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8.別離
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しおりを挟むイオが出ていってから二週間が経ち、総司の生活はすっかり以前のものに戻った。
イオお手製の作り置きのおかずは底をつき、掃除はおざなりに。日々の食事は、冷凍食品やレトルト食品に変わっていった。
「美味しくない……」
総司はコンビニおにぎりを一口食べて、愚痴をこぼした。ちょうと外回り中で、社用車の中で軽く昼食を済ませているところだった。以前であれば美味しく感じていたが、一度イオの食事を口にしたせいで、舌はすっかり肥えている。
「イオくんの料理が恋しい……。イオくんのオムライス、唐揚げ、肉じゃが、炊き込みご飯、酢豚、ミートスパゲッティ……」
車内に一人しかいないため、欲求を口に出す。大きくため息を吐き、おにぎりの残りを無理矢理食べた。栄養ドリンクで流し込み、昼食を終える。味気ない昼食に、総司は涙が出そうになった。
総司は座席に背を預け、身体の力を抜く。軽く睡眠を取ろうとするが、思考はイオへと流れていく。
「あぁ……イオくん……」
(イオくんはどこに行ってしまったんだろう。ちゃんと屋根のあるところで寝てるかな。悪い人に攫われたりしてないかな。変な人に騙されてないかな。ご飯食べてるかな)
「はっ!こんなところで、仕事してる場合じゃない!今助けに行くからね、イオくん!」
心配のあまり、総司は慌てて車を降りようとするが、すぐに我に返る。イオの居場所がわからないのだから、助けに行けるわけがない。それにイオが望んで出ていったのだから、総司に止める権利はないのだ。試しにイオに連絡したら、拒否されていた。
再び座席に座った総司は、そっと自らの唇に触れる。数日前に触れたイオの唇の感触の余韻に浸った。
「っていうか、キス、だったよな……」
総司は別れ際を思い返す。イオに潤んだ瞳で見上げられ、可愛いと思っていたのも束の間、押しつけられるようにキスをされたのだった。
「どういう意味のキスだったんだろ……」
(普通に考えると、好意のキスだけど。今までのお礼的な?キスでもしとけば、オタクは喜ぶだろってこと?でも、イオくんはそういう即物的なことは、しなさそうだけど……)
「何でもいいけど、いや、良くないけど……!!キスなんてされたら、オタクは喜んじゃうから!もっと好きになっちゃうから!」
推しにキスされて、総司は素直に喜んだ。ただでさえ、接触を控え、距離を取っていたところだったのだ。
それだけでなく、総司の心境にも変化があった。唯一の推しに、惹かれ、疚しい気持ちを抱き、最終的にたどり着いたのは『好き』という感情だった。推しが『好き』とは違う『好き』。ガチ恋の『好き』だ。それは総司にとって、久しぶりの恋愛感情だった。
「俺、イオくんのこと、好き、なんだよなぁ」
総司は確認するように言葉にし、そして、恥じらう乙女のように、顔を赤くした。
(推すだけでなく、本気で好きになるなんて……。こんな感情、イオくんに知られたくない……)
「でも、もう会う機会はないだろうし、大丈夫大丈夫。ははっ」
自ら言い聞かせ、笑い飛ばした総司だが、次の瞬間に「このまま死ぬなんて嫌だ。死ぬまでに、最後に一度でもいいから、イオくんに会いたい……」と泣きそうになる。見事に情緒不安定だ。
総司が車内で一人、笑ったり泣いたり悲しんだりしているうちに、仕事の時間が迫ってくる。仕事モードに切り替えて、総司は車を発進させた。
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