太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第二章 【王都編】

萌葱に抱く心

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 御者席の後ろに乗り込んだ私たち。
 メルシエ様の背中と2頭の馬の向こう側は、どこまでも続く草原の大地。
 爽やかな風が流れてきて、私の頬を柔らかく撫でる感覚に目を閉じる。清々しい日和だ。
 ふと隣で片膝を立てて座るアラスターに視線を向けると、彼は私の様子を楽しそうに見ていた。

 いつもなら照れ臭さがあるはずなのに、吹き抜ける風の清々しさのせいかそんなに恥じらいはない。
 むしろ未知に高鳴る胸のせいで、私はいつになく上機嫌だった。


「気持ちいい日和ですね」
「そうだね。天候に恵まれてよかったよ。退屈ではないかい?」
「…世界は広いんだなあって、当たり前ですけど感動してました。故郷とあの街しか知らなかったので」
「……」


 私の言葉に沈黙する彼。
 口元に手を添え、少し考え込むような彼の顔に私は首を傾げる。何か変なことを言っただろうか?それとも色々な街や土地を見てきたであろう彼からしたら、当たり前すぎて幼稚だと感じたかな。


「例えば、なんだけれど。あの草原を君はどんなふうに感じるのかな?」
「草原?そうですね…あの低い背丈の草ならきっと柔らかくて、寝っ転がっても気持ち良いですよ」
「寝転んでみたいかい?」
「ですね。お日様と草の瑞々しい匂いで、心も透き通るような気分になりますよ」
「…なるほど?」


 そうして彼はふむと再び少し考え込むような顔をしている。
 私の言った事があまり想像出来ないのか、それとも理解出来ないのか…いずれにせよアラスターが何かを知ろうとしているように見受けられた。
 貴族の人は分からないけれど、比較的平民にはありがちの細やかな幸せや楽しみの類だと思うけど。そうでもないのかな。
 一番可能性としてあり得るなと思ったのは、彼が私の好きな事を知ろうとしているのかもしれないということ。
 もしそうだとしたら…私が好きだと思う事を、彼が知って好きになってくれたら嬉しいな。


「もう少し行ったところに小さな湖があります。馬を休める為に一度停めますので、その際にお試しになられては?」
「あっ、その…気を遣わせてしまってすみません!」
「とんでもありません。冬も近い中でこれだけ天候に恵まれて出発できておりますからね…今味わえる自然を全身で感じるのは良いことでしょう」


 ほほほと笑うメルシエ様に少し恥ずかしくなって恐縮する。
 私とメルシエ様のやり取りにアラスターは相変わらず観察するようにしげしげとみている。
 常と変わらず冷静で紳士然とした彼だけれど、今日はなんだか様々なことに興味を持ち始めた子供のような印象だ。


「アビー、君は馬は好きかな?」
「好きですよ。知ってますかアラン様、馬はとても感情豊かで愛情深い動物なんですよ?」
「そうなのかい?荷や人を運ぶから神聖な動物だという話は本で読んだ事があるけれど…犬や猫のように分かりやすくはないね」
「なんでも、信頼している主人が悲しんで泣いていると寄り添うことがあるそうです」
「それはすごい。アビーは物知りだね」
「人づてに聞いた話ですけどね」


 前世で見た動画でそう紹介されていたことをたまたま思い出しただけなのだが、彼は馬という動物がそんなことをするなんて想像もしていなかったらしく、目を見開いて驚いている。

 馬の目の位置が離れているのは何故か。とか私が見ていたものは何で、好きか嫌いかなど…多岐に渡る質問をされつつ、時折メルシエ様も混ざりながら和やかに道中を過ごした。



 ーーーーーー



 時刻は日の高さから正午辺り、といったところだろうか。
 先のメルシエ様の言葉の通り、小さな湖が見えてきたので馬を休める為に幌馬車が停まる。
 メルシエ様は2頭の馬を馬車から解き、水辺に連れて行って水分補給をさせていた。

 私たちも一度馬車から降りて、休憩を取る。
 ずっと座ったままは辛いし、馬車の振動は軽減されているとはいえそれなりにある。座りっぱなしだとお尻が痛くなってしまうのだ。

 軽く体を伸ばし、視線を巡らせ、腰を下ろすにはちょうど良さそうな原っぱを見つける。
 私より先に降りて、幌馬車の屋根に停まる遣いのカラスに餌を与えていたアラスターの手を取る。


「アラン様、座って私たちも昼食にしませんか?」
「うん、そうしようか」


 手を引いて、原っぱに腰を下ろす。
 事前にアラスターは自分に必要なものだけを荷造りし、食事の類は用意するから不要だと言われていた。
 出発の時に見せてもらった収納魔法で、簡易的な食事を収納しているのだろう。

 私の隣に腰を下ろした彼は私の考えていた通り自分の手にパンを二つ、チーズとナイフを取り出した。
 何度見てもとてつもなく便利だ。手品みたい。

 ナイフでパンに切り込みを入れ、スライスしたチーズをその切り込みへ挟む。
 ナイフを再び収納魔法でしまうと、パンを一つ差し出される。


「リンゴもあるけれど、君はパンでお腹いっぱいになってしまうかな?」
「……リンゴ、ひとくちほしいです」
「ふふ、だよね。後で切り分けてあげるよ」


 私の食事量とひとくち欲しがりを良く把握されている。けれど私もうっかり甘えてしまうくらいには、慣れてきていた。
 こんな他愛のない事が、私にはとても嬉しく感じられるのだ。

 当然、旅の道中だから豪華な食事を期待はしていなかったし、豪華なものを出されても私は絶対に食べきれないのでありがたい。
 それに、冒険者の人たちが依頼の道中にどんな食事をしているのか知りたかったので、それを体験できるというのは私にはとても良い経験だ。


「冒険者の方たちは、いつもこんな感じの食事なんですか?」
「いや、もっと質素だよ」
「えっ!?もっと!?」
「皆、長期間の依頼となると荷物が多くなるからね…食事は干し肉だけとか、その場で調達とかが一般的じゃないかな」
「…そっか、アラン様は収納魔法が使えるから」


 基本的に収納魔法なんてものはないわけだし、野営の為のテントやら戦闘に必要なものなんかを持っていたら食事は最低限になりがちなのか。
 そう思いながら、パンを齧る。
 焼き上がってから時間が経っているはずなのに柔らかくてチーズの塩分もちょうど良く美味しい。


「…私は、ヴィクターとユリシーズと依頼を受ける事が多かっただろう?」
「…?そうですね?」
「期間の長い依頼の時、あの2人にはとにかくあれよこれよと色んなものを持たされたよ」


 そうして大きな溜め息を漏らしつつ、パンを齧る彼のうんざりした顔。
 収納魔法が使えると判明すれば、あの二人が真っ先にアラスターに持たせるものなど想像に容易くて思わず笑ってしまう。


「ふふ、想像つきます。きっとどちらも食事だったでしょう?」
「その通り。ありとあらゆる食材と調理器具を収納しろと言われてね…」
「食事は士気にも大きく関わるでしょうからね、アラン様も強く拒めなかったんじゃ?」
「ヴィクターが酒樽を収納しろと言った時はさすがに拒否したけれどね」
「ヴィクター様らしいですね」


 彼はこうして、自分にあったことを本当に良く話してくれるようになった。
 それは本来なら当事者たちしか知り得ないことなのに、思い出として私に話して聞かせてくれる。
 彼が思い出という認識かどうかはさておき、私の知らない所での彼の行動を覗き見るような感覚に、心がくすぐられる。
 彼の全てを知っても良いって許容されてるようで、すごく嬉しいのだ。

 そんな他愛のない会話をしながら、食事を終えて私は被っていた帽子を置いて寝そべった。
 うん、やっぱり柔らかくて気持ち良い。
 ゆっくりとまばたきをして、私を不思議そうに見る彼へ視線を向ける。


「食後に寝そべるなんて、はしたないかもですけど…気持ち良いですよ」
「…うん、私もやってみるよ」


 そうして私の隣にぽすりとアラスターは寝そべり、日差しの眩しさを遮るように片腕を目元に置く。

 どこか遠くで野鳥の鳴く声。
 吹き抜ける風に、草原が立てるさわさわとした音。
 馬たちが水を飲む音。
 背中を覆う、草と土の柔らかくてほんのり温かい感触。

 メルシエ様が言っていた、全身で自然を味わうとはまさしくだ。

 アラスターはどう感じたか気になって、顔を横に向けて見る。
 眩しそうではあるけれど、真っ直ぐと空を見つめる彼は、いつもの微笑みとは異なる穏やかな顔をしていた。


「…これは確かに、素敵だね」
「ええ、とっても素敵ですよね」
「長らく忘れていたよ、こんな感覚」
「大切な感覚ですよ?…あっ、見てくださいアラン様!あの雲、リンゴみたいな形してます!」
「ふふ、どれのことかな?」
「あれです!あれ!」


 そうして私が指差す雲を探すように、私の顔に擦り寄って空を探す彼はとても楽しそうだった。
 そういえば、私は昔から好きな食べ物と同じ形をした雲を見つけると、こうして良く教えていた。


 ——誰に?

 (それはもちろん……あれ?)

 ——ダレニ…?


「アビー?」
「…あ、いえ、気のせいでした…」
「……」


 一瞬、自分の意識が別のところへ行ってしまったような感覚に陥るものの、アラスターの声に呼び戻される。
 “気のせい”
 それは雲のことか、刹那の間に過ぎった何かのことか。
 自分でも妙な感覚に眉根を寄せ、彼に擦り寄る。どうしてかわからないけど、不安になった。
 彼は明らかに様子が変わった私を見ていたけれど、黙ったまま彼も再び私に頬擦りをした。


「お二人とも、そろそろ出発しましょう!」
「はい!」


 遠くでメルシエ様の呼ぶ声がして、身を起こす。
 次いで彼も身を起こすと私の背中についた草を優しく払って立ち上がり、手を差し伸べた。


「行こうか?」
「はい、アラン様」


 優しく微笑みかけながら差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
 瞬間、強く吹き抜けた風と共に視界の端に誰かが通り過ぎたような感覚がして、視線を向ける。

 (誰も、いない)

 ずっと遠くの方で、子供たちが笑い合うような声が反響して、聞こえていた気がした。








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