太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第二章 【王都編】

耳に刻む愛印

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 日が傾き始めた頃、私たちは王都での買い物を終えてルミア様の屋敷に戻ってきた。

 茶匠ではたくさん茶葉を買ってしまったし、素敵なティーセットも新調出来たので大満足だ。
 荷物は全てアラスターの収納魔法にお任せしているので、手ぶらでいられたのはありがたい。
 街へ帰ったら早速試して、アラスターと一緒に飲みたいな…と考えて少し照れる。
 自分の中に彼と過ごす未来が当たり前にあることが、照れ臭くて、でも嬉しかった。

 部屋に戻ってコートを脱いでラックにかけると、アラスターも同じようにしている。
 髪がいつのまにかすっかり黒に戻ってはいるけれど、服はそのままなので黒を着ていない彼は新鮮だ。


「髪色、戻したんですね」
「銀髪の方が良かったかな?」
「新鮮で楽しかったですけど、黒髪の方が安心します」


 背の高い彼に手を伸ばして、黒髪に触れて撫でる。触り心地もいつも通り。
 銀髪は銀髪でいつもより彼を眩しく感じたし、いつもより表情の変化が読みやすくて結構メリットはあった。でもやっぱりアラスターは黒髪の方が安心する。

 髪を撫でる私の手を取り、目を伏せて頬を擦り寄せる彼を見る。王都を歩いていた時とは明らかに異なる、溶けてしまいそうなほど嬉しそうな顔に、心臓がどきりと大きく脈打つ。
 彼はどこに居たって甘いけれど、私を気遣って外ではかなり配慮してくれていることを改めて痛感する。

 これが彼のスイッチの入り方だ。
 私の心臓に悪い時間が幕を開ける。


「君は本当に私を喜ばせるのが上手だね」
「満足していただけたならなによりです」
「…まだ足りないよ、アビー」
「え…わっ!」


 軽々と片腕に私を乗せて抱き上げるアラスター。
 相変わらずこの浮遊感には慣れなくて、バランスを保つ為に彼の肩に手を添えようと伸ばした片手を掬い取られる。
 私の手に何度も口付けを落としながら、彼はソファに腰を下ろして膝の上に私を乗せた。

 甘い。はちゃめちゃに甘い。もうすでに砂を吐きそうになるくらい甘いというのに、彼はご機嫌な様子で私の手の上に小さな小箱を乗せて微笑む。怯みそうなほど眩しい笑顔に胸がぎゅっと締め付けられる。

 最近分かってきたんだけれど、私はアラスターの“甘えた”にものすごく弱い。
 彼と恋人になるまでは、紳士で完璧でいうことなしの近寄り難いイケメンだなんて思って居たから…その完璧超人が“甘えた”になるなんてギャップにやられない方がおかしい。


「アビー、つけてくれるよね?」
「…つける…えっ、今ですか?」


 ついうっかりアラスターのギャップ萌えに意識を飛ばしてしまっていたが、ハッとして自分の手の上に置かれた小箱を見て気がつく。
 露店で購入した『契りのピアス』が入っている小箱だ。
 驚いて彼へ視線を向けると、彼はニコニコと微笑んだまま。うーん、さすが。こうと決めたら一直線過ぎる。
 けれど彼がこんなにも楽しみにしてくれていることが私には嬉しくて、仕方がないなぁと困ったように笑う。

 そういえば、契約というのはどうやってやるんだろうか。説明を聞いたような気がするけど…実はあまり覚えてない。
 仕事柄、紙面上の契約なら得意なんだけどな。こうした魔法道具の類は、素人の浅知恵過ぎて得意じゃないんだよなあ。


「アラン様、契約っていうのはどうしたら?」
「この箱を契約者二人で持って誓う、と店主は言っていたね」
「なるほど…しかし何を誓いましょうか?」
「そうだね…」


 誓いの言葉。
 そう言われるとちょっと照れくさい。
 でもこれはピアスだし、ただの私の贈り物だから…なんというか結婚式の時にするような誓いの言葉は、少し違う気がする。
 うーん、と小箱を手の上に乗せながら首を傾げているとアラスターがくすりと笑った。

 箱の上にそっと自分の手を置き、腰を引き寄せて優しく唇を塞がれた。
 予想していなかった口付けに少し驚くものの、すぐに目を閉じて応じる。

 ゆっくりと唇が離れると私の額に自分の額をコツンと合わせ、目を伏せたまま告げた。


「私は君のものだよ、アビー」
「…私は貴方のものです、アラン様」


 彼の言葉に素直に応じる。
 彼のものでありたくて、彼が自分のものでいて欲しいと切望する自分がいることを再認識する。きっとそれは独占欲で所有欲だ。私の傲慢やエゴかもしれない。
 でもそれでも良いって、今は思ってしまう。それはどに私は彼のことを愛していて大切に想っているんだって、ようやく気が付いたから。

 ピアスを選んでくれた時、穴もあけてないのに痛いんじゃないかと心配したのは本当。でも心配よりも嬉しさの方がずっと勝っていた。
 痛みよりも何よりも、私の色を常に身に付けてくれる事がずっとずっと嬉しかった。


 ほわりと小箱が淡く光る。
 契約が成立した証明の光。
 小箱を開くと二つ、本当に私の髪の色と同じ宝石がついたワンポイントのピアスが露わになる。

 魔法で収納されていた、ピアスの穴を開けて同時にピアスもつけてくれる小さな器具を受け取る。前世でいうところのピアッサーの魔法道具版なんだろう。何度も使えるのはとても便利だ。
 器具にピアスをひとつ装着する。
 ちょっと……いや結構緊張してきた。


「うぅ…ずれたらどうしよう…」
「ずれても構わないよ?」
「ダメです。綺麗にあけてあげたいんです」
「ならズレてしまっても回復魔法で治してあけなおそう」
「ダメです。何度も痛い思いをさせちゃうじゃないですか」
「ふふ、君なら上手に出来るよ」
「……がんばります」


 まずはひとつ目だ。彼の右耳の耳たぶを軽く摘んで器具を当てがい、位置を調整する。
 痛いかな?痛いかも。前世でピアスを開けていたけど、一瞬のこと過ぎて覚えてないんだよな。自分でやったから少し位置がズレてしまっていたことも同時に思い出して、手が震える。

 ええい、女は度胸だ。


「…いきますよ?」
「いつでもどうぞ」


 狙いを定めて手に力を入れる。
 ガチンと音が鳴る。
 確かに貫くような感触。


「…っ……」


 器具を耳から外して確認すると、綺麗な場所に赤い宝石が飾られていた。
 すごい上手くいった!良かった!
 彼は痛くなかったかな?

 そう思ってアラスターを見ると、彼は口元を手で覆ってまぶたを閉じていた。

 (え、うそ…そんなに痛かった!?)

 痛みには強そうなアラスターがそんな反応をしているなんて予想もしておらず、慌てる。


「アラン様!?大丈夫ですか!?」
「…あー、うん…」
「痛かったですか?どうしよう…」
「いや、違うんだ。うーん…」


 珍しく言い淀む彼の視線が泳いでいる。
 なんて言うか考えているのかな。
 不安に思って彼の様子を伺っていると、少し顔が赤いことに気がつく。なんで、照れて?


「痛いより、嬉しくて」
「…嬉しい、ですか?」
「うん。君に触れられるのも、全部」


 言われて気付く。
 綺麗にやってあげることばかり意識していたが、よく考えれば彼の耳に触ってるし、距離も近い。私の呼吸の音だって良く聞こえるような近さだった。
 手に残る彼の柔らかい耳たぶの感触を思い出して、こっちまで恥ずかしくなる。


「~~っ!もう片耳もやりますよ!」
「うん。お願い」


 左耳は最初ほど緊張せず、すんなりと綺麗にピアスをつけてあげる事が出来た。
 少し身を離して、彼を見る。

 相変わらず自分の口元を覆ったまま目線を逸らしている彼。その両耳に黒髪の隙間からシンプルで小さいけれど、真赤の宝石が確かに煌めいている。
 彼の白い肌と黒い髪に、あまりにも映えて見える赤。


 (彼の耳に…赤がある)


 契約。外れない。
 私の色が彼の耳にあることを目にして、息が詰まりそうになる。
 想像していたよりもずっと自分の中に色んな感情が渦巻いて、脳が焼けてしまいそうだ。
 私が自分の手で、彼に痛みを伴いながら刻みつけた。痛いことは良くないけれど、それが背徳感を刺激される。


 (私、こうまでして彼が欲しい。それくらい愛してる)


 そう自覚して熱くなる顔を誤魔化すように、器具やら箱やらをテーブルへ置いて、顔を伏せる。


「で、出来ましたよ!綺麗につけられましたけど、確認してみて下さい!」
「うん、ありがとう」


 持ち手のない丸いシンプルな手鏡を収納魔法で取り出した彼が、鏡を見て確認する。
 次いで泣きそうにも見えるくらい眉根を寄せてアラスターは微笑んだ。
 熱っぽくて、甘い…そんな目で。


「…すごいね。君の色だ」
「……ですね」
「似合うかな?」
「はい。とても」
「嬉しい」


 自分の耳たぶに指先で触れ喜ぶ彼を見て、私の胸に言葉がストンと落ちてくる。


 “私のアラスター”


 傲慢で、独占や支配を象徴する毒。
 争い難い欲がじっくりと体に溶け込む。
 いけない事だと思うのに、頭の中まで浸透する甘い痺れを手放せない。

 誰かを愛するのって、こんなに苦しくて幸せなんだ。

 心に湧いて溢れる感情に体を動かされ、私は彼の頬に片手を添える。耳元にあるピアスに触れるか触れないか分からないくらいのキスをして、小さく囁く。


「アラン様」
「…っ、うん」


 ぴくりと肩を跳ねさせ、息を呑む彼。
 分かってやっている。
 きっと今の私はすごく、悪い人だ。
 でもやめたくない。


「愛してます」
「私も、愛してる……っ…」


 続けて愛を囁く。
 しっかりと答えが返ってくる。
 それが少し悔しくて、ピアスに触れないようにもう一度耳にキスをする。
 彼が息が詰まらせる音が聞こえて、私はたまらなく満たされた。


「っアビー、今日はなんだか意地悪だね」
「そうかもしれません」


 色んな感情が押し寄せて、イタズラしたくなる。私を止めることなど容易なはずなのに、されるがままになることを選ぶアラスター。
 何をしてもいいって許可されているみたいで、頭がくらくらしてしまう。

 とはいえここからどうすれば良いんだろう。
 ぐるぐると考えてみるけれど、そういえば自分から仕掛けたことがないから方法が分からない。
 と、とりあえず…押し倒してみたら良いだろうか?ソファに座ってるし、このソファ座り心地良いし、大丈夫だよね?
 えい、と両手を胸に当てて少し強く押す。

 アラスターの膝の上の私が、ズズ…と少し後ろへ。
 結構強く押したのに、全然微動だにしない!!


「……」
「……」


 目線を上げてチラリと彼を見る。
 目を見開いてきょとんとした顔で私を見るアラスター。視線が合う。自分の思惑が上手くいかなかったことに急に恥ずかしくなって、一気に顔に熱が集まる。
 私みたいな一般人が冒険者の彼を押し倒せるわけもないよね!いやでもちょっとくらい力緩めてくれても良いのに!


「…ふふ、ごめんね?」
「~~っ!!」


 彼の胸元に顔を埋め、添えた手でペチペチと叩いて不満を訴える。
 頭上からくすくすと笑う声が聞こえて恨めしい。私の企てが上手くいかなかったことを分かっていて笑ってる。早速意地悪でやり返された!

 むくれる私をアラスターが腕を回して抱き締めて、そのまま背中からソファに倒れ込む。
 柔らかい衝撃。胸元から彼を見上げると、優しく微笑みかける彼。


「今日は、たくさん歩いたよね」
「…?はい。歩きましたね」
「疲れてる?」
「まあ…ほどほどに」
「なら、君に無理はさせたくない」
「………」


 よしよし、と頭を優しく撫でられる。
 私の挑発をものともせず優しさで包み込んでしまうので、悔しいよりも嬉しいへ天秤がすぐに傾く。本当に、こういうところが狡いよなあ。


「それにね」
「?」
「今は、君に無理をさせてしまう自信しかないから」
「……なるほど。休みましょう」
「ふふ、そうだね」


 彼に先手を打つのは楽しかったけれど、その結果私が大変な思いをするのは本意じゃない。以前はそれで体調を崩して、仕事を休む羽目になったのだ。ここは大人しくするのが吉だとふんで、ぽすりと彼の胸元に顔を預ける。


「早く帰ってきたから、ルミア様が夕食を用意してくれますよね」
「そうだね」
「じゃあ時間になるまで、こうしていたいです」
「うん。私も」
「ご飯を食べて、お風呂に入って」
「うん」


 私の頭を撫でながら、相槌を打つ彼の声色は穏やかで優しい。全身に伝わる体温と、彼のいつもの木の香り。胸元から微かに聞こえる彼の心臓の鼓動。彼が呼吸するたびに、少し浮き上がる感覚。
 全てが心地良い。いつもはつい眠くなってしまうけど、まだご飯もお風呂も済ませていないからちゃんと起きていなきゃ。


「明日はどこに行きましょうか?」
「買い物は今日たくさんしたからね。名所でも回ってみようか?」
「良いですね。ゴンドラがあるそうなので、乗ってみたいです」
「……あとは、レオニスから呼び出されないのを祈ろう」
「ふふ、頼りにされているんですよ。手伝ってあげて下さい」


 ここ最近、アラスターは良くレオニスの手伝いをしている。そういえば王都の冒険者にスカウトされてる話はどうしたんだろうか…と、ふと思い出した。


「王様にスカウトされてたんでしたっけ?」
「あぁ…断ろうと思っているよ」
「良いんですか?」
「うん。君といたいから」
「それはまあ私もそうですけど」
「…でも、たまにならレオニスの手伝いに応じるつもりだよ」


 とんでもない言葉を聞いた気がする。
 え?あのアラスターが?すごく嫌がってるレオニス様の手伝いをたまにならする!?一体どういう風の吹き回しだろうか。…もしくはなんだかんだ仲良くなってたりするんだろうか。
 胸元に寄せていた顔を上げ、首を傾げつつ彼を見る。


「…実は、仲良し?」
「報酬が良いから」
「あぁ…」


 思ったより現金だった。
 なんでかちょっとだけ残念に思って、もう一度彼の胸元に擦り寄る。
 まあお金は大切だもんね。アラスターの事だから、ちまちま依頼を受けて稼ぐよりも第二王子から一度に多く報酬をもらった方が効率が良いなんて考えていそうだ。
 それでも彼が自ら「手伝っても良い」って言えるのは、とても良いことな気がした。うん、やっぱり実は仲良しなんだろうな。

 明日レオニス様に呼び出されたら、彼はまた不機嫌そうな顔をしながら手伝いに行くんだろう。なんだかんだで断らない。それはきっと、彼にとって良いことだと思う。
 そう考えて思わず笑ってしまった。


「ふふ、あはは」
「?」
「いえ…ふふふ、幸せだなって思って」
「…うん。すごく幸せだね」


 そうして笑い合う私たちの部屋に差し込んでいた夕日が、いつの間にか夜の色を帯び始めていた。
 まさか本当に翌日の朝にレオニス様に呼び出され、不機嫌そうな顔で向かうアラスターが見られるなんて、この時の私はまだ知らなかった。



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