耳から溶かして、声で愛して

えつこ

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「かんぱーい!」
 騒がしい居酒屋に、陽気な声が響く。
 土曜の夜、俺、川元千寿(かわもと ちず)はバイト終わりにサークルの飲み会に参加していた。テニスサークルという名前だが、誰もテニスをしたことがなく、実質は飲み会サークルだった。昔はレクリエーションとしてテニスをしていたそうだが、それももはや伝聞のレベルで、真偽は定かではない。
 居酒屋の半個室の座敷には、数人のサークルメンバーとその友達とその友達の知り合いというように、サークルと全く関わりのない学生がたくさん参加し、十数人ほどが自由気ままに酒を飲んでいた。残念なことに女性はおらず、男ばかりでむさ苦しい。俺の隣には、一番仲のいい友人の森田(もりた)が座っている。
「千寿、バイト先の彼女とはどうなったんだよ?」
 森田はビールジョッキを片手に尋ねてきた。すでに顔は赤いが、いつものことだ。酒には強いため、酔ってはいない。
「もう別れたよ」
「マジかよ~!」
 森田の大袈裟なリアクションに、近くに座っていた数人がこちらの会話の輪に加わる。
「なになに?」
「千寿が別れたって話」
「この前ナンパした子?」
「違う違う、バイト先の子」
「女子大の?」
「え、専門学校の子じゃなくて?」
 俺を放置して勝手に話が盛り上がる。こいつらは他人の別れ話で酒が美味しくなる連中なのだ。逆に惚気話は罵倒される。
「なぁ、千寿、俺に元カノ紹介して。胸でかいんだろ?」
「森田には絶対紹介しない」
 森田は巨乳好きで、巨乳の女性に手当たり次第に声をかけている。ヤリチンというほどではないが、節操はない。それを除けばいい奴だから、俺は入学以降ずっとつるんでいる。
「そんなこと言うなって、今度合コン呼んでやるから」
「……それなら、いいけど。今度聞いとくよ」
「よっしゃ」
 ガッツポーズをした森田は、ジョッキに半分ほど残っていたビールを飲み干した。森田が注文用のタッチパネルを操作し、しばらくすると店員が新しいビールを持ってきた。女性店員に「お姉さん、可愛いっすね」と調子良く声をかけ、ジョッキを受け取る。
「千寿の失恋と俺の新たな恋の始まりに、乾杯!」
 森田が嬉しそうにジョッキを掲げると、他の皆も倣って乾杯をした。失恋を祝われるのは納得しないが、それ以上に俺は居心地が悪かった。その後、胸派か尻派か、という男子大学生らしい話題を聞き流しながら、手元のハイボールを一口飲み、小さくため息を吐く。
 悪いな、森田。彼女は紹介できない、いや、できるはずがない。
 俺には、森田や他の友人には秘密にしていることがある。それは、本当は彼女ができたことがないということだ。
中高生時代に地味だった俺は、いわゆる大学デビューをした。茶色に染めた髪にニュアンスパーマをかけ、ワックスでエアリー感を出す。両耳にはシンプルなシルバーのピアスをし、服装は流行に遅れないように気をつけた。
 しかし、ぱっちりした瞳と小さめの口、丸い輪郭のせいで、幼く見られることがしばしばある。そのため、極力大人びた雰囲気を纏うように、クールさを装う努力をした。
 彼女がいるという嘘も、その一貫だった。嘘をつくのは心苦しかったが、大学生にもなれば彼女なんてすぐ出来ると思ったのだ。だが、そんな簡単ではなかった。合コンで知り合った女性とは長続きせず、バイト先の女性にさりげなく声をかけるも撃沈し、大学三年生まで連戦連敗だ。
 今さら嘘だとは言えず、森田たちと話を合わせるうちに、俺は常に彼女がいるモテる奴という称号を手に入れてしまった。
 このまま嘘をつくわけにはいかない。絶対彼女を作るのだと俺は決心し、ハイボールを飲み干した。テーブルの端に置いてある注文用のタッチパネルを操作していると、森田が「なぁ」と呼びかけてきた。俺はもう一杯ハイボールを注文した後、顔を上げた。
「催眠音声って知ってる?」
「さいみん、おんせい?」
 聞いたことのない単語の組み合わせに、俺は首を傾げた。

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