雷魔法が最弱の世界

ともとも

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魔法騎士団試験

一つのことを極める

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「こっ、これはなんということだ。一瞬にして氷に包まれた! 水魔法なのに、なんということだ!」

司会だけでなく観客の人達も騒がしく話していた。
これで勝負が終わったのかわからない。
なぜなら氷が辺りを覆っているせいで彼の姿が分からないからである。

もうこれで終わりにしてほしい。まだ彼が立ち上がれるのなら、私は魔力切れになりそうだから。
と、そんな希望を持っていたが、願いとは簡単に届かないものである。

ビキビキ!

氷のひび割れる音がした。
その音はだんだんと大きくなり、「ガシャン」と氷が落ちるとともに、彼はゆっくりと立ち上がった。

「はぁはぁはぁはぁ! くっ、苦しい。寒い・・・・・」
決着はまだつかなかった。それでも、深傷を負わすことができた。

「はぁはぁ・・・てっ!」
荒い呼吸をしていたが、氷に反射して映った自分の姿を見て彼は固まった。

隙あり、と思い水弾を放出したが、手で払われて、糸もたやすく防がれた。

「おい・・・・・何してくれてんだ!」

急に態度が変わった。
鋭い目つきで私は睨まれる。

「下民の分際で、この俺の顔を汚しやがって・・・汚ねぇんだよ!」

怒鳴ると同時に腕を大きく振った。
すると、砂でできた斬撃がものすごいスピードで飛んでくる。

幸いなことにビビリだったおかげで、後ろに「うわあっ」と倒れることができて避け切れた。

だけど・・・

ガラン、ガラン

後ろを見たとき、斬撃の後によって壁にものすごい跡がついていた。

ボロボロにひび割れて、今にも潰れそうだ。

「あんな攻撃を受けようとしていたの・・・」

この時、心の底から恐怖した。
もし、避けれなかったら今の私なら殺されていただろう。
体が真っ二つに割れて・・・

あんなものこれからも何度も攻撃されたなら・・・・・・

また、勝利が見えなくなる。
というか命の危機を感じる。

「この、この俺の全てを汚しやがって・・・
女で、しかも下民の分際で・・・
手を出さない? そんなお遊びはもう終わりだ。お前自身を抹殺してやる!」

ヘラヘラしたチャラい感情がなくなり、本性が現れる。

「オラァ!」
彼が手を地面に着くと、地面が揺れ始めた。

「うぐ!」
私はバランスを崩して膝をつく。

私が次に気づいた時、辺り一面に広がっていた氷がなくなっていた。
彼の砂によって吸い込まれたのだろう。

「お前のせいで汚れてしまったんだ。どう落とし前つけるつもりだ!
この俺様を怒らせたんだ、ただで済むと思うなよ!」

魔法の気配が変わり、空気が重くなる。
魔法で威嚇されているようでうまく体が動かない。

手が震えていた。

ど、どうしたら・・・

足までも震える。

「これで、バラバラにしてやる!」

氷のなくなった地面から大量の砂が出てくる。

「砂岩魔法、岩鎧の硬質兵!」
その砂がみるみる形を変えて、巨大な石像の形になる。
ニ十メートル以上の巨像だ。

思わず後ろに下がってしまう。
「こ、怖い・・・」

誰か、助けて・・・
心の声が漏れる。

……いや違う!
これは自分で乗り越えないといけない。
絶対に逃げたらダメだ。
命の危険もあるが、それでも立ち向かった。

「フーー」
深く深呼吸する。

落ち着こうと考えたら、ふとすこし前の光景が思い出される。






「痛ってぇぇぇぇ!」
トモヤが私の攻撃を直撃して地面に倒れ込んでいる。

「いやー、また今日も負けたな・・・」
えへへと笑いながら私が差し伸べた手を取って立ち上がる。

「まだ、セクアナに勝てそうにないな。もうちょっとで新技ができそうだから、勝てるかも知れないけど」
「まだトモヤに負られないよ、私にも意地があるからね」
「そっか、それでも勝つよ!」

「フフフ、楽しみにしている! さぁ、早く家に帰ろ。おじいちゃんとおばあちゃんが待ってるからさ!」
「そうだね」

夕日が綺麗に落ちる中、私たちは帰った。

これはおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らしていた時の話だ。

まだこの頃、トモヤは「雷神」を取得できなかったから私の方が強かった。

だからこそ私はトモヤのことをなめていたかもしれない。
まだまだ自分の方が強いと。


でも、トモヤが「雷神」自分のものにしてからは一気に差が開いた。


「やったあ、今日も僕の勝ち!」
「はぁはぁはぁはぁ、疲れた。つ、強いねその技・・・」
「そりゃそうじゃん。僕これをちゃんと取得できるまでにすごく時間をかけたからね!」
「う、うんすごいよ・・・・」


この頃が一番私にとって苦しかった。
本当ならトモヤに教える立場だったから負けられないと思っていても、スピードが速すぎて負けてしまう。

何度も何度も連敗した。
途中からは負けることに慣れてしまって、勝つ気力が無くなってしまった。
負けることが当然のように思い、やる気なく闘っていたと思う。
私はすこし不機嫌だったから会話もなく、二人でいるといつも重苦しい空気だった。
勝負にやる気を出していなかったから、もしかしたら嫌われていたかもしれない。

トモヤに迷惑をかける。
それに加えて私はどれだけ修行をしても強くなれない。

罪悪感と劣等感を感じた。
だからうまく笑えていなかった。
トモヤもそんな私に気づいて、気を使わせていたと思う。

この時、自分が嫌いだった。
自分の魔法も嫌いだった。
すぐに諦めてしまうのも嫌い。
何度も勝ち越すトモヤも嫌いになっていたかも知れない。

何度練習しても強くなれない。

水魔法を応用しても水自体は強力ではないから、雷のように威力がない。

本当に何もかもが嫌だった。

それが積りに積もって、私はある日、トモヤに当たってしまったのだ。



ドテッ

今日も私は負けた。
何十回連続で負けただろう……苦しくて数えられなかった。

「ああ、えっと大丈夫セクアナ?」
そう言ってトモヤは手を差し伸べる。
でも私は・・・

ペチン!

その手を払い除けてしまった。
重い空気がのしかかる。

「いいよね、トモヤは才能があって……もう私なんかとやっても相手にならない、とか思っているんでしょ!」

「才能?」
「そうだよ、私なんてずっと一生懸命に頑張っているのに身体能力が魔法で向上できない! ずっとやっているのにだよ!
私には才能がない。何度やってもできないんだよ。もう苦しい・・・」

思わず、トモヤに強く当たってしまったことに「ハッ」と我に帰る。

「あ、ごめん……いきなり変なこと言って。忘れて今のこと……今日は練習やめよ……」

下を向きながら立ち去ろうとする。
何も悪くないのにトモヤに怒りをぶつけてしまった。
今すぐこの場から離れたい。
自分は卑劣だ。

「待って!」
でも腕を掴まれて止められた。

「忘れられないよ、今言ったこと」
「ちょっと、今はほっといてほしいな・・・」
覇気のない声が出る。

「そんな、そんな苦しそうに泣いてるのにほっとけるわけない!」

「え・・・」
気づかなかったが、ポロリと涙が垂れていた。
沈黙が訪れた。

すこし私の気持ちが落ち着くとトモヤは話始める。

「あ、えっとごめん。最近ギクシャクしていたからそう言うのちゃんと話して欲しいな。ああ、別に今ってわけではないけど、僕達はパートナーみたいなものでしょ」
自信なさげに頬を掻く。

「でも、私はもうこれ以上、醜くい姿になりたくない。トモヤに迷惑をかけるなら一人でいる方が・・・・・」
「一人で、考えるのはよくないよ。僕、今は普通りに戻れたけど、昔は君と同じだったから・・・」
「・・・・・!」

貴族に酷い差別をされていた時のことを思い出す。

「あの時、僕はずっと一人で考えてセクアナにも酷いことを言った。あの時の僕と似ているよ。
だから一人で考え込むのはダメ。責めて僕が嫌ならおばちゃんに相談しよう!
信じれる人はたくさんいるからね!」

トモヤに言われて自覚する。確かに今、私はあの時のトモヤに似ている。

「あの時、セクアナは助けてくれた。今度は僕の番だよ! 気が乗ったらいつでも話してね!」
笑みを向けるとゆっくり歩き出して、私を一人にするために去ろうとした。

そんな優しさに、私の心は落ち着いていた。

そして、そっとトモヤの袖を掴む。

「相談・・・聞いてくれる?」

「もちろん!」
明るく元気な返事が返ってきた。

そのまま、近くの木に座って悩みを打ち明ける。

私に魔法の才能がないこと、ずっと負け続けて苦しくなったこと、などなど溜まっていたことを全て打ち明けた。

「って感じかな・・・」
私の中では、話終えた後の空気が重かった。
悩みのほとんどがトモヤに迷惑をかけてしまうことだからだ。

「そっか、身体能力を上げる魔法だよね。
ごめん、相談されているけど、どうしたらいいかわからないや」
「あ、そこは大丈夫。あまり期待していなかったから!」
「えっ! なんか心にグサって何かが刺さった気がする・・・」
「フフフ、ごめんごめん」
軽くからかうと涙目になって訴えかけてきた。
すこしいつものように戻れた気がする。

「でも、別に身体能力を上げるじゃなくてもいいと思うんだよね。何か一つのことを極めるとか? それだけで十分武器なると思うな」
「そっか、一つのことを極めるか・・・」
「ゆっくり自分のペースで頑張ればいいと思うよ」
「うん、ありがとう」

一頻り話に区切りがつくと、ゆったりと木にもたれる。

「もう二人で戦う修行は辞めよっか」
「えっ、でもそれはトモヤに迷惑がかかるんじゃ・・・」

「大丈夫だよ。それに今日から別々で修行してさ、本番でお互いどれだけ強くなったか見せつけ合おうよ! その方が何だか楽しそう!」
「で、でも・・・」
「僕のことなら心配しないで」
「そ、そっか、分かった!」

太陽が雲から出てきて、ちょうど私達を照らす。

話が終わると私は体をトモヤに預けた。
暖かいトモヤの体温が私を温めてくれる。

「えっと! ど、どうしたのでしょうかセクアナさん!」
「ちょっとだけ休憩。いいよね!」
「べ、別にいいけど・・・」

トモヤは顔が真っ赤になっていた。

素っ頓狂な声を聞くと、私は悪戯めいた笑みをしていた。

一つのことを極めるか・・・



「フーーー」

「一つを極める!」

「ハアァァァァァァ!」
体中から魔法が溢れ出る。

その全てを凝縮して、あの日からずっと修行してきた技を出す。

地面が揺れ始めた。

「水竜ティアマント!」
叫ぶと同時に杖から大量の水が出る。
そしてみるみると形を変えて龍になる。



会場で誰よりも一人、驚いていた。

「こ、これがセクアナが極め抜いた一つの技・・・すごいすごいよ!」
トモヤは魔法の進化に思わず興奮する。


巨大な石像、そして水によって生成された、究極の龍。

巨大な二体が対峙する。

「俺に泥を塗りやがって、この下民が!
ぶっ潰してやる!」

「負けない。この極め抜いた一撃であなたを倒す! 水龍のイブキ!」

「ハアァァァァァァァァァ!」
「カアァァァァァァァァァ!」

二人の遠吠えと共に二体の巨軀は動く。
石像は巨大な斧を持った右手を振り下ろし、龍は口から凄まじい威力のビームを放出する!

両者の力は均衡状態だ。

「絶対、絶対に!」
しばらく停滞していた。でもだんだんとセクアナが押され始めた。
ここに来て魔力の差が出る。

「負けない・・・」
「フッハハハハハハハハ! 潰れてしまえ!」

さらに力が増し、私は押され始める。
ギリギリの最終局面。


そんな時、片方の魔力が忽然と消えてしまった……

「お、おいどういうことだ、俺の体! なぜここに入って体に力が入らないんだよ!」

魔力が弱くなったのはナンピの方だった。

彼は序盤からずっと魔法を放出し続けて砂の壁を作っていた。
その代償が今になって訪れたのである。

「クソ、クソが! 俺が負けるはずがない!
負けるはずが・・・・・・」

「ハアァァァァァァァァァ!!」
セクアナの力が増し、だんだんと押され始める。

「私が、勝つ!」

ドガーーーーーン!
バキバキ、バキ!

強力な魔法をぶつけ合ったため、ものすごい騒音が起きた。

砂煙が大量に発生して闘技場が見えなかった。

そして、最後に立っていたのはセクアナだ。


「勝者は・・・セクアナ・フローレス!
貴族を倒すという下克上を成し遂げ、無事魔法騎士に成り上がった!」

司会の声と共に会場はものすごい歓声に溢れる。



たぶん、この素晴らしい喜びを彼女は味わっているのだろう。満更でもない顔だ。

こうして僕たちは、みんな勝つことができたのだった。
無事、魔法騎士になれたのだ。

喜んでいるようだが、セクアナの体は限界に近かったため足がガクガクだった。
医務室まで歩けそうにない。
というか今すぐ倒れそうだ。

ナンピはというと泥まみれの姿で地面に倒れている。
ざまあみろと言わんばかりの醜態だ。
すぐに側近の治癒魔術師の人が駆けつけていた。
すぐにでも回復しそうだ。
もう出会いたくないから、何処かへ行ってほしいものだ。

僕達はすぐにでも倒れそうなセクアナを迎えに行こうと、闘技場へ降りようとした。

みんな笑顔で楽しかった。
そう、ハッピーなムードだった。

しかし、
「こ、この俺をコケにしやがって・・・」

僕の体が震えた。

治癒をかけてもらっていたはずのナンピが顔を真っ赤にして立ち上がっているのだ。

体が回復すると、潔く立ち去らなかった。
手に魔力を溜めてセクアナにぶつけようとしている。


危ない状況だということがわかっていても、衝撃的すぎることで、体が動かない。

「くそっ! 間に合え!」

闘技場の端にいたので距離がありすぎる。
セクアナを助けることができる者はここにいない。


「えっ、どうして・・・」
セクアナも衝撃で思わず地面に転んでしまった。
もう立ち上がる元気なんて残っていない。

「これだけ俺に恥を晒したんだ!
お前の命で償ってもらうぜ!
フヘヘヘ・・・・・ハアァァァ!」

手を横に振り、強烈な刃がセクアナを襲う。


「おいおい、かっこ悪いじゃねえか」

と、セクアナの前に一人の男がスルッと現れた。

そして、壁をボロボロにした刃がスルッと風のように払い除けられる。

「お、お前は……」
「お、俺か……俺は何を言おう、あの六大天が一人、セクロ・ルーカスだ」

会場がざわめく。
その光景に驚きながらも、僕たちはセクアナの元へ足を急がせた。

「おじさんな、君みたいな卑怯なやつどうかと思うぞ。お前は負けたんだ!
男ならよ、ビシッと悔しがれよ! それなのに女の子に向かって不意打ちとか、男としてどうかと思うぞ」

六大天の最年長だからか、貫禄のある話し方だった。

「部外者は黙っていろ。それにいいのか、お前みたいな下級貴族が俺なんかに逆らってよ」
「ここで権力行使か……はぁー、わっからねえやつだな。それ以上この子を傷つけるなら俺を倒してからにしろ」

始めはすこし優しい口調だったが、鋭い目つきをして、
「それができないような弱虫ならさっさと帰れ!」

六大天という強大な力が体に魔法を纏わせる。
ナンピを威嚇した。

さすがというべきか、今まで感じた何よりも強烈だった。
証拠として、地面がとてつもなく揺れている。

「くっ・・・わかったよ・・・」
勝てないと踏んだのか、付き人に肩を預けながら、静かに帰っていった。

「おっと、お嬢ちゃん大丈夫かい? 酷い目にあったな」
「はっ、はいすいません。ありがとうございます・・・」

「お、おうそうか・・・えっと、ほら迎えがきてるぞ、大切な仲間がいるんだな! 
これからの未来は君たちが作るんだ。頑張ってくれよ!」

セクアナを守ると、お礼を言う前に何処かへ行ってしまった。

何とも言えないこの状況に四人は呆然としながら闘技場に立つ。

決着がついた時、もう夜になっていた。
この景色は昨日四人で見た夜空のように美しかった。
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