太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第二章 【王都編】

柘榴石と紅茶

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 ——魔法は想像力である。


 魔法について知識をつけようと書物を読んだ時に、真っ先に出てきた言葉だった。
 詠唱するための言葉や、詠唱を破棄する方法…様々な技術があれど結局のところは『想像力』に帰結するらしい。

 冒険者として敵を屠る為の魔法は想像しやすい。いかに効率的に致命的なダメージを与えられるか、もしくは相手が最も嫌がるであろう手段を想像できるかだ。
 それでも想像するよりも動いた方が圧倒的に早いため、やはり魔法は不得手だ。

 収納魔法を会得している私ならば、髪色を好きなように変えることくらい容易だろうとルミアが考えて提案してきているのは理解していた。
 しかし『魔法は想像力』だ。私が具体的にイメージできなければ、それを実現することは出来ない。

 私にとって髪色を具体的に想像するのは難しい。なにせ微塵も興味がないし、具体的にイメージ出来るほど焼きついた色はない。
 ただひとつだけ『赤』だけはイメージが出来ていたが、彼女と同じ色を纏うのは選択肢の中には存在していない。

 しばらく頭を悩ませたが、結果として行き着いた色が銀だった。
 なにせ目の前にいたルミアが銀髪である。目の前にあればイメージしやすい。
 さらに言えば、アビーの父親が銀髪であったことをふと思い出したのだ。冒険者になる前に会ったきりで、顔を思い出すのは難しいが幼少期の私にとってその色は『赤』の次に記憶にこびりついている色だった。


 そんなことを考えながら、装飾品が並ぶ露店を見る。色とりどりの品々は品質的には中~上程度のもの。観光客に向けて販売しているんだろう。
 隣で小さく唸りながら吟味するアビーを見る。きっと彼女は自分の装飾品ならここまで悩んだりしないんだろうに、今は私に贈る物を選ぶために考えてくれている。
 たまらなく愛おしくて、くすりと笑うとそれに気が付いたアビーと目が合う。
 いけない。私がまた君ばかりを見ていて、ちゃんと選んでないって怒られてしまうな。


「何か気になる物はありました?」
「うん、そうだね…」


 そう促されて、丁寧に並べられている装飾品に視線をうつす。
 鮮やかな青い宝石、緑の宝石…どれもアビーにはよく似合うだろうな。小さな金色の宝石が付いたネックレス、これも彼女に似合いそうだ。
 とそこまで考えて結局、自分が欲しいというよりもアビーに似合いそうなものばかり見てしまっていることに気が付き、仕切り直す。

 陳列台の中で、少し特別に飾られた場所を見る。
 その中に、彼女の髪の色と同じ赤色の宝石をつけたワンポイントのピアスを見つける。
 赤い宝石といえどもその色味は多岐にわたるというのに、そのピアスはアビーの髪色と全く同じ色をしていた。


 (身に付けるなら、君の色がいい)


 そう思って私は迷わず指をさす。


「これなんてどうかな?」
「ピアスですか?アラン様、ピアスの穴あけてましたっけ?」
「いや、開けてないね」
「えっ!痛いかもしれないですよ?」


 慌てる彼女とは裏腹に、私は彼女の言葉に少し酔いしれていた。
 君に与えられる痛みなら、きっとそれはさそがし甘いだろうから。そうなると何がなんでもピアスにしたくなってくる自分の単純さに心の中で笑う。君に開けてもらおう。そうしよう。


「お客さん、お目が高いねぇ。これは普通のピアスとは違うんだよ」
「そうなんですか?」
「そうとも!王都の恋人で流行ってる“契りのピアス”って言うんだ」
「契りのピアス?」


 そうして語り出した店主の話はこうだ。
 着用者ともう一人の合意を得て、着用が可能な魔法の契約をするものらしい。
 双方の合意がなければ取り外すことも出来ず、逆にいえば不意に外れてしまうこともないのだそうだ。
 平民から貴族にまで流行っているらしいその代物は、相手が自分の所有物であることを周囲に知らしめる為や、浮気防止にもなるそうだ。


「それにこのピアスに使われている宝石は、柘榴石ガーネットを使用しているんだが…ほら、彼女さんの髪色とそっくりだろう?」


 そうしてピアスを飾る台座を手にして、アビーに当てて見せる商人。こうした会話で購入意欲を煽っているのは良くわかる。普段なら聞く耳を持たないところではある。
 …だがそれ以上に彼女の髪色と同じ宝石は、私の目にはとても良く映った。

 少しだけ困った様子のアビーをじっと見る。
 私の視線に気が付いた彼女が、より一層困っている。けれどたぶん、本当に困らせているわけではなさそうだ。


「アビー」
「本当にこれで良いんですか?」
「うん、これがいいな」
「すぐ外せないんですよ?」
「すぐ外れないほうがいい」
「肌が弱いんですから、かぶれたりしないか心配です」
「かぶれたら外すよ」
「無理してませんか?」
「してないよ。君の色がいい」


 真っ直ぐに彼女を見つめて訴える。
 契約がどうこうよりも、私の身を案じてくれている彼女の言葉が優しい。
 私が些細な傷をあまり痛がったりしないのは彼女とて重々承知のはず。アビーの為に無理に決めようとしていないかを彼女は知りたいようだ。
 私はこれまでアビー以外に強く欲しいと思ったことはない。むしろこの彼女と同じ色をしたピアスをここまで熱望する自分に驚いてすらいる。

 少しううんと考えていた彼女だが、私を見てふわりと笑った。


「それなら、これにしましょう」
「ありがとう」
「お買い上げありがとうございます!ならこれはサービスでお付けしますよ」


 代金を渡す彼女に、店主はピアスを入れる小箱と共に小さな器具を渡す。


「これはピアスの穴を開ける器具です。ここに付けたいピアスをつけて使うんです」
「へー、便利ですねぇ」
「何度でもお使い頂けますから、新調されたい時や彼女さんもピアスをされたくなったら是非ともご贔屓にしてくださいな」
「ありがとうございます」


 そうして二人で店から離れる。
 買ってもらった後に彼女に高額な物を強請ってしまったかと少し不安に思うが、隣を歩く彼女は少し嬉しそうな様子なのでおそらく大丈夫なんだろう。
 ギルドの受付嬢というのは、平民の中で高給取りに位置する。予算が厳しければ彼女はちゃんと言ってくれるだろうし、この後にかかる支払いは全て自分がすれば良いだけの話だ。


「こんなにすぐに決まるとは思ってなかったです」
「無理をさせてしまったかな?」
「まさか。私もしっかり稼いでますからね!」
「それもそうだけど…」
「?」
「契約だなんて、本当に良かったかい?」


 細い腕で力こぶを作って見せて笑う彼女の耳元にそっと顔を寄せて囁く。
 私はどんなことであれ、彼女と共にすることは全て嬉しいことこの上ない。それが“契約”とあればその喜びも更に増す。私が彼女のものであると証明するから。
 けれど彼女はそうした所有欲や支配欲をあまり好まないのを理解しているから、そうした意味で無理をさせているのではないか。

 今更ながら自分の我儘に少し反省しながら問うと、彼女は少し照れながらはにかむ。


「私は…その、嬉しい…です」
「……うん、私もとても嬉しい。ありがとう、アビー」
「どういたしまして」
「帰ったらつけてくれるかい?」
「えぇ…怖いです」
「何かあればルミアに治してもらうさ」
「アラン様、聖女の癒しの力をあんまり安易に使っちゃダメですよ…」


 周囲に聞こえぬよう小さな声で笑い合う。
 彼女の隣に並んで歩くこの何気ない時間に、私は想像していたよりもずっと心を満たされていた。
 少し前まではあんなにも彼女に拒絶されまいと、思考を巡らせていたというのに。

 常に頭の片隅にいた、闇を纏う自分。
 その声が遠のいていくような、そんな感覚に気付かないフリをしながらアビーと同じ歩幅で歩き出した。



 ーーーーーー



 白い石材と清涼感のある内装の色味。
 アビーが来たがっていたカフェテリアが併設されている茶匠へ来ていた。

 ここに来るまでの間も様々な露店を見て回っていたので、カフェテリアに通して貰いテラス席へ二人で座る。
 日中の暖かい日差しと歩き回っていた為に、コートを着るには熱く二人で背もたれにかけてメニューを見る。


「うーん。どれも捨てたがたい…」


 そうしてメニューと睨めっこしている彼女の愛らしさに、頬杖をついて眺める。
 紅茶と甘いものが好きな彼女のいつになく真剣な表情。アビーの一挙一動にもうずっと心が満たされて止まらないというのに、私の心はそれでもなお彼女で満たされたいと欲している。

 飢えと癒しがずっと同時にせめぎ合うような不思議な感覚に、私は終始、機嫌が良かった。


「甘いものを先に選んで、それに合う紅茶を選ぶのはどうかな?」
「なるほど。アラン様は決まりました?」
「そうだね…」


 私が決まったかを聞くということは、おそらく一口もらおうと考えているはず。アビーは本当に好き嫌いが少ないから、私が頼む甘味とは系統が違う物を選ぼうとしているんだろう。
 本当にどれも美味しそうで悩んでいるからこそ、私に選択を委ねてくれているのが何よりも嬉しい。

 そう考えて微笑み、メニューを指差す。


「フルーツタルトとセイロンにしようかな」
「じゃあ私はフォンダンショコラとアッサムにします」


 そうして店員に注文をすると、アビーはニコニコとしながら店内を見渡している。
 ショーケースに並べられたケーキや、販売用に棚に並べられたたくさんの茶葉を眺めて楽しそうだ。本当に甘いものと紅茶が好きなんだなと、つい私まで口角が上がってしまう。


「私もちょっとフルーツタルトにしようかなって悩んでました」
「ショーケースに並んでいるのが見えたからね」
「はい!宝石みたいでキラキラしてて!」
「アビーは本当に甘いものと紅茶が好きだね」
「大好きです!紅茶は特に!」
「理由を聞いてみてもいいかい?」
「理由?そうですね…」


 今にも踊り出しそうなほど上機嫌な彼女。
 そういえば紅茶が好きな理由を聞いたことが無かったな、とふと考えて聞いてみる。
 私もコーヒーよりも紅茶を良く愛飲しているが、香りが良いな…くらいにしか思っていなかったので彼女が好きな理由を聞いてみたくなったのだ。


「紅茶って、物によって全然味も香りも違うじゃないですか」
「うん、そうだね」
「相手の気分や状態に合わせて淹れてあげたり、一緒に居る人や食べ物に合わせて変えたり出来るので…なんか紅茶って優しいなって思ってて」
「うん」
「紅茶の優しいところが好きなんだと思います。なんか、変な言葉かもですけど…」
「変ではないよ。とても君らしいね」


 紅茶が優しい…か。
 そう思える君の方がよっぽど優しいということに、君自身は気付いているだろうか?
 相手の状態や気持ちに合わせて淹れることが出来るのは、そうしてあげたいと思う君がいるから成り立っているんだけれどな。

 だからこそ君が淹れてくれる紅茶は、どれも優しい味がするんだね。

 君が淹れてくれる紅茶はもちろん。こうして外で君と飲むものも、ひとりで君を想いながら飲む紅茶も…私は好きと言えるんじゃないだろうか。


「私も、紅茶は好きだよ」
「本当ですか?じゃあここで帰りにたくさん茶葉を買っていきましょう。街に帰った時の二人で飲む用です!」


 とても楽しそうに語る彼女の口から、王都から街に帰った後の話をされて思わず顔が綻ぶ。
 君からされる未来の話がどんなに些細な事であっても私にとっては、この先も君の隣に居ていいという許可になる。それがたまらなく嬉しくて、そしてもっと欲しくなってしまう。


「なら、ティーセットも良いものが無いかこの後見に行ってみないかい?」
「わー!良いですね!大賛成です!」


 私の提案に目を輝かせる彼女の答えに、私はまた喜びに胸を震わせる。
 こんな調子では一日もたないなと少し自分に呆れていると、店員が注文した物を運んでくる。

 慣れた手つきでポットからカップへと紅茶を注ぐ彼女の楽しそうな様子を楽しみつつ、私も彼女と同様に自分が注文した紅茶を注ぐ。

 タルトをフォークで丁寧に一口サイズに掬うと、手を添えながら彼女へ差し出す。


「食べるかい?」
「食べます!いただきます!」


 勢いの良い返事と共にタルトを頬張るアビーは、とても幸せそうな顔をしている。小動物みたいで本当に愛らしい。
 そう考えながら、自分も食べようとタルトへ視線を落とすと視界の端に何かが映って彼女へ向き直る。

 スプーンで救ったフォンダンショコラを私に差し出しているアビー。その顔は少し赤い。


「アラン様も、食べ…ます?」
「……うん、いただきます」


 少し、驚いた。
 アビーは私に食べさせるのが得意では無かったから。私が頼まない限りはやらないだろうと思っていたから。
 以前も串焼きを食べさせてもらったことがあったが、明らかにその時よりも彼女に恥じらいは少ないように見える。

 驚いてつい手を止めてしまったが、すぐに彼女が差し出すフォンダンショコラを口に含む。
 …すごく甘い。チョコレートの甘さもそうだが、アビーに食べさせてもらったせいかその甘さが際立っているように感じた。


「うん。とっても甘くて美味しいよ」
「それは、良かったです…」


 微笑んで感想を伝えると、アビーはより一層顔を赤らめてティーカップに口をつけている。
 私の中でまた好きなものがひとつ増えた。


 (チョコレートは、君のように芳しく甘いね)




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