの長いユリシーズを愛称で呼ぶこともある。
 愛称で呼び合える関係を構築出来るのは、本当にありがたいことだ。前世で無駄だと割り切って省いてしまったものを、今世では大切にしていきたい。

 ユリシーズの口元を持っていたハンカチで拭ってやると、少し気恥ずかしそうに礼を言う彼女に仕方ないなあと笑う。


「アビーってさ、神殿とか治療師に目を治してもらおうとは思わないの?」
「またその話…」
「だってさ!お金に困ってるわけじゃないでしょ?不便じゃないの?」
「このメガネがあるから不便じゃないよ」


 この世界では発達した技術こそないものの、大抵のことを魔法でなんとか出来る世界でもある。ここが前世と大きく異なるが、生まれて17年。慣れとは恐ろしいものですっかり定着した。
 私の目の悪さは実のところ、ユリシーズが言うように神殿や治療師にお願いすればたちどころに良くなる。だがいかんせん一介の平民には高額。しかし冒険家業はともかく、冒険者ギルドというのは平民の中では高給取りの区分に位置するので、彼女の言う通り治すことは可能だった。


「だってもったいないよ!そのメガネさえなければ、アビーは美人なのに」
「ありがとうユリ。でも受付だとそれが1番仕事に支障がでるんだよ…」
「むー…」


 これは自信過剰というわけではないのだが、確かにそばかすを顔に持つ私ではあるが彼女の言う通りメガネさえなければ顔は割と良い方だと思う。
 転生して最初に鏡を見た時なんかはそれはさぞかし驚いた。前世の私の面影なぞ無く、美人な母親に似た整った顔立ちだった。
 そもそもこの世界の住人たちは、様々な種族あれど基本的に顔面偏差値が高い。お世辞にも良いとは言えない…という者がそもそもいない。
 良し悪しの差はあれど、最低ラインの基準が前世とは比べ物にならないほど高い。

 ユリシーズにこの話をされるたびに何度も説明したが、ギルドの受付をしているだけで冒険者から口説かれて仕事が円滑に進まないことが日常茶飯事なのだ。
 同僚たちのその様を見て、目を治そうか悩んでいた気持ちは吹っ切れた。現状、治さなくていい。ビン底メガネは、視力補正以外にも大いに役立っている。
 いや…いたはずなのだが。


「…はぁ」
「あ、あはは…ほら、元気だそ?」
「うん…」
「さすがにアラスターだって無茶なことは報酬としてお願いしないはずだから」
「…そうだといいんだけど」
「……たぶんね」
「だよねぇ、たぶんだよねぇぇ!」


 盛大にため息、そして頭を抱えてテーブルに伏す。
 仕事も文句なしに充実、こうして語らう友人もいる。平穏だった私の人生は、数年前にこの街に突如現れたS級冒険者によって大きく変化した。
 最初こそ他の冒険者同様に見向きもされなかったはずなのに、いったいいつから粘着されるようになったのやら。
 そもそも粘着されるほど私、何かしたっけ。

 今日のギルドでの出来事を振り返り、眉間に皺が寄る。あの時ばかりは、迂闊な自分の口を縫い付けてやりたかった。
 物事は面倒だとテキトーにしたり雑に扱ったりすれば、その分ケアレスミスが頻発し、皺寄せが来ると改めて痛感する。


「ごちそうさまでしたっと!」
「そういえば、気になってたんだけど」
「どしたの?」
「あの人って、あんなんで大丈夫なの?」
「あんなん?」
「いやほら、戦闘中…とか?」
「戦闘中?いやあ…特に問題ないけど」
「ないんだ…」


 アラスターの容姿と振る舞いに女性の冒険者が惑わされてうまくいかないとか、なくはなさそうだと思っていたが…さすがに命をかけて戦っている時までそんなことにかまけていては、S級冒険者にはなっていないか。
 少しは人間らしくヘマやらかしたりとか、抜けている部分があれば、小庶民が画面向こうの芸能人に対して程度の親しみが湧くのだけど。
 あまりに完璧すぎて親近感すら湧かないし、湧く要素がどこにもない。まさに完璧人間。


「問題ないってか、凄すぎてわけわかんない」
「強いってこと?」
「それもそうなんだけどさ、戦闘においての冷静さと状況判断、戦略の構築、タイミング…全部がすごいんだよ。さすがS級ってだけあって別次元だなって感じする」
「そうなんだ」


 私は戦闘はからきしだし、魔力も魔法として使うほど持ち合わせていないために無縁の世界の話である。圧倒的に強いんだろうななんてざっくり捉えていたが、眼前のA級冒険者であるユリシーズが筆舌にし難そうなところを見るにそう単純な話ではなさそうだ。
 彼の固定パーティーを組まず転々としている身の振り方から『一匹狼ローンウルフのアラスター』…と冒険者たちの間では通り名があるらしい。

 それとは別に彼に好意を寄せている女性たちの間では『宵の明星イブニングスター』などと呼ばれることが多い。黒い髪を夜空に見立て金色の瞳を星になぞらえてもいるし、夜を共に過ごしたい男という意味があるらしい。
 抱かれたい男ってことかと呟いたら、その異名を教えてくれた女性は、それじゃあ風情がないでしょ!と顔を赤らめて話していたことを思い出す。罪な男だ。


「『宵の明星イブニングスター』に報酬として何を望まれるかねぇ?」
「……『一匹狼ローンウルフ』の望み全てが無理難題に感じる」

 あえてその呼び名を使って私をからかっているユリシーズに一般的な通り名の方に修正しつつ、この食事が終わり寝て起きれば明日が来ることに怯えながらげっそりと答える。


「なんでそんなに嫌がるの?別に実際良い男だし、冒険者としても申し分ないし、優良物件じゃん」
「そんな家みたいに…」
「アビーだって、もう結婚しててもいい歳だよ?結婚願望ないの?」
「ないわけじゃないけど…」
「あんなにがっつり口説かれてるどころかプロポーズまでされてる節あるのに、なんで嫌なの?」
「………なんか、裏がありそうで怖いじゃん」
「そういうもんかなー」
「そういうもんだよ…」


 前世の時。恋愛は学生の時に最低限な程度にあったが、社会人になってからはめっきりなかった。恋愛以外の要素もほぼ持ち合わせず仕事だけしていたのだ、かなり縁遠い。
 転生後も物心ついた時にはこのビン底メガネをかけていたので、言い寄ってくる異性はいなかった。
 恋愛に対してほぼ経験も耐性もゼロとなった私に、ましてや結婚の話など。別の世界の話のようだ。
 そんな私に言い寄ってくる男がこの街一番の冒険者でこの街一番のイケメンときたら、浮き足立つよりも裏があるかもしれないと勘ぐるほうが普通だと思うんだけどなあ。

 存外、この世界の住人は色恋にフットワークが軽いのかもしれない。
 だから私が迷惑がっていることを誰も理解してくれないのだ。同僚だってなんで拒否するのかわからないといった様子で。
 良いからさっさとくっつけよみたいなギルドマスターの呆れた眼差し。ギルドマスターに関していえばちょっと迷惑そうまでしている。私だって迷惑してるのに!

 平穏に暮らせればなんだっていいのにな。
 夫となる伴侶が出来ても、真面目に仕事さえしてくれれば良い。多くは望まない。子供がひとり出来たら良いな、くらいの。
 ささやかな幸せさえあれば。それだけで私は十分に幸せだと思える。


「そもそも思ったんだけど、私別に彼の事よく知らないし」
「あ、そうなの?」
「うん、ギルドに登録されてる情報以外、個人的な事何にも知らない」
「知ってるじゃん、十分でしょ」
「えぇ…」


 ちょっと、前々から思っていたが…
 ユリシーズの恋愛観は、一般的なものからズレてる。エルフは長寿な種族だし、伴侶を選ぶのには長寿を活かしてそれはそれは慎重にお互いを知っていくのだと教わった気がするのだが。
 冒険者になって刹那的な思考に偏ったのかもしれない。いやでも他のエルフの冒険者だってここまで極端ではなかったはずなんだけど。

 彼女に恋愛?相談をするのは今後は少し考えたほうがいいかも。なんて本気では思っていないけど、冗談を考えて笑ったら「なにか失礼なこと考えてる!」って怒られてしまった。


 この他愛のないやり取りが。
 笑ったり怒ったり出来るのが。
 私は何よりも楽しくて、前世で取りこぼしたことだからこそ大切にしたい。
 少しずつ生きる楽しさを取り戻し始めている私にとっては、恋愛はとてもハードルが高いように感じてならないのだ。
 あと普通に怖い。よく知らないし。


 明日は無事に乗り切れますように。



 ーーーーーーーーー



 なんて悠長に思っていた時もありました。


「アビゲイル、依頼の報酬として君をぜひ私に」


 カウンターの外から、私に対して傅き胸に手を当てるそのポーズは最大限の真摯さを伝える姿勢。
 大変様になっていらっしゃる。出入り口から入り込む光を背に受け後光のようであるし、伏せた表情は私よりも背が高い彼が低姿勢を取らなければそうそうお目にかかることはないだろう。
 白い肌にくっきりと浮く黒く長い睫毛。ゆるりと弧を描いた口元。こういう絵画か彫刻ですと言われても納得する。むしろ絵画か彫刻であってくれればよかった。
 キャアキャアと色めき立つ声が聞こえる。ほぼ同僚たちの声だ。ギルド内にいる冒険者たちも今日ばかりはいつもと違うな?と野次馬根性むき出しで視線を向けてくる。

 しかもあろうことか「依頼の報酬として」とか言いやがりましたね。
 どんな依頼があったにせよ、ギルドとして反故にすることはできない。それが例え紙面に起こしている依頼でなくとも、約束を破ったというのはこの業界では冒険者側もギルド側も沽券に大きく影響する。

 両の手を前で揃え、姿勢良く立ち、笑顔を絶やさず…と心がけてはいるものの引き攣る表情だけは止められない。
 今日に限ってギルドマスターが自分の執務室から表に出てきている。つまり見ている。視線が背後から突き刺さる。痛い。
 
 いや違う、今日に限ってじゃあない。ギルドマスターは用があって表に出ている。そして対峙しているのはヴィクター。
 そういえば昨日彼はアラスターが報酬を受け取ってくれないと嘆いていたし、その依頼はギルドマスターから直々のものだったことを私は把握している。ようやっと報酬を受け取ってくれたと報告しにきているわけだ。


 ーー図ったな…!!


 この男…マジで手段選ばないな!?
 注目の的となった中で、冷静さを欠いてひたすらにぐるぐると考え込んでいると頭痛の種はふと顔を上げて微笑む。


「返答は、いかに?」


 いけしゃあしゃあと…!!!!!
 久々に殺意が湧くほど苛立った。前世で就職したての頃、理不尽な上司に怒号を浴びせられた振りの怒りに打ち震える。この男、私が嫌がるの分かっててやっているに違いない。上司も理不尽と分かってて私に当たり散らしていたのだ。そうに決まってる。

 しかし冷静になれ。このまま手をこまねいていても時間は止まってはくれないし、そもそも早くこの視線の檻の中から抜け出したい。ああ、でもすんなり頷くわけにもいかない。よく分からないイケメンとよく分からないまま生涯共にしますなんて絶対にいやだ。
 いやほんとこれどうしたらいいの、誰か助けて!


「…アラスター様」
「なんだい、アビゲイル」
「………お友達、から、はじめませんか…」


 瞬間、ギルド内は爆笑の渦に巻き込まれた。







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