太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第二章 【王都編】

都に満ちる噂

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 ガラガラと石畳の上を走る車輪の音は、土の道とは異なる音色。
 御者席の後ろから見えるのは、大きくて立派な城壁と馬車を一度に何台も通してしまいそうなほど広い城門。

 日差しを遮るほど分厚いその門を潜り抜けると、一気に明るさが視界に戻り眩しさに目を瞑る。


「さぁ、着きましたぞ。ここが王都でございます」


 メルシエ様の言葉を聞きゆっくり目を開くと、そこにはたくさんの人の往来と所狭しとひしめく建物が視界に飛び込んでくる。
 城門から続く大通りの先には、とびきり目立つように大きなお城が聳え立っている。


「……わぁ」


 思わず身を乗り出して視界に映る様々なものを目で追いかける。
 石畳の道も大通りに沿って構える建物も、全てが白を基調とした石造りでなんとも美しい。
 うわあのお洒落な外装のお店はなんだろう。こっちには街では見かけないような服が売ってるお店がある。街なんか比べ物にならないほどの人口密度だ。歩いてる人たちの顔をみんな明るくて生き生きとしてる。

 目に入る全てのものが新鮮で楽しくて、首を忙しなく動かして見ていた私の視界にこちらを見る街の人が。


「あの馬車、屋根にカラスが停まっているぞ」
「商人か?不吉だな…」


 喧騒に紛れて聞こえてきた声にハッとする。
 こう思われる事はメルシエ様もアラスターも分かっていたはずなのに、そういえばどうして屋根でカラスを休ませているんだろうか。
 不安になって御者席に座るメルシエ様も見ても、彼は毅然とした態度のままで動揺ひとつない。


「あらやだ、知らないの?あのカラスはかの有名な『一匹狼ローンウルフ』の遣いなのよ?」
「S級冒険者『一匹狼ローンウルフ』のアラスターがカラスを遣いにしているのは有名だからな」
「なに?じゃああの商人はその『一匹狼ローンウルフ』を護衛に雇ってるってことか!?」
「ああ『宵の明星イヴニングスター』様、少しでもお顔を拝見できないかしら?」


 誰かが言い出した『一匹狼ローンウルフ』という単語を聞きつけて、その話題はどんどんと伝播して大きくなっていく。
 誰もが一目でいいから見られないかと、速度を落として動く馬車の中を時折覗くような視線を向けている。

 馬車の中に私がいる事など見えていないような人々の視線。
 しかし彼らの目にアラスターが映る事はない。

 …なぜなら彼は今《不可視化》というスキルを使用して馬車の中にいるからだ。

 私の目には捉えることのできない彼の姿は、出発した時と同じように私の向かいにいるはずなのだが。今頃とても不機嫌な顔をしているんだろうな。


「アラスターさんには悪い事をしてしまいましたね…箔がつくようにとカラスを屋根に待機させるのをお願いしてしまいましたし」
「あ、えと、そういう依頼内容?だったんですよね?なら仕方ないですよ」
「そう言っていただけると助かります」


 まるで本当に居なくなってしまったみたいに、一言も話さない彼に代わって事前にアラスターが話していた事を思い出す。
 見せ物になりたくはないから、しばらくスキルで身を隠しているそうだ。

 少し意外だった。
 アラスターなら、いつも通りに紳士然とした振る舞いで堂々としているかと思っていたのに。

 すでに馬車は人集りに囲まれ、進みづらそうにしていたのをこの都市の衛兵たちが対応してくれている。

 今までは自分が住んでいる街の中での彼の評判しか聞いたことがなかったから、こうして別の場所で聞くとなんだか新鮮だったし、何よりもS級冒険者というものがどれだけ人の噂になるかがよく分かる。
 考えてみれば当たり前ではあるけれど、王都ほど活気のある場所でS級冒険者などは最も噂になりやすいか。
 そういえば以前、ルミア様と吟遊詩人が『一匹狼ローンウルフ』について歌っていたと話していたから余計かも。


「さて、まずはお二方を私の依頼主の元へお連れいたしますね」
「依頼主…?」


 あれ?
 メルシエ様が依頼主なんじゃなかったっけ。
 私の疑問には答えないメルシエ様は、ふふ…とだけ笑って賑やかな大通りでゆっくりと馬を進めていった。



 ーーーーーー



 大通りをしばらく進むと、閑静な住宅地へと景色が変化していた。
 …ただし一件一件の敷地が大きく、家も何部屋あるのか分からないほどの豪邸だらけ。

 なんだかとんでもない場所に連れて来られてしまった気がして、落ち着かない。
 一度身を乗り出すのをやめて、なるべく外を見ないように座り直すといつの間にか《不可視化》を解いていたアラスターが視界に映る。


「もう解いてしまって、大丈夫ですか?」
「ここまで来れば問題はないよ。気を遣わせてしまったね」
「私は大丈夫ですよ。見慣れないものばかりで、楽しいですし」
「さぁ、お二人とも着きましたぞ」


 ふぅとお互いにひと息ついていると、メルシエ様の声を合図に馬車が停まる。
 アラスターに手を引かれながら下車し、相変わらず豪邸だらけの街並みに戦々恐々としながら視線を巡らせるとそこには…


「お待ち申し上げておりましたわ…アビゲイルさん、アラスターさん」


 淡い桃色がかかり絹糸のような長い銀髪を揺らめかせ、真白のドレスを着て立つ聖女…ルミア様が立っていた。
 その周囲には執事やメイドの方が一人ずついて…立場のある人ってすごいんだなあとぼんやり思う。
 綺麗な姿勢でやんわりと微笑んでいる彼女との再会に私は素直に嬉しくて、小走りで歩み寄る。


「ルミア様!お久しぶりです!」
「お久しぶりですわね。お元気そうでなりよりですわ」
「ルミア様こそお元気そうで…あ、今回はお茶会にお招きいただいて、ありがとうございます」
「あらあら、アビゲイルさん。わたくし、堅苦しいのは苦手なんですのよ?いつも通りで構いませんわ」


 私の両手をそっと握るルミア様は、言葉遣いこそ丁寧だけれど悪戯っぽく笑ってくれて、私はそれだけで少し気が緩む。
 はた…とした表情で私の身の回りと馬車のそばで待機しているアラスターへ視線をうつし、周囲を見回すルミア様が首を傾げる。


「アビゲイルさん。荷はどちらに?」
「…あ、えと、その…」
「私の収納魔法の中だよ」


 言って良いのか分からず言い淀んでいたが、後方からアラスターが淡々とルミア様に告げる。
 声の主に視線を向けたルミアは一瞬だけ言葉を詰まらせるが、すぐに笑顔に戻る。


「…まあ!そうでしたのね。では早速お二人を我が家へご案内しますわ」
「あの、メルシエ様は?」
「彼にはまた2週間後にこちらへ迎えに来てもらう手筈ですわ。さあ参りましょう?」
「あ、はい!」


 ルミア様に手を引かれ歩きつつ、御者席にいるメルシエ様に小さく手を振ると彼は笑顔で軽く会釈をしてくれた。
 次いで私の後ろを静かについてくるアラスターへ視線を向けると……うーん、笑っているような無表情なような、ものすごく微妙な顔をしている。
 …それはどういう感情の時の顔なんですか?

 それにしても、ものすごい豪邸だ。
 周囲を見回すと色とりどりの花が咲いていたり、緑が豊富な庭園が広がっている。
 少し先にバラ園があり、テラス席などが設けられているのが視界に入る。


「あんな素敵なバラ園がついたお家に住んでるんですね!おうちも…豪邸だし…」
「以前の視察の後に、レオニス様に用意していただきましたのよ」
「ご褒美がとんでもないスケールですね」
「ご褒美というより…口止め…?」
「…口止め?」
「……ふふ」


 歩きながら気になって聞いてみると、ルミア様は笑顔を張り付けたまま少しだけ首を傾げて見せる。
 聞き返してみるものの、彼女は笑うだけで語らない。それがものすごく怖い。


「ルミア様?えっちょ、なんですかいまの!?こわいこわい!!」
「さあ、お二人が泊まるお部屋をご案内いたしますわね」
「ちょ、ルミア様ぁ!?」


 先ほどよりも足早に歩き出したルミア様の背を複雑な気持ちで眺めつつ、背後にいるアラスターから溜め息をつく音が聞こえる。
 あまり詮索してはいけない話だったようだ。上流階級の人たちって、私が思っている以上に秘密が多いのかもしれない。
 今後はうっかり聞いてしまわないように注意しないとな。

 そう自分に言い聞かせ、眼前に迫る…冒険者ギルドよりも大きな建物の入り口に視線を向けた。





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