太陽を愛した狼

カナメ

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常若の大森林

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「怪奇現象が起きてます」
「……?怪奇現象?」


 ギルドに訪れたアラスターに私が大真面目な顔をしてそう言ったのは、ザシャがこの街に薬を売りにきてから数日後のことだった。

 こんな事を言えば前世では白い目で見られてしまうんだろうけど、今世ではそうじゃない。魔物や魔法が跋扈する世界で助かった。

 魔物というのはこの世界において大きく三つに分類される。獣から変じた魔獣。植物から変じた魔樹。死んだ人の未練から変じるアンデッド。
 私が言う怪奇現象というのは、人の魔法による意図的な悪戯か、もしくはアンデッドの仕業に当たる。とはいえ、私の身の回りで起こる現象はどれも主犯の姿が見当たらない。なので怪奇現象と呼称するしかなかった。

 アラスターは首を傾げて私を見る。
 不思議そうな顔をする彼の考えていることは、聞かなくてもなんとなく分かる。
 悪戯や嫌がらせをされる覚えは、自覚している限りではない。かといってこの街にアンデッド系の魔物が潜んでいる可能性も低い。
 後者に限っては、そんな魔物が潜んでいればアラスターがや街の冒険者たちが感知できないはずがないのだ。


「怪奇現象は、どんなものなのかな?」
「ええとですね…」


 事の発端は、仕事を終えたある夜のことだった。
 いつも通りアラスターが家まで送ってくれて、別れて、部屋に入って、寝支度をしようとしていた時だった。
 ベッドに入ってから、ランタンの灯りを消し忘れていた事に気がついて消そうと起き上がり、ランタンへ視線を向けた時。
 ランタンの中で今まで煌々と燃えていた蝋燭の光が、ふっと消えた。まるで、誰かに吹き消されたかのように。

 窓から風でも入り込んだかと、視線を向けたけれど…風が吹き込むどころか窓は開いてすらいなかった。アラスターが部屋に居るんじゃないかと、ちょっとだけ疑ってしまった事に関しては黙っておこう。けど、アラスターなら私が本気で怖がるような悪戯はしないはず。
 だからこそ少しだけ怖くなった。知らない人やアンデッドなどがいたらどうしようかと、身構えた。
 けれどそれ以降、その夜は何も起きなかった。それに違和感のようなものは一切感じなかったし、不思議と恐怖もあっという間に引いてしまっていて、アラスターに相談するのを忘れていたくらいだったのだ。

 2度目も、仕事を終えて帰ってきた夜だった。
 暗い部屋に灯りを灯そうとランタンに手を伸ばして、マッチを擦る前に点いた。
 オイル式でも無ければ、生活魔法でも、魔法道具でもない。ランタンの中には蝋燭がたてられている至ってシンプルなものだ。

 1度目もランタンが急に消えたりしたから、ランタンがおかしいのかと思って注意深く見てみた。もちろん、普通のランタンで、特別おかしいところは見受けられなかったのだけれど。

 それからも怪奇現象は起こり続けた。
 閉じたはずのカーテンが朝には開けられていたり、テーブルに置いた本が開かれていたり、本当に些細なことばかり。


「決まって、私が一人の時に起きるんです」
「蝋燭がついたり消えたり…」
「何か分かりますか…?」


 かいつまんで事の成り行きをアラスターに説明すると、アラスターはふむ…と口元に手を添えて目を伏せる。
 私の気のせいかもしれないけど、明らかに人為的なものを感じてならない。でも確証はどこにもない。助けられているようにも、手間をかけさせられているようにも感じる小さな現象。私は自分の部屋にいるのに少しだけ気が休まらなくて、少しだけ疲れていた。

 そんな曖昧な状況でもアラスターは真面目に考えてくれている様子だった。私が冗談でこんな事を言ったりしないって分かってくれているのが、少し嬉しかった。


「少し様子を見てみたいな。…今夜、君の部屋に泊まってもいいかな?」
「そうですね…お願いします」


 彼の提案に私は素直に頷いた。
 アラスターが部屋を見れば何か分かることがあるかもしれない。一緒にいる時に何か起これば、彼なら原因が分かるかもしれない。なにも起きなければそれにこしたことはないし。

 とりあえず方針が決まったので、この話は一度おしまいだな。
 仕事の話に戻ろうと、カウンターに並べた書類に手を伸ばすとアラスターの手が優しく重ねられる。革手袋越しだというのに柔らかく感じるその触れ方に、私は彼へ視線を向けた。


「体調などに、違和感はないかい?」
「ええ、すこぶる元気です」
「それなら良かった」
「体調にも変化が出る可能性があるんですか?」
「アンデッド系の魔物の仕業ならあり得るよ。けれど、どうやら違うみたいだね」
「んん…なんですかね、本当に」
「現状ではなんとも…それでも少し、感謝はしているよ」
「感謝ですか?」


 重ねられた彼の手に少し力が入る。
 カウンター越しの彼は目を伏せながら、身を寄せる。羨ましいほど長くて黒いまつ毛がよく見える。すっかり慣れたけれど相変わらず造形が良いなこの人…なんてぼんやり考えていると、周囲には聞こえないような小さな声でアラスターが囁く。


「君の部屋に泊まる口実をもらえたからね」
「……私、これでも困ってるんですけど」
「そうだよね。君が困っているのは分かっているんだけれど、つい嬉しくて」


 楽しそうにころころと笑う彼を少し恨めし気に見る。
 私が翌日仕事が休みの時だけ泊まって良い、という約束をしている。でも今回は私の周りで起きてる怪奇現象の原因を探ってもらうため、例外的に許可をしただけ。
 それでも泊まりに行けるという事実だけでご機嫌な様子の彼に、私は困ったように笑った。


「本当に…仕方ない人ですね貴方は」
「君にだけだよ?」
「もう!そうやってはぐらかさないでください。ほら、仕事の話に戻りますよ」
「ふふ、分かったよ」



 ーーーーーー



 アビーと取り決めた約束。
 今回はその例外として彼女の部屋に泊まる事を許された私は、自覚があるほど上機嫌だった。
 こんな夜は彼女を徹底的に癒してあげたくなる。そういえば最近は時折肩が辛そうにしていたから、そこを重点的にマッサージしてあげたいな。

 とはいえど、アビーは明日も仕事だ。
 私の都合で夜更かしさせるのは本意じゃないし、何よりも彼女の身の回りで起きている現象を突き止めなくてはならない。

 アビーの話を聞く限り、魔物の仕業ではないことは明らかだ。むしろ敵意はなく子供じみた悪戯のようなものに近いが、彼女にそんな悪戯を仕掛ける人間がこの街にいるとも考えられない。
 いつだって彼女と共に眠りについて、朝を迎えたいと思ってはいるし、一緒に過ごせることは私にとって何よりも幸福なことではある。だが現状、話を聞くだけでは原因は全くと言って良いほど分からないのも事実だった。
 ならば現場を見れば多少の手がかりが得られるだろうと思っていたのだが。


 (…全く痕跡がない)


 アビーと外で夕食を済ませ、数日ぶりに訪れた彼女の部屋は聞いていた話とは裏腹にいつも通りだった。
 現状が起きたランタンや本、カーテンなど入室してすぐに見渡してみるものの、何の変化も見られない。


「何か分かりますか?」
「そうだね…」


 魔法で起こった現象なら、どこかしらに魔法の残滓が残る。そこから術者を特定する方法が至って一般的なのだが、アビーの部屋には魔法が使われた痕跡もない。
 ならば魔物の類かと気配を探ってみるものの、この部屋はおろか街の中にそれらしき反応はない。

 まさかこれほどなにも出ないとは。
 私も思わず驚いた顔で、彼女へ視線を向けた。


「参ったね、お手上げだ」
「アラン様にも分からないとなると、私の気のせいだった可能性も出てきますね」
「もしくは、事態はもっと深刻かもしれないね」
「んーー、いっそなにか起こってくれたら分かりやすくて良いんですけどねぇ」


 そう言って脱力してベッドに腰をかけるアビーの隣で私も腰を下ろす。
 部屋を見渡しながら軽く首をもたげて、彼女に少しだけ身を預けると私を支えるようにアビーも寄りかかってくれる。
 うーんと唸りながら部屋を見渡す彼女を見るに、きっとこれは無意識にやってくれている。君の無意識に私が存在していることが嬉しい。

 もちろん、彼女の頭を悩ます問題の解決に尽力する気はある。だがなにも手がかりがない以上、頭を捻っても仕方がない。
 また明日にでも同じような事例がなかったか、ギルドの過去の依頼や図書館などを探ってみるつもりではある。だから今はアビーのそばにいられる事を素直に喜んでも良いはず。彼女に叱られる事はあるまい。


「確かに何か起これば分かりやすいけれど、君に危険があるのは嫌かな」
「私も危ないのは嫌です。でも、うーーん。確信はないんですけど、害意はないような…?」
「そうして君を油断させるつもりかもしれないよ?」
「えぇ…怖いですね…」


 もし明確に害意があると仮定するならば、私ならそうする。そう思ってつい口にする。
 疑念の余地もないほど安心させてから狩る。事を急いては仕損じる。回りくどくとも、時間と労力が掛かろうとも、確実に狩れるに越したことはない。
 だがここまで考えても、その可能性は低い。
 それほど策を巡らせている何かがいたとしたら、私が気付かないはずがない。
 そして仮に策を巡らせているものがいたとするならば、必ずアビーの前に一度は姿を現しているはずだ。回りくどい手法を取るものは、自信家でもある。私ならそうするしな。


 (…そういえば、居たな。一人、いや一匹?)


 数日前に、アビーが手助けしたザシャという男を思い出す。
 人とも魔物とも異なる、妙な気配を持っていた。今まで一度たりとて、あれほど透明で、匂いもしない者に遭遇したことはなかった。
 肉体という“入れ物”がなければ、認識することすら叶わないような気さえする…変な生き物だった。
 だからこそ私はあの男がただの人間種ではなく、人が知覚する事ができない妖精や精霊の類ではないかと予測を立てたのだが。
 私もそれらを見た事はないが、言い伝えや書物から得た知識から当てはめているだけに過ぎない。


 (ザシャという男に対して、リンジーやダンカンの見解は概ね私と一致していた。エルフであるユリシーズが居ればもう少し何かわかったかも知れないが…彼女は今依頼で街に居ないからな)


「アラン様?」
「あぁ…ごめん、少し考え事をね」
「とりあえず、今日は寝ましょうか。また明日考えます」
「うん、そうだね」


 アビーも考えても仕方ないと諦めたのか、寝支度を整え始める。私も頷いて支度を始める。
 問題はさておき、彼女と夜を共に過ごせる事に心を躍らせる静かな夜だった。


 ——翌朝に“ソレ”を見るまでは


 窓の外。
 少し出っ張ったサッシに、3輪の赤い花が置かれていた。
 赤い髪。赤い花。まるで赤が2つ並ぶのを、花が知っているようだった。
 起きてその花に気が付いたアビーが、しばらく固まった後に私へ顔を向ける。


「アラン様のカラスさんが…?」
「いや、違うね」
「ですよねぇ。お花は初めてです…本当に何なんでしょうか。余計分からなくなってきました」


 うーん。と少し唸りながら、口元に手を添える彼女は今日も愛らしい。少し寝癖がついて乱れた長い赤毛がゆらゆらと揺れている。


 (……今は、花か)


 ついうっかりアビーばかりに気を取られてしまいつつも、今一度私も花へ視線を向ける。
 赤い花。名前は…まだアビーに教えてもらっていない花なのでわからないが、毒草や薬草の類でないことは確かだ。
 明らかに人為的に摘まれたその花は、風に飛ばされてしまわないように窓に挟み込んで置かれている。

 アビーの部屋は二階。
 窓に近寄れるような一般人はいない。例外はあれど、まあそんなことをするのは私だけだろう。そしてやはり、窓に魔法の類の痕跡は見られない。

 窓辺に置かれた花は、丁寧に置かれて外の風になびいている。それを見るアビーの目から見ても、敵意は感じられないようだ。
 アビーは人の害意や敵意にとても敏感だから、何も感じず混乱しているこの状況を見るに、この花が純度の高い好意で置かれているからなんだろう。


 (だとすれば、やはり)


「これで確信に変わったよ」
「何かわかったんですか?」
「アビー、出かける支度をしてくれるかい?私はダンカンに文を出す」
「え、ど、どこに行くんです?」
「こっちから行ってみよう」
「え?え?」


 収納魔法で取り出した紙にペンを走らせる。
 内容は『緊急の為、アビーは仕事を休む』…まあこれくらいで良いだろう。確信に変わったとはいえ、それでもまだ私の憶測の域を出ない。この内容でも、事が事ゆえにダンカンなら納得するはずだ。

 そう思い巡らせながら、私の言われるがままに支度を始めるアビーの手伝いに向かった。


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