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本編 第二章 【王都編】
小雪の温もり
しおりを挟む鈍色の石材で作られた門が見える。
それはよく見慣れた門。王都ほどではないけれどそれなりに立派な造りで、私たちの街を守ってくれている。
行き同じ幌馬車の中で、冷える手を擦る。どんよりとした曇り空の中で私たちは帰ってきた。
「雪に降られる前に着いて良かったですなあ」
「本当ですね~」
御者席にいるメルシエ様が空を見上げる。
本当ならもう降ってもおかしくない時期だったけれど、王都に行っている間もまだ初雪はまだだったようだ。
今年もちゃんとこの街で見られそうで嬉しい。
王都へ行く時は対面に座っていたアラスターは、私の後ろに居る。
…後ろというか、私を抱えるようにして座っている。
ブランケットを羽織り、私ごと包み込んで座ってくれていたのでそれほど寒い思いをしないで済んでいた。私は寒いのがめっぽう弱い。この辺りは寒さが厳しいことで有名で、毎年辛い思いをしている。
(でも、今年は暖かいかも)
それは初雪が遅いからか、それとも厳しい冬を一緒に過ごしてくれる人が居るからか…なんて考えてちょっとニヤけてしまう。
日中は私の膝の上にいるカラスさんが、頭を傾けてこちらをじっと見る。ニヤニヤしてごめんなさい。
思い返せば王都は、いつもの街と色んなものが違っていて…今となっては楽しかった。きっとあんな貴族みたいな暮らしは後にも先にも今回限りだなあ。
そういえば、王都を出立する際に見送ってくれたルミア様とレオニス様が、アラスターをマジマジと見ていた。
ニコニコと嬉しそうなルミア様。
ニヤニヤとイタズラっぽく笑うレオニス様。
思い出して後ろにいるアラスターへ振り向く。
彼は不思議そうに首を傾げる。黒髪の隙間から見える耳の赤いピアスがひときわ目を引いた。
…これか。まあそうだよね。ちょっと、あからさまだもんね。黒に赤ってすごい映えるんだな…
「さあ、着きましたぞ」
幌馬車の振動が止まり、膝の上にいたカラスさんが飛び立って行く。次いで私も立ち上がり、荷物が減った馬車から降りる。
ずいぶんと久しぶりに感じる街はいつも通り穏やかで、アラスターの登場にも人々は驚かない…はずだった。
顔馴染みの冒険者たちが「おかえり!」と声をかけてくれるのに笑顔で答えていたのだが、相手の顔色がすぐに変容する。
いつも通りなのに、すぐに驚いたようなというか怖がっているような。なんだろう?何か変な事があったかな?
護衛の依頼達成の報告の為にギルドへ向かう道中、隣を歩くアラスターへ視線を向けるが、彼もいつも通り穏やかな表情をしている。彼が何か不機嫌な顔をしているわけでもないし、やっぱり理由がわからなくて首を傾げながら歩く。
ギルドの扉を潜ると受付にはリンジー先輩が立っていて、こちらに気付いてくれた彼女に手を振る。
微笑んで返してくれた彼女が、一度私からアラスターへ視線をずらすと思い切り眉を顰めた。まあリンジー先輩とアラスターは仲が悪いもんね。
「ただいま戻りました」
「…はぁ、お帰りなさい」
「あの、何かあったんですか?なんだか皆さん様子が変で…」
「……何か、ねぇ」
溜め息を漏らし、頬杖をつくリンジー先輩。
もしかして王都での出来事がこっちに噂として流れてて、何か街のイメージを損なうようなことをしてしまった…なんてこととかあったらどうしよう。そう思って聞いて見るとリンジー先輩は苦虫を潰したような表情でアラスターを見ている。
「なにかな?」
「……はぁ」
変わらずにこにこときげんのよいアラスターが視線に気が付いて首を傾げる。黒い髪が揺れて、まだ少し見慣れない赤が耳元で光っていた。……あ。
「“素敵な耳飾り”ね?」
「あぁ…“贈り物”なんだ」
「そういうものに興味はないと思ってたわ」
「そうかい?けれど、似合うだろう?」
「……」
呆れた視線のまま皮肉たっぷりなリンジー先輩の言葉に、アラスターは終始機嫌良く笑顔で答える。清々しいまでに嬉しそうな彼の顔を見て、少し照れてしまう。こんなに喜んでくれてるのは嬉しい。…嬉しいけど、多分みんなの様子が変だったのはこのピアスのせいかもしれない。
それもそうか。リンジー先輩が言った通り、私もみんなもアラスターがこうした装飾品に興味があるなんて微塵も思っていないからこそ、ピアスなんてものをつけるのかって驚いてたわけだ。みんなはどうか分からないけど、リンジー先輩は贈り主が私だって気付いてる。
これはまたひと悶着ありそうだな、と身構えるとリンジー先輩がそっぽを向いて呟いた。
「まあ……よく似合ってるんじゃないかしら」
「……」
「……」
思わず驚いて二人で言葉を失う。
え?褒めた?あのリンジー先輩が、アラスターを?
目をぱちくりと瞬かせて見ると、拗ねたような表情でリンジー先輩はこちらをジロリと睨みつけた。
「なによ。素直に褒めてあげたのに、何か言いたそうね?」
「…素直という言葉とは、君は無縁だと思っていたからね」
「あら心外ね。少なくとも貴方以外には私はいつも素直よ」
「いくら私が君の『お気に入り』を取ったからと言って、そう機嫌を損ねないでほしいな」
「前言撤回よ、この『性悪男』」
「あの二人とも…」
「アラスターがピアスしてるんだって~~!?」
満面の笑みのアラスターと心底嫌そうな顔をしているリンジー先輩の言い合いを止めようと口を開けば、背後から大きな声で登場したのはユリシーズ…と面倒くさそうな顔をしているヴィクター様だ。
一体どこで聞きつけたのか分からないユリシーズがぴょんぴょんと跳ね飛びながらアラスターをジロジロと見ている。
いつもならそんなことをされれば不機嫌まっしぐらなアラスターも今日はいつになくにこにことしているのが、私にとっては逆に恥ずかしい。
「本当にユリは耳が早いね…」
「いやもうみーーんな噂してるんだもん!めっちゃ綺麗!ちょーアビーの髪色とそっくりだね!」
「ほぉ、柘榴石かの?実に良い品じゃな」
「このピアス、微かに魔力を感じる…よね?」
「王都で流行ってるっていう“契りのピアス”よ」
「えっ、契り!?リンジーさん知ってるんですか!?」
やいのやいのと賑やかさを増す周囲に、アラスターは見せつけんばかりに少しだけ髪を耳にかけているし。
本当に恥ずかしい。
でも、嫌じゃない。なんだか街に帰ってきたなって実感する。この賑やかさと何気ないいつも通りの空気が、私はすごく幸せに感じて思わず口角が緩む。
「ふふ、皆さん騒ぎすぎですよ」
「「「「……」」」」
くすくすと笑ってそう告げると、その場にいた四人が驚いた顔で私を見る。え、なんか変なこと言っただろうか?
「なんか…アビーますます可愛くなったよね?」
「えっ?どうだろう…ルミア様のお屋敷で贅沢させてもらってたからかな?」
「いーや絶対それだけじゃないよね!」
「頼もしい淑女になったように見えるのう」
「ほら、この鈍いヴィクターだってこう言ってる!」
「はぁ…少し寂しいわね…」
「アビーはいつも通り素敵だよ?」
ユリシーズの言葉を皮切りに再び始まった賑やかさに、私は勢いで押されながらも笑った。
私はやっぱりこの街が好きだし、この街の人たちが大好きだ。
忙しなくて、少しうるさくて、でもそれが心地よくて。私が求めていた平穏って、実はこんな形だったのかもしれないな…なんて考える。
同時に遠くで誰かの笑い声が聞こえたような気がして振り返る。
そこには誰もいないけれど、なぜか前世の私の姿が脳裏に浮かんだ。それは私じゃなくて、私の姿を借りて転生させてくれた神様のような気がした。
(…ありがとう)
心の中でそう呟いて、私はみんなとの会話に戻る。
ギルドの天窓には曇り空から、ひらひらと緩やかに舞い落ちる小雪が降り始めていた。
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