太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

意外な一面

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 部屋に備え付けられた、小さなクローゼットと睨めっこをしてかなりの時間が経ったと思う。
 あまり寝付けなかったものの、起きて休日とはいえどある程度の家事を済ませてからしばらく私はこうしている。

 ふむ、着ていく服が、ない。

 何を着れば良いかもわからないし、今から新調するわけにもいかないのでありあわせでなんとかするしかないのだが…それほど服を持っていないことに改めて思い知らされている。
 とはいえど刻一刻と待ち合わせの時間が迫っているので、半ばヤケクソに紺色のワンピースに決める。
 いつも通り両方の耳の後ろに三つ編みをそれぞれ下げて、テーブルの上に置いていたメガネに手を伸ばす。

 しないほうが、いいのかな。

 メガネをかけない方が良いと思ったのは、今生で生まれて今日が初めてだ。着ていく服に悩んだりするのも。それだけ自分が楽しみにしていることを改めて実感する。

 いやいや、今日行こうって話していたお店が紅茶もお菓子も美味しいって聞いてるから楽しみなのであって。別に決してアラスターと共に行くからではない。断じて。

 とはいえどメガネをかけていないと視界が悪くて不便になるのはわかりきっているので、しないという選択肢はないのだが。
 とにかくそろそろ家を出よう。ああ、そうだと思い出してテーブルの上に出しておいた持っていこうと思っていたものを手にして鞄にいれる。






 とことこと足早に目的地に向けて歩く。
 待ち合わせの時間にはまだ全然余裕があるので、急ぐ必要はないのだけど、足取りが軽かった。
 肩掛け鞄を手に忘れ物はないはずと確認して前へ向き直るともう目的地に着いてしまった。
 しまったな、時間よりも全然早かった。
 想定よりも早く着いたので、仕方なしに広場にあるベンチへ腰を下ろして時間を潰すことに。
 日差しもキツくない、穏やかな気候と天気に待ち時間といえど心を躍らせる。

 アラスターから聞いた限りでは、今日行こうとしているのは店主が一人で切り盛りしている小さな店らしい。そういった店は前世でも味わい深く、知る人ぞ知るお店で誰も教えたがらないと相場が決まっているのでとても楽しみだ。


「おはよう、アビゲイル」
「おはようござ………います」


 昨日も散々聞いた声がそばでして、挨拶を返しながら視線を送った先のアラスターの姿に思わず声を詰まらせる。
 いつもの真っ黒の装備ではない。
 首元まで覆い隠すようにピッタリとした黒のインナーの上に白いシャツ、緩やかな黒のパンツ。
 相変わらず黒い革製の手袋はしているものの、普段の漆黒に包まれた冒険者装備とは打って変わってラフな格好をしている彼が、見慣れなさすぎて驚く。
 黒い要素は変わらず多いものの、白とか着ることあるんだ。すっかり常に全身真っ黒の印象がついていた。


「素敵な紺色の服だ、夕焼けのような髪が引き立つね」
「…ありがとうございます。アラスター様はその、なんというか、いつもと違いますね」
「普段の装備は仰々しいからね。楽な服にしようかと思ったんだけれど、楽な服があまりないから着ていくものに悩んでしまったよ」
「わかります。私も仕事着以外はあまり持っていなくて」
「必要に迫られないとなかなかね。…似合わないかな?」
「貴方は何を着ても似合いますよ」
「それは…」


 彼とのやりとりには相変わらず恥じらいがあるものの少し慣れては来たので、ギルドでするのと同じく会話が出来るようになってきた。
 見慣れない彼の装いはこんなこともなければ見ることはなかっただろうし、特別な感じがして不思議と嫌じゃなくて、皮肉を含ませない素直な言葉がすんなり出た。
 ベンチから腰を上げて、立ち上がると同時に彼が何も言わなくなったのでどうしたのかと顔を向ける。
 口元を革手袋を装着した大きな手で覆っている。少し顔を伏せているので表情は伺えないものの、黒髪や手の隙間からちらちらと見える白い肌や耳がほんのり赤い。

 …え、照れ…てる…?


「君に褒められるのは、初めてだからね、うん。その……いや、弱ったものだ…」


 心の中にじんわりと滲む感情。
 はは、と乾いた笑いを浮かべながら見られまいと顔を逸らす彼の動揺する様に、滲んだ思いが広がる。
 これは…加虐心というんだろう。もう少し困らせたいという気持ちに駆られる。普段やられてばかりだからやり返したって構わないんじゃないかと思ってしまう。
 でも、そうか。そう言われてみれば面と向かって褒めたことないかも。心の中では割と思っていたけどな。顔が良いとか顔が良いとか顔が良いとか。
 これで普段の私の気持ちがわかってもらえただろう。まああまり困らせるのはかわいそうか。というより追々の反撃の方が怖いので、藪蛇をつつくのはよそう。
 心を纏っていた加虐心を引っ込める。


「さ、行きましょう。アラスター様」
「ああ、そうだね。行こうか」




 ーーーーーー




 彼が照れたり怒ったりするのは意外だと思うと同時に、親近感を感じて少し安心する。
 容姿も仕草も完璧だから、それが乱される様に特別を感じて悪い気がしない。相変わらず私はチョロいな。
 隣の上機嫌な男にちらりと視線を投げる。

 広場からしばらく歩き、商業地区から離れ人通りの少ない道にポツリと現れたその店。
 隣接している建物よりシックな装いをしていて、落ち着いたネイビーの色合いにも関わらず高級な印象を受ける。

 夜の星リット・ベガと書かれた看板。

 ふと店の窓辺に何か動いた気配を感じて視線を向けると、真っ白の長い毛を揺らす猫がいることに気がついた。
 透き通るような青い瞳をこちらに向けて、じっと見つめられる。


「アラスター様!すごい美人な子が…!」
「ふふ、彼女はシルヴィア。この店の看板娘でね、君は気に入られたようだ」
「シルヴィアさん…かわいい…」
「さ、入ろうか」
「はい!」


 前世から動物はなんでも大好きだったし、自然豊かな実家にいた頃は動物との触れ合う機会も多かった。
 だがこの街に来てからは犬や猫にもあまりお目にかかれていなかったし、なによりこんな美人さんに会えるなんて…!
 アラスターの後に興奮気味に続いて店内へ入る。
 カウンター席が4席、テーブル席が4席と決して広くはない店内だが、それがかえって落ち着く不思議な空間だ。
 カウンター席に向かい合うように立つ、黒いベストに白いシャツを着たロマンスグレーのオジサマがこちらに笑顔を向ける。


「いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」
「やあ、ウォルター。今日は彼女にここを紹介したくてね」
「あ、アビゲイルと申します!」
「これはこれは、ご丁寧に。この店の店主をしておりますウォルターとそちらはシルヴィアと申します。以後お見知り置きくださいませ」
「こちらこそ、お邪魔させていただきます」


 綺麗な所作で胸に手を当てて一礼するウォルターさんに慌てて礼を返し、アラスターに連れられて窓際のテーブル席へと腰を下ろす。
 きちんと揃えられて置かれていたメニューを手に取り、綺麗な字で並んだ品々は名前だけでどれも美味しそうだと迷っていると視線を感じる。
 私が座るすぐそばの窓辺に移動してきていたシルヴィアさんが、じぃ…とこちらを見つめているので躊躇しながらも手を伸ばすと頭をすりつけてくれる。可愛すぎる。


「これは珍しい。シルヴィアはあまり人に触らせないのですが」
「えっ、そうなんですか…?」
「私は嫌われているからね、普段なら近寄ってもこないよ」
「……なんかわかる気がします」
「辛辣な意見だね、あとで詳しく問いたださなくては」
「いや!ほら!合う合わないありますからね!」


 女の敵だと猫にも思われてるんじゃなかろうかなんて思わず口から出た言葉に、満面の笑みで返されたので後が怖くなる。口は災いの元だ。
 ひとしきりシルヴィアさんを撫でていると、お邪魔をしてはいけません。とウォルターさんに諭されてカウンター席の方へ引っ込んでしまった。名残惜しい。


「それにしても、どれも美味しそうですね…迷ってしまいます」
「それならウォルターお任せにしようか」
「ではそれでお願いします」
「ウォルター、紅茶となにか甘いものを人数分…君の采配で頼むよ」
「承知しました」


 注文を受けて速やかに準備に取り掛かるウォルターさんを尻目に、店内を見渡す。
 見事な装飾に見栄えの意味でも置かれている備品。椅子やテーブルももちろん…その装飾部にまで埃ひとつ被っていないところを見るに細部まで手入れが行き届いている。
 しかも長毛種の猫であるシルヴィアさんが店内を自由に行き来しているのだ。毛が落ちていても不思議ではないのだが、それもない。
 シルヴィアさんの毛艶は非常に良いし、触り心地も抜群だったので彼女の食事やブラッシングに抜かりがないことも窺える。

 贅沢空間この上ない。


「素敵なお店ですね」
「そうだね。私もとても気に入っているのであまり知られたくはないのだが…君には特別に」
「こ、こんな素敵な場所があるなんて…街に来てから結構経つのに知りませんでした」
「そもそもこの店は彼女のお許しがないと入れなくてね」
「シルヴィアさんの?」
「あぁ…不思議だろう?」
「ええ、本当に」


 そうなるともはやシルヴィアさんは看板猫というよりも、店主というほうが近い気がするけど。
 それにしてもさっきといい、客を選ぶところといい、シルヴィアさんは本当にただの猫なのかと疑いたくなる。
 ウォルターさんに諭された時だって、言われただけで彼女はちゃんと従っていた。
 まあでも猫に人間の言葉は伝わっているらしいし、そこまで不思議ではないかな?

 二人で笑い合う。

 特別になんて言われて少し動揺はしたけれど、もはやこの男のこういうのは当たり前なのだと頭を切り替えていかないと。
 窓から差し込む陽の光に照らされてきらきらと輝いているように見える彼の髪が黒にも青にも見える。
 テーブルに頬杖をついてこちらを見ている彼の楽しそうな様といったら。
 鋭くも柔らかくも見えるその金色の眼差しの真っ直ぐさに目を合わせてはいられなくなって、さりげなく見えるようにふいと視線を逸らす。


「そういえばその、アラスター様は」
「うん?」
「なぜ冒険者に?」
「大した理由じゃないよ。他の冒険者たちと同じでお金が稼げて名を上げたい…それだけさ」
「いつから冒険者になったんです?」
「そうだねぇ…ずいぶん昔のことだから正確な数字は忘れてしまったよ。多分10年以上前だと思うけれど」


 彼のことをあまりよく知らないなと思って聞いてみたものの、やはり具体的な話は出てこない。あまり自分のことを話したくないのか、それとも本当になんてことない話なのか…イマイチ掴めない。
 それでもはぐらかしていると思うのは何の根拠もないただの勘だ。
 10年以上前とか言っているがそもそも彼の正確な歳すらわからない。ギルドに登録されている情報にあるはずなのだがよく思い出せない。見た目的にいえば20代ではありそうだけど。


「ふーん…」
「納得していなさそうな顔だ」
「…誤魔化されている気がします」
「……私の生まれ故郷は小さな村落でね。そこから逃げ出すように冒険者になったんだ」
「……」
「あまり誇れるような生い立ちじゃあないから、言うに憚られてね」
「…よくある話かと」
「だろう?なんてことないよくある話さ」


 小規模で人手も少なく、土壌も豊かではない集落。更に課せられる重税に悲鳴をあげ、日々食べるものにも困る。別の場所へ移ったり、なんとか事態を好転させるために冒険者になる者は少なくない。
 現に私の生まれ故郷も小さな村落だ。
 むしろそんなエピソードはありきたりだし、逆に言ってしまえばS級冒険者ともなればもっとなにか特別な理由があるのではなんて思い込んでいた。
 だが、どこか寂しそうな表情で話す彼を見てそれだけではないような気がしたのだ。
 一体なにがあったのだろうか。


「多くを語らない方が、より興味を持ってもらえることもある」
「なるほど、冒険者としてのブランディングは大事ですね」
「現にこうして君に興味を持ってもらえたのはとてと嬉しい」
「また貴方はそうやって…」
「お待たせいたしました」


 毎度毎度、茶化して誤魔化そうとしている気がして詰め寄ろうとするもののウォルターさんがカートを引いて来たので渋々引っ込める。
 丁寧にカトラリーを並べ、テーブルに置かれたのは宝石みたいにツヤツヤと輝くワッフルだ。


「コンポートにした洋ナシとラムレーズンをふんだんにのせたワッフルでございます。お好みに合わせてチョコレートソースをかけてお召し上がりください」
「はわ…美味しそう…!!」
「お紅茶はアッサムをミルクティーにさせていただきました。ではごゆるりとお寛ぎください」
「アラスター様、いただきましょう…!」
「そうだね、いただくとしよう」


 こんなに美味しそうなものを前にして、ごちゃごちゃと論じるのは不粋か。というかめちゃくちゃ美味しそうなのではやく食べたいし。
 思わず目の前の美しいお菓子に食い気味になってしまう私に、彼は笑って頷いた。






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