47 / 77
本編 第二章 【王都編】
太陽のもとへ
しおりを挟む——アビー!!
彼の悲痛な叫びが、耳について離れない。
私は暗闇の中で、冷たい場所で伏してうずくまっている。
ただ苦しくて、全身が痛くて、動くことが出来なくて…それでも頭に浮かぶのは彼のこと。
確かめなきゃ。
——何を?
彼が、無事かどうか。
——どうして?
だって彼は酷い怪我をしている。
——どうして?
…あれ、なんで私、彼が怪我をしてるって思うんだろう。彼は怪我なんてしていないはずなのに。
暗闇に目が慣れて、横たわりながら視線を巡らせる。同じ闇の色なはずなのに、黒い髪と金の瞳が少し離れた場所にいるのを正確に捉えた。
私が知っている彼ではない。
体はずっと小さくて、子供だ。
ボロボロで、背中から血を流して、こちらへ伸びる手のひらも血だらけだ。
それでも私は彼だと思った。
お願い、誰か、彼を助けて。
そう願って目を固く閉じると、今度は横たわる私の体に柔らかい感触と暖かさが降り注ぐ。
胸いっぱいに空気を取り込むと、瑞々しい草の匂いで全身が満ちる。
なんだか眩しいような気がして、閉じたまぶたを開く。
映るのは、黒髪に金色の瞳をした少年。
『アビー』
幼さを纏ったままそう呼んで微笑むその少年が、昔のアラスターであることを確信する。
——刹那
もやがかかっていたような視界が、一気に晴れてゆく。
次いで、映画のフィルムのように次々と映し出されるのは、私がずっと忘れていた幼少期の記憶。
出会った時。
孤独の色を滲ませる彼に、手を差し伸べた時。
野を駆けて、寝そべり、雲を見た時。
大好きな絵本を読んで、いつか宝石を贈ると約束をしてくれた時。
手を繋いで、笑い合った時。
そのどれもが淡い光を発している。
大切で暖かくてかけがえのないもの。
どうして今まで忘れてしまえていたのか。
暖かいのに、胸がじくじくと痛む。
涙が溢れて止まらない。
魔物に襲われた怪我のせいとはいえ、私は貴方を忘れて、恐れて…
なんて、なんて酷いことを。
ーーーーーー
目を覚まして、真っ先に視界に映ったのは窓の外に浮かぶ月だった。
私が高熱を出して、ルミア様が治療に来てくれてからかなり眠ってしまったようだ。
自分の顔に伝う涙を拭いながら体を起こす。
まだ体に沈澱する熱が、寛解ではないことを意味しているのに気付く。
サイドテーブルに用意されているグラスを手にして水を飲む。高熱の時は一度にたくさん飲んではいけないから、ちびちびと回数を分けて。
喉を潤して再び窓へ視線を向ける。
雲ひとつない夜空に浮かぶ月が欠けている。
それでも煌々と輝いていて、その輝きが今の私には痛々しく感じられた。
(また、同じ夢)
熱に浮かされながら、眠りにつく度に同じ夢を見る。
忘れてしまっていた、記憶の夢。
もう思い出したというのに、何度も同じ夢を見る事で、私を罰している。
起きる度、体の不調よりも胸に広がる痛みに息が浅くなる。
(私のせいで、貴方を縛りつけた)
大切で暖かいはずの子供の頃の記憶。
子供の無邪気で純粋な約束や行動が、アラスターにとって呪いとなった。
私があの時、迂闊で無ければ。
私があの時、忘れていなければ。
後悔の念が消えない。
私さえ、この世界に転生してこなければ。
何がちゃんと生きて、ちゃんと死ぬだ。
その自分勝手な振る舞いによって、私が今最も大切にしたい人の人生全てを…私という呪いで縛り付けている。
(…私、貴方が大切なんです)
自己嫌悪と自己否定に塗れていても、ありのままの私で良いと彼は示してくれる。
だから少しずつでも自分を好きになれて、私にもできる事があるってちょっとだけ胸を張れて、それが何よりも嬉しくて。
落ち込んでも、また自己嫌悪に陥っても、嬉しくてはしゃいでも、皮肉を返しても。
全部微笑んで、抱きしめて、受け止めてくれるアラスターにずっと救われてきた。
一度ならず、二度も私を救ってくれた貴方が、何よりも大切。
だからこそ、その大切な人の手足に私が枷をつけている事が許せない。
大切な人の心に私という呪いを刻んだ、私自身が許せない。
(彼のそばにはいられない…)
『貴女は人を幸せにするお顔をしていますわ』
静まり返った室内に、雫が落ちるようにその言葉が響いたような気がした。
違うんです。
私は誰かを幸せになんかしてない。
こんな私は幸せになってはいけない。
『貴女がしなければならないのは、自責ではなく向き合う覚悟ですわよ』
もう一度、大きな雫が落ちる。
雫が起こした波紋が徐々に大きくなり、私の心を飲み込む。
「……向き合う」
向き合うってどういう意味なんだろう。
私は十分に向き合ってるつもりだった。
それでもルミア様は、痛いほど真っ直ぐな瞳で、向き合う覚悟をしろと言った。
同じ転生者であること、忘れた記憶があること、記憶を思い出したこと。
それら全てを知って尚、ルミア様は私に言ったんだ。
——貴女はどうしたいの?
私、きっと彼のそばにいてはいけない。
——貴女はどうしたいの?
私、私…彼から、離れ…なきゃ…
——貴女はどうしたいの?
頭の中で、何度もルミア様の声で問いかけられる。
ガンガンと頭を打たれるような衝撃が痛い。
再び呼吸が浅くなる。体の震えが止まらない。
瞳に熱が集まって、込み上げる思いと涙を堪える。
真っ直ぐなルミア様の瞳が脳裏に浮かんで、揺らいでいく。
ルビーのような赤い瞳が、ゆっくりと金色へと変化していく。
そうだ。
今までずっと、私にそう問うてきたのは…
——君は、どうしたい?
そうして優しく微笑むアラスターの顔を思い浮かべて、込み上げる熱も思いも抑えられなくなる。
私、貴方と一緒に居たい!
離れたくなんてない!
溢れる涙も気持ちも、両手で覆う事ができなかった。わんわんと泣いて、ただ自分の中に湧き上がる感情に身を委ねた。
貴方が居ない人生を、私はもう考えられない。
貴方は私のそばにいてくれるって、何よりも大切だって、貴方の太陽だって言ってくれた。
愛してるって、伝えてくれた。
彼はずっと私を選んでくれていた。
彼の選択を、私は歪めようとしていた。
違う。私がしたいのは、彼の選択を歪める事じゃない。
貴方の選択を私が受け入れて、私も貴方を選んだことを伝えたい。
その選択で彼が傷つく事があるなら、また傷つかないように離れたいんじゃない。
私はちゃんとその傷を手当てして、寄り添いたい。
だって、私、彼を愛してる。
ひたすら泣きじゃくって、いつの間にか泣き疲れて眠りについて、夢を見た。
忘れた記憶の夢じゃない。
ただ広がる、白い空間。
もう随分と思い出す事のなかった前世の私が、相変わらず疲れた顔をしてこちらを見ている。
でもその顔は…
とても優しく、微笑んでいた。
1
あなたにおすすめの小説
転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。
aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。
ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・
4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。
それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、
生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり
どんどんヤンデレ男になっていき・・・・
ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡
何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。
気付いたら最悪の方向に転がり落ちていた。
下菊みこと
恋愛
失敗したお話。ヤンデレ。
私の好きな人には好きな人がいる。それでもよかったけれど、結婚すると聞いてこれで全部終わりだと思っていた。けれど相変わらず彼は私を呼び出す。そして、結婚式について相談してくる。一体どうして?
小説家になろう様でも投稿しています。
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる