太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

平穏と焦燥

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 書類にスラスラと記入する冒険者。
 彼はまだほんの数日前に冒険者になったばかりの初心者で、ランクは最低のFランクだ。
 今は採取依頼を受けようと書類に記入してもらっている。
 朝はAランクの冒険者たちによる初心者講習、及び戦闘訓練が毎日開催されているため低ランクの冒険者たちは昼前のこの時間にギルドに来て依頼を受けていく。
 歳は15。私より二つも歳下だが、みんな故郷の家族や生活のため、もしくは世界を見て回ったり冒険者として名を馳せる為に若いうちから独り立ちして努力している。
 そしてこの街は現在、そんな冒険者を志すものや初心者の子たちの育成に尽力している為、若手は多い。

 それもこれも『一匹狼ローンウルフのアラスター』がこの街に来てからたった数年でこうなった。彼の尽力はギルドにとっても街にとっても良い意味で大きく変化をもたらした。


「これで必要書類は問題ありません。頑張ってください」
「はい!行ってきます!」


 元気よく返事をして、仲間たちと駆けていくのを見送り時計に目をやる。もう、とっくにアラスターが用もなく私をからかいにくる時間なのだが、来ない。
 これが今日に限った話ではなく、実は二人で屋台巡りをしたあの日からすでに3日は経っているが一度も見ていないし来ていない。
 明日は休日。

 次の休みにって言っておいて、あれからなんの音沙汰もないなんて。それどころか日頃鬱陶しいくらいに用もないのに来ていたくせに、パタリと来なくなった。
 いやまあ依頼にでも出ているのかもしれない。ギルドに顔を出していないから、可能性は低いはずだけど。まあ他の街からギルドを通して回される依頼などもあるわけだしな。うん。

 穏やかだ。
 人の少なくなったギルド内で、ペンを紙に走らせる音と時計の針を刻む音が響く。
 そこまで滞るような業務もないし、追われてもいない。いつぶりかわからないほどの平穏を、ここ数日噛み締めてはいるものの。
 正直、暇を持て余している。


「来ないわね、一匹狼ローンウルフ
「先輩、なんですか急に」
「あらなぁに、貴女の気持ちを代弁したつもりなのだけど」
「………」


 亜麻色の長い髪を揺らし、私を覗き込むように見て艶やかに言葉を紡ぐ彼女は、リンジー。
 私が新人の時からお世話になっている先輩だ。妹のように可愛がってくれている。そしてこのギルドの受付嬢で1番人気と言って良い、大人の色香を纏った女性だ。
 大変失礼な話かもしれないが、こういうお姉さんが水商売とかやったら儲かるだろうな…


「むしろ平和を謳歌してましたけども」
「顔に書いてあるわよ、暇だって」
「それは仕事が暇だなぁって思っていただけで」
「フーーン?」


 意味深にカウンターに頬杖をついてにやにやとこちらを見ている彼女に一瞬、眉間に皺が寄る。
 リンジーはこのギルドで1番人気があるが、彼女を口説き落とせたものはいない。どんなストレートな好意も捻りを入れた言葉も、彼女は長い髪を払うようにいとも簡単にひらひらと交わしてしまう手練れだ。
 特定の相手がいないのなら一人くらいは遊んであげてもいいのではないかと思うものの、余計な口出しをすると巧妙に仕返しをされてしまうので口を噤んでいる。
 私の心中などまるで見透かしているかのような表情に、なんだか面白くなくていつもよりツンとした態度をとってしまっているのが自分でも分かるから腹立たしいことこの上ない。

 わかってる。
 彼が来ないから暇なんだって。
 でも認めたくない。なんか、負けた気がする。何かに。実際、からかわれないのはせいせいしている。
 唯一腑に落ちないのは、周囲の反応だ。彼が来なきゃ来ないで「一体どういう風の吹き回しだ」とか「とうとう諦めたのか」とか色々と噂されている。

 粘着されたらされたで注目されるし、されなきゃされないで注目されるし。本当の平穏はまだ得られないようだ。

 むぅ…と頬を膨らませて明らかに不満を表情で伝えると、膨れた頬を指先で押されて間抜けな音が鳴る。再び抗議しようと顔を向けると、今度は額を指で弾かれた。ちょっと痛い。


「っつー…、なにするんですか!」
「暇だし、少し早めにお昼休憩でもとってきなさい」
「いやでも」
「仕事づくめだと気分も塞ぐから、気分転換だと思って」
「…はい」


 渋々カウンター周りを軽く整え、スタッフルームのような部屋から肩掛け鞄を手に取る。
 気分転換ねぇ、そんなに暗い表情をしていただろうか。
 リンジーに弾かれた額にじんわりとした痛みがまだ残っていて、軽く撫でつつギルドから出る。
 ふと仰ぎ見て眼前に広がる雲一つない青空に胸が満たされる。それだけで爽やかな気持ちになって、背筋を伸ばして歩き出した。

 ギルドを出て少し歩くと前世でいうところの喫茶店のような店があって、私はいつもここで昼食をとる。小さな店だが雰囲気も良くて、ランチを取るのも休憩がてらにお茶をするのにも最適な店だ。
 でも、今日は、気分を変えたい。もう少し先まで歩こうかな。


 こつこつと小気味の良い靴音に意識を向けて歩きながら、アラスターと過ごした時間を思い出す。
 ぶつかりそうになって受け止めてくれた。
 今思えば色々と警戒している私が少しでも楽しめるように敢えて距離が近すぎないようにしてくれたのかも。
 色々と食べてみたいけど、量を食べられない私と一緒に食べてくれた。
 形や場所を選ばないでいてくれたのは助かったのかもしれない。どこかの店に入って対面して食事なんかしたら、あんなに話せなかったかもしれないし。
 私の好きそうな話題をしてくれた。
 深く詮索したりすることもなく、むしろ好きな話題なら話しやすかった。
 だから、彼の知ってるお店、すごく興味があった。
 しつこいやつだなんてくらいにしか思ってなくて、私が知らなくて、知りたいと思っていた彼の意外な一面を見られて、だから余計に気になって。

 …楽しかったな。

 溜め息。
 彼と過ごすのが楽しかったから、ここ数日いつものようにからかいに来ないのが、寂しく感じているんだ。賑やかだったのが突然なくなると静けさに寂しさを感じるように。
 あんなに紳士的で優しかったのにまたしつこくしてくるんだ、なんて意地悪言ってやろうなんて考えながら出かけた日の夜に思い巡らせて眠りについた気がする。

 もしかして本当に私のことを…


「アラスター!」


 どこかの女性がその名前を呼んで、ハッと前を向く。
 美人なブロンドの人だ。上品で身なりの良い格好をしているので、平民よりも階級は上そうだ。陶器のような白い肌はシミひとつない。
 彼女が手を振る先に視線を送ると、もうとうに見飽きていたはずの黒髪と金色の瞳。すらりと上背があって、いつものどういう構造か分からない黒い装備。歩く姿すら様になる彼は、笑顔で彼女に応えて歩み寄る。

 思わず足を止めた。
 いや彼はこの街一番の有名人、この街一番の色男。
 だから彼に思いを馳せる女性は多い。そんなこととうに知ってる。宵の明星イブニングスターだなんて別称がつくくらい、彼に恋焦がれる女性はたくさんいるんだ。

 知ってる。知ってただろ。周知の事実だ。

 笑い合う二人の会話は聞こえない。ただの知り合いかもしれない。友達かもしれない。依頼主だってこともあり得る。だって彼は冒険者だし。
 引く手数多の彼が私のような地味な女にちょっかいをかけているから、私だって目立ってしまっていたんじゃないか。嫌だったんだろ。
 だから、リンジーにも言ったんじゃないか。

 分かってる。分かってただろ。せいせいしてる。

 そうだ。そうだそうだそうだ。勘違いするな。
 ちょっとしつこくされたから。優しくされたから。だからって勘違いするなんて、本気で私のことをとか思うなんて、恥ずかしい。たまらなく恥ずかしい。

 なんて……哀れな。

 先にある店を目指していたのに、それ以上先に進めなくなってしまって慌てて踵を返す。
 衝撃。


「うぶっ」
「おお、急に振り返るからすまなんだ!…とアビゲイルか?」


 慌ててギルドに戻ろうとして、どうやらヴィクターにぶつかってしまったらしい。彼はドワーフだから私よりも身長は小さくてもガタイがとても良いから、ぶつかって尻もちをつくのは私の方だ。
 なんだなんだ、大丈夫か?と周囲が少しどよめいて、ヴィクターが手を差し伸べてくれる。
 ああ、でも、これは、まずい。


「アビゲイル…?」
「…!」


 後方で、声がした。
 気付かれた。


「なんじゃアラスター、おったのか」
「ああ…それよりもアビゲイル、大丈夫かい?」


 心臓がものすごいはやさで打っている。
 これは拒否反応の、脈の速さだ。
 先ほどまでぐるぐると考えていたことを知られてしまうような気がして。どうしようもないほどに勘違いをしていた自分が惨めでしかたなくて。
 凍り付いてしまったように地面に尻をついたままの状態から動けなくなっていたのに、彼の足音が徐々にこちらへ向かってくるのを聞いた途端。
 勢いよく走り出した。



 脱兎のごとく。
 今生、というか前世でもこんなに全力で走ったことはないほどに、私は全力でギルドへ向かった。
 彼と顔を合わせたくない。
 ただそれだけを考えて。ひたすらに。全力に。


 ーードンッ!!


 後方から爆音のような激しい音が私の耳に響いた。
 とてつもない音に思わず顔を顰め、何が起こったのかと一瞬足を緩めた瞬間に私の視界の世界はぐるりと回った。



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