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常若の大森林
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しおりを挟む「あの…本当に妖精っているんですか?」
「ああ、いる」
私とアラスター、それにザシャを連れて扇動して歩くエルネスティーネ様は淡々と答えた。
…聞き方を間違ったかもしれない。
実際、私の身の回りで起こった怪奇現象をエルネスティーネ様もアラスターも妖精の仕業だと話していたわけだから、いるのは確定なんだけど。
でも妖精らしいものは見たことがないからにわかには信じがたいって思ってしまっている。それに存在している事実よりも、もう少し深掘りした話が聞けるかもと思って疑問を投げてみたんだけれど…会話って難しい。
次はなんで聞くべきかなと悩みながら歩いて、ふと周囲の景色の変化に気がつく。
ここは確かに『白銀の樹海』で、木々が生い茂る土地で歩くのもやっとなはず。それなのにエルネスティーネ様が先導しているだけで、その後ろを歩く私たちがとても歩きやすくなっている。
視覚的に大きな変化はないのだけれど、森が道を譲ってくれているような感覚がするのだ。
これも、妖精とやらのおかげなのだろうか?
前を歩く白銀の彼女へ今一度視線を向ける。エルネスティーネ様は顔こそ向けないものの、時折指先で撫でるように木や茂みに触れていた。
前を向いたまま、顔色ひとつ変えない。
そんなエルネスティーネ様が、森を慈しんでいるように見えてならなかった。
神々しくて、美しい。けれど近寄りがたい。
まるで宗教画を見ているような不思議な感覚。けれど同時に、この森への干渉をいけないことだと感じてしまう。
(なんだか、ここにいるのが場違いな気がしてきたかも)
決して自分卑下したいわけじゃない。
私やアラスターのように、俗世で生きるものが入って良い領域ではないと思ってしまったのだ。
禁域、というより聖域と呼んで差し支えない。
「アビー、大丈夫かい?」
「はい。でも押しかけてしまって、少し申し訳ないなって」
「私が必要だと思って無理に連れてきてしまったんだ。君は気にしないで…」
「アラン様のせいにしたいわけじゃあないですよ。でもご迷惑かもしれないので、あまり長居するのはやめておきましょう?」
「うん、そうだね」
私が少し考えていただけで、隣にいるアラスターがすぐに気付いて声をかけてくれる。
本当に察しが良くて、時には困りものだ。
隠すつもりはないけれど、口に出すほど大したことじゃない。それでもこの人に隠すのも嘘をつくのもなるべくしたくないから、願いを添える。
口に出すと空を遮っていた雲が無くなるような感覚になる。考えていた事を暗い方向に沈ませずに済むようになるのだ。
以前よりも私たちは会話が増えて、会話が減った。矛盾しているかもしれないけど、私はその矛盾がたまらなく愛おしい。
「着いたぞ」
「……すごい」
エルネスティーネ様の言葉と共に森の開けた場所に目を見張る。
木々に囲まれるように小さな湖があり、近くには家がある。
湖は、木々の隙間から差し込む日の光を浴びてキラキラと輝いて見えるし、遠目でも底が見えるほど透明で澄んでいた。
木造の長屋のような家は、建てられてから長い年月が経っているんだろう。壁にたくさんの植物が蔓やら苔やらを伸ばしている。
だが、ひときわ目を引いたのは、周囲の木々など比べ物にならないほどの巨大な大木だった。
見上げてもその巨木のてっぺんを見ることはかなわない。緑を生い茂らせた巨木から差し込む光で湖が宝石のように輝いていたのだ。
影を作っているはずなのに、その影は暖かくて柔らかく長屋を包み込んでいるようにも見える。
私はなんとなくその巨木の存在感に、ただの木ではないんだろうなと感じていた。
「ザシャ」
「なあに?せんせい」
「お前は中で茶を用意してこい」
「えぇ…おれ、お茶いれるのにがて…」
「なら赤いの」
“赤いの”ってなんだろうな?と思いつつ首を傾げながらエルネスティーネ様を見ると、その青い瞳が私を見ている。
「…えっ?わ、わたしですか?」
「お前はコレを手伝ってやってくれ」
「わ…かりました」
「アビーもいっしょ?わー!こっちだよー!」
「あっ、ちょ!待ってザシャ!」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら、私の手を取ったザシャはグイグイとひっぱって長屋へ向かう。
手を引かれながらアラスターへ振り返ったけれど、彼はザシャの様子に肩を竦めて困ったように笑っている。
行っておいで、と言わんばかりの顔に私は安心してザシャの後を着いていった。
ーーーーーー
「……」
「……」
二人が長屋へ入り、沈黙が走る。
まるで周囲の音も一緒に連れて行ってしまったような静けさに、私は溜め息をついた。
湖を眺めているこの女。
『賢者』『森王』『白銀の賢女』と呼ばれるこのエルネスティーネという人物に眉を顰める。
嗅覚で察知しようにも、嗅ぎ取れるのは満ちた緑と大地の匂い。この森にはいってからというもののあまり鼻が利いていないように感じる。
常ならば森の茂みから現れたザシャの事も、すぐに気が付いていたはずだった。あれほど透明な匂いはそう忘れない。だというのに私は気づけなかった。
(違和感だらけだな)
ザシャというあの男。
一見容姿は成人男性だが、中身はとんでもないほど幼稚だ。なぜ子供の姿でないのかと思ってしまうほどに。
エルネスティーネというこの女。
妙齢の女性であるはずが、その話し方や態度は年寄りのようにも感じる。
アビーがこの森で妙に落ち着いている。
彼女は幼少期の事もあり、森というものをあまり得意としていないはずだった。
怖がらせてしまうかもしれないと心配していたが、アビーは怖がるどころかそんな素振りも見せずに落ち着いていた。
そしてこの『白銀の樹海』
これまでほぼこの森に踏み入ることはなかった。遠目で視認していた時はただの森だと思っていたが、足を踏み入れた時から常に体が落ち着かない。視線というほど明確ではない。だが確実に気配はある。
常にそんな空気感に纏わりつかれ、自覚があるほどに私はあまり穏やかな心持ちではなかった。
白銀の長い髪から視線を逸らさず、けれど警戒しすぎもしないようにしていると彼女はふと振り返ってこちらを見た。
青い瞳は、巨木の影で暗い色を宿している。
「ふむ…回りくどいのは不毛だな」
「…同感だね」
…確信する。
彼女は意図的に私と二人きりになる状況を作った。
回りくどいのは不毛か?いや、違う。そんな事を言いたいんじゃない。彼女ならそんなことは百も承知だろう。
アビーとザシャをこの場から離してこの状況を作ったがこれで満足か?という問いだ。
もちろん私は頷く。
「率直に聞くが、お前は何をしにきた?」
「十分に回りくどい質問だね」
問う彼女の表情はなんの情もうつさない。
ただ、警戒の色だけを濃くしている。
それに私は、鼻で笑って軽口を飛ばす。
——想像する
何重掛けにもした『加速』のスキルを使用し、拳を顔に目掛けて繰り出すイメージ。
駄目だ。
やはり最初に対峙した時のように、その想像は途中から泡のように崩れてしまう。
どう仕掛ければ勝てるかを想像しては、完成する前に消し飛ばされてしまうのだ。今まで誰にも崩されたことはないというのに。
——勝てない
どう戦術を編んでも行き着く結論はこれだった。
だが、勝てないからなんだというのか。
アビーに害を成すものなら、勝てる勝てないの問題ではない。そんな過程の話などどうだっていい。アビーが無事かどうかが一番重要な結果なのだ。
「言い方を変えよう。お前は森に害を成す者か?」
「“君たち”は、アビーに害を成すものなのかな?」
「……」
「……」
再び走る沈黙。
お互いの問いは、答えでもあった。
そう問うということは、何もされなければ危害を加えるつもりはないという。
沈黙の後、彼女は目を伏せる。
「なるほど、お前は…そう成ったのだな」
「…?」
まるで独り言のように告げられたその言葉の真意が分からず、首を傾げる。
だが彼女は何事も無かったように再びこちらへ視線を向ける。先ほどよりも影を帯びていない、明るい青い瞳で。
「赤いのにちょっかいをかけている妖精たちも、害意はない。どころか好意の表れだ」
「ずいぶんと友好的なんだね」
「…恐らく、アレのせいだな」
そうして顎で長屋を指す。
アレと呼称するくらいだから、恐らくザシャの事だろう。だが妖精たちをけしかけたのはザシャでもエルネスティーネでもないと断言していた。けしかけられるほど、妖精は操れるほどでもないとも。
どういう事かと口元に手を添え、眉を顰めているとエルネスティーネは小さく溜め息を漏らした。
「アレが街に行った時、世話になったそうだな」
「彼女はそういう人だからね」
「帰ってくるなりはしゃいで話していた。それで妖精たちも興味を持ったんだろう」
「…それだけかい?」
もう少し何か意図があるだろうと考えていただけに、拍子抜けしてしまう。
すっかり毒気を抜かれた表情で、問い返すとエルネスティーネは肩を竦めた。
「ああ。妖精というのはそういうものだ」
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