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3話
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しおりを挟む峰谷が用意してくれたTシャツを着て、リビングに戻る。さすがに下着の替えを借りるわけにはいかないので、下着はそのままだ。帰ったら着替えればいい。ニップレスの貼っていない乳首が目立たないように、少し猫背気味を意識した。
「峰谷、シャワーありがと」
「うん。朝ご飯できてるよ」
テーブルの上には二人分の食事が用意されていた。シャワーを浴びてスッキリしたとはいえ、二日酔いで食欲は湧かない。
「卵雑炊。二日酔いでも食べやすいと思うけど、どう?」
出汁の匂いが鼻をくすぐる。白いご飯と卵の黄色、そして一つ乗った梅干しの赤が、食欲をそそる。俺は空腹を覚え、テーブルの椅子に座った。
対面に座った峰谷はコップにお茶を注ぎ、俺に差し出した。喉が渇いていた俺は一気に飲み干す。峰谷はもう一度お茶を注いでくれた。
「川元、昨日結構飲んでたけど、大丈夫だった?」
「大丈夫じゃない。飲みすぎた。っていうか、峰谷ってザルなんだな」
「全然、俺も結構酔ってたし」
「うそ、平気そうだったのに」
「川元の方こそ、ザルだよ」
そんな会話をしながら、二人で「いただきます」と手を合わせ、卵雑炊を一口食べる。温かくて、少し塩気があるが、出汁の優しい味が美味しい。俺はもう一口とスプーンを動かす。
「うん、美味しい。峰谷って料理できるんだ」
「大した料理じゃないよ。卵とご飯があればすぐできるし」
「そんなことないって。ほんと美味しい」
「よかった」
峰谷の頬がゆるむ。珍しい表情の変化に、俺は峰谷から目が離せなかった。
酔っ払いの介抱をし、一晩泊めてくれ、朝ご飯を用意してくれるなんて、意外といい奴だ。コミュ障かと思ったが、案外会話はできる。俺の中の峰谷の評価は急上昇していた。
「峰谷って、なんでテニスサークル入ってんの?」
梅干しの種を口の中で転がしながら、俺は疑問に思っていたことを尋ねた。峰谷は顔をあげ、考える素振りを見せる。その時間が思った以上に長く、沈黙に耐えきれなくなった俺は会話を促す。
「テニスサークルって雰囲気じゃないから、何か理由あんのかなって、気になって……」
「……好きな人がいるから」
「え?」
あまりにも予想外の答えに、俺は驚きの声を漏らした。テニスサークルのメンバーの顔を思い浮かべるが、人数が多く、思い当たるわけがなかった。思わず峰谷の表情を伺う。
「うそうそ、冗談だよ。別に、飲み会で酒が飲めるし、過去問とかもらえるし、そういう感じで選んだ」
「そう、なんだ」
急な峰谷の冗談に、どう反応していいかわからなかった俺は、曖昧に頷いた。峰谷も人間なのだから、冗談くらい言うだろう。しかし、俺と峰谷は冗談を交わすほどの仲ではないので、それが気になった。その後は会話は続かず、二人で黙々と雑炊を食べた。
先に食べ終わったのは俺で、部屋をぐるりと眺めたり、峰谷の食べる姿をじっと見つめていた。改めて、真ん前から見ても、整った顔つきだと思う。背が高く、スタイルはいい方だ。どう考えても髪型だけがもったいない。
「峰谷は髪切らないの?」
「これがいいから」
「髪切ったほうが、絶対かっこいいと思う」
案外髪型で雰囲気は変わるものだ。俺だって、大学入学のタイミングで、髪型を変えてイメチェンしたのだ。峰谷はぽかんと口を開けて、一瞬動きを止めた。そして、前髪を弄って、表情を隠す。
「そんなことない」
それだけ言うと、また食事を再開した。照れてるのかもしれないが、俯いたため表情はよくわからなかった。せっかくのアドバイスは峰谷に響かなかったらしい。
峰谷が食べ終わったのを見計らい、俺は「ごちそうさま」と言って立ち上がった。自分が使った食器をシンクに運ぶ。
「いいよ、俺がするから」
慌てる峰谷を制し、峰谷の食器を奪うようにして、シンクに置いた。
「色々迷惑かけたから、これくらいやらせろって」
ベッドやシャワーを貸してくれただけでなく、美味しい朝ご飯までごちそうになったのだ。つい最近まで峰谷のことを知らなかった罪悪感も相まっての行動だった。
おろおろとしていた峰谷だが、「じゃあ、お願い」と諦め、「そこの洗剤とスポンジ使って」と教えてくれた。
ピカピカのシンクで食器を洗いながら、帰ったら部屋の掃除でもするかと俺は考えていた。一人暮らしだとついサボりがちで、試験期間中は自炊もしていない。
「川元」
「っ、ひ……」
急に峰谷の声が耳朶を打ち、俺は驚き、変な声が漏れた。泡にまみれたお椀が手からシンクに滑り落ちそうになって、慌てて手に力を入れる。
「びっ、くり……したぁ……」
跳ねる鼓動を落ち着かせるように深呼吸をしながら、俺は後ろを振り返る。
「ごめん、上の棚のコーヒーメーカーを取りたくて……」
いつのまにか峰谷は俺の真後ろに立っていた。身長は峰谷のほうが高いため、俺は見下ろされる体勢になる。俺の顔に峰谷の影が落ちる。
そういえば、夢の中で峰谷に、と今さら夢の内容を思い出し、身体の熱がぶり返す。顔が熱くなるのを感じ、すぐに前を向いた。
「あと、すすぐだけだから、すぐ退く」
蛇口から水を出し、食器の泡を洗い落とす。冷たい手が身体の熱を冷やしていき、心地いい。
『千寿』
犬飼の声で、峰谷が、俺の名前を呼ぶ。それは夢なのに、やけに鮮明で、思い出すだけで背筋がぞくりとする。
『イけ』
自身に熱が集まる感覚、そして後孔がきゅんと疼く感覚。背後に峰谷がいるにも関わらず、興奮してしまう。駄目だ、落ち着けと言い聞かせるが、快感の波は引いては大きくなって襲いかかってくる。素早く食器をすすぎ終えた俺は、慌てて峰谷から離れた。
「コーヒー淹れるけど飲む?」
「ごめん、この後バイトあるから」
峰谷の顔を見ると、どんどん我慢できなくなりそうで、視線が泳ぐ。ベッド脇に置いてあった荷物を掴み、俺は脱兎のごとく、玄関に向かう。
「泊めてくれてありがとう、朝ご飯も美味しかった。Tシャツ洗って返すから。じゃあ、また」
伝えたいことを一方的に投げつけ、俺は逃げ帰った。かすかにシトラスの香りが鼻腔に残り、胸がざわついた。
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