太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第二章 【王都編】

並んで歩く朝

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 緑色のワンピースの上に、ネイビーの厚手のコート。麦わらで編まれたカンカン帽、首には黒と金のチョーカー。
 いつもの三つ編みとメガネ。
 焦茶色のトランクケースを片手に家を出ると、私に気がついたアラスターが笑顔で出迎えてくれる。


「おはよう、アビー」
「おはようございます」
「ふふ、君の旅の装いはとても愛らしいね」
「…そういうアラン様は、手ぶらですか?」


 彼の顔から全身にかけて視線を巡らすが、そのどこにも荷物の類は見受けられない。いつもの黒の装備に身を包んだだけの彼は、1ヶ月近い遠出とは思えないほどに軽装だった。
 そういえば以前の討伐遠征を見送りした時も、アラスターは手荷物の類を一切持っていなかった事を思い出した。
 首を傾げる私に彼はあぁ…と察し、私のトランクを持つ。

 その瞬間、トランクは忽然と消えてしまった。


「えっ?消え……えっ!?」
「収納魔法だよ、アビーは見るのが初めてかな?」
「収納魔法!?」


 それは魔術師でも会得が難しいと有名な魔法。
 収納魔法を会得しているというだけで、同等の高度な魔法も使用できるという基準になるほどのものだ。
 この人、以前レオニス様に魔法は苦手だとか言っていなかっただろうか?
 恐らく…魔法自体が苦手ということではなく、戦闘において魔法を使用するのが手間で苦手だということだったんだろう。
 改めて心の中でレオニス様に合掌し、少し呆れた眼差しで彼を見た。


「だからそんなに軽装だったんですね」
「冒険者は身軽であるべきだしね。それにこれなら、君の手を荷物に占領されないから…」


 そうして私の手を掬い上げ、そっと口付けを落とす彼は朝から激甘だ。

 私の仕事が次の日に休みじゃない限り、私の家に泊まりに来てはならないと約束をし、彼は律儀にそれを守ってくれている。
 今日から長期的に休暇をもらっているが、出立の朝は早いので申し訳ないけれどアラスターにはちゃんと家に帰ってもらっていた。
 ことのほか私の要望を聞き、あっさりと引き下がってくれたのは意外だったが…護衛の仕事があるとはいえ、一緒に王都観光をするのを彼も楽しみにしてくれているのかも。

 私だって楽しみだ。
 この世界に生まれてから、故郷と今の街しか知らない私にとっては王都もそこまでの道中も未知で溢れている。
 アラスターと二人で観光するのも、ルミア様と会うのも全てが楽しみでならない。
 彼の手を緩く握り返し、微笑みかける。


「今さら、ですね」
「念には念をね」
「…まったく、遅れてしまいますよ」


 私の心はとっくに彼に占領されてしまっているというのに、本当に今更な話だ。
 まだ人気の少ない時間帯ではあるけれど、手を繋いで歩くなんて、結構恥ずかしいので出来ずやんわりと手を離す。
 彼の言葉に少し呆れた眼差しを向けつつも、こんな他愛のないやりとりが嬉しくて思わず顔がニヤけてしまう。

 私の様子に彼も笑いながら、隣に並んで歩きだす。
 ちらりと視線を向けると彼はいつもよりもご機嫌そうで、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどだった。それが、私にとってもすごく嬉しい。
 このささやかな喜びが、私にとっては何よりも幸せだった。
 大きな喜びよりも小さな喜びの積み重ねの方が、かけがえがなくて、儚くて、美しいと思えるから。


 街の入り口が見えてくる。
 石造りの壁に囲まれた門。そこには幌馬車が停めてあり、中年の男性が立っている。
 中肉中背で茶髪の男性は、私たちに気がつくと軽く会釈する。ということはこの人が護衛対象の商人なのだろう。
 服装を見るにかなり身なりが良さそうではあるが、こういった階級の人が荷馬車で王都まで移動とは少し意外だった。
 歩み寄るとやんわりと商人は微笑む。


「お初にお目にかかります。私、この度護衛を依頼させていただきました商人のメルシエと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらがメルシエ様の護衛をいたします、アラスター様で…私がお供させていただくアビゲイルです」
「よろしく頼むよ」


 ついうっかり職業病で紹介してしまった。
 今回私は仕事ではないから、出過ぎた事をしてしまったかな。
 お辞儀をしながらメルシエ様の顔色を伺うと彼は驚いた様子で私を見ている。何か失礼があっただろうか?
 そう思いながら姿勢を戻すと、メルシエ様はふふと柔らかい笑みを浮かべた。


「あの名高い『一匹狼ローンウルフ』のお連れ様と聞いておりましたが、こんなに愛らしい奥様とは」
「……へ?」


 予想もしていなかった言葉に思考回路が停止し、体が硬直する。

 え?なんて?奥様?
 奥様ってなんだろうか?
 ああお嫁さんってことか。
 いや、誰が?誰の?

 あまりの動揺に頭がついていかない。
 どういうことだろうかとアラスターを向く。
 彼は私に一度チラリと視線を向けて、目を伏せ口元に緩く弧を描く。


「…今は、“まだ”」
「~っ!!」


 彼がメルシエ様にそう答えて確信に変わる。
 次いで私の顔が一気に真赤に染め上がった。
 彼の!?奥さん!?私が!?
 しかもアラスターもアラスターだ。ちょっと嬉しそうに『まだ』なんて答えるなんて!というかいくらなんでも気が早すぎるのではないだろうか!メルシエ様もなんでそう思ったんだか!

 ……いや、メルシエ様は商人だ。
 やり手の商人ほど耳聡く、情報を多く有しているから侮ってはいけないとリンジー先輩に聞いたことがあった。
 きっとメルシエ様もそうなのかもしれない。
 純粋に考えてみれば、私の首にあるチョーカーのせいかも…まあいずれにしても恥ずかしいことこの上ない。
 周囲から親密な関係だと見られていることが、いまだにどうしても慣れない。
 アラスターのことはもちろん好きだけれど、それとこれとは話が別なのだ。


「おやおやこれは大変失礼いたしました!いやはやそうでしたか!“まだ”とは、実に愛らしいですなあ」
「彼女の同行を許可してくれたことは感謝している。護衛もしっかり全うするよ」
「とんでもございません。アラスターさんにお守りいただけるのであれば、これに勝るものはないでしょう!」


 微笑ましそうに笑うメルシエ様にいつも通りの紳士然とした笑みで答えるアラスター。
 あれだけ嫌がっていたのが嘘のようだ。
 依頼として受けたからには、しっかりと仕事に向き合う。きっとS級冒険者としての誇りなんだろうな。

 思えば冒険者の依頼に同行する機会など、一介の受付嬢である私は皆無だ。
 護衛依頼とあれば、道中の野党や魔物との戦闘が想定されるわけだが…よく考えたらアラスター1人で良かったのだろうか。
 いくら彼がS級冒険者で強いとはいえ、数で押されれば不利になるのでは。
 それに道中は野営になるだろうし、寝ずの番だってあるはずだが。

 まあ私は冒険者ではないので、想像でしか予測できない。きっとアラスターも何か考えはあるのかもしれない。


「では出発致しましょう。少々手狭ですが、お二人が乗るスペースは確保しておりますので」
「はい!よろしくお願いします」


 ——ピュイ


 乗車を促され、ペコリとお辞儀をする。
 綺麗な音がしてアラスターへ視線を向けると、彼は頭上を見上げ、手袋を外した片手で指笛を鳴らしていた。
 その音に応えるように一羽のカラスが鳴いて、幌馬車の上空を飛んでいる。

 見張り役だろうか?
 あのカラス本当になんでも出来るんだなあ。
 朝日の眩しい空を一瞥し、視線を下ろすとアラスターが手を差し伸べていた。


「行こうか?」
「…はい!」


 わずかに頭を傾げてそう問う彼の手を取る。
 未知の旅路と王都で待つ楽しみに胸を高鳴らせながら、私は笑顔で応えた。




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