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本編 第二章 【王都編】
触れない距離
しおりを挟む絢爛豪華な王城内でアラスターは大人しくレオニスの後をついて歩いていた。
大きな窓が何枚もあるその通路を歩き、時折窓の外へ視界を向けると庭園が目に入る。
庭師たちによって隅々まで手入れされたその光景は芸術品の如き仕上がりで、彼女はこれを見て何を感じるのだろうかとアラスターは考える。
時々すれ違ういかにも身分の高そうな人間が、こちらを品定めするような視線を向けては小さな声で何かを囁いている。
好奇、色欲、侮蔑…様々な視線を向けられることに慣れていたはずだったが、今日はいつになく身体中を支配する不快感に顔を顰めていた。
「顔に出すな、取り繕え」
「……」
前を歩くレオニスは淡々と短く告げ、笑顔のまま歩いている。
大人しく従うのは不満ではある。しかしレオニスの恐ろしいほどの合理性がこの場において最も最適解である事をアラスターも理解している。
故に、すぐに顔を常と同じく紳士然を取り繕わせる。
緩く弧を描き、余裕があるように見せる笑顔。
けれどアラスターの内心には、その表情とは裏腹に寸分の余裕も無かった。
先にあった王への謁見の事を思い出す。
王の要件は単純明快だった。
『この王都の冒険者になれ』
ただこれだけだ。
もちろんアラスターは断った。
悩むほどの事でもない。自身がただアビゲイルの為にあり、それ以外の何にも属するつもりがないからだ。
『ここで地位を確立させれば、今よりもっと良い暮らしが出来ると思わないかい…?』
レオニスが告げたこの言葉が、アラスターの判断に揺さぶりをかけるには十分だった。
レオニスとてアラスターが野心にまるで興味がないことを理解している。
それでもその話を口にするのは、アラスター自身ではない。アビゲイルに対してそうしてやりたいと思わないのかという問いであることを、アラスターは瞬時に理解してしまった。
アビゲイルも野心には興味がない。
王都に来てまだ数日ではあるものの、着飾った彼女の照れ臭そうな表情や、高価な菓子に目を輝かせる様が、アラスターにとっては何よりも喜ばしい事なのは事実だ。
けれど彼女はどこか落ち着かなさそうでもあった。
何が彼女にとって最適解であるのだろう。
その刹那の逡巡を、王に見抜かれた。
改めて後日返答を聞くことにしようと、告げられて謁見を終えることになったのだ。
誰かの盤上の駒になる不快感。
しかしそれは一見ただの駒ではあるが、合理性に基づいた最適解とも取れる。
だからこそアラスターは、今もなお大人しくレオニスに従っている。
だがアラスターという駒を動かす為に、アビゲイルすら盤上に載せられている事実が何よりも不快だった。
「僕を負かした事で、貴族たちは君をどうにか手中に収められないかと画策しているんだよ」
「……」
「手段はなんでもいい、専属でなくとも愛人でもいいんだ。君は容姿が良いからね」
「馬鹿馬鹿しいね」
レオニスの私室に入り、用意されていた紅茶を手にしながら告げられ、アラスターは辟易とした顔をする。
愛人であれば正式な夫婦関係にないため、お互いに意中の相手を作りつつ、利害関係を提供し合えるという算段なのだろう。
本当に馬鹿馬鹿しい事この上ない。アラスターであれば言い寄って来た貴族など闇と沈黙の中で殺すことは容易である。
「…だから陛下が真っ先に君に声をかける必要があったんだよ」
アラスターも紅茶を手に取り、口に含んだ瞬間にレオニスがそう告げて、静止する。
自分が考えている事を読まれたようなその言葉に、目線だけをレオニスに向ける。
確かに一理ある。
王直々に声をかけてしまえば、他の貴族たちは口出しが出来なくなる。逆に先手を打たなければ、アラスターが貴族に対して行動を起こす事で国に対して明確に敵意のあるものと判断される。それら全てを未然に防いだというわけだ。
国の為政者というのは侮れないな、とアラスターは改めて痛感する。
「アラスター、僕は何も君に意地悪がしたいんじゃないんだよ」
「…どうだかね」
「これは、可能性の話だ。そして君が取る選択が“君たち”にとってどんな可能性を持ち、どんな責任がもたらされるかの話でもある」
「私に必要なのは、彼女だけだよ。それ以外など…」
「そうではない事に気付いているだろう?それに彼女が君と同じ考えとは限らない」
「……」
遮るように告げられ、アラスターは黙って紅茶を飲む。
そんな様子のアラスターに肩を竦め、ティーカップを置いて立ち上がる。
「とりあえず、舞踏会用の服の仕立てを済ませてもらうよ」
「……」
「そう面倒そうな顔をされてもね。主催は僕だけど、ルミアが張り切っていたから…きっとアビゲイル嬢のドレス姿は素敵だろうさ」
アビゲイルのドレス姿。
今朝、アラスターがお茶会のために用意した時のネイビーのドレス姿もとても魅力的であった事を思い出す。早く彼女の元に帰りたいが、用事を済ませなければルミアが怒り、どんな報復をしてくるか分かったものではない。
渋々アラスターもティーカップを置いて、席を立った。
ーーーーーー
「…アラン様、遅いなあ」
お茶会に仕立て屋にと怒涛の予定をこなし、ルミアと夕食を済ませて部屋に戻ってから早数刻。メイドさんが用意してくれた温かいジャスミンティーに舌鼓を打ちつつ、窓の外を見る。
すっかり月が夜空にくっきりと浮かび始めたというのに、未だ戻らないアラスターを案じていた。
王様にスカウトされるかも、なんて話をしていたけど彼はどう答えるんだろうか。
やはり断るだろうか…だってスカウトされたらそれは王都に住むって事を表しているだろうし。私は王都は素敵な場所だなとは思うけれど、やっぱりあの街に住んでいたい。
私がそう言えば、彼はきっと断る。でもせっかく王様直々にスカウトされるなんていう名誉を、私の我儘で台無しにしてしまっても良いのだろうか。
考えても仕方ないか。それにスカウトされたって決まったわけじゃないし。
カップの中のお茶が無くなってしまったことに気がついて、ポットへ手を伸ばすとポットの中も底をつきかけている。
お代わりをもらおうにも、これでお代わり2回目だから気が引ける。1回目に持って来てもらった時でさえ、青髪のメイドさんに「先にお休みになられては?」なんて言われてしまったし。
座り心地の良いソファーに体を預け、寝衣で動きやすい体を丸めてブランケットを羽織って昼間は大変だったなあと振り返る。
お茶会の為に着たドレスも、舞踏会に参加する為にあれよこれよとルミア様が仕立て屋さんと相談するのを見ているのも楽しかった。
でもやっぱり私にドレスは重たく感じるし、舞踏会なんて柄じゃない。
私はいつも通りのワンピースを着て、アラスターとゆっくり王都を観光出来ればそれで良いのだけれど。
「…ふぁ」
慣れない一日の疲れと、夜も深まって来たことも相まってあくびが出る。
彼が帰ってくるのを、待ちたいのに。その気持ちと反してまぶたは重くなる。
「……アラン、さま…」
うとうととしながら、ここにはいない彼を呼ぶ。
不意にキィと音がして、冷たい風の匂いが流れてくる。まどろむ視界に暗い部屋の中で揺れる黒を見る。闇の中で金色が揺らめいているのが見えて、彼だと確信する。
(また、窓から…)
なぜかすんなりとそう思って、ソファへ身を預けながら私は両手を伸ばす。
軽々と抱き上げられ、ふわりと体が浮く感覚に私は安心する。
(彼が、帰ってきた)
だからこの次には優しく抱きしめられて、優しく撫でてくれて、優しく名前を呼んでくれる。
いつだって彼はそうしてくれたから。
——お前は、デザートだ
歪な声でそう笑う。
違う、彼じゃない。
誰なの?やめて!彼をどうしたの!
突如襲う恐怖に、涙が止まらなくなる。
どれだけ暴れても、私を拘束する力は緩まないどころかより一層強くなる。
——やめて!お願いやめて!
私の叫びは下卑た笑い声にかき消される。
——彼が!彼が死んじゃう!
必死に踠く。抵抗を続けなければ。
でないと、彼が…彼が!!
「アビー!」
「っ…!!」
大きなアラスターの声が私を呼んで、目を見開く。
視界には私を横抱きにして、少し乱れた装いの彼が映る。髪や服…息を荒げ、顔を蒼白とさせているアラスターを見て、私は呼吸をするのを忘れていた事を思い出して大きく咳き込んだ。
「…ゴホッ、ゴホッ!」
「アビー、ああ…良かった…」
咽せる私の背をさすりながら、ひしと抱きしめる彼が大きく息を吐く。
何が起こったのか分からない。ただ彼を待っていて、うとうとしてしまっていただけなのに。とてつもなく怖い目に遭ったように感じたのだ。
「っ…アラン様、私…」
「ソファで眠っていたから、ベッドへ移動しようと抱き上げたらうなされだしてね…大丈夫かい?」
「……はい」
船を漕いでいた自覚はあったけど、まさか眠ってしまっていたなんて思いもしなかった。
あれは悪夢だったのか。妙にリアルな悪夢だった。どこか覚えがあるようにも感じられて。
夢であったことに安堵しようにも、拭いきれない違和感に心にわだかまりが募る。
「遅くなってごめんね、アビー。待っていてくれたんだよね?」
「……王様に謁見したって、ルミア様から聞いて…少し心配で」
「………」
私を抱きしめたまま背を撫でる手をぴくりと止めて、彼は黙った。
顔は窺えない。けれど私の言葉に沈黙で返すということは、やはりスカウトの話があったのだろう。彼が何も言わないのは、スカウトの話に悩んでいるからだろうか?
どうして?いつもの貴方なら断りそうなものなのに。それとも私には言えない何かがある?
聞きたい事がたくさんあるのに、先ほどまでの恐怖が尾を引いて悪いように考えている気がしてしまって、私は彼を問い詰めることもできなかった。
第一、彼は優しいから、私に気を遣って話せないこともあるかもしれない。ここで詰めるのはやはり自分のわがままな気がして、できなかった。
ぎゅ…と彼の服を掴むと、それを合図にゆっくりとアラスターは歩き出して優しく私をベッドへ下ろした。
「今日は疲れただろう?もう休もう」
「……はい」
「おやすみ、アビー」
そうして私と共にベットへ入り、いつものように腕枕をしながら私の隣で目を閉じる彼が、何かを誤魔化しているようにも思えてしまって…私は不安に苛まれた。
いや、きっと悪い夢を見たから。嫌なことばかり考えてしまうんだ。彼の言う通り、今日はもう寝るべきだ。
そう思うことにして私も目を閉じる。
「……おやすみなさい、アラン様」
胸に残るつかえが取れないまま、私は妙に冴えてしまった頭を無理やり寝かしつけた。
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