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7.齟齬
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しおりを挟む「イオくん、とりあえず、落ち着いて」
「落ち着いてます」
ふんっと鼻息荒いイオは、まるで小型犬が怒っている様だ。総司はそんな様子すら可愛いと思ったが、慌てて思考を振り払う。
「さっきのことで怒っているなら謝る。ごめんなさい。俺がイオくんのことを考えてなかった」
「さっきのこと?」
今度はイオが疑問を抱く番だった。
(俺が怒る?何のこと?でも、ここで話していたら、どんどん総司さんのペースに巻き込まれてしまう。早く出ていこう)
イオは覚悟を決め、玄関へと歩み出す。狭い廊下では必然的に総司と対面することになる。二人は見つめ合う。総司の視線は優しいものだが、イオの視線は狼狽している。
「イオくんが出ていくって言うなら、俺が出ていくよ」
「なんで、そうなるんですか……!」
「そうでもしないと、イオくんは俺の話を聞いてくれないだろう?」
「聞いてます」
「明日の朝になったら帰ってくるから、もう一度話し合おう」
総司が踵を返し、部屋を出ていこうとする。イオは「待ってください」と慌てて総司の腕を掴み、それを止めた。振り返った総司の視界に飛び込んできたのは、イオの泣きそうな表情だった。
「出ていくのは、俺のほうです。これ以上迷惑かけられません」
「迷惑じゃないって、何度言ったら……」
「嘘です、総司さんは優しいから、そんな嘘……」
「嘘じゃないよ」
「嘘です……」
(駄目だ、泣いてしまう。泣いても、何も解決しない)
イオは涙を我慢するために腹に力を入れる。しかし、涙はポロリと流れ落ちた。一度涙が流れると、止まらない。イオの頬を次々と涙が濡らす。
「ごめんなさい、泣く、つもりじゃ……」
涙を流すイオを前に、総司の身体は勝手に動いていた。総司はイオに掴まれた腕を引きつけ、イオの身体を優しく抱きしめる。体格差で、イオの身体は総司の腕の中にすっぽりと包まれてしまう。
「っ……?!」
(俺、今、総司さんに抱きしめられてる……?!)
驚きのあまり、イオの涙は止まる。
驚いたのはイオだけではなく、総司もだった。総司は自らの行為が信じられなかったが、すでに抱きしめてしまった以上、後戻りはできない。イオに突き返されなかったのが幸いだと、内心安堵していた。
(総司さんの腕の中は温かいし、総司さんの匂いに包まれて安心する)
一度止まったイオの涙だが、総司の優しさに、また零れ始めた。
(総司さんは優しい。もうアイドルじゃない俺にも、優しくしてくれて、大事にしてくれて……。それは、嬉しくて幸せなことで……)
「総司さん」
(だから……、俺はそんな優しい総司さんが好きだ……)
イオは涙を拭って、顔を上げた。総司の視線とイオの視線が交わる。そして、背伸びをしたイオは、総司に口づけた。一瞬の唇の触れ合いに、総司は驚いて目を見開く。
「今までありがとうございました。さようなら」
イオは総司の腕を抜け出し、そのまま部屋を出ていった。残された総司はしばらく動けずに、玄関に立ち尽くしていた。
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