太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第二章 【王都編】

寄り添う森夜

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 薄暗い森の中、焚き火が爆ぜる音と虫の鳴く声がする。
 道から少し逸れたところに幌馬車を停め、私たちは本日の野営地に到着していた。
 なんでもこの道を通るものが良く使用するというその場所は、森の中にあるのに少しだけ木を切り開かれ、テントを張ったりするには十分なスペースがあった。

 アラスターは装備を軽く解いた後、近くでテントの準備。
 メルシエ様は今日の夕食の準備をしてくれている。
 二人とも気を遣って私には休んでいるように言うので、明日以降の食事の手伝いなどするのを条件に焚き火の近くで座って休ませてもらっている。

 倒木をそのまま使用した椅子の座り心地は馬車の中よりも断然悪いけれど、そのどれもが私には新鮮で楽しかった。

 日中よりも冷える夜の気温に身震いして、焚き火にあたり手を擦る。
 いつもは街の中だから全然気にならなかったけど、森の夜ってこんなに暗いんだな。
 ふと焚き火から視線を逸らすと、火の明るさに目が慣れてその周囲がより暗く感じる。

 二人とも焚き火の近くで支度を整えているはずなのに、なんだか急に見えにくくなってしまって。
 視界の悪さと弱く吹き付ける風の冷たさに、背筋がぞわりとする。


——私は、この感覚を知っている


夜の森は初めてのはずなのに。
暗闇を怖いと思ったことはないのに。
体の奥からじわじわと湧き出る感覚に、頭が支配されていく。


 ——怖い


 そう自覚した途端、当たり前に出来ていたはずの呼吸が…今までどうやってしていたのか分からなくなる。
 徐々に体に重くのしかかるような感覚に、息苦しさを覚える。
 意識の遠くで、アラスターのカラスが激しく鳴いてる。その鳴き声すらくぐもって聞こえて、頭の中で反響するようだ。


 (あれ、わたし……)


「アビー!」
「っ!」


 がしりと肩を掴まれた衝撃にはっとすると、私の目の前にはいつ間にかアラスターがいた。


 ——良かった


 血相を変えて心配そうに私を見る彼に、今まで分からなかった呼吸の仕方を思い出し、息が整っていく。
 掴んだ肩を優しく撫でながら、私の様子を窺うように覗き込む彼を見て、ただただ安心した。


「…大丈夫かい?」
「はい、もう大丈夫です。ちょっと…慣れなくて」
「顔色が悪いね。食事を済ませたら今日は早く休もうか」
「…はい」


 私の頬に触れ、優しく微笑みかけてくれる彼の優しさがいつになく暖かくて思わず目に熱いものがこみあげる。
 暗いのが怖いだなんて子供みたいで、申し訳ない。
 アラスターは私から離れがたそうにしているから、その背後にはまだ設営途中のテントが見えてさらに申し訳なさでいっぱいになる。


「アラスターさん、やはりアビゲイルさんに食事を作るのを手伝っていただいてもよろしいですかな?」
「……そうだね。どうかな、アビー?」
「あ、ぜひお手伝いしたいです!」


 何もしていないで待っているとまた余計なことばかり考えてしまいそうだったので、メルシエ様の提案をすぐに受けた。
 きっとメルシエ様にも気を遣わせてしまったな。その分しっかり手伝ってお返ししなくては。

 焚き火から少し離れたところで、メルシエ様は食材を小さいナイフでカットしている最中だった。材料をみるにポトフみたいなスープかな?


「では、こちらの皮剥きをお願いしてもよろしいですかな?」
「わかりました。…あの、すみません」
「ほっほっ、何を仰いますか。旅に慣れていない女性に配慮が足りなかった我々の落ち度です」
「……」


 メルシエ様に言われた食材の皮剥きをしながら、私は言葉を詰まらせる。
 私がこういった旅路や野営についてほとんど無知で、ただ覚悟が足りなかっただけの話なのに。優しい言葉をかけられるたびに胸がつきりと痛む。


「昔は、良く娘も野営を怖がりましてな」
「娘さんですか?」
「ええ、アビゲイルさんと同じ歳の頃の時でした。何事も経験だと言って聞かず、私の仕事についてきたことがあったのですが…それはそれは怖がってしまって」
「そうなんですね…」
「思えば私も若い時、最初の野営はとても怖かったことを思い出しましてな」
「メルシエ様も?」
「はい、誰もが通る当たり前の恐怖です。そうご自身を責めないでください」


 そうして話すメルシエ様は、食材をカットする手元から決して視線を外すことなく、ただ柔らかく淡々と話していた。
 それが私には程よい感触の優しさに思えて、申し訳なさなどすでになくなっていた。
 そうだ、何事も経験だ。
 これは当たり前に起こる恐怖や弱さの訓練でもある。ならきっとこれを乗り越えたら、私は少しだけ強くなれる気がした。


「ありがとうございます」
「とんでもありません。さ、夜は冷えますから早く拵えてしまいましょう」
「はい」


 手元を動かしながら、メルシエ様の娘さんの話を聞いたりして食事を作って済ませた。
 お嫁に行ってしまった娘さんをとても恋しがってるメルシエ様は、商人ではなくすっかり父親の顔をしていて…きっと溺愛していたんだろうなって思わず笑ってしまった。

 食事を終わらせ手際よく片付けた後、メルシエ様はすぐに馬車の荷台に入って休んでしまった。明日も早いとはいえ切り替えの早さもピカイチだなあ。

 私も私で、食事を終わらせると満腹感から急に睡魔に襲われてしまう。きっと慣れないことばかりだったし、無意識に疲れてるのかもな。
 焚き木の暖かさに思わず出たあくびを噛み締める。


「ふふ、今日はもう休もうか?」
「…はい」


 あくびをしたせいで、生理的な涙で滲む目元を擦る私にアラスターは微笑む。
 ゆっくりと彼の言葉に頷いて、眠い目をこすりながらテントへ足を向ける。
 中に入ると、狭いけれどしっかりと大人二人分は横になれるスペースだし、寝具も簡易的なものだけれど十分だった。
 並べられた二人分の寝具の枕元にはランタンがほのかにテントの中を照らしている。

 …二人分の寝具。

 いや、なぜ?
 夜の番とかしなくて良いのかな?いや別に彼に寝るなと言ってるわけじゃないけど、あれ?
 自分が思っていた野営の夜とは少し異なる気がして、彼へ向き直る。
 混乱している私などどこ吹く風で手袋を外しながらテントにするりと入り、枕元に外した手袋を置き、寝具に寝そべって私を見る。


 (来ないのかい?)


 言葉にはしないのに明確にそう言っているような彼の視線に、ぐっと言葉を詰まらせる。
 野営の基本なんてちっとも分からないけど、彼は彼で考えがあるんだろう。
 そんなことよりも私を襲う睡魔と、彼の横に寝そべりたいという欲求に抗えなくなる。ええい、ままよ。

 ぽすりと彼の隣に寝そべる。
 思ったほど寝具に薄さや硬さがないことに驚く。どうなってるんだろうこれ。
 仰向けになると彼は、互いの間に空いた隙間を埋めるように寄って来る。

 頭の下に通される彼の腕。
 私を抱き枕のように抱きしめ、空いた手で私の頬の感触を楽しむように撫でる。
 抱擁から伝わる彼の体温と、頬から伝わる緩やかな感触が心地よい。


「あの、夜の番とかは大丈夫ですか?」
「問題ないよ、カラスが見てる」
「…万能すぎませんか、あのカラスさん」


 彼のされるがままになりつつ、ふと疑問に思っていたことを聞いて見るが、返答は恐ろしくシンプルだった。
 手紙を届けたり、周囲を警戒したりと出来ないことを考える方が難しくなって来た。
 そのうち戦闘したり、人の言葉を喋ったりしても不思議じゃないかも。

 そう考えている間にも、どんどんと瞼が重くなるのがわかる。
 眠りにつくまで、彼は私をこうして優しく撫でてくれて、この暖かくて微睡む時間が、私はとても大好きなのだ。


「…あらん、さま」
「うん?」
「おや…すみ、なさ…」
「うん、おやすみアビー。良い夢を」


 いつもとは環境が違うのに、彼の優しさや匂いや暖かさはいつも通りで、とても安心する。
 額に落とされた口付けを合図に、私は意識を手放した。


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