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8.別離
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しおりを挟む取引先である薬局やドラッグストアに顔を出し、その後担当している個人クリニックへと向かった。
アポイントの時間に、建物内に入ると、受付の女性事務が笑顔で出迎えてくれた。午後の診察が始まる前のため、待合室では数人待っていた。
「こんにちは。いつもお世話になっております。○○製薬の永田です。」
「こんにちは。先生はもうすぐ来られると思うので、中でお待ち下さいね」
すっかり顔なじみのため、すんなりと診察室へ通される。
総司が診察室の丸椅子に座ろうとすると、反対側のドアから五十代の男性医院長が入ってきた。慌てて総司は立ち上がる。総司は軽くお辞儀をして、丸椅子に座る。
いつも元気な医院長だが、顔に疲れが滲んでいる。総司は不思議に思ったが、手短に話して帰ろうと決めた。
「いやー、参ったよ」
医院長は開口一番言った。
「どうされました?」
「この前、息子の話をしただろ?」
総司は記憶を掘り起こす。長男は医学部で順調、次男は遊んでいる。そんな話を聞いたのは、一ヶ月ほど前だ。
「お子さんが二人いるっておっしゃってましたよね」
「そうそう。その次男がね、フラフラしてたのに、急に帰ってきて」
「はい」
「しかも、奥さんと子供を連れて」
「えっ?!」
「でき婚、というか産んじゃった婚というか……。もう、何て言っていいか……」
医院長は首を横に振って、やれやれという感じだ。総司は何と返すのが正解かわからず、「それは、喜んでいいのか、悪いのか……」と濁した。
「厄介だとは思うが、期待してなかった孫の顔が見れて、嬉しいことは嬉しい」
医院長の頬が自然と緩むのを総司は見逃さなかった。
「それは、おめでとうございます、ですね」
「まぁ、そうだがなぁ。これからどうしようか……」
悩み半分嬉しさ半分と言ったところの医院長に、総司は後日お祝いを持って来ようと算段した。
その後は軽くセールストークと雑談をして、早々に退散しようとした総司だったが、思わぬ訪問者が診察室にやってきた。
「親父、ちょっといい?」
若い男性の声に、総司と医院長は顔を見合わせる。返事をする間もなく、医院長が入ってきた側のドアが開いた。
「聞きたいことあって、って、あれ……?」
ドアから入ってきたのは、総司が見慣れた人物だった。総司はびっくりして、跳ねるように立ち上がる。
「ミナミ……?!」
それは、TwinMeteorのミナミだった。衣装ではなく、Tシャツとジャージというラフな格好で、髪は無造作にかきあげられている。そして、その胸には、小さな赤ちゃんを抱いていた。ミナミと赤ちゃんというミスマッチさに、総司は思わず笑いそうになる。
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