太陽を愛した狼

カナメ

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後日談

狼は家が欲しい

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「早く君と、毎日同じ朝を迎えたいな…」


 私が休日の日だけ泊まっていいという約束通り、泊まりに来ていたアラスター。部屋で朝食を摂りながらぽつりと彼は言った。
 目の前の食事に視線を落としながら、溜め息混じりに小さく呟かれたその言葉。私は聞き逃さなかったし、アラスターもハッとした顔を上げて私を見た。


「うーん。確かにアラン様と朝食を食べられるのは嬉しいですけど………気が早くありませんか?」
「あぁ…ごめんね。急かすつもりは無いんだけど、つい口に出てしまったみたいだ」


 口ぶりとは裏腹に少しだけ、寂しい色を顔に宿して微笑む彼。なんと答えるべきか迷って、私はフォークで掬っていたスクランブルエッグを口に頬張る。

 私が休日の度に彼は泊まりに来ているし、そうで無い時は1日に一度は顔を合わせたり合わせなかったりだ。
 冒険者ギルドの受付嬢と冒険者という間柄、顔を合わせる機会はそう少なく無い。それでも仕事中だから話せる時間も多くはないし、話せたとしても仕事の事だったりすることが多い。

 アラスターが以前のように昼過ぎくらいに用もないのに顔を出すかと言われれば、来る日もあるし、来ない日もある。私が仕事はちゃんとしたいと伝えたから、少し遠慮してくれてるんだと思う。

 それに彼も最近は依頼には協力的で、最短で帰ってくるけど遠征の仕事もこなしている。


 (もしかして…結構我慢してるのかな)


 んー我慢してくれているところ、大変申し訳ないけれど…おおよそ会う頻度としては高い方だと思うんだよなあ。
 この間リンジー先輩に「1秒でも会えないと死にそうになるなんて、まるで子犬パピーね」ってものすごく呆れた顔で言われてたし。

 じゃあ私はどうかというと、仕事に恋人に…と結構充実している。
 休みの日にユリとランチに行くこともあった。アラスターに予定があると言ったら、素直に送り出してくれたのは少し意外だったけど。
 寂しくないかと言われたら寂しいと思う時もある。

 でも、なんというか…やっぱり気が早い気がするのだ。現実味がないというか…


「まあ……私も寂しいと思う時は、ありますけど…」


 嘘はつかない。
 だからといって全肯定も違うなと思って、口の中を紅茶で潤してもごもごと答える。
 そういえば前世も実家を出てからは一人暮らしだったし、今世もそうだ。両親以外の誰かと暮らすってことをしたことがないから、きっと私は想像出来ないのかもしれない。

 一緒に住んで、お互いの嫌なところを見て…ちょっと嫌になったりとか。相手に甘えて不機嫌をぶつけたりしてしまうんじゃないか、とか。不安ばかりが先に来てしまって、どうにも重い腰が上がらない。

 すっかり食事を終え、ティーカップの中に映る自分を見つめながら考え込む。


「…アビー。もし、良かったらなんだけれど…」
「?」
「見に行くだけでも、行って見ないかい?」
「見に行くだけ…」
「散歩と気分転換も兼ねて、どうかな?」


 買うとか借りるとかじゃなくて、内見だけしに行こうって話か。なるほど。確かに内見って楽しいんだよな…前世の時もちょっとワクワクしながら行ったっけ。
 まあ、見るだけなら確かに楽しそうだ。モデルハウスを見て回るのって結構楽しいんだよね。前世の子供の頃、好きだったなあ。


「良いですね、見るだけなら行ってみましょうか」
「ありがとう、アビー。今日は天気が良いから、どのみち君と散歩がしたくて」


 アラスターは最近、私が休みの日に散歩によく誘ってくれる。
 今日はこっちに行ってみたいってなんとなく方向だけ決めて、話しながら歩く。たまにすれ違う顔見知りと話したり、立ち並ぶ住居の庭に植えられた花を見たり…あてもなく歩く。
 相変わらず私は体力がなくてすぐに歩き疲れてしまうので、カフェがあれば入ってお茶休憩をしたり、近くになければ腰を下ろせそうなところで足を休めたりする。

 本当になんてことないことなんだけれど、アラスターは気に入ったみたいだった。歩くの好きなのかな。まあ冒険者として鍛えてるから、運動自体好きなのかも。
 この散歩のおかげで少しずつだけど、私も体力ついてきたし。


「最近、お散歩好きですよね?私すぐ歩き疲れちゃうのに」
「君が休憩しようって言ってくれるのを含めて好きなんだ」
「まあ…この間入ったカフェのマドレーヌ、美味しかったですもんねぇ」
「ふふ、そうだね」


 あそこのお店のマドレーヌ、芳醇なバターの香りが染み込んでしっとりしていて美味しかったんだよなあ。また機会があれば食べたいから今度持ち帰りさせてもらおうかな。
 そんなことを考えていたら、アラスターが更に笑みを深めている。


「君は食が細いのに、甘いものはたくさん食べるね」
「甘いものは別腹なんです」


 くすくすと笑う彼に少しだけ拗ねて見せる。
 けれど本気じゃないのをアラスターも分かっているから、楽しそうな表情のまま席を立って食器を手に取る。片付けてくれるつもりらしい。


「あ、片付けなら私が…」
「アビーは出掛ける支度をしておいて。…それとも私が支度を手伝うかい?」
「…支度します」
「ふふ、ありがとう」


 ありがとうはこっちのセリフだってば。
 むぅ…と少し頬を膨らませ、食器を片しに行ったアラスターの背を恨めし気に見つつ、大人しく席を立って支度を始める。

 彼は泊まりに来るとずっとこんな調子だ。
 朝食の用意はかろうじて私にやらせてもらえたのだが、油断すると食事から私の支度の手伝いから何から全部やりたがる。
 最近は寝る前にストレッチを教えてもらっているけど、ストレッチが終わると「筋肉を解すのも大切だから」とマッサージをしてくれるようになった。

 いたって普通のマッサージ。

 前世の時に一度だけ疲れ果ててマッサージを受けに行った事があり、それに良く似ている。本業の人顔負けでアラスターの腕が良いものだから、驚くほどよく眠れる。

 なんていうんだっけ、こういうの。スパダリ?いやもう本当に。…私、彼と一緒に住んだら、とんでもないくらい何も出来なくなりそうな気がしてきた。

 髪を櫛で梳かしていると、部屋の奥からお湯を沸かす音が聞こえる。
 あれはきっと紅茶を淹れてくるに違いない。今日はアールグレイを淹れてくるだろうな…散歩をしに行く日はいつも決まって出掛ける前にアールグレイを淹れてくれる。王都で買った白磁のティーセットで。

 けれど、私はそれがすっかり楽しみに感じている。アラスターの機嫌が良いのは私も嬉しい。
 こんな日常にある当たり前を与えてくれる彼が、すごく嬉しくて幸せだから。だから私もついアラスターの好きなようにさせてあげたくなってしまう。


 (ほんと、アラン様に弱いなぁ私)



 ーーーーーー



 王都への護衛以来、すっかり顔馴染みになった商人のメルシエ様。
 彼にこの街の空き物件を管理している人を紹介してもらった。いわゆる不動産屋だ。


「空き物件は幾つかございます。ご希望に沿う物があるか探しますので、まずはそれを伺ってもよろしいですかな?」
「希望……うーん」


 不動産屋の彼にそう尋ねられて、私は唸った。
 もちろん希望を挙げるなら山のようにある。
 日当たりも大切だし、私もアラスターも冒険者ギルドに行くから近い方がいい。料理だって好きだし、お菓子も作れるなら作りたいから台所は広い方がいい。収納だって多いに越したことはない。

 …でも、なによりも譲れないものがある。


「お風呂がある家が良いです」
「……なるほど?アビゲイル様は、お風呂付きの家でございますね」


 不動産の人が一瞬だけ不思議そうな顔をした。
 この世界では風呂というのは、さして重要なポイントにはなり得ない。毎日湯船に浸かるという習慣がないからだ。
 湯浴みをするとなっても大抵の街には共有の大浴場があるから、みんなそれを使っている。そうじゃない時は暖かいお湯につけたタオルを絞って身体を拭いたりする程度。
 一軒家ともなれば風呂はついていることは多いが、それでも最優先で言うほどのことではないんだろう。

 でも!私は!元日本人だから!風呂は愛すべき文化だし、毎日湯船に浸かりたいのだ!断じて譲れない!


「ふふ、広い方がいいよね」
「ですよね!」
「なるほどなるほど」


 隣で微笑むアラスターの言葉に全力で同意する。びっくりするほど広くなくても良いんだけど、一人で入るにはちょっと贅沢な広さ…みたいなのが好ましい。足を伸ばして湯船に浸かっても余裕があるようなそんな広さだ。
 前世でも大して身長が高くなかった私が身を屈めなければ浸かれない湯船の大きさは、かえって虚しくなることを良く理解していたから。

 不動産の彼がちらりとアラスターを見て、うんうんと頷くのを見る。その様子が激しく同意、みたいな素振りなのに首を傾げる。この人もお風呂好きなのかな?

 というか、この調子では私の希望ばかりになってしまいそうだ。
 ハッとして隣に立つ彼を見る。


「私ばっかりすみません。アラン様は何か希望はありましたか?」
「そうだね…」


 ふむ、と考え込むアラスターはいつになく真剣な表情だ。
 今回はただ見るだけとはいえ、家が欲しいと言い出したのは彼だ。それもあまり住む場所には拘らなさそうな彼が、私と住みたい…と言う理由だけで提案してきた。
 なんか、ちょっと身構えてしまう。あまりにも私ファースト過ぎて。自惚れ過ぎかもしれないけど。


「書斎がひとつあるといいね」


 そう答えた彼の言葉に、私は目をぱちくりとさせた。


「書斎…ですか?」
「というより…私の部屋、かな。移動が多いから大抵のものは収納魔法でなんとかしているんだけれど…限度はあるからね」
「…あぁ…なるほど」


 そうかアラスターの部屋か。
 言われてみれば確かに。

 てっきり自分の部屋なんかいらないとか言い出しそうだったので、少し拍子抜けしてしまった。

 一度だけ彼が今住んでいる部屋へ訪れた事があるけれど、びっくりするほど何もなかったのだ。
 ベッドとテーブル、以上…みたいなミニマリストの極地みたいな殺風景な部屋だった。
 何もなかったのは、全部収納魔法でなんとかしていたからなのか。

 確かにアラスターはこれまで他の街を転々としてきたから、その性質上部屋に物を置くよりも魔法で収納してしまう方が身軽でいられる。本当に収納魔法は便利だ。

 でもそれってつまり、移動しなくて良くなったから物を置ける場所が欲しいって事なのかな?
 ……あれ、なんか体が熱くなってきた。なんか物凄く恥ずかしいけど、すごい嬉しくなってきたかも。


「承知しました。それでは条件に合う物件を見繕ってご案内いたします」
「…はい、ありがとうございます」


 顔に集まる熱を誤魔化すように少し俯きながら、不動産の人にお願いする。
 腰が重いなんて思っていたはずなのに、私はすっかり浮ついた気持ちでいっぱいになってしまっていた。



 ーーーーーー



「最後の物件はこちらです」


 案内される家はこれで3件目。
 前の2件は希望通りにお風呂もあって、書斎もあって良かった。
 前世でいえば2LDKなのはとても良いのだけれど、問題はどの部屋も二人で住むには広すぎた。たぶんLDKだけで、30畳以上はあったと思う。とんだ豪邸だった。
 この世界の人のスケール感が大きいのか、私のスケール感が小さいのかよく分からなくなってきたところだ。そういえば、海外のお家とかはめちゃくちゃ広かったりするから…日本人感覚が抜けないのかもしれない。

 不安に思ってアラスターに「広すぎませんか?」と耳打ちしたら「普通だと思うよ」とサラリと返されたので、私がおかしいようだ。解せない。


「こちらの物件は少々手狭なのですが…」


 そうして玄関の鍵を開けてくれる不動産の人に、今度はどれだけ狭い場所が来るのかと身構えながら扉を開けて入る。


「わ…アラン様、暖炉があります!」
「あぁ…本当だ。君は寒がりだからとても良いね」


 まず目に飛び込んできた小さな暖炉。
 前の2件にはなかったので、大きくなくても私はすごく嬉しかった。それにリビングとキッチンの広さもとてもちょうど良い。四人がけのダイニングテーブルを置いて、少し暖炉の前に余裕がある程度。たぶん20畳以内、かな?


「暖炉のそばにソファなんか置いてもよさそうですね」
「そうだね。これで暖かくすごせる」
「アラン様!見てください、キッチンもちょうど良いです。二人並んでも問題ないですね」
「ふふ、手伝いが捗りそうだね」


 アラスターの手を引き、キッチンに並んで見せる。
 先ほどまでは広すぎて距離が遠く感じてしまうほどだったのに、この物件ではそう感じない。それが嬉しくて思わずはしゃいでしまうけれど、彼も嬉しそうに微笑んでいた。

 …こうやって彼と並んで食事の支度をしたら、楽しいんだろうな。

 そう考えてにやけそうになる顔を必死に逸らす。いやいやいや!今日は見に来ただけで!何すっかり住む前提になっているんだか。気が早いと言ったのは私なのに。


「こちらの物件は手狭ではありますが、一階奥には物置きとバスルーム。外には小さな庭。二階の書斎と寝室。寝室にはバルコニーがございます」
「バルコニーですか?見たいです!」


 間取りの説明をされてバルコニーがあると聞くやいなや、食い気味になってしまう。
 テラスとかバルコニーってとても良い響きだ。夜風に当たりたいと思った時にふとバルコニーに出るのって少し憧れていたのだ。

 早速、二階へ上がって案内してもらう。
 少し広めの寝室には確かに大きな窓が備え付けられている。窓を開いてみるとそこは座るほどの広さは無いけれど、立って出られるほどの小さなバルコニーだった。
 坂の中腹にあるこの家からバルコニーに出ると、街を囲う城壁の外まで一望できる。方向によっては遠くにある森や、王都まで微かに見える良い景色だった。


「少し、狭いかな?」
「いいえ。とってもちょうど良いです。座る場所が確保出来てしまったら、きっと湯冷めしちゃいますよ」


 大は小を兼ねるなんていうけれど、大き過ぎて困ることは実際ある。湯上がりに夜空を眺めても、立っていれば長居はしなくて済む。
 座る場所があったらきっといつまでも眺めてしまうから、狭いくらいがちょうど良い。
 そう考えて笑って見せるとアラスターは、驚いた顔で私を見ている。あれ、なにか変なこと言ったかな?


「……うん。体を冷やすのは良くないからね」


 そうしてすぐに微笑んで見せる彼に胸を撫で下ろす。
 絶妙に間があったのはなんだったんだろうと、思考を回してすぐに答えに至った。

 私…完全にここに住む前提で話してるな!?

 だってそれは、このお家があまりにも生活が想像しやすいからであって。でもそれはとってもこのお家を気に入ってるってことじゃ。いやいや!良いなって思うのは見てるだけでも悪いことじゃないし!


「この広さだと…ベッドはダブルが限界かな?」
「あぁ、確かに……っ!」


 視線を寝室へと戻した彼の言葉に頷く。だが、返事をしてしまってから我に帰る。
 だから!ここで!一緒に寝る想像をするんじゃない!私!
 クローゼットや姿見、窓辺には小さめのテーブルと椅子を置いたら、お日様の光を浴びながら本を読んだりも出来そうだな。そうしたらベッドは二人で寝られる最低限の大きさになっちゃうもんね…とここまで考えるのは一瞬だった。

 自分の妄想が止まらないことが恥ずかしくてたまらず、顔を逸らして窓の外への景色に視線を映す。ああもう。めちゃくちゃ舞い上がってる。

 顔が赤くなっていないか心配しながら深呼吸をしていると、私の手首の辺りの服をくい…とアラスターに小さく掴まれる。


「ベッドは、私が選びたいな」
「アラン様が?」
「うん。少し、こだわりがあってね」
「……初耳ですねぇ」


 顔は向けない。というか、向けられない。
 背後から妙に甘ったるい響きを宿した彼の言葉に応じたら、自滅しそうだから。
 ベッドにこだわりなんてないだろうに。彼が今住んでいる場所なんかものすごく簡素なんだから。でも理由を聞いたらもっと自滅しそうになる気がして、言及をやめる。

 だって視界の端で、不動産の人がニコニコとしているのが見えているから。楽しくてすっかりはしゃいでしまっていたけれど、人前なんだよなぁ!



 ーーーーーー



「今日は本当にありがとうございました」


 そう言って不動産の男にお辞儀をするアビーを見て、私も軽く会釈をする。
 仕事柄笑顔のままの男に、メルシエの紹介が間違っていなかったことを確信する。無理に購入を進める気はないようだ。


「買うかどうか決められなくて、すみません」
「とんでもございません。安い買い物ではありませんので、ゆっくりお考えになっていただければ幸いです」


 今回はただ見に来ただけ。
 アビーは来た時と変わらず、見るという選択をしているだけ。もちろん私も強要する気はない。私も彼女と見に来ただけに過ぎないから。

 自分でも、今日の自身の行動には首を傾げるところがあった。常なら「見るだけ」と言って彼女が気に入った様子を見せれば、買うという選択へ彼女を誘導することまでしていただろう。

 だが、今日はその手段を用いる気にはならなかった。ただアビーに想像をして欲しかったのだと思う。未来を、選ぶ言葉を。


 不動産の男と話しているアビーを尻目に、今一度見たばかりの家を見上げる。

 暖炉もキッチンもバルコニーも。
 彼女は常に私が隣にいることを想定して話してくれていた。
 私にはそれがたまらかった。
 アビーの中で、私が隣に居ることが当たり前になっている事実が、どんなことよりも代え難い幸福だから。
 家を買うという物欲よりも、形を成さず曖昧であるはずの未来の光景を彼女と共有出来た事が、至福だった。

 未来をこれほど待ち遠しく思うなんて。
 君と歩くと決めてから、私は君に与えられてばかりだ。


「行きましょうか」
「そうだね」


 不動産屋と別れ、目的地は告げずに歩き出す彼女に頷く。
 私にとって向かう先は瑣末なこと。
 君と歩くという目的のための手段でしかないから。そう言えばアビーは仕方ない人だと笑うだろうから、内に秘めておく。

 歩き出してすぐに、彼女がふと振り返る。
 風に靡く赤い髪に誘導されるように私もつられて視線を向けると、行き着く先は見たばかりの家。
 けれど、彼女は何も言わない。
 住もうとも買おうとも。
 でも名残惜しいと感じてくれているなら、私はそれで良いんだ。


「…この間行ったカフェに行きませんか?」
「確かこの辺りだったね」
「はい。お茶したいです」
「たくさん歩いたから、休憩にしよう」


 そうして私たちはいつもの日常に戻る。
 彼女の手を緩く繋ぐと、ゆるりと柔らかく微笑んでくれた。
 顔を赤くさせてくれていた時も可愛らしかったけれど、手を繋ぐことに慣れた君はもっと愛おしく感じる。

 朝に感じていた小さな寂しさが風に連れ去られ、私は先ゆく道を見据えていた。




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