太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

交差するまなざし

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 些細なトラブルはあったものの、なんとか訓練場の他の施設も案内を終えて食堂へとやってきた。
 昼までに施設のほとんどの案内を済ませ、昼食をこの併設された食堂でとりつつ案内を終了する流れだ。

 昼時とあり活気のある食堂。
 レオニス様とルミア様はその賑やかさに少々驚いていたが、気さくに軽く言葉を交わしてゆく冒険者たちと笑い合っていた。

 事前に通達していたので、席の確保はしておいてもらっているので後はバリエーションのあるメニューの中から好きなものを選んでもらうだけだった。

 各々が好きなものを悩んでいる間、私も何にしようかとメニューと睨めっこをしているとルミア様に声をかけられた。


「アビゲイルさん」
「ルミア様。お決まりになりました?」
「こういったのはなんだか懐かしくて…悩んでしまいますわね」
「ふふ、わかります」


 この世界にはあまり馴染みのないこの食堂も、私やルミア様にとっては前世を彷彿とさせて、懐かしく感じる。
 お互いに何にしようか悩んであれもこれも良いなんて言って笑い合う。その隣でユリシーズがものすごい量の注文をしているのを見て、ルミア様と二人で更に笑った。
 思ったよりも各々が打ち解けてラフに進んだ視察は、初対面の時に比べればかなり息がしやすくなっていた。

 長机に女性組と男性組で別れ、向かい合うように座った私たち。
 こちらはルミア様を真ん中に右にユリシーズ、左に私。向こうはレオニス様を真ん中にユリシーズの前にヴィクター。私の前にアラスターの配置。
 レオニス様とアラスターが隣り合って座っている光景がとんでもなく……眩しい。
 キラキラと眩い輝きを放つ陽の気を持ったレオニス様。
 静かだけれど夜空のように澄んだ輝きを持ったアラスター。
 この二人が並ぶとこんなに破壊力があるのか。
 イケメンってすごい。

 ふとテーブルに置かれたそれぞれの食事に目を向けてぎょっとする。
 あからさまにユリシーズ、ヴィクター、アラスターの食事量が…2人前は超えている。遠慮というものはないのか。
 私の目の前に置かれたサンドイッチがおやつみたいに思えてきた。いや実際は確かに軽食だけど、私はこれで足りるし。


「アビゲイル嬢はそれだけかい?」
「私は少食なので…というより、この3人がおかしいんですよ」
「アビーが極端に少食なんだよ~!ルミア様だってアビーより多いよ?」
「うっ…」
「わたくしの量は普通だと思いますわよ?」
「ですよねぇ~!」
「ははは、小動物みたいで可愛らしいと思うよ」
「レオニス様…それ褒めてないですよね?」
「そう聞こえたなら謝るよ」


 黙々と食べ進めるヴィクターとアラスターをよそに、やいのやいのと話しながら食べ進める。
 ユリシーズだけにとどまらず、ルミア様やレオニス様にもからかわれてしまった。
 サンドイッチの何が悪いのか。この量でもしっかり咀嚼して食べればちゃんとお腹に溜まる。
 みんなちゃんと噛んで食べてないに違いない。恨めし気にアラスターへ視線を向ける。

 アラスターの前の皿を見る。
 あ、またお肉ばっかり食べてる。
 というかめちゃくちゃ綺麗に食べてるのにすごいスピードで無くなるな…
 見ていたら目を伏せていたアラスターと視線が合う。首を傾げて不思議そうにこちらを見て、フォークに刺した肉を少しこちらへ傾ける。


 (ひとくち、食べるかい?)


 決して声には出さないけれど、視線でそう私に訴えかけてくる。
 いや…美味しそうですけど、決して一口食べたいって思ったわけじゃなくてですね。
 でもちょっと気にはなってる…いやいや、人前でもらうわけにはいかない。
 ぷるぷると小さく首を横に振って答えると、彼も小さく頷いて再び食べ進める。

 屋台の食べ歩きを何度かしてるから、私が一口だけ欲しがるのにアラスターは慣れている。
 それがちょっとむず痒くて、嬉しかった。


「ねぇアビー、サンドイッチ美味しい?私に一口ちょーだい!」
「えぇ…まだ食べるのユリ…」
「いーじゃん!あーん!」
「ずるいですわ。アビゲイルさん、わたくしにもひとくちください」


 食いしん坊発動しまくっているユリシーズが、いつも私と食事している気楽さで絡んで来る。いくらなんでも気を抜きすぎな気がすると思っていると、ルミア様まで乗ってきてしまう。
 仕方ないなぁと手にしていたサンドイッチを一人ずつ食べさせてあげる。
 ユリシーズはひとくち、というけれど相変わらず大きなひとくち。
 ルミア様は少し照れくさそうにしながら、小さくひとくち食べた。

 私のご飯が無くなっちゃうよ。全く。
 でもこうして戯れるのはすごく楽しくて、私も困ったように笑った。


「美味しいねー!ちょっとサンドイッチも貰ってくる!」
「ユリシーズ、儂にも持ってきてくれ」
「まだ食べるの!?」
「わたくしも好きな味付けですわ、癖になりますわね」
「そんなに美味しいのかい?なら僕もひとくち貰おうかな?」


 あーん。と冗談を交えて口を開けて見せるレオニス様に私が硬直する。あの、それは、ちょっと…流石に恥ずかしすぎるので、無理です。
 ただでさえユリシーズやルミア様にあーんするのだってちょっと恥ずかしかったのに。

 瞬間、バキリ——と音がした。

 ひゅっと息を詰まらせて音がした方へ視線を向けると、先ほどまで持っていたフォークを片手で真っ二つに折ったアラスターが目に入る。

 (冗談、冗談ですよアラスター様…)

 笑顔を硬直させたまま動きを止めるアラスターに冷や汗をかきつつ視線で宥める。
 絶対にここにいた全員が気付いていたはずなのに、ルミア様はその音が気にならなかったのか…唇を尖らせて不満げな表情をレオニス様へ向けた。


「まあレオニス様、女性同士の戯れに混ざるのは不粋ですわよ」
「これは失敬。つい君たちが楽しそうだったので、混ざりたくなってしまったよ」


 くすくすと笑うレオニス様をよそに、アラスターは替えのフォークを取りに静かに席を立った。言い争いとかにならなくて良かった。
 私は彼の背を見守るように見送り、再び食べ進める。
 ユリシーズに遠慮なくもっていかれたおかげで、大幅に減ってしまったサンドイッチでは流石に少々物足りなくてそわそわする。
 私も何か少なめのものを貰いに行こうかな…でもどれも量が多いからなあ。
 うーんと悩んでいると、レオニス様が自分が食べているお皿を少し私に近寄せる。


「僕ので良ければ、少し食べるかい?」
「いやでも、それだとレオニス様のが…」
「実は朝食を少し食べすぎてしまってね。君さえ良ければ、協力してもらえると助かるよ」
「……ではお言葉に甘えて…」


 そう言われると断りにくくて、少しだけ取り分けてもらう。
 お皿に乗った野菜のキッシュにフォークを立ててひとくち。
 めちゃくちゃ美味しい…!
 相変わらずここの食堂の料理の美味しさは格別だ。
 思わず表情を緩ませて上機嫌に舌鼓をうっていると、レオニス様の視線を感じて目を向ける。


「ふふ、美味しいかい?」
「…はい、ものすごく」
「僕も好きな味なんだ、美味しいよね」


 緩い笑みを携えながら嬉しそうに語る彼を見て、ふとアラスターと屋台巡りをした時のことを思い出した。
 美味しいものを共有するって、すごく…楽しいよね。あの時もすごく楽しかったし。
 レオニス様もそんな気持ちになったのかな、なんて少しだけ親近感が湧いた。

 視界の端に黒色が見えて、視線を向けるとアラスターが戻ってきた。
 手にはフォークとあ、ずるい!食後のデザートにケーキまで持ってきてる!
 しかもそれ私がさっきちょっと悩んでたチョコレートケーキ…

 何事もなかったように席に戻ったアラスターは、デザートをかたわらにおいて再び食事を始めている。
 通りで戻ってくるのが少し遅いな、なんて思っていたらこれだ。私だって仕事中だからと思って遠慮したのに!
 ユリシーズもヴィクターもアラスターも遠慮というものをせずやりたい放題だ。

 隣の四人で話しているが、あまりにもケーキが羨ましくて会話が入ってこない。
 レオニス様にもらったキッシュをすっかり平らげて、アラスターを見る。
 私の視線に気付いているにも関わらず、彼は楽しそうな表情を浮かべながら食事を続けている。分かっていて意地悪してるんだ!ひどい!

 じとりと視線を送っても我関せずを貫くアラスターに、相変わらず視線を向けながら少し頬を膨らませて主張する。
 私が徐々に機嫌を損ねているのに見かねたようにアラスターがチラリとこちらを見る。


 (ひとくち、ください)


 むぅ…と恨めし気な視線に言葉を乗せると、彼は少し笑ってケーキが乗ったお皿を指先で差し出す。


 (好きなだけ、どうぞ)


 やったー!
 声に出さず、口元だけ動かして私に伝えたその言葉に私の機嫌がたちまちなおる。
 お許しを貰ってようやく念願のケーキを頬張り、その甘さに舌鼓を打つ。目をつけていただけあって、やっぱり美味しい!
 これがこの食堂で食べられるなんて…それだけでも冒険者ってなんて贅沢なんだろうかって少し思った。


「あー!アラスターがまーたアビゲイル甘やかしてる!なにそれ!私も欲しい!」
「騒がしいよ、ユリシーズ」
「えー!アビー私にもー!」
「さっきサンドイッチあげたよね?もうダメ。ケーキだけはあげないもん」
「ひどい~!私も貰ってくる~~!」
「ユリシーズ、儂にも持ってきてくれ」


 泣き真似をしながらまた席を立ったユリシーズにヴィクター様がまた自分の分も貰ってくるように伝えている。さっきからこの人は…
 そんな私たちの様子に、レオニス様もルミア様も笑っていた。

 うん。なんか、こういうのってすごく楽しい。
 ケーキの甘さと雰囲気の穏やかさに、私は終始顔を綻ばせていた。



 ーーーーーー



 食事を終え、一服…と言わんばかりにティーカップに口をつける。
 食堂は食事時の賑やかさをすっかり落ち着かせて、私たちの他には数人の冒険者たちが遅い昼食をしに残っていた。


「そういえば、気になったことがいくつかあってね…」


 レオニス様のそんな言葉から始まった。
 カップをソーサーに戻し、テーブルに頬杖を付いて彼は隣にいるアラスターに顔を向けた。


「君、冒険者への指導内容が随分と多岐にわたるよね」
「…私が持ち得たものしか、指導していないよ」


 私は何か指摘されるのかと思って身構えいたのだが、レオニス様の興味はどうやらアラスター本人だったらしい。
 レオニス様の問いに淡々と答えるアラスターは、視線を向けることなくティーカップに口をつけてお茶を楽しんでいる。
 この二人はおそらく潜在的にソリが合わないと私は判断しているので、余計なことを言わないように口を閉ざして様子を見ることにした。

 レオニス様がアラスターに話を振ったのをきっかけに、ユリシーズもヴィクター様もすっかり黙り込んでお茶に気を逸らそうとしているから彼らも私と同じことを考えているに違いない。
 ルミア様だけがいつも通りだな。レオニス様に慣れてるんだろう。


「風の噂じゃあ…前中後衛と全ての役回りをこなすらしいじゃないか」
「必要に迫られてやっているだけで、特化している者には敵わないよ」


 確かに私もアラスターの話は人づてに聞くけれど、実際のところはとにかくすごいとしか聞いたことがなかったから曖昧だった。
 でも今の話を聞く限りではちょっと…流石に誇張されて伝わっているんじゃないかと思ってしまう。
 ふと気になってユリシーズに視線を向けると、小さくけれど一生懸命に首を横に振っている。続いてヴィクター様へ視線を向けると、彼もまた首を横に振った。

 つまり、アラスターが言う『特化している者には敵わない』というところを否定しているのかな?と深まる疑問に私は更に首を傾げた。


「ふーん?得意なポジションは?」
「状況に応じて変わるね」
「得意な武器は?」
「それも状況に応じて」
「魔法はどうかな?」
「あまり得意な方でないよ」
「へえ?」


 魔法得意じゃないんだ。というかアラスターに得意じゃないことがあるんだ。
 二人の会話を聞きながらぼんやりと思う。


「なぜ得意じゃないと?」
「殴った方が早いからね」
「はは、なるほど。君らしいね」


 思ったより物騒な理由が返ってきて、思わず背筋が伸びた。
 相変わらず淡々とした態度のアラスターにレオニス様はくすくすと笑い、次いで立ち上がる。
 その様子にそろそろお開きかな、なんて私も立ち上がろうとした時だった。


「アラスター、僕と手合わせをしてくれないかな?」
「…は?」


 その場に居た全員が、あまりの衝撃にレオニス様へ視線を向けた。
 レオニス様は笑顔のまま、一気に不機嫌そうな表情になったアラスターへ手を差し出している。
 ルミア様の溜め息が静かに食堂に響き渡り、まだ残っていた冒険者たちがレオニス様の言葉を聞いてどよめいていた。



 ——胃が痛い。



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