太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

交差する優しさ

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 石造りの大きなアーチ状の入り口を歩く。
 少し薄暗くトンネルのような空間に広がるこの場に、打ち合う木剣の音や冒険者たちの賑やかな声が反響している。

 抜けた先に広がる空間吹き抜けとなり、格闘訓練が出来るように大きな地面のフィールドが広がっている。
 そのフィールドを囲うように観客席が備えられていた。


「こちらが冒険者の訓練場です」


 先頭を歩いていた私が振り返るとレオニス様が観察するように辺りを見回している。
 その場に現れた勇者一行に、訓練場を利用していた冒険者たちが思わず手を止めた。
 この街の誰もが知っている勇者の視察だし、この場にいる冒険者たちも重々承知の上。
 通常通り、訓練場の利用は許可されているんだけど…やっぱり当人を目にすれば嫌でも手を止めたくなるよな。

 打ち合う音が止んだその空間で「あれが勇者様と聖女様」と小さな囁き声が聞こえてくる。

 冒険者たちの間に走る緊張が手に取るように分かる。視察を邪魔しないように手を止めるべきか続けるべきか、彼らも彼らで迷っているんだ。

 これではきっと視察の意味も無くなってしまうから、どうやって声をかけようかな…と少し思案した時だった。


「今日はこの場所を視察させてもらうが、ギルドからの信頼厚き君たちの日頃の鍛錬も是非見せてほしい。気にせず続けてくれるかな?」


 全員に聞こえるように大きいけれど、決して圧力をかけないようにレオニス様がそう声をかける。
 ひらひらと手を振り柔らかい笑顔を見せた彼の砕けたその様子と言葉に、冒険者たちは気を取り直すと先ほどよりも張り切って訓練を再開し出す。

 ただ気にするな、と言われただけじゃ彼らだって納得しないだろう。
 ギルドが彼らを評価し、信頼している事を伝えて鼓舞する。
 この人はこういった類の配慮がとても長けているんだな。だから平民からの信頼も厚いわけだ。

 お互いに変な軋轢が生じなくて良かった。
 私がほっと胸を撫で下ろすと、金色の髪が揺らめく。


「これで良かったかな?」


 まるで悪戯を成功させた子供のように笑って見せる彼は、私に近寄り過ぎない距離で小さく告げた。
 金と碧が無邪気に揺れるたびに光を反射し、キラキラと瞬いている。本当に眩しいほどイケメンだ。
 私が困っていた事を察してくれたんだろう。
 自分が言うべき言葉が合っていたかを確認されて、私は素直に頷いた。


「助かりました、ありがとうございます」
「感謝には及ばないさ。僕だって彼らがどんな鍛え方をしているのか見てみたいからね」
「張り切り過ぎて怪我をしないか心配ですけどね」
「ははは!確かに、それは困るね…でも良いことだ」
「怪我がですか?」
「いや、彼らの誇りがだよ。僕はギルドに信頼されていると伝えただけなのに、彼らは応えようとしてくれるところがさ…」


 そうして冒険者たちへ向き直るレオニス様は、慈しむような希望に満ちたような眼差しをしている。
 ギルドと冒険者の関係は、一般的にあまり良いものではない。
 他の街のギルドは冒険者をその数の多さゆえに人的資源としか捉えず、対応が良くないところも多いらしい。
 また荒い使い方をされる冒険者も尊重してもらえない事に不満を募らせ、その鬱憤を別の形で発散しようとする。
 そうして街の治安や冒険者の評価は悪くなる一方。まさに悪循環。

 そうした状況をレオニス様は当然知っているだろう。だから、冒険者だけじゃなくギルドに対しての賛辞を含めた言葉に私はつい嬉しくなってしまった。


「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
「皆の努力の形は美しいね。…少し彼らを見て回っても良いかな?」
「はい。レオニス様から教えていただければ、皆喜びますよ」
「教えるなんて大層なものじゃないさ、君たちの意見を聞きたいだけだよ」


 そうしてレオニス様が向いた先は、アラスターを含むルミア様の護衛3人だった。
 急に話を振られてユリシーズなんかは少し驚いている。


「普段は君たちが指南しているんだろう?それも見てみたいな」
「えっ、でもルミア様の護衛中ですし…」


 ユリシーズがあからさまにどうしよう…って顔で慌てている。いくらここが冒険者たちのテリトリーとは言え、危険がないとは言い切れないしな。
 でも確かに…私も教えてもらった冒険者づてに聞くことはあっても、3人が実際にどういったアドバイスをしているのかは見たことがない。
 なので少し興味がある。
 特に先ほどからだんまりとしてルミア様の側で控えているアラスターに関しては、想像すらできない。


「なら、順に回っていこうか。あそこの弓使いの子は?」
「彼女はDランクの冒険者ですね」
「私が指南してます~!」
「ユリシーズ嬢が?君は双剣使いと聞いていたが、弓の心得が?」
「エルフなので、ある程度…くらいには~」


 護衛の任からは離れられないため、レオニス様が気を回して歩き始める。
 ユリシーズも彼の提案に安心して見せ、いつもの調子でスラスラと答えだした。
 私たちはそれに続いてレオニス様の疑問に答えながら進めていく。
 私が冒険者の情報を伝え、それぞれ指南にあたっている者が答えつつ巡回することになった。

 たまに私に声をかけて労ってくれる冒険者がいたり、レオニス様の巡回に緊張して空回りする冒険者がいたり、少し楽しい。
 ランクという実力差はあれど、私にとってはみんな誇らしい冒険者に代わりはなくて。
 時折、直接アドバイスをしながらも冒険者たちと笑い合うレオニス様を見て安心した。

 …昨日は距離の近さに驚いたけど、今日は一変して適度な距離感で接してくれる彼に安堵している。
 私がレオニス様に興味がないのが伝わったんだろう、ちょっかいを出されて困っていたので本当に良かった。

 視察とはいったものの何気ない平和を噛み締めるように私は再び胸を撫で下ろして、ふと背後へ視線を向ける。
 指南しているヴィクターとレオニス様のやり取りを眺めて佇むアラスターとすぐに視線がかち合い、彼はやんわりと私に微笑みかけてくれた。
 良かった。彼も今日は比較的穏やかそう。

 昨日はお互いに嫉妬してしまっていたけれど、誤解も解けたし、なにより彼の腕の中は気が休まって暖かかった。
 たくさん元気をもらってしまった。もらってばかりだから今度、何かお礼をしようかな。
 つい、口元が緩んで、私もアラスターに微笑み返す。


「あちらの長剣の彼は…君が指南しているのかな?アラスター」
「…私だね」


 ふとレオニス様から声をかけられたアラスターは、眉根をぴくりと動かしてから声の主へと向き直り答えた。
 いけない…また仕事中に彼のことを考えてしまった。気を緩めるとついアラスターに気がいってしまう自分の頭を心の中で叩き、私も向き直る。


「彼はBランクの剣士ですね」
「なるほど。僕も長剣を使う剣士だからね…君はどう思う?」


 私が答えるとレオニス様は頷いて、自分の腰に下げた長剣をさし示しつつ再度アラスターに問いかけた。
 なんとなく、本当になんとなくなんだけど、アラスターはレオニス様のことが多分嫌いだと思うから、少しヒヤヒヤしながら私も様子を窺う。
 …というか、なんで彼が指南してるって分かるんだろう?
 アラスターが武器を長剣を帯刀しているところを見たことは一度もない。そもそも彼が武器を携帯しているのすら見たことがない。
 戦闘が出来る人たちの当たり前なんだろうか?


「彼を、どう見る?」
「…潜在能力はあるけれど、実力と噛み合っていないと私は見ているかな」
「僕もそう思うよ。彼、武器を変えた方が良いんじゃないかな。どうして彼に長剣を?」
「彼が希望するからね、それに従っているまでさ」


 先日のように仰々しいほどに畏まらず、いつもの口調のアラスターとレオニス様。
 一見少し打ち解けたのかなと双方の表情を確認する。うーーーん、どちらも笑顔。
 ……でもなんか、怖い。あれだ、アラスターとリンジー先輩が言い合った時みたいな怖さを感じる。



「武器の変更を勧めなかったのかい?彼の成長を阻んでしまっているよ」
「剣士が良いと言って聞かないからね。私はそれを尊重したまでさ」
「大きな体格、体運びから見ても戦鎚や大楯と戦棍のような大きい方がより活かせると思うんだけどなあ」
「体格的にはそれがセオリーだろうね。だがそれらが長剣に活かせないとも限らないよ」


 …ん?ちょっと口論になってる?
 何気ない意見の出し合いかと思って様子を見ていたのだが、どうにも両者の意見が割れて衝突してきているように感じる。
 交互に二人の表情を見る。どちらも笑顔は崩していない。けれど…段々と周囲を纏う空気が冷たくなってきたような気がする。
 ぴんと張り詰めた糸を張って、互いに牽制し合うような。

 チラリとルミア様を見ると彼女は私に肩を竦めて見せた。私の予想は確信に変わる。
 どうしてこの二人は隙あらば衝突するのか…頭が痛い。

 どうにか止められないかと思考を巡らせる。
 ええと剣士でBランク冒険者の彼の情報は…


「あの」
「どうかしたかな、アビゲイル嬢?」
「えっと、彼は…お父様が王都で騎士団に所属されています。そのお父様への尊敬の証として剣士になった…と本人から聞きました」
「ああなるほど。さすがだね、アビゲイル嬢。普段から冒険者たちの話に良く耳を傾けているんだね」


 いつだったか、剣士の彼が嬉しそうに笑って語ってくれた事を思い出して告げると、レオニス様は優しげにうんうんと頷いた。
 そうしてアラスターへ再度向き直る。


「君がそうした思いまで配慮しているとは思わなかったよ、許してくれるかい?アラスター」
「…許すも何も、当然の疑問に答えたまでだよ」


 お互い、にっっっこりと不自然なまでの笑顔でやりとりに少し胃が痛くなってきた。
 溜め込んでいた息を大きく吐き出して、そろそろ巡回をやめて訓練場の次の場所へ案内しようと気を取り直した時だった。


「あぶない!!」


 誰のとも分からない大きな声がした方へ視界を向けると、木剣がこちらに目掛けて飛んでくる。
 え、飛んで!?なんで…!
 わけが分からなくて当たる!と思わず目を瞑る。


 ——沈黙。


 自分に衝撃はない。
 もう当たっていてもおかしくはない。
 でも嗅ぎ慣れない清涼感のある香りと馴染みのない感触が私を包んでいる。
 なにが、起きて…?

 不思議に思って目を開けると、私はレオニス様に庇われるように抱き留められていた。
 距離の近さにひゅっと息を詰まらせる。
 そしてレオニス様の肩越しには、アラスターが木剣を手にこちらを向いて立っている。


「……」
「アビゲイル嬢、大丈夫かい?」


 突然の出来事にやや放心気味に硬直していると、レオニス様が心配そうに私の顔を覗き込む。
 本当に、心配そうな、顔で。
 けどすぐに彼はハッとした顔で私からすかさず離れた。


「すまない。君が危険だと思ったので…つい…」


 触れるつもりはなかったと申し訳なさそうな彼。未だ動き出さない思考を私の中の何かが呼び覚まして、慌てる。


「とんでもないです!むしろありがとうございます…」


 少々混乱したままの頭でとりあえずレオニス様にお礼を言わなきゃと深々と頭を下げた。
 彼に庇わせてしまうなんて、申し訳ないにも程がある。
 けど不思議と昨日までの嫌な感じはなくて、ただ驚いた。庇ってくれたことよりも、ただすんなりと離れてくれたことが。


「お礼は彼に言うべきだよ。君がキャッチしてくれなかったら当たっていた。助かったよアラスター」
「感謝は不要だよ」
「アラスター様もありがとうございました」


 お礼をアラスターにも告げるが、レオニス様の言葉に耳を疑った。
 え、飛んできた木剣をキャッチ…?
 確かに見た時は木剣を握っていたけれど、キャッチってなんだ。どんな身体能力があればあの一瞬でそんな大道芸みたいなことができるんだろう。
 アラスターはただニコリとだけして、キャッチしていた腕を下ろす。指の間からパラパラと破片のようなものが散っている。

 慌てた様子で木剣を飛ばしてしまった冒険者が駆け寄ってくる。


「つい力加減を誤って、握りつぶしてしまったよ。新しい物と交換してくれるかい?」
「は、はいぃぃ!!!」


 満面の笑みでアラスターは見るも無惨な木剣を返し、冒険者がものすごく青ざめた様子ですぐに走り去ってしまった。
 勇者一行の視察につい力んでしまったようで、終始謝罪の言葉を羅列していた。

 しかし、どう誤ったらあの頑丈な木剣を握り潰すことになるんだろう。
 その力の強さに私も思わず身震いをして、走り去っていった冒険者に心の中で合掌した。
 心中お察しします。






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