君と二人の自分

ともとも

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手を取り合って生きていく

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ブーンと車に揺られながら家に戻る。
「まぁ、よかったのう。元気になって!」
「う、うん・・・・・」
おばあちゃんがやけに冷静でなんとも言えない。

いつもおばちゃんは同じテンションだ。
だからすこし取り乱す姿を見てみたいな。
まあ、いつも冷静だからこそ僕は落ち着くのかもしれないけど。

毎日とはいわないがよく病院にきて様子を見にきてくれた。お土産も持ってきてくれるし不安な気持ちなくおばあちゃんのおかげで過ごせた。
感謝しないとな・・・・

そんなことを考えているとすぐに家に着いた。

久々に帰る家はとても懐かしいものだった。

思わず家の匂いを肺いっぱいに吸い込む。
「どうしたんだい? そんな大きく深呼吸して」
「いや、家って久しぶりじゃん。この懐かしい匂いを思いっきり吸い込んでんだよ!」
「そうかい・・・」
おばあちゃんの優しい笑顔を見て改めて家に帰ってきたと自覚する。

「ありがとう!」
「ふっ、全くバカだね。早く元気になってよかったよ!」
こう言う堅苦しいのは嫌いなのか軽く茶化して家へ入っていく。
その後ろ姿を微笑みながら見守る。

すこし痩せたかな・・・・・
背中がすこし小さく見え、ポツリと小さな滴が落ちた気がした。

家の中に入るとすぐ二階の自室に戻った。何も変わっていない、普通の僕の部屋。

ここに来て一番安心した。
そのまま僕はよろけるようにベッドにダイブした。
「フフフ、この感じ大好きだな・・・・」

すこし寝転んだ後、机の上に「自分ノート」
が置いてあることに気づいて思わず開いてしまう。

「あ・・・・そっか。そうだった・・・・」

思わず剛のメッセージがあると思って開こうとしたがあいつはもういなかった。

すこし寂しくなりつつもノートを閉じた。

僕はそのまま、すこし前まで送っていた毎日と変わらない生活をして、気持ちよく自分のベッドで寝た。

次の日、雪菜が迎えに来てくれた。

怪我が完治して初めての学校へ行くことや、すこし僕が学校へ行くのを怖がっていたことでわざわざ向かいに来てくれた。
ありがたい。

入院から退院して、すこし変わったことがある。
それは僕と雪菜の呼び方だ。
付き合うことになったのでお互い、呼び捨てで呼ぶことになった。

「おはようございます」
「おはよう、すまんね。うちの孫のために」
降りていくと花に水やりをしていたおばちゃんと軽く挨拶していた。

「あ、ごめん、すこし待たせたね。自分から一緒にいて欲しい、とか言っときながら」
「いえ、すこしおばあちゃんとも話していたので」
「そっかそれならいんだけど」

「そっ、それに私達も付き合い出したので・・・・・」
顔を真っ赤にしながらもじもじと手を動かしている。
そんな顔されたら僕まで顔が赤くなっていた。

「おやおや、お熱いことで・・・ フフフ!」

後ろでにやけながらおばちゃんが見ていたので足早にその場を去った。

付き合いたてということでお互いに照れていたが、それでも楽しかった。

大きな橋に差しかかり、登校する生徒が増えてきた。

そこへ差し掛かると気持ち悪くなる。
本当に言われているか分からないがそれでも話していることが全部、僕への陰口に聞こえてくる。

僕は口を押さえて橋の端に座り込んでしまう。

「だ、大丈夫?」
優しく背中をさすりながら心配してくれる。

「う、うん・・・・・ちょっとしんどいかも・・・・・」
「うん・・・・そうだよね。あんなことになったからね・・・・」

暴力事件のことを言うがもう僕に謝らなかった。
君に自信がついたことをすこし喜ばしく思った。

すると君は横を向いて手を出した。
「えっと・・・その、安心するかは分からないけど手を繋いだら、すこしは落ち着いてくれるかな・・・・・」
頬を赤く染めながら勇気を出して言う君の横顔が可愛かった。

「フフフ、ありがとう」
僕は君の言葉に甘えて手を繋いでもらった。

恐怖心はまだ歩いていてもあったが君の手は温かく、強張っていた体がすこしずつほぐれた。

すこし恥ずかしいのだが、僕は君に引っ張られてそれに着いていくように移動していた。

気がつくといつの間にか教室の前まで来ていた。
「祐介、大丈夫?」
上目遣いをしながら僕を覗き込むように心配してくれた。

とても苦しかった。それでも手に力を込めてドアを開けた。

ガラン

生徒全員の視線が僕に集まる。

「村上君?」
「お、おお村上じゃん!」
「よかったよかった。元気になってくれたんだな」
教室は睨まれるような視線はなかった。
悪い雰囲気ではなかったがそれでもすこし前のトラウマが残っていて怖くなる。

うう、ごめんなさい。やっぱり今は無理!

そのままドアを閉めてしまった。
「やっぱり、ダメだった?」
「ああ、うんごめん。すこし保健室に行ってくる・・・・・」
「そっか・・・」

雪菜は問い詰めるでもなく、そのまま教室に入っていった。
精神的に苦しくなって僕は保健室に向かう。

保健室にはまだ先生はいなく静かだった。
今の僕には一人の方が落ち着くから、誰もいなくて嬉しかった。

近くにあった椅子を見つけてそれに座る。

腰を曲げてすこし縮こまっていた。
まるで考える人のようにして気持ちを落ち着かせる。

するとガランっと後ろの扉が開いた。

立っていたのは翔ちゃん、優、清水さんだった。後ろにひょっこりと雪菜もいる。

ズカズカと大股ですこし怖い顔をしながら翔ちゃんが近づいてきた。
思わず僕は目を瞑ってしまう。
まるで僕を殴りそうな勢いだったからだ。
流石に怖い。

ビクビク震わせながら待っていると何かに包まれていた。

「ごめん! 祐介、本当にごめん!」
深く謝りながら僕にハグしていた。

「あんなに酷いことを言ってしまって本当にすまない。気持ちが混乱していた。まさか祐介があんなことするなんて思わなかったから・・・・ 本当にすまなかった」
翔ちゃんは申し訳なさそうに今までに聞いたことのない大きな声で謝っていた。

「う、うん・・・・・ありがとう・・・・」
気持ちが動転していて思考が止まる。

しばらく経ってから僕もちゃんと話し出した。
その時は翔ちゃんは僕を離してくれて三人と対面する形に座っていた。

まだ少し怯えて僕は下を向きながら話していた。
「ありがとう、三人とも僕の元に謝りに来てくれて・・・・」
「ごめんなさい、私も思わず怯えてしまって友達なのに何もしてあげれなかった」
「ごめん、僕も祐介の行動が恐ろしくて近づけなかった。ピアノの時、助けてくれた恩があるのに僕は、僕は・・何も・・・」

二人も謝った後、僕が眠っていた時の話をしてくれた。

僕が病院で意識不明だった時、僕が雪菜を助けた話のことをクラス全員に話してくれた。

暴力事件のことも話してくれてクラスには、ほとんど僕を悪く思う人はいないらしい。

先生にも事情を話してくれて僕は二週間くらいの停学処分で終わった。
眠っていたらそんな期間すぐに立ったけど。

ここまで雪菜がやってくれていたと思うと、思わず泣きそうになった。

また翔ちゃんが話し出す。
「あんな酷いことを言ってこんなことを言うのは最低かもしれないが、また友達としてやり直してほしいな・・・・・」
いつも見せないような暗い顔をしながら僕に頼み込んだ。

友達・・・・

その言葉を聞いて気持ちが晴れた。

「友達に・・・戻ってくれるの?」
「うう・・・ああ、もちろんだ。まぁ、そりゃ、雄介も結構精神的にしんどそうだからすぐに戻れるかって言ったら無理かもしれねぇが、ゆっくり友達として戻りたい・・・・」
素直な気持ちを聞けて嬉しくなる。

僕は思わず三人の手を握っていた。

「みんな、これからもよろしくね」
すこしぎこちなかったかもしれないが笑みを向けた。

「ごめんね、そしてありがとう村上君! これからもよろしく!」
「うん、祐介本当にごめん。僕は弱虫だから何もできなかった。それでもコンクールの時に助けてくれたことはずっと忘れない。とっても嬉しかった! だから・・・ぐすん・・・これからも仲良くしようね!」
清水さんはいつもと変わらない笑顔で、優は半泣きのような顔をしていた。

「すまねぇな、祐介。これからもよろしくな!」
握っていた手にもう一本、強く力の入った手が被さった。サッカー部だからかとても力強くて暖かい手だった。

最後に小さくてすこし冷たい雪菜の手が乗った。

五人で絆を噛み締めていると五分前の鐘がなった。

「そろそろ行こっか!」
「アハハハハ!」
五人同時に笑い合った。

今度は自信を持って教室へと入ることができた。

教室に入ると意外な人達に声をかけられた。
前にパンのキーホルダーを投げ捨てたイケイケ系の人達だ。

「あの、すまなかった。あのキーホルダーを窓から投げ捨ててしまって・・・」
「すいませんでした!」
数人で頭を下げられた。

「あ、うん。全然いいよ。大切なものだったけど・・・・・」
「あの・・・弁償ってわけではないですが・・・・」
そう言って違うパンのキーホルダーをプレゼントしてくれた。

「あ、ありがとう・・・・」
「じゃあ俺達は・・・」
それぞれ席に戻っていった。

意外にも家のクラスにいる人はみんないい人達ということがわかった。

いつの間にかクラス全員とすこし和めた気がする。ここまで、僕は高校に入学してから成長することができた。

どうしてこうなったのか、僕は考える。
君と朝空雪菜と出会えたこと、そして二重人格になって剛とも出会えたこと、それによって僕の運命は変わったのだろうな。
この二人にはたくさんのことを教えてもらった。
雪菜からは恋愛感情を教えてもらった。
人を好きになる事はこんなにも美しいことなのだと知れた。

僕が苦しんでいる時に、慰めてくれたり助けてくれたり。
一緒に笑って泣いて、遊んでパンを食べて。
いろんなことを思い出す。

壊れたと思っていたクラスの仲間とも関係を取り戻して今、みんなと仲良くなれた。
こんなに素晴らしい事は他にない。
君は僕のことを確か恩人だと言っていたが僕もそうだ。
雪菜、君は僕の恩人だ。

そう考えていると今のクラスが輝いて見えた。
授業も楽しく受けることができて、気がつくと夕方になり、学校も終わっていた。

もらったパンのキーホルダー。
それを見ているとあいつを思い出す。
剛だ。

あいつには本当に世話になった。
いつも相談に乗ってくれて励ましの言葉をいろいろ書いてくれた。
最後には亡霊・・・おっとこれを言うと怒られるな・・・

ちゃんと話せてよかった。思い返すと口喧嘩のことしか思い浮かばなかった。
いつも喧嘩してたな・・・・

他の高校のやつと喧嘩するし、問題起こすし、始めは嫌いだった。

でもだんだん信頼関係が芽生えた。
悩んでいた時に食べた、うまい唐揚げの味も思い出す。
地味に美味しくて笑ってしまう。

殴りかかりそうになる程の大喧嘩もしたが、仲直りをした。

あいつと過ごした日々は喜怒哀楽がずっと表面に出ていた気がする。

もう会えない・・・・
寂しい気持ちが心にずっと残る。

最後にあいつと別れただろう。
もっとしっかりしろ!

剛が言いそうなことを心に叫んだ。

「い、いっしょに帰ろう!」
横を見ると君が立っていた。

「あ、そうだね。もうそんな時間なのか」
うっかり、ぼっとしていた。

引き出しに入れていた教科書を鞄に詰め込む。
全部詰め込むと奥の方に何か入っていた。

触ってみると二つ折りにしてある紙とチャリチャリと音がする何か・・・・

取り出すと、剛がお土産としてくれたパンのキーホルダーだった。

思わず目を見開いてしまった。

そりゃ、そうだ。窓から投げ捨てられたものが机の中にあったからだ。

もしかしたら最後に入れ替わった時、必死に探してくれていたのかもしれない。

想像してみるとすこし笑ってしまう。
とても剛には似合わないことだ。

「フフフ」
軽く笑っていると、一粒の涙が落ちた。

「あれ・・・・僕泣いてる?」
軽く顔を拭きながら、横についていた紙切れを開く。

「ありがとう!」

すこし汚い字であいつらしかった。
シンプル。とてもシンプルな感謝の言葉だった。

それを見終わった時、もうこの世界にあいつがいないことを悟る。

「ガッハハハハ」といつも大声で笑いうるさいやつ。
僕はあいつが、剛が嫌いだった。
でもそれとは比べ物にならないくらい大好きだった。
いや今でも大好きだ。

そのうるさい剛はもういない・・・・

すこし前まで冷静だった心が壊れる。

すこしずつ涙が流れ、声を出す時には大粒の涙が流れていた。

「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
僕は泣いていた。
君と僕だけがいる教室の中で大声で泣いた。
今まで泣かず溜めていた分を全部吐き出した。
そんな僕の情けない姿に君は優しく背中をさすってくれる。
「大丈夫大丈夫」と優しい声をかけながらいつまでもいつまでも。

ありがとう!
そう心の底から伝えたい。
別れの時には言ったがそれだけでは伝えきれないほどの感謝が心の中にある。
伝えたいどうしても伝えたい。
なのにもうここにはいない。
残酷な現実に悲しくなる。
それでも、いくら悲しくても僕の中にはあいつの笑い声が残っていた。

僕はあいつと会えて本当によかった。
二重人格になって本当によかった。
君とあいつ、この二人が僕を結びつけてくれた。
とてもすごい運命だ。

しばらく悲しんで泣いていたが僕の心は幸福に満たされていた。
あいつとの喧嘩、相談、デート、同じ景色を見て同じご飯を食べる。
この数ヶ月、剛とは僕は一体だった。
これはなんて素晴らしいことなんだろう。

涙目になりながらも立ち上がって窓に向かって走る。

この気持ちをちゃんと、言葉にして言わないと。

快晴に晴れている空に向かって大声で叫んだ。

「ありがとう剛! お前、絶対に幸せになれよ!」

真っ青な大空に僕の声は響いた。

届いたかな、届くといいな。
最後に僕は笑った。あいつの真似をするように大声で。

「ガッハハハハハハハハ!」

「終わったんだね!」
君はずっとそばで手を握ってくれていた。

「そうだね!」
あいつと最後の別れをするように空を見ていると優しく頭を撫でてくれた。

「もっと、吐き出してもいんだよ!」
はにかんだ笑みを向けて僕に言った。

また我慢できず、僕は君の胸に顔を疼くませて大粒の涙を流した。
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