太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

夜に遭う

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 あれから忙しなく仕事を終え。
 スタッフルームで私服に着替た私は鞄を手にふぅ、とひと息ついた。他のメンバーも皆同様に着替えを済ませて、それぞれが帰路に着く。
 きゅうきゅう鳴っているお腹をさすり、やっぱりお昼を食いっぱぐれたのは痛かった。帰りに商業地区の方まで足を伸ばして、何か食材を調達しよう。


「今日はお疲れさま、気を付けて帰るのよ」
「はい。今日は本当にありがとうございました、先輩」
「いいのよ、今度食事でもご馳走してちょうだい」


 そうは言うが、一度たりとて奢らせてもらったことがない。必ずリンジーが払ってしまうので、いつも借りを作ったままなのだが彼女は「私より後輩にしてあげなさい」と言って聞かないのだ。本当に出来た先輩だな。
 忘れ物がないか丁寧に確認。
 部屋にある姿見で身なりが崩れていないかを確認。
 よし、大丈夫だな。

 それにしても、このメガネ…丈夫だな。

 物心ついた時からかけているこのメガネ。
 昼間に故意に落とされたものの、傷ひとつない。
 実はこの17年、壊れたことがない。
 ふと視界に入ったメガネに記憶を掘り返してみるものの、そもそもどうやって与えてもらったかも忘れてしまっていた。いやたぶん両親に購入してもらったんだろうけど、その記憶すらないな。まあ、そんなもんか。

 ギルドの裏口から外へ出ると、辺りはすっかり夜の色をうつした街並みへ変わっていた。
 空は橙色から藍色へと表情を変える最中だが、電気などないこの世界は夜への備えが早い。
 早く用事を済ませてしまおう。明日はようやく休日だ。…ん、休日?


「やあ、お疲れさま。アビゲイル」
「……アラスター様」


 歩き出して数歩で呼び止められ、声のする方へ向き直る。建物の影から現れた彼は、壁に凭れながら腕を組んで微笑む。
 彼は髪色も普段の服装もさることながら闇に紛れるのがとても長けているので、声がするまで全く気が付かなかった。隠密スキルみたいなのがあったら、絶対気がつけないわな。あるか知らないけど。


「何かご用でしたか?」
「私も帰る途中だったんだ。だね」
「……」


 絶対に奇遇ではないことだけは分かった。
 仕事中に用もないのに来て話し込んだりすることはしょっちゅうだったけど、仕事終わりに待ち伏せられたのは今日が初めてだ。ちょっと怖い。だから先輩に粘着男なんて言われるんだ。
 と先輩とアラスターが言い争っていたことを思い出すと、芋づる式に彼の唇が私の耳に触れていた時のことを思い出して、瞬時に体温が上がる。
 まだ思い出すたびにカーッと体が熱くなる。さながら生娘のようだ。いやまあ今世ではそうなんだけれども。前世の記憶はあるものの、肉体的な精神年齢に引っ張られるんだろうか。


「えぇ、ですね。お暇なだけなのかと」
「いつもの調子に戻ったようだ」


 昼間ほど彼の顔を見られないわけではなくなった。
 平常運転よろしく皮肉を込めて言えばそれはそれで楽しそうにくすくすと笑いながら歩み寄ってくる。
 ここ数日出来なかったいつものやり取りが出来て、嬉しく感じている自分もいて、我ながら素直じゃないと思ってしまう。いやまあほら、暇つぶしになるし。彼はなんだかんだ暇つぶしに付き合ってくれるし、うん。
 ふいと進行方向に向き直って歩き出せば、ナチュラルに私の隣を歩き出す彼が、昼間の耳側に立っているので警戒を込めて見上げる。


「……」
「どうかしたかな?」
「いえ別に」
「顔が赤いようだが、体調でも?」
「誰のせいだと」
「私であれば光栄だな」
「…違ったら?」


 私しかいないだろうとばかりに楽しそうに歩く。
 それは確かにそうだけど、なんだか意地悪く返してやりたい衝動に駆られる。あなたが知らないだけで私が顔を赤くする人がいたら、どんな反応をするんだろうって気になってしまった。
 自惚れてるかもと言ってすぐに少し後悔をするけど、散々振り回されているわけだし、少しくらいは。
 私の言葉を聞いて瞬時に彼の表情が一変する。口角を上げたまま目元は笑わない…あの怖い顔。


「………聞くかい?」
「やめておきます」
「この街で1番効く虫除けを作る薬師を頭の中で探し回ったところかな」
「それが唯一言える範疇なのが怖いです」
「私はそれだけ君に夢中だと、知ってもらえると思って」
「ははは、脅しの域ですよそれ」


 全く、仕方のない人。からからと笑う私を見て彼も嬉しそうに笑みを浮かべた。
 良く笑う人だなと思っていたし、実際笑顔を絶やさないようにして人当たりの良さを演出しているのかもと印象付けていた。それも事実だし。
 けど、私が笑うと彼はさらに笑みを深めてくれるので、笑ってほしいって言われている気がして、少し、照れた。あー自分チョロい。
 されてもこうやって普通に対面したり話せたりして、むしろ嫌だと思わないなんて。普通は拒絶反応とかあるだろうに。

 そういえば、私成分がキャパオーバーでどうたらこうたらとか言っていたが、どうなったんだ。現にこうして会いに来てるし。私が自分で言うのも自意識過剰で変だな。でも、彼がそう言ってたんだし。いや真に受けすぎだろうか。しかし気にはなるし…


「私に会っても胸は破裂しなくなったんですか?」
「あぁ……ふふ、破裂しなくなったよ」
「それはよろしゅうございました」
「どころか、堰を切ったようにもっと君に会いたくなってしまってね」
「厄介な病状ですね」
「この病は君にしか治せないんだ」


 アラスターが歩を止めて、私の手を取る。
 そのまま彼の心の臓へ導き手を当てられたので、思わず私も歩みを止めた。
 とても柔らかく笑みを携えながら首を傾げて見つめてくる彼に目を奪われる。


「私の病を、治してくれるかな?」


 闇夜に浮かぶ金色の瞳は、さながら月のようだ。
 美しい瞳に、視界を奪われて。縫い付けられて。逸らせなくなる。
 恋の病と揶揄したいんだろう。そう意味で言ったんじゃない。病気なんじゃないかって悪口のつもりで言ったというのにこの男ときたら。
 そんなことを恥ずかしげもなくサラリと言ってのけるので、この色男は誰にでもこんなキザなことを言うんだろうと言ってやりたいところなのだが。
 ただ真っ直ぐな視線に、毒気を抜かれる。
 ずるい。そんな目をされたら本気かもって嫌でも思わされる。


「どう……やって…」


 そもそも私は患ったことのない病だ。治し方など知る由もない。どうやって治せるんだよってツッコミを入れてやりたいのに上手く言葉が出ない。
 狼狽える私に、自らの胸に当てていた私の手を今度は口元に引き寄せて、手の甲へ口付ける。


「今日よりも、甘い、ひとときを私に」
「~~~っ!!!」


 言葉の合間合間に何度も手に口付けを落として願い事を告げる彼を見て、全身の血が沸騰するような感覚に陥る。

 今日!?今日って、あの、昼のより!?あれより甘い!?むり!!むりむりむり!!!卒倒するわ!!!

 頭から湯気が出ているんじゃないかってくらい顔に熱が集まる。無理すぎる。この羞恥から逃げ出してしまいたい。
 完全に硬直している私に彼は大人しく手を解放した。


「可愛らしい反応が見たくて、またやりすぎてしまったようだ」
「そう、思うなら…遠慮、してください」
「きっとまたすぐに謝ることになるだろうから、控えめに謝っておくよ。君は私を夢中にさせるのがとても上手だから…つい、ね」
「……」


 だめだこの人。ああ言えばこう言うタイプだ。分かってはいたけれど。
 キリがなさそうなやり取りに返答するのを諦めて、こんなことをしていたらいつまで経っても夕食はおろか食材にもありつけない。
 沈黙の後に大きく溜め息をついて、再び歩き出す。
 私が言い返せなくなったらなったで、楽しそうな彼を伴って商業地区へと向かった。




 ーーーーーー




 あらかた商業地区で買い物を済ませて、家路に着く。
 私の家はギルドから少し離れた場所にあり、前世でいうところのアパートのような建物だ。
 全部屋共有のエントランス…というには小さく素朴で簡素な作りの出入り口の扉に手をかけて静止。


「あの」
「なにかな」


 私の買い物に変にちょっかいをかけることもなく大人しくついてきていたアラスター。たまに会話をして、いつ帰るんだろうかとずっと疑問に思いながら結局家まで着いてしまった。
 本当にずっと着いてくるなんて思いもしなかった……いや着いてくるかもしれないと思ってはいた。
 実のところ一人で買い物するより彼がいてくれたおかげで、一人の寂しさは紛れたし、なんてことないいつも通りの会話も楽しめたから……まあその、別に楽しくなかったわけじゃないのだが。

 未だ背後にある気配に、部屋まで入って来る気かと振り返る。


「私の家、ここなので」
「そうだね」
「……それじゃあ」
「アビゲイル」


 話が噛み合っていない気がする。
 これじゃあ堂々巡りが続きそうなので、強制的に切り上げることにして扉を開いて、呼び止められた。


「はい」
「おやすみ。良い夢を」
「……おやすみなさい」


 良かった、ちゃんと帰ってくれる。
 安堵して扉の奥へ入ろうとして、はっとして動きを止めた。
 もしかして送ってくれたのかな。
 振り返ると、アラスターはすでに背を向けて歩き出していた。仕事終わりに出待ちしたりするわりに、こういう時はやけにすんなりと引き下がる。相変わらず掴めない人だ。


「アラスター様!」


 何かしら気を利かせてくれたのかもしれないなと思うと、彼の背中は少し寂しげに見えてきた気がして思わず呼び止める。
 道の先で振り返った彼が不思議そうにこちらを見ている。


「アラスター様も、良い夢を!」


 そう告げると彼はひらひらと手を振って応え、今一度背を向けて歩き出していった。
 すぐに部屋に入るつもりだったのに、結局彼の姿が闇夜に溶けるまで見送り、満足して2階にある自分の部屋へと向かう。

 買い物した荷物を下ろし、夕食を作らなきゃと支度をし始め、つい思い耽るのはアラスターのこと。
 今日は彼に振り回されてばかりだったなあ。我ながらあんなに良いようにされて、よくもまあすんなりと気を許せているものだ。
 未だに耳と手の甲に残る彼の唇の感触を思い出して、また触れられた場所へ熱が集まるのがわかる。あーだめだだめだ、思い出せば思い出すほど恥ずかしい。

 …あれ、そういえば明日、彼と約束をしていたけど。どうしたらいいんだろうか。

 そう思うと同時にコンコンと小気味の良い窓を叩く音が聞こえて、背後にある私の部屋の唯一の窓へ視線を向ける。


「カァ!カァ!」
「……え、カラス?」


 窓辺にカラスが止まっている。
 鳴いて、嘴で窓をまた叩いて、まるで開けてくれと言わんばかりに。
 よくみるとその足に何かが巻き付いている。
 なんだろうと思って慌てて窓を開けると、カラスは部屋に入り込むことなくその場で待機している。
 こちらを一瞥し、自身の嘴を足に向ける。
 意思を持ったように指し示され、促されるままにカラスの足に括り付けられたものを取ると丸められた紙の切れ端のようだった。


『明日、十時に先日の広場で』


 ただそれだけを綺麗な字で書き添えられた紙を見て、送り主が誰が明白だった。
 このカラスは彼が出した遣いだったんだろう。
 私が紙を受け取ったのを見ると、再びに夜空に飛び立っていった。
 黒い姿に金色の瞳。彼と同じ色を身に纏ったカラスが飛んだ空を覗いても、もうどこにもその姿を見つけられなくなっていて、夜に溶けてしまったようだとぼんやり思いながら窓を閉める。
手にしたくるくると癖のついた紙を大事に握りしめて、私はそっと窓を閉じた。







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