太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

視察の終わり、受難の始まり

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「アビゲイルさん、お手紙を書きますわね」
「はい。私も書きます!」


 待機する馬車の前で、ルミア様と手を繋ぐ。
 同じ転生者のルミア様とは積もる話があるものの、結局何も話せずじまいとなってしまった。

 手合わせによって負った傷の回復の為、レオニス様とルミア様の出立は四日目の朝となった。
 許可を出したのは確かにギルドマスターだったが、予想以上の深手を負わせたことにアラスターはこっぴどく叱られていた。
 レオニス様曰く、自分の我儘に付き合ってもらった為、特に問題にするつもりはないそうだ。

 私が一番気にしていた政治的な配慮もなんとかなりそうなので、ようやく安心できた。

 ルミア様と笑顔を交わし、馬車に乗り込むのを見届ける。
 視線を巡らせ、先頭の馬車を見るとレオニス様がこちらを見ている。
 伸びた背筋、金色の髪を風に靡かせ、初めてここに来た時と同じように自信に満ちた碧眼で私を見据えている。
 だけど、私には…なんというか、同じようで同じじゃない気がしたのだ。
 同じではないけれど、ついうっかり心配になりそうな顔はしていない。良い顔だった。

 少しの間、合っていた視線を外して向き直った先は私の隣に立っていたアラスターだった。


「学びの多い、良い手合わせをありがとうアラスター」
「…私が出来る範囲のことをしたまでだよ」


 にっこりと満面の笑みを浮かべながら手を差し出すレオニス様。
 握手を求められ、一瞬だけ躊躇って見せたもののギルドマスターに耳にタコが出来るほど言われた“政治的配慮”を思い出したようでその手を握り返す。


「本当に痛かったよ。ルミアが居なかったら死んでいたかもなあ」
「はははは、冗談が好きなようだ。もっと色々な事を見せてあげたかったんだが…思っていたより早く決着がついてしまったからね」
「まさか君が手合わせに武器も持ってこないとは思っても見なかったからさ、つい大人気なくなってしまったんだよ」
「それはすまないね。今まで必要だったことがないものだから」


 棒読みのような笑いと共に、友好や和解を意味しているはずの握手が力強く絞まる音がする。
 明らかに手からして良い音じゃない、こわすぎる…!
 隣の光景を青ざめてあわあわとしていると、再びレオニス様と目が合う。


「今回の視察では案内をありがとう、アビゲイル嬢」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「…『一匹狼ローンウルフ』に愛想が尽きたら、いつでも話を聞くよ」
「……はぁ」
「あーーいだだだだ!アラスター!離してくれ!」


 片目を閉じてウインクして見せるレオニス様に呆れた眼差しを向けて気のない返事をする。
 にっっこりと満面の笑みを浮かべたままアラスターが、まだ握手されたままだった手をギリギリと締め上げてレオニス様は手を振り払った。
 相変わらずこの二人は仲が悪い。…でもレオニス様だけはどこか楽しそうにしていた。

 逃げるように馬車に乗り込んだレオニス様に軽く手を振る。
 色々なことがあったけれど、まあ楽しかったは楽しかった。
 馬車の中で嬉しそうに手を振りかえすレオニス様が見えなくなるまで見送る。

 こうして、嵐のような勇者一行の視察は幕を閉じた。



 さて、視察が終わったら何があるか?
 もちろん、事後処理である。



「…2階の部屋の損害、訓練場の損害、その他諸々」
「……」
「弁明があるなら聞くぞアラスター」
「レオニスが悪いね」
「この野郎」


 私とアラスターは、ギルドマスターの執務室に呼び出されていた。
 アラスターがレオニス様の滞在中に壊した物を読み上げているギルドマスターの額に浮き出た血管と形相は、もう筆舌にしがたいほど怖い。
 なのに私の隣に立つアラスターはいつも通りの笑顔であっけらかんとレオニス様のせいにした。お願いだから、素直に謝ってほしい。

 ギロリと光る眼光がこちらに向いて、私は肩を飛び跳ねさせる。たいへんまずい。


「アビゲイル。お前も2階の部屋のことを黙ってたな?」
「いえ、いや…その、……はい。申し訳ありません」


 分かっていたのに黙っていた私も同罪だ。
 でもあんなに壊しまくるなんて私だって分からなかったもん!って言いたくなるものの、そんな事を言っても仕方がないので潔く諦めて謝罪する。
 すると隣のアラスターが私を庇うように立つ。


「アビゲイルのせいではないよ。悪いのは私だ」
「認めたな。ならお前が罰を受けろ」
「罰?壊した物を弁償すればいいんだろう?請求書をくれればそれで良いじゃないか」
「それじゃあお前の罰にならん。お前がやりたがらなかった依頼を受けてもらう」
「な……」
「それが嫌ならアビゲイルにも罰を受けてもらうぞ」
「………」


 アラスターが嫌がる依頼ってなんだろう?と思うものの、明らかに動揺して見せるアラスターに首を傾げる。
 確かに黙っていた私も確かに少しは悪い気がする。さすがに彼だけ罰を受けるのはかわいそう……いやあんまりかわいそうじゃないしなんなら当然だとまで思ってしまうけど、ただ私の心が痛い。


「あの、私もきちんと罰をお受けします」
「いや私が受けるよ。私のやったことだしね」
「よし話はついたな。アビゲイル、お前は訓練場の修繕を手伝え。アラスター、お前は討伐遠征依頼を三件だ。詳細はリンジーから聞け。以上だ」


 そう早口で告げられて、執務室から放り出される。
 …もしかして最初からどちらにも罰を与えるつもりだった?
 呆然としながら、隣に立つアラスターを見上げると先ほどまで浮かべていた笑顔はどこへやら、眉を顰めて目はどこか虚だ。彼も少し放心状態に近い。


「えっと、アラン様は遠征…ですか?」
「……そうだね」
「なぜ断っていたんです?」
「この街を離れる期間が長い分、君に会えなくなってしまうからね」
「…それはまた」


 ギルドマスターが怒るのも無理はないかもしれない。と少し思ってしまった。
 けれど先日の手合わせを見た限り、アラスターが居れば百人力なんだろうしギルドとしては是非とも力を貸して欲しいんだろうな。
 小さい溜め息を漏らすアラスターの手を取り、両手で握る。


「お互い頑張りましょう?アラン様が頼りにされているのは、私も嬉しいですし」
「…うん、そうだね。ありがとうアビー」


 好きな人が周囲に頼りにされているって、本当に誇らしい。私まですごくなった気分になる。
 素直に思った事を伝えると、アラスターは緩んだ笑みを浮かべて頷いてくれた。
 良かった。
 安心したのも束の間、アラスターと繋いだ手を引き寄せられて彼の腕の中に引き込まれる。
 顔を私の耳元に寄せ、小さく呟いた。


「ご褒美は後で貰いに行くよ」


 その言葉で一気に全身の血が湧き立って、顔が真っ赤になるのがわかる。
 そんな私をすぐに解放して、アラスターは軽快な足取りで去って行った。

 色々なことが立て続けに起こっていたから、うっかり失念しかけていたのに。絶対に忘れるなと言わんばかりちょいちょい釘を刺してくる。

 熱い顔を両の手で覆い、指の隙間からアラスターが去る背中を悔しげに見つめた。


 顔が、爆発しそうだ。




 ーーーーーー





 受付に戻ると皆、冒険者対応に追われていた。
 私も慌てて仕事に戻る。
 勇者一行の視察もあって冒険者たちの士気が高く、みんな意欲的に依頼を受けてくれた。
 忙しいながらも他愛のない話を冒険者の人たちとするのは楽しい。

 といっても、アラスターとレオニス様の手合わせは本当にすごかったという話がほとんどだけど。


「そんなにすごいんですね」
「そりゃあもう!竜の首を一刀両断した必殺技みたいなもんすよ!」


 そうして語るBランク冒険者の彼は、先日アラスターとレオニス様が言い争っていた剣士の人だ。
 レオニス様の『光刃』のスキルの威力は本当に凶悪らしい。
 あのスキルで邪竜を討ち取ったのがレオニス様の武勲の中では一番有名らしく、その英雄譚を目の当たりに出来たことを喜んでいる者が多かった。

 ……ん?ちょっとまてよ?


「…え、竜の首を一刀両断…?」
「そうなんすよ!そうなんすけど…」


 思わず聞き返す。
 私が聞き返した意図を察したようで、剣士の彼もどんどんと顔色を悪くしていく。
 その噂の『光刃』を防いだアラスターの異様なまでの強さにその場にいた皆がつられて顔を真っ青にしている。


「こんなこと言っちゃああれですけど、死んだかも!って思いましたよ」
「えぇ…」
「おそらく何かしら対策したんだと思うんですけど…なんであんな軽傷で済んでるのか、俺らじゃわかんねぇっすもん」


 理解しがたいとその場にいる冒険者たちは次々と頷いている。そんなに異次元なのかな。
 なおさらあの程度で済んでて本当に良かった。
 ほっと胸を撫で下ろす。
 私には戦闘はほとんどわからないから、何とも言い難いのだけれど手合わせをした二人が無事だったのだからそれでよしとしよう。



 ひと通り冒険者たちの対応を終えて、そろそろ昼食時かなと壁にかかる時計に目を向ける。
 軽く伸び、カウンターに広がった書類などをまとめる。
 簡単に整頓してカウンターを出ると、ギルドの受付付近で冒険者たちと話していたユリシーズが気付いて駆け寄ってくる。


「アビーーー!!」
「うぎゅ…く、くるし…ユリ…」


 飛び込んできて固く抱きしめてくるユリシーズの力がいつもよりひときわ強い。
 私は一般人なので冒険者が力を込めるとうっかり気を失いそうになるので、本当にほどほどにして欲しい。
 私がユリシーズの腕をぱしぱしと叩いて解放を促すとようやく離してもらえる。


「あっごめんごめん!つい!」
「どうしたの?」
「いや!どうしたのじゃないでしょ!」
「…へ?」


 解放してもらえたのに両肩をがしっと掴まれ、血走った目と鼻息を荒くさせた顔をぐぐっと近付けてくる。普通に怖い。


「説明を!求む!!」
「…なんの?」
「ア・ラ・ス・ターだよ!アラスター!!」
「はぇ…」
「あ、いいよ?教えてくれないならいいもん!アビーの部屋にアラスターがいたんだもんねえ!」
「あーー!!あーー!!待って!待って!!」


 声を大きくするユリシーズの口を慌てて押さえる。
 これは洗いざらい吐かないと許してもらえなさそうだ。まあ…ユリシーズやリンジー先輩にはちゃんと話しておきたいなと思ってはいたけれど。
 勇者一行の視察中、ずっと聞き出したかったのを我慢してくれていたのかも。だからこうやって爆発してるのかな。

 不服そうに頬を膨らませながらようやく黙ったユリシーズを見て思わず笑ってしまった。
 今日のお昼休憩は、賑やかになりそうだな。


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