太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第二章 【王都編】

恋は噂になる

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 (最近、アビゲイルが可愛い!)


 早朝の冒険者たちへの指導を終え、汗を流すために湯浴みを済ませ、冒険者ギルドへ向かう道中。
 A級冒険者のエルフ、ユリシーズは金色の髪を揺らしながら無駄に凛々しい顔つきで歩きながらそう考えていた。


「おい見ろよ、ユリシーズさんだ」
「なんだか険しい顔してるな…なんかあったのか?」
「あの顔は強敵に備える時の顔だぜ、俺にはわかる!」


 ユリシーズがいつになく険しい顔つきと確かな足取りで歩く様を見て、周囲の冒険者や街の人々はどよめいていた。
 そんな聴衆など本人は全く知る由もなく、依然として歩みを進めてはアビゲイルの事ばかりを考えていた。


 (確かに、アビーから聞いた話ではアラスターと恋仲になったって聞いたけども…)


 勇者一行の視察中でずっと気になっていて聞けずじまいだった。
 なのでアビゲイルの昼休憩の際、怒涛の質問攻めで根負けさせ、聞き出したことを思い出す。

 もじもじとしながら顔を赤くさせ、話してくれるアビゲイルの可愛さといったらそりゃあもうピカイチだった。
 恋に恋する乙女を見ていると、こちらも胸がときめいて例え難い感情に悶絶するものだ。

 アビゲイル曰く、二人は同郷らしくアラスターの数十年越しの一途な想いに胸を打たれたのだそう。


 (なにそれ!?あの『宵の明星イブニングスター』と名高い色男が!?その名とは裏腹にめちゃくちゃ一途だったってことじゃん!!)


 ユリシーズは歩きながら高ぶる気持ちを抑えられず、思わず自分の太ももをバシバシと叩く。

 そもそもあれは視察の準備に追われている日だっただろうか。
 アラスターやヴィクターと聖女護衛の作戦会議を終えた後に、リンジーに呼び出されてアビゲイルに書類を届けるように使いを頼まれた時だ。
 そんなに急ぐような事なのかと首を捻ったけれど、まあ頼まれたものは仕方ないと素直に従っただけなのに。
 まさかアビゲイルの家を訪ね、アラスターが出てくるなんて思いもしていなかった。

 ドアから姿を現したアラスターは、めちゃくちゃに不機嫌だった。けれどいつもの装備を外したラフな格好で、どことなく熱を孕んだ瞳をしていた。
 そう思い返して全身に湧き上がる興奮に身を震わせるユリシーズ。


 (…つまり、そういうことだよね!?ひゃー!アビーも隅に置けないなあ!!)


 とは思うもののあれからアラスターは、ユリシーズに少し当たりが強い。多分、邪魔されたのを根に持ってるんだろうけど、邪魔したくてしたわけじゃない。リンジーの使いだっただけなので、決して自分のせいではないのだ。

 そうひとりで頷いて、ユリシーズはいつも通り元気よくギルドの扉を開いた。


「おっはよー!」
「おはよ、ユリ」


 ギルドの受付に立つアビゲイル。
 赤毛を綺麗に編み込んだ三つ編み、せっかくの可愛い顔を隠すようなメガネ。
 その首元には黒と金の色を纏ったチョーカー。

 いつも通りだが、アビゲイルは明らかに雰囲気が柔らかくなった。
 今だってそうだ。
 仕事中は決して敬語を外さなかったし、名前を呼ぶ時も付き合いの長いユリシーズにだって敬称をつけていたはずだった。

 仕事中も愛称で呼んでくれるようになった。
 何気ない微笑みは、よりふんわりと柔らかくなった。

 出会ったばかりの頃から、どこか幼い印象が抜けきらなかったアビゲイル。
 歳の割にはしっかりしてるな、と感じているのはユリシーズだけではなかったはずだ。

 ところが今はどうだ。
 幼いどころかすっかり垢抜けてしまって、女性としての魅力を否応なく発揮しているようにユリシーズの目には映っている。


 (…最近、他の冒険者の子たちも同じこと言ってるもんなあ)


 ユリシーズが指導の当番の日、冒険家たちはアビゲイルが可愛くなったとずっと小声で話しているのを聞いている。
 とはいえど、相手があのアラスターなので決して当人たちに聞こえてはならないと懸命に抑えているようだ。
 アビゲイルはともかく、アラスターの耳に入ったら何が起きるか分かったものではないと、皆顔を青ざめさせている。


「…ユリ?」
「ん?ああ、ごめん!ちょっと考え事してた!」
「そうなの?私に出来ることがあったらちゃんと話してね?」


 そう微笑むアビゲイルはいつも通り優しい。
 周囲に居た冒険者たちが「良いもん見た」みたいな顔をして、顔を綻ばせている。
 ユリシーズは心の中で大きく頷いて、周囲の冒険者たちに同意する。

 アビゲイル本人は自覚がないものの、彼女のこういったふとした笑顔や優しさに癒されている者は多い。
 心の内側から暖かくなるのだ。
 常に気を張っている冒険者たちにとっては、まさしく太陽のような存在なのである。


 (女の私ですら食べちゃいたいくらい可愛い!って思うもんなあ)


 無論、ユリシーズは異性愛者の為、恋愛感情はない。おそらくこれは自分が飼っているペットに向ける愛情に近い。口や目に入れても痛くないはずだと、錯乱するあれだ。

 …とはいえ、これはアラスターが今この場にいないから出来ることだ。
 皆一様にすぐさま緩んだ顔を引き締め直す。
 ユリシーズとて例外ではない。アラスターにとっては相手が男でも女でも関係ないからだ。


「そいえばさ、王都に行くんだって?」
「うん。ルミア様からお誘いをもらってね…その、アラスター様と…」
「ふーーーーーん?」
「いや!アラスター様の依頼のついでにってことで!遊びに行かせてもらうだけで!」


 ユリシーズがにやにやと笑みを浮かべて見せると、アビゲイルは露骨に顔を真っ赤にさせ、両手をブンブンと振りながらああだこうだと言っている。
 誰が見てもわかる。すごく嬉しくて楽しみなんだろう。


「依頼って言ったって、行き帰りだけでしょ~?王都に滞在している間は自由行動なわけだしさー」
「…ま、まぁ…」
「てことは、二人で初めての旅行なわけだ!」
「ちょ、ユ、ユリ…!」
「良かったらオススメのデートスポット教えようか~?噴水広場でしょ~!公園でしょ~!」
「やめなさい、ユリシーズ」
「リンジー先輩~!」


 ジリジリと詰め寄りながらアビゲイルをからかうユリシーズ。
 二人の間に割って入ったのは、リンジーだ。
 長い亜麻色の髪を耳元にかけながら、呆れた眼差しでユリシーズを止める。
 提示されていた観光名所を二人で歩くことを想像したのか、顔を赤くさせていたアビゲイルがリンジーに泣きつく。
 …が、がしりと両肩を掴まれリンジーは真剣な眼差しでアビゲイルを見つめる。


「良いこと?王都に行くなら時計塔は必須よ。それと植物園。そうそう街中に整備された小川があるからゴンドラも外せないわね。アビゲイル、貴女確か紅茶が好きだったわよね?ならオススメの店があるわ。そこはカフェエリアが併設している茶匠なのよ、それから…」


 早口で怒涛のオススメスポットを告げるリンジーの目は、いつになく真剣だ。
 彼女の剣幕ににユリシーズもアビゲイルも気圧される。


「あの、先輩……」
「………コホン、このくらいにしておきましょう」
「リンジーさん、邪魔したいんだか応援したいんだか…」
「べ、別に…私はあんな男は今だって認めてないわよ!でもせっかくの王都だもの!アビゲイルが楽しむのが一番でしょ!」


 照れくさそうにそっぽを向いたリンジーを見て、ユリシーズとアビゲイルは顔を見合って笑った。


「アビゲイルちゃーん!この依頼なんだけど…」
「はーい!…ちょっと行ってきますね」


 冒険者に呼ばれて業務に戻るアビゲイルを尻目に、残された二人は手を振りながらその背中を見守る。
 ちらり、とユリシーズはリンジーに視線を送り唇を尖らせる。


「リンジーさん、私に何か言うことないです?」
「あら、なんのことかしら」
「うわひどい…あの日、アラスターがアビーの部屋にいるって分かってたなら、言ってくださいよ~」
「素直に話してたら行ってくれたの?」
「…そりゃもう断りますって」
「そうでしょう?」


 二人はアビゲイルに聞こえないように声を潜める。
 リンジーに二人の邪魔をするように使いっ走りにされたことを、ユリシーズは根に持っていた。
 頼まれた時は、そんなに急ぎなんだな程度にしか思っていなかった。が、今となってはリンジーはあの時確信を持って使いに出させたに違いないとユリシーズは恨めしげに文句を言う。


「しっかしアビーってば、すっかり可愛くなっちゃって…」
「貴女はそういうのには疎いと思ってたわ」
「私のイメージどうなってるんですかね?」
「ふふ、まあ…恋する乙女は輝いて見えるものね」
「そりゃあ同性の私らから見ても可愛いなって思うんですもん。異性にはもっとそう見えるだろうなあ…」
「そうねぇ…」


 そう話しながら、二人の目線は冒険者とやり取りをするアビゲイルに注がれていた。
 仕事に励む彼女の真面目さは以前からだったが、生き生きとしてより輝いて見える今のアビゲイルは熟れた果実のように魅力的に見えるだろう。
 恋が女を綺麗にするとは良く言ったものだと、二人は心の底から思っていた。

 とはいえど、アビゲイルの相手はアラスターだ。
 勇者にですら嫉妬の炎に狂い容赦の無かった男が、一介の冒険者ごときに躊躇うはずもない。
 手合わせという名のアビゲイルを賭けた決闘だろう。とユリシーズ、ヴィクターの2名を含むギルド職員は解釈している。
 アビゲイルが幸せそうなことは大変よろしいが、頭痛の種は減るどころか増えるばかりだった。


「あ、ほら見てくださいよあの冒険者!アラスターがいないからってデレデレしてる」
「よほど死にたいらしいわね…後で釘を刺しておくわ」
「さすがにあの冒険者も分かってますし、大丈夫だと思いますけどね?」
「ユリシーズ、アラスターが使用できるスキルや魔法をどれだけ知ってるかしら?」
「…?よく使ってる『加速』か『重撃』くらいですかね?他にもあるんですか?」
「あるわよ、一番物騒なものが」
「んー?」


 リンジーは、呆れた眼差しでユリシーズを見る。
 彼が使用している物の中で、よく知っているのが『加速』や『重撃』のスキルだけ…と言うほうが正解だったユリシーズは首を傾げる。他に何かあるっけ?と。
 むしろそれ以外をあまり見たことがない。
 使用するほどでもないのかもしれないが。
 リンジーが言う物騒なものがユリシーズには思いつかなかった。


「不可視化よ」
「………えっ…」


 そう告げ、踵を返して冒険者の対応をしに行ったリンジー。その背中をユリシーズは青ざめた顔をして、天井を見上げた。


「そりゃ物騒だわ…」









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