太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

偏愛と告白

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 ギルドの天窓から差し込む朝日が目に染みる。
 昨日の雨模様などなんのことやらといった様子で清々しいほど晴れ渡る空を、窓越しに恨めしげに見る。

 案の定、よく眠れなかった。

 ベッドに入ってからもやり取りを思い出しては、体の内には抑え込めない思いに身を捩る。
 キスってあんなに素敵なものだっただろうか。
 前世では恋愛経験値はゼロではなかったし、キスだってしたことはあるし、性経験も一応だがあった。
 記憶上どれにも当てはまらない経験。
 まるで御伽話で読むような、それはそれは多幸感で満たされた一瞬だけれど永遠のような刹那。
 寝ても覚めても考えるのは彼のことで。そんなに思考を囚われた経験などなかったから、これが思慕の気持ちだなんて夢にも思わなかった。


「あら、早いわねアビゲイル」
「おはようございます、先輩」


 眠れなかったこともあって、遅刻するわけにもいかずかなり早く出勤してきた私を見てリンジーが驚いている。
 そもそも常だって指定の時間よりも早く来ているのが私のポリシーだったけれど、やっぱりちょっと早すぎただろうか。
 ここ1時間くらいは一人でカウンターに座ってボケーっとしていたしな。
 もうじき始業時間になるし、早朝訓練を終えた冒険者たちがぞろぞろと来訪するだろうから背筋を正さないと。


「おっはよー!アビー!」
「今日は天気が良いのぅ」


 勢いよく開かれた扉と共に現れたのはユリシーズとヴィクター。そしてその後ろに。


「おはよう、アビゲイル」


 アラスター。
 いつも通り黒の装備を身に纏い、いつも通りに微笑んで挨拶を告げる彼。でも全てがいつも通りなはずなのに、私にはなんだか違って見える。
 穏やかで紳士然としていて、それだって常と変わらないはずなのに私には一際柔らかく見えた。
 それがなんだかすごく恥ずかしく感じてしまって、顔に集まった熱を誤魔化すように俯く。


「お、はようございます…」
「「「「…………」」」」


 沈黙。
 この場に居た、私以外の全ての人間の一斉の沈黙に何かまずいことをしたのかと恐る恐る顔を上げる。


「アラスターお主…」
「えっ!?えっ!?なに!?そゆこと!?」
「…はぁ」
「なんのことかな?」


 呆れた様子のヴィクター。
 ソワソワと少し楽しそうに声を上げるユリシーズ。
 盛大な溜め息をつくリンジー。
 首を傾げてとぼけて見せるアラスターは、隠せていないほどご満悦そうだ。


「そんな眩しい笑顔でとぼけるのは確信犯でしょーに!ちょ、やばい!話聞きたい!」
「やめんかユリシーズ、無粋じゃぞ」
「アビゲイル、アラスターに何かされたらすぐ言うのよ?私が代わりに殴ってあげるから」
「君は私をなんだと思っているんだい」
「獣よ、獰猛なね」
「それはそう」
「じゃな」
「ひどいなあ、私ほど誠実な人間はそういないよ」


 私はただ挨拶を返しただけなのに、やいのやいのと騒ぎ立てる3人。
 なんだかむず痒さがあるけれど騒がしいその様子に、少しだけ恥ずかしさが払拭されてはにかむ。
 本当に恵まれてるなあと実感する。
 私を案じてくれる人がこんなにいて、それでもあまり詮索はしまいとこちらを尊重してくれたり。
 大切にしたい、この温かい感情を。


「あの、それより皆さんお揃いなのは珍しいですね?」
「ダンカンに呼ばれていてね、早朝訓練が終わったら来るように言われていたんだ」
「ギルドマスターに?」
「そうだ!早く行かないと怒られるよ~!」


 ひゃー!と急に慌て出したユリシーズが、二人の背を押して奥の応接室へ促す。
 慌ただしく入って行った3人を尻目に、嵐のようだったなとひと息つく。
 私とリンジー先輩の間に絶妙な静けさだけが残る。何か言いたそうだけど、たぶん言わないようにしてくれている。
 思えばアラスターがしつこくしてきた最初からリンジー先輩だけはずっと警戒していたし、止めてくれていた。その都度アラスターと言い合いになっていたので大変だったけれど。
 心配をかけているからこそ、今度しっかりと彼女と話す時間を設けなければ。

 しかしS級にA級にとなんだか仰々しいメンツに何かあったのかなと首を傾げるものの、一介の受付嬢にそんな話は知る必要もないか。


「アビゲイル」
「はいっ!?」


 不意に後方からまだ聞きなれないバリトンの声に呼ばれ、肩を跳ね上げる。
 すぐさま振り返ると、応接室から顔を覗かせるギルドマスターが見えた。


「来い」
「はい!!」


 顔も強面、凄まじい巨躯に、低音のきいた声。
 ギルドマスターは威厳を感じると同時にちょっとだけ怖い。
 短く告げられ、駆け足で応接室へと向かう。お茶か何かをご所望だったのだろうか?それとも先ほどのアラスターたちとのやりとりに叱られるのだろうか。そろりと部屋へ入ると、先に入室していた3人がぎょっと私を見る。


「えっ、ギルマス!?本気?」
「確かにアビゲイルは教養もあるし、面倒見も良いがのう」
「…あの、失礼ですが…どういった」
「容認できない」


 ドンッ!!と3人が腰をかけていた前にある長方形のテーブルが音を立てて割れた。

 ……割れた?

 あの、なんでちょーっと力強く手をついただけで壊れるんですかね。さすがにテーブルの寿命というわけではなさそうだけど。
 テーブルを壊した張本人であるアラスターを一瞥する。その顔にいつもの笑顔は無く、真剣に怒っているようだった。

 そもそもギルドマスターにはなんでも素直に言うことを聞いていたはずなのだが、こんなに強く拒絶の意を示すのは初めて見たかもしれない。


「お前の事情など知らん」
「彼女を伴うのなら、私は今回は降りる」
「ならお前だけ降りろ、どちらにせよアビゲイルに任せる」
「私の手が必要なのではなかったかな、ダンカン」
「驕るなよ若造。いつから俺にそんな口を聞けるようになった」


 ぴり…と張り詰めた空気が漂う。
 今にも双方殴りかかりそうな勢いだ。
 さすがに同席しているユリシーズもヴィクターも固唾を飲んでいる。それくらい息苦しさを感じる空気だ。
 そもそもなんでこうなった。私は全く状況が飲み込めていないのに。


「あ、あの…」
「なんだ」
「私にも、詳しくお話をお聞かせ願えませんか?」
「ああ、そうだったな。まあ座れ」
「…はい、失礼します」


 私の介入に不満を露わにしているアラスターも、ひとまず空いている席へ腰を下ろす。同時に私も彼の隣の席へ腰を下ろした。
 目の前にある壊れてしまった悲壮感たっぷりのテーブルに同情をしつつ、上座へいるギルドマスターに視線を向ける。


 数日後、この街に勇者と聖女一行が訪れる予定になっているらしい。それもこの街のギルドと冒険者を視察しに。

 そう、いるのだ。この世界にも勇者なるものが。いよいよ御伽話みたいだとは思う。けど子供の頃から読み聞かされていた英雄譚も、ほとんどが勇者の成した偉業のものばかりだった。もう慣れたし、存在するのが当たり前なんだなくらいに認識していた。
 そして、人生で関わることのない人物だろうなと、今日この時まではぼんやり考えていた。


「お前には滞在中の三日間、勇者様に従者としてついてもらう」
「……わ、私がですか!?」
「そうだ。そして同行する聖女様にはお前ら3人が護衛として付け」
「分からないな。従者なんて貴族の令嬢でもあてがっておけばいいだろうに」
「ギルドに視察に来るんだ。ギルドから人選しろとの領主の命だ」
「他にも適任はいるはずだと言っているんだよ」


 再びひりついた空気が漂い始める。
 …まずい。
 ユリシーズもヴィクターも先ほどから顔を真っ青にしながら自分たちに飛び火しないように視線を逸らしている。
 私だって逃げ出したい。現に二人の威圧に気絶しそうだ。


「コイツの仕事ぶりを評価しての采配だ。後進に経験を積ませるのの何が気に入らん」
「気に入らないね…私はリンジーが適任だと思うよ、彼女は元冒険者だろう?」
「今回の依頼に危険はない、聖女様の護衛も体裁を整える必要があるからだ」
「ならそれこそ貴族の令嬢の方をあてがう方がいいんじゃないかな?勇者とやらは国の第二王子と聞くからね」
「お前…ガキみたいに駄々をこねるのも大概にしろよ?そもそも今までコイツにちょっかいかけていたのを看過してやってるだけありがたいと思え」
「それこそ感謝してほしいよ。私が仕事に駆けずり回ったからじゃあないか」
「なんでもかんでも一人でやってのけたとのぼせ上がりやがって。過信するから今だに引退した俺に負けるんだ」
「へぇ?なら今すぐに勝敗をひっくり返してあげても構わないけれど」
「ケツの青い若造に負けるほど落ちぶれちゃいねぇな」


 あーーーいよいよまずい。
 どう止めようか悩んでいる内にどんどんとヒートアップしていってしまう。
 うろたえながら、ユリシーズに目線を向けると両手を合わせてお願い!とでも懇願する顔を私に向けている。
 仕方ないか。
 大きく息を吸い、吐く、もう一度大きく息を吸い込み。


「お受けします!」


 今までにないほど私の大きな声が響く。
 張り詰めていた空気が双方から無くなるのが手に取るようにわかる。
 アラスターは弾かれたようにこちらに顔を向けて、驚いている。
 まあでもこうしないと、話は平行線だし。



 ーーーーーー



「あとはお前が説得しろ、詳細は追って伝える」


 そう言い残して、ギルドマスターはさっさと応接室から出て行ってしまった。扉を閉めるときに大きな音を立てていたから、あれはまだ相当アラスターに怒っている。
 ユリシーズとヴィクターもいたたまれ無くなったようで「それじゃあまた後で…」と弱々しい口調で逃げるように出て行ってしまったし。

 結局、私が受けると言ってからすっかり黙り込んでしまっているアラスターと二人きりで取り残されたというわけだ。

 どうしたものか…

 そもそも説得って言ったって、なぜ彼がこんなに私がこの依頼を受けるのを強く否定していたのかもわからないし。
 私がこの仕事を受けるには不適切だと言いたいわけじゃなさそうだったもんな。とにかく私じゃなきゃなんでも良いって口振りだった。

 考えても仕方がない、本人に聞いてみるか。

 そう思い直してアラスターへ視線を向ける。
 今は背中をこちらに向けられていて、表情を伺うことは全く出来ないが…とんでもないくらい背中から悲壮感というか、怒りというか…色々な感情が織り混ざった印象を受ける。


「アラスター様」
「……」
「その、どうしてそこまで頑なに拒まれるんですか、」
「……」
「アラスター様…」


 彼は応えない。
 普段はあれほど冷静で紳士な彼が、ここまで頑なになる姿を見たことがないので私もどうしていいかわからない。
 彼だってダンカンの言うことが理解できないわけじゃないだろう。私としてはギルドマスター直々に評価されているということが判明して誇らしくすら思っている。


「アラン様」
「…っ」
「アラン様、教えて下さい」


 昨日教えられたばかりの彼の愛称を口にしてみれば、かすかに肩が揺れて反応するのが見えた。

 ここだ!ここを突くしかない!

 勝機を確信してさらに追撃の一手を加えると、アラスターは顔を俯いたままこちらに向き直る。
 私の手をとって、少し強く握る。


「…アビー」
「はい」
「君は、自分の意中の相手を誰かの側付きにさせたいと思うのかい?」
「…それは」
「私はすごく嫌なんだ」


 ああ、だからギルドマスターに子供みたいに駄々をこねるなと言われていたのか。完全にアラスターが拒否する理由を見抜かれていたというわけだ。
 相手は聞く限りじゃあ勇者で第二王子なのに、そんなことお構いなしなんだろう。
 けれど同時にらしくないなとも冷静に考える。

 でもそれは私のせいだ。
 私は明確に彼の告白に対して返事をしたことがない。彼には言わずとも私の気持ちなど随分と前から悟られているような気もするが、気持ちを明言されないと不安なのはよくある話だし、彼もまたその症状に悩まされているというわけだ。
 私が自己完結してしまっているから、余計に。
 恋の病とは末恐ろしいんだな。

 なんて返すべきかと悩んでいると、少しだけ私の手を握る彼の力が強くなったのを感じて違和感を覚える。
 これは…


「アラン様、何か良くないことを考えていますね」
「……お見通しだね。君を攫って逃げてしまえば問題解決するかと」
「なんの解決にもなってないのは貴方が1番わかっているでしょう?」
「………」


 再び沈黙。
 その沈黙は理解していると肯定しているようだ。
 時間が経つほど、言葉を交わすほどに彼の怒りが少しずつでも解きほぐされているのは肌で感じる。
 あんなによく分からない人だと思っていたのに、今は手に取るようにわかるなんて本当におかしな話だ。
 彼が1番今何を求めているのかも分かるし、そしてそれは得られないだろうと思っていることもよく分かる。

 仕方のない人だ。

 深呼吸をして、彼の手を握り返す。


「アラン様、お気付きかもしれませんけど…私は貴方をお慕いしています」
「……」


 再び弾かれたように彼は顔を上げ、私をぱちくりと見る。
 私から言われる事はないだろうと思っていたんだろう。でもそうだ、きっと言うなら今だ。それが最も効果的だと私は思ったのだ。

 彼が過去の話をしたときに逃げ道などないとでと言わんばかりに告白をしてきたように。
 想いを告げるならこれほど絶好の機会はない。

 少しの間の後、すぐさまがばっと私を強く抱きしめる。
 今までのまだ余裕を滲ませていた優しい抱擁ではなく、微塵の余裕もなさそうな硬い抱擁。


「あぁ…アビー、アビゲイル」
「はい」
「私も、私も…君をとても愛している」
「はい、私もです。アラン様」


 縋り付くように何度も私に擦り寄り、ここにちゃんと私がいることを確認するように撫でては再び強い抱擁。
 アラスターの背を宥めるように撫でて、彼の気持ちへ応える。


「私じゃ役不足って言われてる気がして、少し傷付きました」
「ああそんな…決してそんなつもりはないんだ。君が納得するまで謝罪する」
「分かってますよ、意地悪な言い方をしてすみません。でもギルドマスターに仕事ぶりを評価されて嬉しかったので、今回のお話も頑張りたいです」
「…うん、そうだよね」
「勇者様?たちにギルドや冒険者の皆さんの優秀さを存分に堪能してほしいです」
「うん」
「それにお仕事ですから、一緒に頑張りませんか?」
「……善処するよ」


 子供じみた返事をする彼に思わず笑いそうになる。今まで見せていた紳士然はどこへやらだ。
 素直に分かったと言わない辺りが、彼らしいなと思ったもののひとまず了承は得られたから良いか…と胸を撫で下ろした。


 しばらく私からアラスターがひっついて離れたがらなかったので、少しの間ならかまわないかなとそのまま彼の背を撫で続ける。
 彼の肩越しに目線を落とすと、何の罪もないテーブルだけが無惨な姿で放置されているのが目に入って新しいテーブルを発注しておくか…と妙に冷静に考えていた。




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