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本編 第二章 【王都編】
月と太陽の舞
しおりを挟む「ワン、ツー、スリー」
執事に繰り返し数えられるテンポ。
その声に合わせ、ルミアの腕にしがみつきながら懸命に練習をするアビゲイルを見る。
額に汗を滲ませて、真剣な眼差しを崩さない彼女に思わず顔を綻ばせ…
——ぎゅむ
「………」
「すっ、すみませんルミア様!」
足を踏まれ、硬直するルミアに彼女は慌てて身を離し謝罪をする。
けれど、その姿のどこにも弱さや脆さを滲ませていない。体調が快復してからというもの、彼女はどこか強くなったような印象を受ける。
倒れてから今日までアビゲイルは、アラスターとは会っていない。
彼は彼でレオニスの手伝いに引っ張り出されている。
彼女にそう伝えたら「彼も頑張ってるんですね」って小さく笑っていた。
(覚悟が決まったのですわね)
いよいよ明日に控えた仮面舞踏会に向けて、ダンスや作法を少しでも良いから教わりたいと願い出た彼女。
その願いを叶えるべくルミアは、練習相手を努めている。
彼女が強くなったことは喜ばしい。
だが、それとダンスの出来は別問題だった。
「アビゲイルさん…」
「ひぇっ」
にっこりと満面の笑顔を向けると、彼女がピシッと背筋を伸ばして気をつけの姿勢を取っている。どんなに姿勢を正そうが、恐怖の声が漏れている。彼女の大変可愛いところではあるが、これは社交の場では減点対象だ。
「良いですこと?社交の場では、気を緩ませると直ぐに付け入られますわ。どんな言葉にも靡かない、余裕のある女性を心掛けなくてはなりませんわ」
「はいっ!」
「ダンスもそうですわ、貴女動きが堅すぎましてよ?女性は羽根のように軽く、猫のようにしなやかに!」
「はいぃっ!」
勢いの良い返事と共に敬礼をして見せる彼女の必死な顔に、ルミアは困っていた。
病み上がりだというのに、休憩を挟みながらではあるがもう何時間もダンスの練習をしている。
ルミアに教えを願い出た彼女の強い意志が、一切手加減なく教えてくれと言わんばかりだった。故にルミアも容赦なく指導し続けている。
それでも彼女の直向きさに心が何度も打たれて、もうこれくらいで良いのでは?と何度口に出しそうになったことか。
「ワン、ツー、スリー」
再び開始されたテンポに合わせ、手を取り合って体を揺らして踊る。
アビゲイルは小さくぶつぶつと、ルミアから教わった事を繰り返し呟きながら必死に踊っている。なんと恐ろしいほどに真面目な事か。
それがかえって、動きの固さに直結しているというのに。
小さく溜め息を漏らし、彼女の腰に添える手をぐっと自身へ引き込む。
先よりもより体を密着させ、近くなった顔の距離を利用して真っ直ぐに彼女の瞳を見る。
「大切な人を重ねて踊ってみてくださいまし」
「大切な人…」
「ええ。目を閉じて、足を踏む事を恐れないで」
「……怖がらない」
「そうですわ。だって足を踏まれても、怒るはずがありませんわ」
素直にルミアの言う事に耳を傾け、目を閉じ、リードされるがままに踊るアビゲイル。
その動きは先ほどとは別人なくらいに、しなやかで柔らかさを帯びている。
彼女は閉じた瞳の奥で、彼を見ている。
その想像が具体的であればあるほど、彼女の動きは軽やかになる。
ひと通り踊り終えると、今までテンポを数えていた執事が拍手をした。
その音に目を開け、少し照れ臭そうにする彼女は首を傾げて問う。
「じょ、上手に踊れましたかね?」
「とても良く踊れていましたわ。わたくしが男性なら、すぐさま二度目の踊りを申し入れたいほどに」
「本当ですか?嬉しいです!ルミア様のおかげです!」
ぴょんぴょんと子うさぎのように跳ねて喜ぶ彼女が、以前よりもずっと明るく、より一層可愛らしさを纏っている。
正直、めちゃくちゃ可愛い。
一体なんなんだこの生物は。
ルミアとて、もうずっと心の中で血反吐を吐くほど悶絶している。
…いけない。正気に戻らなくては。
だからこそ、この彼女をアラスターが見たら、悶絶するだろうと予想するのは容易だった。
ルミアは真顔でアビゲイルを見て、一度冷静になるために深呼吸をする。
アビゲイルから身を離し、控えていた執事に視線を送る。こちらに歩み寄り、頼んでいた小瓶をアビゲイルに差し出す。
「…えっと、ルミア様これは?」
「媚薬ですわ」
「びっ!?えっ!?嘘ですよね?」
「嘘ですわね」
「えぇ…ルミア様…」
ついいたずら心が湧いて、さらりと嘘をついてみる。
わかりやすくアビゲイルが反応をするのが手に取るように分かっていたが、それでも直接反応をみるのが楽しい。
呆れた眼差しのアビゲイルに、くすくすと笑い仕切り直すために咳払いをする。
「これは、目薬ですわ」
「目薬…ですか?」
「視力を一時的に回復させる効果がありますのよ」
「視力を……あっ、そっか、舞踏会じゃあ仮面をつけるからメガネつけられないですもんね」
「ええ、なので作りました」
「作りました!?ルミア様が?」
「はい」
執事の手に乗せられた小瓶を取り、アビゲイルの手を取り渡す。
彼女は今でも自分を下にしてしまうところがあるけれど、ルミアは気付いて欲しかった。
アビゲイルが十分に美しくて、可愛らしくて、魅惑的な女性で、本来なら誰も隅には置かない人である事を。
きっと仮面舞踏会で、彼女と踊りたがる男性はたくさんいるだろう。
(見せつけて差し上げるのですわ。世界に、貴女という人が存在する事を)
嬉しそうに喜ぶ彼女がふと、窓の外へ視線を向けて眺めている。
それは明日への希望と、誰かを想う眼差し。
夕暮れ時になった空は、彼女の髪と良く似た色をしていた。
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