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後日談
ダンカンとアラスター
しおりを挟むまだ日も昇りきらない明け方。
積もり始めた雪を踏みしめながら、ダンカンは訓練場へと歩みを進めていた。
どんなに天候が厳しくとも鍛錬を欠かさない冒険者たちの様子を見るためでもあるし、今日の指導当番はアラスターだからでもあった。
王都への商人護衛の任務の後、つつがなく遂行したという報告のみを受けていたがダンカンは訝しんでいた。
(あの“規格外”が王都に行って何もないはすがない)
確信に似た何かを抱えながら、ダンカンは入り口を通り開けた訓練場を見渡す。
数多くいる冒険者の中でも飛び抜けて目立つその黒は、何人もいる冒険者たちと手合わせをしていた。
例えS級冒険者といえど多勢に無勢…と言いたいところではあるが、アラスターにとって自分よりも遥かに低い能力の冒険者たちがいくら束になってかかろうがなんの問題もないのが現実だ。
遠巻きに複数人に囲まれるアラスターを観察する。取り囲む冒険者たちはC~Aのランクの者たち。
木剣を持って勇ましくアラスターに斬りかかる。足を掬われて地面に突っ伏す。
その隙に背後から木槍と木斧が襲いかかる。…がアラスターに隙などあるはずもない。それは意図的に作られたものだ。まんまと引っかかるとは。
当然、両者は訓練用の武器も持たないアラスターにあっさりとあしらわれる。
ならばと魔術師が後衛で魔法を詠唱。
同時に訓練用の小剣を2本構えた双剣使いと立ち上がった木剣使いが、魔術師を守るように立つ。
判断は良いのだが、魔術師の発動までの時間がかかりすぎている。これではアラスターに止めてくださいと言っているようなものだ。
魔術師に近づこうとするアラスターに前衛二人が斬りかかる。…が、まるで障害物を乗り越えるように軽やかに避けながら詠唱していた『沈黙』の魔法で詠唱を中断させる。
どの冒険者も己が持ちうる力を最大限に発揮できるよう、他の者と連携し力を尽くしている。
正直、魔物相手ならばおおよそ問題がないレベルだ。
だが相手が悪い。アラスターには通じない。
奴には一度見せた技は二度と通用しない。
この手合わせにおいて使用した戦術は、二度と通用しないのだ。
アラスターが指導担当の時は、皆もあれこれと戦術を試行錯誤させているようなので、ダンカンはこれまで止めることはしなかった。
状況に応じて色々な作戦を編み出せるのは、冒険者にとってメリットしかない。
「今日もだめか~~!」
「一撃も当てらんねえー!」
策を看破され成す術を無くした冒険者たちが、大汗をかきながらへたり込む。
あの量だ、そこそこ長い時間まともに取り合ってもらえていたとするならばかなり上出来な方だ。
「おい、何分もった?」
「今日は3分っすね!かなり健闘してたんじょないっすか?」
周囲で見ていた冒険者に聞く。
初回は30秒も持たなかった。冒険者たちの成長が目覚ましいのか、あるいは…
そう考えてダンカンはアラスターに視線を向けた。
ふぅ、と息をついてはいるが汗ひとつその白い肌には見えない。息をついているように見せてるな、相変わらず嫌な奴だ。
漆黒に包まれた装備と黒い髪に浮かぶ、耳元の鮮やかな赤が強烈なまでに目に留まる。
少々着崩れた身なりを整えたアラスターが、指先で耳朶に触れた。
これが奴の最近出来た“癖”だ。
確認するようにも、見せびらかすようにも見えるその仕草に少々呆れながら歩み寄る。
「おい」
「あぁ、おはようダンカン」
「たまには揉んでやる」
「…へぇ。久しぶりだね」
指を鳴らしてアラスターに対峙すると、いつもとなんら変わりない貼り付けたような笑顔で応えられる。
周囲の冒険者たちがいそいそと撤退し始めたのを尻目に、ダンカンは改めてアラスターを観察する。
本人はおそらくいつも通りだと思っている。
けれどそう思っているのは、本人だけなのをダンカンや周囲の冒険者たちもよく理解していた。
明らかにこの男は変わった。
何が、どう、と聞かれても明言は出来ない。
それでも変わったと皆が確信していた。
会話は得意ではないダンカンにとって、手合わせで確かめる他ない。そしてアラスターもそれを良く理解していて、応じた。
いつもはのらくらと言って手合わせするのを最小限に留めている男が、だ。
(やはり、変化がある)
変化はそこかとでも言うように、拳闘士であるダンカンが左の拳を真っ直ぐに突き出す。
拳が風を切る音とは思えぬ轟音。
それをアラスターは一歩、二歩…と後ろに飛び退いて避けた。
ダンカンは間違いなく、アラスターの顔の側面を…耳元の赤を狙った。
最小限の動きで避けるなら、身を引くよりも顔を傾けて避ける方がよっぽど効率的なのにだ。
勇者の手合わせでも見せたような、なんてことないと言わんばかりの顔を傾ける避け方が最適解なはず。
——過剰な回避。
その事実が多くを語っているようにダンカンには感じられた。
「……“狙った”ね」
「どうだかな」
肯定をしない言葉は、否定でもない。
ダンカンはこれまで頑なに左拳を本気で使う事はなかった。
戦闘においても生活においても常に右利きであるように振る舞っていた。本来は左利きであるという手の内をなるべく明かさないためだ。
当たれば無事では済まないと理解した上での本気の一撃。
だが、アラスターは驚かない。
ダンカンが左利きなのを把握していた。
「壊すつもりだったかい?」
「手合わせだ、事故も起こる」
僅かに伏せた顔。風圧で揺れる髪の合間からぬらりと金色の瞳が光る。
耳の赤を本命の左拳で狙われた事に、アラスターは不満そうな顔をしている。
(…不満。そうか、不満か)
以前までのアラスターなら、不満では済まなかっただろう。
奴の中でダンカンが“敵”という認定を受け、それはすぐに行動に現れたはず。この場合なら左をまともに使えなくしていたかもしれない。
僅かに重心を左に寄せると、アラスターはダンカンの足元を目で見る。
右を繰り出すブラフ。
読まれている。
確信していてもダンカンはそのまま続け、再び左拳に力を込めてアラスターの顔面に向けて打ち出す。
「容赦ないね」
「…っ!」
拳を潜るように体勢を低くし、アラスターの右手が勢いに乗ったダンカンの左手首をコツンと弾く。
真っ直ぐに打ち出されたはずの軌道を変化させられ、手首に痛みが走る。捻挫を狙われた。
容赦ないのは果たしてどっちなのかと、刹那の間に苛立ちつつもすぐさま右拳で再び顔面を狙う。
「王都を手伝う事になったよ」
「は?」
急に降ってきた言葉。
あまりに唐突で、あまりに予想外のその言葉に驚き、ダンカンは右拳をアラスターの顔の前で止める。
両手を上げて降参のポーズをしながら笑顔を向けるアラスターに、ダンカンは顔を苛立ちで歪めた。
「正しくは、勇者殿の手伝いをたまになら受けても良いって話かな」
「…スカウトされたか」
「あぁ、だから条件をつけて断ったんだよ」
ニコニコと笑顔のまま告げるアラスターは、これが聞きたかったんだろうと言わんばかりの顔だ。
ダンカンは構えを解き、体勢と身なりを整える。
この男は、アビゲイルのそばから長期で離れるのを頑なに拒む。本来なら手伝いとて王都に行くのを断りそうなものの、力を貸すのを拒まなかった。
政治的配慮か?いやアラスターはそんなものでは動かない。だとするならば、この男の中で良い変化が起きているのかもしれない。
(王都に二人で行ったのは、無駄ではなかったようだな)
そう考えてダンカンは踵を返す。
奴の思惑通り、目的は達成された。
結果は重畳…といったところだろう。
「ああそうだ。その時はアビーも一緒だと思うから、頼めるかい?」
「………」
前言撤回だ。
王都からの依頼が来るたびにアビゲイルを連れていかれるのは、こちらとしてもたまったものではない。
この街の冒険者ギルドはただでさえ少数精鋭だというのに。
ダンカンは返事をせず、痛む左手首をさすりながら訓練場を出る歩みを早めた。
頭の中ではどうにかアラスターにアビゲイルを伴わせない手段がないものかと、思考を回し続けていた。
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