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本編 第一章 【伏縁編】
受難の日々 1
しおりを挟むひしめく足音と話し声。
作業に追われる人々の忙しなさ。
豪快な男の笑い声と困った女の悲痛な叫び。
転生して17年。この街の冒険者ギルドの受付嬢として仕事をしている。
受付嬢というだけあって見た目も……と言いたいところだが、私は生まれた時から死ぬほど目が悪く、まさしくビン底のような度のキツいメガネをかけている。
母親に似て鮮やかな長い赤髪をもってはいるものの、天パ気質だし量は多いしですぐにひろがってしまうため頭の後ろでひとつに括っても意味がないので三つ編みにしている。
生まれつき顔もそばかすだらけ。
派手なのは赤い髪と緑の瞳というだけで、他はどこを取っても齢17の地味な女だ。
それでも冒険者ギルドの受付嬢という仕事をやらせてもらえるのは、前世の社会人経験が活きている。仕事も信頼して任せてもらえるし、存外冒険者たちとも仲は良好だ。
先ほどからガシャガシャと無骨な金属音をさせながら笑うのはこの街のBランク冒険者だ。
彼は豪快で快活で気持ちの良い男だが、それゆえに器用と狡猾さとはかけ離れているがゆえに、パーティーメンバーの女魔術師はいつも頭を抱えている。
魔術師の方から、賢く立ち回ればもっと上手くやれていたって話は耳にタコができるほど世間話がてら愚痴を聞かされる。
それでも自分にはない彼の長所を知っているからこそ、彼女は彼とパーティーを解消したりはしないのだろうとぼんやり考えた。
「……イル…」
早く付き合うなり結婚するなりしたらいいのにな、お似合いの2人なんだけど。
以前、仕事終わりに食事をしていたら魔術師の彼女と同席することがあった時につついてみたら、彼女は顔を真っ赤にしながら「そんなんじゃないわよ!」って怒ってた。けど、それはツンデレなのであって本気で怒ってたわけではないのを私はわかっている。
「…ビ…イル…」
人間関係で相談を受けたりさせてもらっているし、空いた時間に食事したり買い物をしたり出来る仲の冒険者もいる。
自分の見た目はどうしようもないが、それでもこうして楽しく過ごさせてもらってるのはありがたいことだな。と常々感謝している。
現代日本から転生した時はどうなるかと思ったが、死んだ時にたくさんのことを後悔したから…なるべく取りこぼさないようにしたい。
「アビ……ル…」
私、アビゲイル17歳。見た目は地味ですが、そのおかげで何か大きく目立つこともなく、仕事に友人にと楽しく人生を過ごしています。あの時転生させてくれた神様に次に死んだ時に良い報告が出来れば良いなと頭の片隅に考えながら、人生はますます順風満帆……
「アビゲイル」
……のはずだった。
視界に入り込んできたヒューマンの黒髪と金色の瞳。
右目に泣きぼくろを携えたこの街で1番の有名人といっても良いその色男は、見つめられたら孕むとか女性たちの間でまことしやかに囁かれているタレ目。(そんなわけないだろうが)
その眩しすぎる御尊顔をこれなら気がつくであろうと言わんばかりに私の視界に無理やり捩じ込んできた。
受付に立ちながらも今は時間的には、冒険者たちの来訪が少ないことを良いことに私はこうしてぼんやりと冒険者たちを観察しているのがささやかな楽しみ。
…だというのに。
先ほどから実はずっと呼びかけられているのはわかっていたが、ぼーっとしているという体で無視を決め込んでいた……この男のしつこさときたら。
あまり目立たず、当たり前のように仕事をして当たり前のように食事をしてそれらに楽しさを見出して平和に過ごしたいという私のささやかな幸せは、現在この男によって侵害されている。
顔が良いからって何をしても良いわけでは無い。
「邪魔ですよ、アラスター様」
「私に構って欲しくて敢えて無視している振りをしていたのに?」
「逆です」
「おや、照れて無視してしまっていたのかな?いずれ毎日見る顔になるからね、今のうちに慣れておかないといけない」
「もうすでに結構毎日見てます」
「ならば式の日取りを決めよう」
「貴方の葬式はみたくありません」
「君を置いて倒れはしないと約束しよう」
「………」
こいつ……!!!
この色男は街のS級冒険者、名をアラスター。
基本的にソロで依頼をこなす手練れ。必要があればさまざまな冒険者と協力したり一時的にどこかのパーティーに加入して依頼を達成している。
変わった身の振り方だが、どこか一ヶ所に所属し続けるのは柄じゃないらしくパーティーも街も今まで転々としていたとのことだ。
顔面偏差値の高さから寄ってくる女も星の数ほどいて、それだけで男たちからはやっかみを受けそうなものだがどうしてか老若男女敵は少ない。
むしろ慕われていることの方が多く、どこまで器用にやってどこまで計算づくでやればそうなるんだと私はドン引きしているくらいだ。
この男が私に執拗に声をかけてくるせいで、私もちょっとした有名人になりつつあるのだ。『あのアラスターが口説いている女』と。
そもそもどこか一ヶ所に所属し続けるつもりがないんじゃなかったのか。さっさと違う街に移動でもしてくれればいいのに。顔が良いし私とてあまり酷いことを言いたいわけじゃないのだ。顔が良いし…
「何か言いたそうな顔だね?」
くつくつと弧を描いた口元に手を添えて笑う彼の一挙一動は、確かに恐ろしいほど絵になる。
貴族や王族だと言われても信じるほどの美貌だ。
カラスのように黒い髪は艶やかで、光の当たり方によっては少し青みがかったように見える。
暗い場所でもキラキラと宝石のように輝く金色の瞳は、一度目を合わせたら忘れられないし、さらに右の瞳の付近にある泣きぼくろは妖艶さを増す。
こんな男に口説かれれば落ちない女はいないだろう。それほどの美男子だ。
前世でもこれほどの人は二次元くらいにしか見たことがないと断言できるし、現在邪険に扱っている私とて最初に見た時はめちゃくちゃイケメンだな!?って思った。
軽口をいなしてみせた彼は、言葉を噤んで悔しそうな私の様子を見て楽しみ、さらにはもう軽口は終いかと煽っている。
はぁ、と盛大に溜め息をついてあっけらかんとした彼の態度にズレたメガネを指先で正しながら向き直る。
「アラスター様」
「なんだい?」
にこにこと心底楽しそうに笑いながら、受付のカウンターに肘を乗せて頬杖を付く。
彼がどんな用でここにいようとも、カウンターの中にいる以上私は受付嬢だし彼はお客様だ。…と思っていたのも最初だけで、最近は軽口まで彼に言うようになってしまった。なんとも情けない。受付嬢失格だ。というかどんな軽口を言われてもしつこい彼が悪い。
いやそうだな彼が悪い。
だがしっかりと仕事はこなさなくては。
「本日はどのようなご用ですか?」
「最近は厄介な依頼もないからね、平和な時間を君と過ごしたくて」
それは前に私に構ってる時間があったら厄介な依頼のひとつでもこなしたらどうかとぼやいたら、あっという間にさまざまな高ランク限定の依頼を他のパーティーたちと片付けてしまったからだろう。
おかげでこの街の高ランクの冒険者たちは低ランクの依頼を他の冒険者に譲り、依頼をこなすことは少なくなった。持て余した時間は他の冒険者たちを鍛えてやったり街のために力を貸したりと尽力してくれているのでますます評価されている。
そして治安の良い街と評価の良い冒険者たちとでギルドの評価も上がり、給料も上がったりと良いことづくめになっている。
…彼のおかげというところが素直に喜べないのだが。
「でしたら仕事の妨げになりま…」
「ならない時間だろう?冒険者たちがこの時間にギルドに来ることはほぼない」
冒険者ギルドは朝と夜が1番忙しい。
つまりそれ以外の時間は存外ゆったりしており、受付嬢たちも冒険者たちと交流したり事務仕事をしたりとかなり余裕のある時間だ。
この男が以前、朝にも夜にも特に用が無いのに来ては忙しいのにずっといて話しかけてくるので、忙しい時に用も無いのに来るなと言ったからだ。
「…はぁ」
「アビゲイル、私とぜひ親睦を深めさせてくれないかい?」
「親睦…ですか」
「そう、親睦。もっと君のことを教えてほしいな」
「からかうの間違いでは?」
「からかってなどいないよ。意中の相手がコロコロと表情を変化させてくれるのを喜ばしく感じない男はいないさ」
確かに表情は変化させていた。どれも良い意味の表情ではないけれど。
あまりにしつこいし、しつこい理由もわからないのだが、こうまで言われると少し揺らいでしまいそうな心の中の自分をフルスイングで平手打ちする。
そういうことをこの顔で冗談でいうから、引っかかる女性がいるのも頷ける。いままでどうやってひらひらとかわしてきたかは知らないが、いずれ甘い言葉を冗談で言っていれば厄介ごとに巻き込まれるに違いない。
「あのですね、そういうのは冗談でも…」
「アラスター、やはりここにいたか!」
「またアビゲイルを困らせてる~!」
「…やぁ、ヴィクター、ユリシーズ」
しっかり釘を刺そうと言いかけたが、思わぬ闖入者に言葉を遮られた。
Aランクのドワーフの戦士、ヴィクター。そして同じくAランクのエルフのスカウト、ユリシーズだ。
この2人はアラスターと依頼のために何度かパーティーを組んだこともあり、知らぬ中では無いしおおよそよくアラスターといることの多い人物たちだ。仲も悪く無いはず。
なのに2人の介入でアラスターは一瞬機嫌を損ねたように見えた。いや表情は笑顔のままだったが、ものすごく少しだけ弧を描いている口もとが引き攣ったように見えた。
実は思っているほど仲は良く無いのかな?なんて思いながら、受付嬢として2人に軽く会釈をする。
「こんにちはヴィクター様、ユリシーズ様」
「やっほー!アビゲイル!」
「息災そうじゃな」
「ええ、おかげさまで」
「二人とも、何かご用かな?出来れば彼女との語らいを遮られたくはないのだけど」
「やかましいわい!前回の依頼の報酬の件じゃ!ちゃんと受け取らないから渡しにきてやったというに!」
全くお前は!とヴィクターのお小言が蛇口を捻ったように勢いよくアラスターを襲い、流石の彼も両手をあげて降参の意を示しながらカラカラと笑っている。
反省しているのかしていないのかわからない様子にさらにお小言は止まらなそうだと目を細めて呆れる。
そんな様子を尻目に綺麗な金髪を靡かせながら楽しそうにしているユリシーズは、同性ということもあり私が仲良くしている冒険者たちの中でも特に付き合いも長く親しい。
「んね、アビゲイル!今日仕事が終わったら食事に行かない?」
「いいですね、ずいぶん久しぶりになってしまいましたが」
「お互い時間がなかなか合わなかったもんね!」
2人で顔を合わせてふふふと笑い合う。
前世にはなかった仕事での楽しみのひとつであり、この世界で生きてきて見つけたささやかな幸せのひとつだ。
私がまだこの冒険者ギルドに来た時はCランクだった彼女もたった数年でAランクに上り詰めた実力者。
厳粛なエルフらしからぬ陽気な性格と言動は周囲の冒険者の評判も良い。
ソリが合わないことで有名なドワーフとパーティーを長い期間組んでいられるのは、彼女の人柄だろうと改めて感心と感謝を心に刻み、夕食の待ち合わせ場所を決める。
「こんなところで油をうってないでさっさと来い!」
「こんなところとは随分だねヴィクター。私にとっては、人が当たり前のように火の傍らで暖をとっているのと変わらないよ」
「ひぇー相変わらず熱いねぇ」
「私がこんなにも熱いのは、火の女神さながらの赤い髪にあてられてしまったからね」
「お主…そろそろ黙らんか」
「アラスター様」
本当にこの人、こんなんでよく他の人とその場限りのパーティーとか組めたりしているよな。謎で仕方ない。彼の実力も実績も知ってはいるが、実際の戦闘の際にどういった行動や言動をしているのか気になったので、後でユリシーズにでも聞いてみよう。
しかしそんな呑気なことを考えていたら日が暮れる前にヴィクターの堪忍袋の緒が切れそうなので、ごちゃごちゃ言ってこの場を離れようとしないアラスターをどうにかしなくては。
「なんだいアビゲイル」
「ヴィクター様がお困りです、ご対応を」
静止の意味で名を呼んだ事を分かっているはずなのに、彼が次の言葉を望む。分かれよ。
淡々と仕事モードのまま告げると彼はふむ、としばし考え始める。考えるような事だろうか。
「それは私に依頼、ということかな?」
「えぇじゃあはいそれで、なのでお早くお願いします」
めんどくさい。
端的に言ってめんどくさい。
相変わらずニコニコと張り付けたような笑みを浮かべる彼に、私はさっさとなんとかこの場から離れてくれないかと願いを込めてハイハイと答えた。
正確には答えてしまった。
「あーーー、アビゲイル、それはまずいんじゃ…」
「え、どういう……あ」
「……では、明日に依頼の報酬を受け取りに来るよ、アビゲイル」
ユリシーズの言葉に気付いた時にはもう遅かった。
余計に事態をややこしくするような自分の発言を撤回する前に、アラスターは満面の笑みでヴィクターと共に軽快に去って行った。
やれやれと肩をすくめるユリシーズ。
位置を直したはずのメガネがズレる感覚と、表情筋が引き攣るのを感じながら、明日が来ないでくれと心から祈った。
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