太陽を愛した狼

カナメ

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常若の大森林

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 頭上から降り注ぐ太陽の光を浴びているにも関わらず、鬱蒼と生い茂る森のせいで少しだけ暗い。
 酸素を取り込めばむせ返るほどの緑の匂いに、胸がいっぱいになる。
 私が好きなアラスターの匂いも木みたいな匂いで、同じ自然の匂いなはずなのにまるで真逆だななんて考えながら、ゆっくりと歩いていた。


「大丈夫かい?足元が良くないから、ゆっくりで構わないよ」
「ありがとうございます」


 森の中は薄暗くて見通しが悪い。それでもアラスターの先導もあってなんとか進めていた。
 森というものに、私はあまり良い印象がない。私が幼少期の記憶を失った場所でもある。けれど不思議と恐怖は感じていなかった。
 歩く道は険しく、とても人が歩くような場所では無さそうなところでもあるはずなのに、なぜか少しだけ足取りは軽かった。
 体力のない私が歩いても疲れはない。妙な感覚が体にまとわりつく。ただ、不思議…としか言いようがなかった。


「それにしてもこんなに奥まで行って…平気でしょうか?」
「きっと大丈夫だよ」
「だといいんですけれど…」


 それでも一抹の不安が拭えないのは、ここが『白銀の樹海』と呼ばれる場所だからだ。
 たくさんの伝承がある…いわば禁域。そんなところにこんな無遠慮にズカズカと入って、バチがあたるんじゃないかって思ってしまうのだ。

 でも、どうしてなんだろう。
 森に入る時よりも、進めば進むほど私の心の中にある不安が少しずつ消えてゆくのだ。
 心の中で複雑に絡まっていたものが、一歩踏み出すたびにひとつずつ解けていく。そんな感覚を抱きながら進む。

 すると前方で茂みがガサリと動いて、アラスターが私の前を手で阻んで止まるように促す。
 彼は前傾姿勢のまま、茂みから目を離さない。おそらく警戒している。
 もしかして、魔物とか?
 背筋に冷たいものが走り、私もつい身構える。

 次いで茂みが激しく動いたかと思うと、何かが姿を現す。けれどそこには先日街で助けた、栗色の髪のザシャだった。


「あれ?アビー?どうしてここに?」
「……ザシャ?」


 きょとりと不思議そうに首を傾げて、琥珀色の瞳が私を見る。
 思ってもいなかった知人との再会に私は胸を撫で下ろして、肩の力を抜く。そういえば森から来たなんて話をしていたっけ。

 けど、アラスターは依然として警戒態勢のままだった。


「……なんのつもりかな」
「え?何が?」
「君たちの仕業だろう?」
「なんのこと?」
「アビーのことだよ…君は知っているはずだ」
「えっ、アビーのことはしってるけど…」
「なら弁明を聞くよ」
「べん…?べんめ?なあに?それ?」


 まさか、私の部屋で起こっていた怪奇現象がザシャが起こしていたと言いたいのだろうか。
 警戒態勢から更に身を屈め、分かりやすく戦闘態勢に移行しようとするアラスターに私は遅れて気がつく。
 これ、たぶん良くない流れだ。勘だけど、多分ザシャじゃあない。
 ハッとしてなんと言ってアラスターを止めさせるか悩むものの、ザシャは首を傾げるばかりで逃げようという素振りすら無い。


 (だめ!)


「待て」
「っ!?」


 私がアラスターの腕を掴んだその時、この場にいる誰でも無い女性の声が響く。
 掴んだ腕からアラスターがびくりと体を跳ねさせて驚いたのにつられて私も驚いてしまう。
 辺りを見回してみるけれど、やはりこの場には私たち3人と生い茂る森があるだけ。
 なのにアラスターは、ザシャでも私でも無い別の方向を見つめたまま動かなくなった。
 もちろんそこには何も無い…無いはずだった。


「お前たちに危害を与えるつもりはない」
「……そうかな」
「そのつもりならばお前はすでに地に伏しているよ。…現にお前は、自分の敗北を確信しているようじゃないか」
「………」


 そうして森という風景から滲むように姿を現す声の主に目を向ける。
 地面を引きずるほど長い白銀の髪。
 海のように冴え冴えとした青い瞳。
 真白のローブに身を包んでいたのは、息を飲むほど美しく女性だった。

 パッと見た感じは若い女性だというのに、話し方はどこか威厳も重圧もある、どこかちぐはくな印象を受ける人。

 呆れた眼差しでアラスターを一瞥し、次いでザシャへ向き直る彼女。


「せんせぇ!」
「…お前、言いつけた薬草採取はどうした」
「だってさ!アビーの匂いがしたからさ!ついついきになってさ!」
「遊ぶなら仕事をしてからにしろ」


 あ…先生って、ザシャに薬を売りにいくお使いを出した人のことだよね。ってことはこの美人なお姉さん?が先生ってことかな。
 二人のやり取りを見て安心した私は、アラスターの腕を小さく引く。


「アラン様、大丈夫ですよ」
「………君が、そう言うのなら…」


 ようやく警戒を解いてくれたアラスターに安心するものの、彼の視線はまだ白い女性へ向いている。
 登場の仕方やその容姿にすっかり気を取られ、聞き流してしまっていたけれど、彼女と対峙したアラスターに“敗北を確信している”と言ってた。それって、S級冒険者のアラスターよりもこの女性が強いってことだよね。
 ……え、それってとんでもないことなんじゃ?
 私たち二人を置いてけぼりのまま、やいのやいのと騒いでいるザシャに相変わらず呆れた様子のままあしらっている白い人。同じ顔のままでこちらへ振り返る。


「おおかた察しはついているが、念の為用件を確認しておこう」
「なら、君の仕業かい?“賢者”“森王”“白銀の賢女”…どれで呼ぶべきかな?」
「えっ!?賢者様!?実在してるんですか?」


 私たちがいるこの『白銀の樹海』はほぼ禁域とされている。なぜほぼなのかというと、森の恵みを採取することは禁止されていないからだ。
 ただし、それにも明確にルールが設けられている。

 ひとつ、森に敬意を払え。
 ひとつ、森を侵害するな。
 これを破れば森の怒りに触れるだろう。

 少し都市伝説のような古い言い伝えみたいに聞こえてしまうけれど、実際に昔森に不敬を働いた小国がその罰と言わんばかりに立て続けに飢饉と疫病に苦しめられた。だからこそ今でもこの『白銀の樹海』の近隣の国や街…小さな村に至るまで律儀に守っている。
 そしてこの森を管理する者がいる…なんて話もまことしやかに伝聞されていた。
 管理するのは森の奥深くにある『世界樹』だとか、白銀の髪を持つ賢者だとかさまざまな説がある。そして何百年にもわたって森を守っているんだとか。

 …確かに、私たちの目の前にいる人は白銀の髪だもんね。いやでも何百年も守ってるって言う割に、見た目は私より何歳か上の大人の女性って感じなのに。


「…どれでもない。それらはお前たちが勝手にそう呼んでいるに過ぎん」
「でしたら、お名前を教えていただけますか?私はアビゲイル。彼はアラスターです」
「……私の名はエルネスティーネだ」


 少しの間を置いて私をじっと見たエルネスティーネ様。まるで名前を聞かれるなんて思ってもなかったみたいな反応だった。驚いた顔はしていないのに、私はそう感じた。
 のも束の間、彼女の傍らからぴょこりと顔を出してニコニコと笑うザシャ。


「おれはね!ザシャ!」
「お前は黙っていろ」
「あいてっ」


 軽くペチリと頭を叩かれて、ザシャはしょんぼりとした顔で彼女のそばに大人しく控えた。
 多分、最初に会った時にたくさん褒めてあげたから、また褒めてもらえると思ったのかも…ごめんねザシャ。

 少しかわいそうに思いながら、二人の様子を見ていると私の視界を遮るようにアラスターが立つ。


「質問に答えて貰っていないけれど?」
「そう急かすな。答えは否。私でもザシャコレでもない」
「現状、君しか考えられないと思うけれど」
「黒いの、お前は勘違いをしている。あれらは自らの手足のように自由がきくものではない」
「……あの…、私にも分かるように話してもらえると、すごく助かるんですが…」


 機嫌が悪そうな様子のまま、アラスターが捲し立てるように話す。先ほどといい私の身の回りで起きている怪奇現象の原因を確信しているような口ぶりだけど、エルネスティーネ様は否定している。そして別の存在を仄めかすような話。全くついていけていなくて、おずおずとアラスターの背後からエルネスティーネ様を覗き込む。


「なに、簡単な話だ。赤いの…お前の身近に起こっていた現象は妖精たちの仕業だ」
「………え、妖精ですか?」


 思考回路が一瞬フリーズする。
 思いがけないくらいおとぎ話のような存在の名前が出てきた。そしてそれをエルネスティーネ様はごくごく当たり前のことのように言った。

 この世界は確かに魔法がある。けれど妖精という存在の話を聞いたことがなかった。
 それもそうだ。この世界の一般常識では「妖精など存在しない」だからだ。
 でもアラスターは妖精の仕業じゃないかと確信してここに来たってことになる。妖精はいないはずなのに。

 考えれば考えるほど分からなくなってきて首を傾げていると、エルネスティーネ様が私に目を向けて大きく溜め息をついた。


「立ち話もなんだろう。ひとまずついてこい」




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