太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第二章 【王都編】

優しさ故の棘

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 昨夜のわだかまりを残したままとは思えないほど、今朝は何事もなく過ごしていた。
 朝食をルミア様と3人でとり、いつも通り彼は私の髪を整えてくれて、メガネをかけて、自分で持ってきていた着慣れたワンピースとコートを羽織る。

 今日は、アラスターと二人で王都を散策する予定だ。髪をセットしながら、今日はどこに行こうか?と優しく微笑みかけてくれていたアラスターが、いつも通りなのが妙に引っかかっている。

 昨夜、彼は私の問いに答えなかった。
 彼の選択に口を出したいわけじゃないけれど、それでも彼が答えに悩んでいても、もう選択したとしても…彼の口から聞きたいと思ってしまう。
 いつもならこんなに気になることもないのに、やけに胸につっかえてしかたがない理由を自分でも察していた。

 これまで何度も見た悪夢のせいだ。
 そのどれもが断片的で、一見繋がりが無いように考えていた。けれど、アラスターの語る私が忘れた過去の記憶の話と一致する箇所があるのだ。
 思い出したわけではないし、思い出したくないわけでもないけれど…言葉にしがたい不安に押し潰されてしまいそうで。
 今は何もかもに不安を感じて仕方がなかった。


「アビー?大丈夫かい?」
「…あ、はい!大丈夫ですよ。まずは色んなお店を見て回るんですよね?楽しみです!」


 心ここに在らずで道を歩いていたことを悟られたような気がして、私は少しだけ駆け出してアラスターに振り返り笑顔を向ける。
 彼も楽しみにしてくれていたんだ、だから今は自分の不安なんて押し込めなきゃ。


「……そうだね、何から見て回ろうか?アビーは何が見たいかな?」
「そうですねえ…お茶も見たいですし、この王都にしかなさそうなものもたくさんありましたから、迷っちゃいますね!」


 彼は少しの沈黙の後に、私にいつも通り優しく微笑みかけた。
 その沈黙は、今はとても痛かった。
 私が元気に見えるように振る舞っていることを、彼が察していることの証明になるから。
 そしてその後に続く…“私の前での当たり前の彼”は、彼がそうするべきだと私に気を遣って選んだことを意味するから。

 ああ、だめだ。全部悪い方向に考えている。
 しっかりしろ、アビゲイル。
 私が彼を無理に問い詰めないように、彼も私を無理に問い詰めないのは私たちなりの優しさの証明のはず。
 なのに、今は、その好意があまりにも痛い。

 目頭に熱いものを感じたけれど、すぐにその熱に蓋をして私は無邪気にアラスターの手を取って引く。


「アラン様!早く早く!」
「…そんなに急いだら、君が先にバテてしまうよ?」
「少しは体力ついてきましたもん!」


 なるべく笑うように心がけながら、彼の手をグイグイと引いて進む。
 私は今、うまく笑えているだろうか。
 ただ心を蝕むような不安がこれ以上広がらないことを祈りながら、額に浮かぶ脂汗に気付かないふりをして歩いた。



 ーーーーーー



 貴族街から大通りを沿って歩き続けると、王都に来た時に見た大きな城門が目に映る。
 おそらくこの王都で最も活気付いているであろうその場所は、人も多く道沿いのどの店も賑わっていた。


「すごい人ですね…」
「ここが1番商いが盛んだからね」
「わ、見てください!変わった柄の布が売ってますよ!」


 彼の手を引いて、真っ先に目に入ってきた生地を取り揃えた出店へ向かう。
 並べられた色とりどりの布は、街では見たことがない模様や色彩で溢れており異国の風を纏っている。


「おや、お嬢さん。その柄に目をつけるとはお目が高いね…っと、そっちのアンタはまさか『一匹狼ローンウルフ』かい?」
「……そうだね」
「ほお!噂のS級冒険者様に来てもらえるとは嬉しいよ!…どうだい?可愛い“奥さん”の為に買ってってくれよ!」


 そう軽快に話す店主は、私を頭から足の先まで舐めるように見た後にアラスターに向き直る。
 その視線と言葉に私はぞっとしてしまった。

 店主も最初は私に声をかけたはず。
 けれど私の同伴者が『一匹狼ローンウルフ』のアラスターだと気がつくや否や、すぐに客として対応するのをアラスターへ切り替えた。
 こういった布生地は、主に女性が洋服を仕立てたりするのに入り用なものであるにも関わらずだ。

 そして、なによりも驚いたのは周囲にいる人たちの反応だった。
 あれほどまで賑やかであったはずなのに、勢いを少しだけ衰えさせている。
 誰もこちらを見ていない。けれど耳を大きくして店主とアラスターのやり取りを聞いているのだ。

 私は首に彼の色のチョーカーをしている。
 確かに店主に伴侶であると勘違いをされても仕方がないのかもしれない。それでもメルシエ様に言われた時のような気恥ずかしさより、あからさまに当て付けがましく言われたような気がしてしまったのだ。


 ——見られて、いる。


「…君の客は私ではな…」
「あ!アラスター様!あっちにもほら!美味しそうなお菓子があります!」
「あ、ちょ、アビー?」


 店主や周囲の反応に思わず硬直してしまっていたが、眉を顰めて首を傾げるアラスターの言葉を遮って無理やりに手を引いて真反対の方向にあるお菓子屋へと歩き出す。

 彼が店主の態度に反論してしまう前に、私は周囲に気が散漫な様子を取り繕う。

 (だめだ。『王都ここ』で、彼の印象を悪くさせてはいけない)

 人をかき分けて歩くと、すれ違い様に囁くような声が聞こえてくる。


「あれが噂の『一匹狼ローンウルフ』?」
「連れの女性はだれ?」
「さっきの店主は、世辞で女房だなんて言ってたが」
「どう考えてもどこかの貴族の娘のわがままに付き合わされてるだけじゃない?」
「なんだ子守りか?S級冒険者ってのは大変だな」


 注目されている。
 ひそひそと憶測を交えながら、時折向けられる視線に全身の血の気が引いていく。

 私はやはりわがままに振る舞って正解だった。
 彼の事を悪く言っている人はいなさそうだ。

 なのに、頭も胃もぐるぐると回る。
 でもダメ。耐えて。
 彼はとても楽しみにしていたから。
 だから今日は楽しく過ごさなきゃいけない。




 それからずっと、店に入っては店主だけではなくその場にいた客にも奇異の目で見られ続けた。
 店主が「可愛い彼女にどうか?」なんて言って、アラスターがそれを肯定しようものならすぐに遮って。
 アラスターが何か反論しそうになればそれも遮って…を繰り返して回った。


 当然、私のそんな様子にアラスターが黙っているわけもなかった。


 人通りの無い裏路地に足早に連れて来られ、私へ振り返った彼は、身を屈めて優しく手を握って心配そうな顔を向ける。

 きっとこうなるかもしれないなんて、私は分かっていたはずなのに他に方法が思いつかなかった。だから、俯いた顔を上げることが出来ないでいた。


「アビー……無理をしているなら、今日は帰ろうか?」


 彼は私の行動を責めない。
 行動だけでは無い。
 私は最初のお店からずっと徹底して彼の事を愛称で呼ばなかった。
 なのに彼はそれも責めない。
 今までなら、きっとこんな態度の私に彼は少しだけ拗ねて見せて、愛称で呼んでくれなきゃ嫌だって言ったはずだった。
 でもそうしないのは、きっと私が…貴方に気を遣っているのを察しているからだ。

 私の勝手な行動を、優しさと解釈して無下にしない為に。

 違う。私は優しくなんかない。
 注目されたくないだけだ。
 私のような地味な女が彼の恋人だと、周囲に知られれば彼の評価が下がると思った。
 自分が原因で彼の評判を下げて良いはずがなかった。

 彼のことが大切だから。

 私のせいで彼の可能性が少しでも潰えてしまうのを、避けたかった。


 ああダメ。考えれば考えるほど、頭も胃もぐるぐると回って…視界すら歪んで見えてくる。
 自分の視界が正常か判断する為に、顔を上げると私を覗き込むアラスターの顔がぐにゃりと歪んで見える。

 (きもち、わるい…)


「アビー?……アビー!顔が真っ青だ!具合が悪いのかい?」


 彼の心配そうな声に、返事する余裕もないほど自身の身に渦巻く不快感に立っていられなくなる。
 身体中の力が抜けると、彼が私を抱き留めてくれた。


「アビー?アビー!!」


 朦朧とする意識の中で、彼の悲痛な叫びだけが頭に反響していた。





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