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1.日常
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しおりを挟む三回目の撮影を終えた総司は、スタッフから写真を受け取る。今回は普通にピースサインでツーショットを撮った。
「イオくん、ありがとう」
「ありがとうございます」
イオは笑顔を見せたが、その表情にはうっすらと疲れが滲む。総司はそれを感じとった。イオの表情と残りの特典券を見比べて、今日はもう帰ろうと決めた。接触はしたいし、写真も撮りたいが、イオに負担はかけたくなかった。
総司が抜けたところで、他のファンのループはまだ続くので、意味がないことは総司はわかっている。ただ総司の気持ちの問題だ。
「じゃあ、また今度のライブで」
「え、でも、まだ特典券残ってますよね?」
焦るイオを制するように、総司は首を横に振った。イオは逡巡してから、スッと総司の手に触れた。総司はイオの思わぬ行動に、びくりと肩を震わせる。イオの手は総司の手を優しく包む。
「総司さん……」
イオは総司をじっと見つめる。百六十五センチとイオのほうが背が低いため、自然と上目遣いとなった。大きな瞳はキラキラと光が差し込み、総司を映す。
「また今度、会えるの楽しみにしています」
イオはぎゅっと総司の手を握り、その手を額にこつんと当てた。まるで神様に祈るような仕草だ。
(天使がいる……)
上目遣い、光を湛える瞳、重なる手、極上の微笑み、祈り。絵画であれば、神々しい光を放ち、天使の輪や羽根を描かれているだろう。
「ゔ……、っ、あ……」
総司のキャパシティは軽々とオーバーし、声をもらすしかできなかった。
(イオくん!イオくん!ありがとう!大好き!!世界中のみなさん!これが俺の推しですよーー!尊いでしょう!!!?)
叫び回りたくなる気持ちを抑えるため、総司は深呼吸を繰り返す。はたから見れば、ぜーはーぜーはーと荒い呼吸をする総司は怪しいことこの上ない。
「あ、あ……、ゔ……ありが、とう……」
総司はようやく言葉を発する。イオは顔を上げ、優しく笑む。あまりにもオーバーキル。総司はとどめを刺された。
その後、スタッフに「はい、次の方」と問答無用で引き離された総司は、よたよたとした足取りで、グッズ売場へ移動した。恍惚としたまま、残ったランチェキを買い占め、ライブハウスを後にした。トータルで十万程度を使ったのだった。
総司は余韻に浸りながら、マンションへと帰ってきた。
1LDKの部屋は会社が斡旋しているため、家賃は相場の半額ほど。会社に近いのはもちろん、都心にも近いため、オタク活動も捗るというものだ。
リビングは殺風景と言っていいほど、最低限の家具しか置いていない。イオのグッズ類は基本的に寝室に置いてあり、さらに部屋に置ききれないグッズはレンタルコンテナに預けていた。
イオに会った日は胸がいっぱいになる。総司は食事する気になれず、そのまま風呂へ直行した。ライブでかいた汗をシャワーで流すと、総司の思考は幾分かクリアになる。しかし、特典会での出来事を思い出しては、顔をにやけさせた。
インスタントラーメンで手早く食事を済ませ、早々に寝室へと移動した。寝室の一角には、イオのグッズやポスターが所狭しと飾ってある。所謂祭壇だ。
その祭壇に、今日撮ったチェキとランチェキを供える。突如爆誕した『元気が取り柄ポーズ』をしているイオを見て、総司は恍惚とした。
「今日一日、イオくんが健やかに過ごすことができて、ありがとうございます。明日もイオくんにとって素敵な一日になりますように」
総司は祭壇に向かって祈った。これは毎日のルーティンとなっている。
壁に飾られたイオのポスターに見守られながら、総司は眠りにつく。部屋にはすぐに寝息が落ちた。
幸せそうに眠る総司は、これから起こる衝撃的な出来事を知る由もない。
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