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本編 第二章 【王都編】
許された距離
しおりを挟むお屋敷に入るとエントランスは、冒険者ギルドのように広くて、本当にここが住む家なのか?と驚きすぎて声も出なかった。
前世からの知識で豪邸というもののイメージは出来ていたが、やはり実際に目にするとその広さはイメージの3倍である。
驚きだったのはエントランスに入って、誰も待ち構えていなかったことだ。主人の客人が来た時は使用人達が出迎えるものだと思っていた。いやまあそんな出迎えをされても恐縮してしまうだけなので、なかったことに安堵したくらいなのだが。
すれ違う使用人達がこちらを見るなりぺこりと軽く会釈をしてくれつつ、ルミア様を先頭に私とアラスターがついていく。
隣のアラスターへ視線を向けるが、屋敷や装飾品の類には特に物珍しさもなさそうだ。こういった豪邸に慣れているんだろうか?
それに後方からは、執事さんとメイドさんが相変わらず付き従ってくれている。少し気まずい。
道ゆく足を止め、両開きのドアへ手をかけるなりこちらを向いて満面の笑みを浮かべるルミア様。
「こちらが王都に滞在の間のお二人のお部屋ですわ」
「わあすっごい広……二人?」
「?」
あれ?聞き間違いじゃなかったら、今確実に「二人の部屋」と言ったよね?
視界に飛び込んで来たのは、私の家の何倍もある広さの一室。
クイーンサイズのベッドがひとつ。
ソファやテーブル、クローゼット。
全てネイビーを基調として、ところどころに高そうな金色の刺繍やら装飾やらがチラチラと見えている。
部屋の中なのに、扉があるけれどその先には何があるというのだろうか。
このいかにも二人で過ごしてくださいと言わんばかりの内装に、私は首を傾げる。
「一人部屋ではなく?」
「あら?」
「……」
「この部屋には、専用の浴室がついていますのよ?ほらこちらの扉に…」
「ルミア様?!なんで聞かなかったことにするんですか?!」
口元に綺麗に揃えた指先を添え、にっこりと満面の笑みのままでいるルミア様はどう見てももとぼけている。確信犯極まりない。
隣に立つアラスターに視線を向けると、何やらルミア様と視線を一度だけ合わせて…何かをお互いで確認したように見える。グルか?グルなのか?
しかしそれも刹那の間で、すぐにルミアは踵を返して室内へとそそくさと歩き出して部屋を案内しようとするので、急いで後を追って言及する。
「どうせ一人部屋を二つ用意しても片方使わないのでは、意味がありませんものね」
「なぜそれがすでに前提なんです!?」
うふふふふ…と笑いながら歩く速度を緩めないルミア様を懸命に追いかける。
アラスターと一緒の部屋が嫌なんじゃない。確かにルミア様には「アラスターと恋仲になった」とは文で伝えていたけれど、どこまで進展しているかなんて話した覚えはないというのに!
女性の勘というのは末恐ろしいことこの上ない。
「ほらアビゲイルさん、こちらがお風呂ですわよ?お好きでしょう?」
「あっすごい豪華なお風呂!!…いや違くて!!」
「御用の際はこちらのベルを鳴らしてくださいね、メイドの方たちが承りますわ。デザートやお菓子をご希望の際もこちらのベルで」
「お菓子!…いや違くてぇ!!!」
ルミア様は的確に私の弱点をついてくる。
お互い甘いものに目はないだとか、前世は日本人だったからお風呂という文化を捨てられないだとか…共通の好きなことを共有してはいたけれど。まさかこんな風に私を誘惑してくるだなんて!身分が上の人って怖い!
楽しそうに私の抵抗をひらりとかわしながら、ルームツアーを敢行するルミア様。私も欲に揺れながらなんとか懸命に追いかけ続ける。
アラスターはそんな私たちを見て、ゆるく笑いながら魔法で収納していた私のトランクなどを出してすでに荷解きをしている始末だ。
お願いだからルミア様を止めてほしい。
いや…止める気ないよなあ、あの人。
ーーーーーー
「夕食の用意が出来ましたら、お呼びにあがりますわ。それまでは旅の疲れをゆっくりと癒して下さいませね」
結局、ルームツアーを遂行しきったルミア様は満足そうな顔をしながら私たち二人と連れて来ていたメイドを一人残して足早に去っていった。
まさかルミア様があれほど押しが強いとは思わなかった。
少々息を切らしながら閉じられた扉を恨めし気に一瞥し、アラスターへ視線をうつす。
私のトランクを取り出した後、残っていたメイドに話しかけている。
「彼女の服なんだけれど…」
「お二方のお召し物は、主人よりご用意させていただいております。そちらのクローゼットに入っております」
そうして目を伏せて淡々と答えるメイドさんは、青い髪を綺麗に束ね、切れ長の美人さんだ。
いや彼も彼だ。なんでそんなに慣れているんだか。というか、聞き間違いじゃなきゃ服が用意されてる?用意されてるってどういうことなんですかね?
メイドさんの言葉にふむと頷いて、クローゼットへ歩み寄り、少し開けて確認するアラスター。こちらからはその中身は一切見えない。
「なるほど、理解したよ。下がって良いよ」
「かしこまりました。ご用がございましたら、いつでもお呼びくださいませ」
そうしてこちらに一礼したメイドさんは部屋を静かに退出する。
いまだに状況をうまく飲み込めず立ち尽くす私にアラスターは、優しく微笑みながら歩み寄り、私の手を取って口付ける。
手つきがかなり優しい。
彼を纏う空気が明らかに先ほどまでとは異なる。穏やかでほんのり甘く、温かい雰囲気。
これはアラスターの甘やかしモードがオンになったことを意味するのを、私は良く理解していた。
「アビー、移動は疲れただろう?せっかくの好意だ、今は休まないかい?」
「あ、ずるいですよアラン様。そう言えば私が根負けするの分かってますね?」
「ふふ、正解だよ」
色々と言いたいことはあれど、ルミア様の好意を無下にはしたくないという私の考えを正確に読み解いて語る彼の言葉に唇を尖らせる。
ゆるく手を引いて、室内にあるソファ向かってアラスターは腰を下ろす。
どう足掻いたところで変わりはしないし、ここはルミア様の行為をありがたく受け取ろうと決めてアラスターの隣に腰を下ろす。
ふんわりと身が沈む感覚は、今まで味わったことがないほど柔らかく座り心地が良い。これがただのソファとは思えない。
「ひぇ…すごい座り心地いいですね」
「どれも良いものばかりだね。きっとベッドも心地良いよ?」
「すごい興味深いですけど、服が汚れているので。着替えるならついでに汗を流したいです…」
「そうだね…私も体に砂埃がついてるから、湯浴みを済ませたいな」
「……」
「……」
にっこりと笑う彼を見る。
この顔は私と一緒にお風呂に入る気満々の顔だ。いやいやちょっと待て。いくらなんでも好意に甘えすぎてはいないだろうか?いくらなんでも遠慮とかしたほうが…
そこまで考えてルミア様が含みのある笑顔を浮かべるのが想像できてしまって、遠慮しようがしなかろうがルミア様的には美味しいんじゃないかと巡らせる。…あり得る。
ともかく、目の前の男をまずは落ち着かせるのが先決だ。
「でしたら!アラン様がお先にどうぞ?護衛のお仕事でお疲れでしょうし!」
「それを言うならアビーが先に。慣れない旅は疲れただろう?」
それはダメだ。十中八九、アラスターが後からしれっと入ってくるに違いない。
じりじりと少しずつ距離を詰めてくる彼に、私も適度に距離を保てるように少しずつ身を引く。
「いやいや、どうぞお気になさらずに。私そういえば喉が渇いていますから、お茶でももらいに行こうかな~なんて」
「そこにさっきのメイドが用意してくれたお茶があるよ、飲むかい?」
「あ~そうでしたね!私としたことがうっかり…」
「アビー」
「っ!」
次第に距離が近づいて、身を引くのが体勢的に辛くなるとソファーへぽすりと横になってしまう。
身を投げても相変わらず柔らかい感触のソファに感心したいところだが、私の上に覆い被さるアラスターの瞳が私を捉えていてそれどころではない。
首を傾げ少し悲しそうな顔を浮かべる彼が口を開く。
「私と、入るのは嫌?」
「ぅ……」
非常に残念そうに言う彼の頭に、犬のような耳がぺしょりと力無く折れている幻が見える。
あーもうなんてずるい人なんだろうか。私が心の底から嫌がってるわけじゃないのは、彼だって重々承知のうえなはずなのに。
ただ湯に入るなら別に良いのだが、このアラスターの詰め方から考えるとそれだけが狙いじゃないように思えてならない。
いくら宿泊しているとはいえ、その、夜でもないのに…どうなんだろう。
そう考えると顔に熱が集まって来てしまう。
すると私が顔を赤くしているのに気が付いて、アラスターは口角を上げる。
悪戯を思いついた子供のように無邪気だけど悪い顔をして、私の頬に口付ける。
「私は君とただ湯浴みをしたかっただけなんだけれど…君は違うようだ」
「っ~!!」
彼の言葉で更に顔の熱さが上がる。
私が“ただの湯浴み”ではないことを想像してしまっていたのを指摘するような彼の口ぶりに、羞恥心でどうにかなりそうである。
しれっとしてるけど、絶対に彼だって私と同じことを考えていたはずなのに!すごく意地悪だ!
「私の太陽は何をお望みだったかな?君の願いは全て叶えてあげたいんだ」
「あー!もう!知りません!自分で考えてみたらどうなんです?」
「なるほど、一理あるね。なら私が取る行動が正解かどうか答え合わせをしながら行こうか?」
「あっ、ちょ!アラン様!やめ!あー!!」
私を軽々と抱き上げ、にこにことしながら風呂へそそくさと向かう彼。
決断した彼の行動は早いし、逃げる術を持たない無力な私の声は風呂への扉が閉まると同時にかき消えた。
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