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しおりを挟む「結婚おめでとう、陸(りく)」
「直都(なおと)、ありがとう」
新郎である松崎陸(まつざき りく)は、嬉しそうな笑顔を見せた。着られているという表現がぴったりな紺のジャケットは光沢があり、胸元には白色の生花が飾られている。隣に座った新婦のウェディングドレスは、眩いくらいに白く輝いていた。
「受付頼んで悪かったな」
「全然、気にしないで」
「直都の時は、俺が受付やるからさ」
「うん、その時は頼むな」
俺は挨拶替わりに軽く片手をあげ、新郎新婦が座るテーブルから離れた。俺の後ろに立っていた見知らぬ誰かが「おめでと~!美人な奥さんで羨ましいな!」と元気よく声をかけるのを聞きながら、自らの円卓に戻る。
披露宴会場はホテルの一室で、新郎新婦、その家族や友人の誰もが幸せに溢れた笑みで、時を過ごしている。
俺もそれに漏れず、にこにこと笑みを浮かべている。心の中では、泣きそうではあるが、二十七歳といういい大人であるため、表情を取り繕っていた。
新郎新婦は、先ほどからひっきりなしに声をかけられて、雑談や写真撮影に応じていた。俺はそれを円卓に座りながら眺める。どんどん運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、ビールやワインで喉を潤す。同じテーブルに座っているのは、大学や高校の同級生で、俺もたまに話に加わり、昔話に花を咲かせた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
誰に言うわけでもなかったが、俺はそう言い残すと、会場の重い扉を開けて、廊下へと出た。
披露宴のざわめきを背中で聞きながら、トイレへと向かう。いつもより上等なスーツは重く感じ、思わず肩を回し、ため息を吐いた。
新郎である陸とは、小学生から大学までの同級生で、腐れ縁であり、所謂幼馴染というやつだ。誰から見ても親友であり、社会人になって別の会社に勤めるようになってからも、親友関係は続いた。二人で飲みに行ったり、旅行に行ったり、楽しい日々を過ごしていた。
他にも友達はいたが、俺にとって陸は特別だった。
なぜなら、俺は陸のことが好きだからだ。友達に対する好きではなく、恋愛感情の好き。気づいた頃には、陸を好きだと感じていた。それをひた隠し、友達として、ずっと陸の隣を独占していた。俺の気持ちを伝える気はなくて、一生隣にいさえすればよかった。
そんな日々にも、当たり前に終わりが来る。
「俺、結婚しようと思うんだ」
陸から相談を受けたのは、一年ほど前だった。相手は同じ会社の後輩。大学時代に彼女はいたことはあったが、陸のだらしない性格が功を奏し、長続きすることはなかった。しかし、その後輩はひどく面倒見が良く、陸のだらしない所が可愛く思えるそうだ。そんな惚気を聞きながら、俺は「おめでとう」と返すしかなかった。俺の長年の片想いは、瞬間に崩れ去った。
昔のことを思い出しつつ、用を足した後、再び披露宴会場に戻ってきた。しかし、中に入る気が起きず、ふらふらと廊下を彷徨う。床に敷かれた絨毯の模様を目で追いかけながら、心を落ち着かせようとするが、うまくいかない。
陸が結婚することは嬉しい。好きな人には幸せになってほしい。そういう気持ちはあるが、俺の心の中は黒い感情で満たされていた。
俺の方が陸のことを知っている。陸のだらしないところはもちろん、忘れっぽいところ、涙もろいところ、たまに男気のような強がりを見せるところ、面倒見がいいところ、など。全てを含めて、俺は陸のこと好きなのだ。
要は嫉妬だ。急に現れた人物に、陸を取られた気分になっている。陸は誰のものでもなく、陸が俺を好きになることがないのはわかっている。それでも、俺は嫉妬してしまう。嫉妬に支配されて、陸の幸せな姿を見ていられなかった。
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