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19 砂利道
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「恭亮様、祥庵先生がみえました。」
清吉が嬉しそうに縁側から僕に声を掛ける。
お父様以外の唯一の訪問者、定期的な診察をしに祥庵先生が門をくぐり、清吉に冗談を言って笑いながら歩いて来た。
春に一回、秋に一回。今回は少し遅め。
きっと安記やあかりさんで忙しかったのだろう。
「よっ、恭亮。元気そうじゃないか。」
お父様が一緒の時は(恭亮様)と呼ぶが、いない時は呼び捨てで僕はこちらの方が良い。
「変わりはないか?ちょっと痩せたかな。」
「はい、変わりないです。食欲もありますし。」
「食欲があるのに痩せるのはいけないな。どれ、腕出しな。」
「安記の体調はいかがですか。」
脈をとり終えた祥庵に聞く。
「ん、いつも通りだ。ひいひい言いながら俺に悪態ついてるよ。」
「そうですか、悪態をついているのならいつも通りですね。」
「急にしおらしくなったら危篤だな。」
家の内情を聞くのならお父様より祥庵先生に聴くのが良い。砕けた物言いだけど、その分その時の状況や心情が良くわかる。
月に一度はうちに通っているからいろいろと良く知っているし、外の話もしてくれるから祥庵先生が来るのを楽しみにしている僕がいる。
けれど、今回は楽しい話はあまり無さそうだ。
「旦那様からあかり、その、恭亮の嫁さん候補だった。何か聞いてるか。」
「…はい、だいたい。」
「そうか。」
診察鞄から竹筒を取り出す。中身は酒だ。
うち(離れ)はお茶を出す者がいない。だからお茶を持って来て、と伝えたら酒を持って来るようになった。乳母も気付いていたが、飛んだ生臭坊主だね、と笑っていた。
自分で飲む分のお茶はあるが、人に出すようなお茶ではないので勧めない。
清吉が朝になるとお茶の入った薬缶と朝食、着替え、そしてたまにお菓子を届けてくれる。
今朝もお饅頭を届けてくれたけど、祥庵先生は甘い物は食べない。見ての通り辛党である。
「あかりの事だけどな、たぶん腹の子は、恭亮と一緒だ。色まではわからないがたぶんな。腹の成長が早過ぎる。」
「そうですか。お父様から狐憑きが生まれた場合の話をされましたが、私は赤子と暮らす事になるのでしょうか。」
「馬鹿言え。赤子なんざうるさくって寝れねぇぞ。本家から寄越される乳母だって口うるさいだろうし。毎日騒がしくなって体調悪くしちまう。狐憑きが生まれたら本家に送るだろうよ。」
「いえ…それが本家の事情で、そうは出来なくなりそうなんです。」
「え。どういう事だ。」
お父様と話した経緯を説明すると、祥庵先生は頭を抱えた。
「そうだったのか。北の国の、安森の医者にたまたま会ってな。今から本家に行くんで途中俺の寺に泊まらせてくれって。もう一泊して行けって言ったら、なんか急いでるからよ。早いとこ、直にお会いしてお願いするんだって。お願いしなくったって連れてくだろって言ったんだがな…あいつのとこ、確か低いのばっかだったが、また生まれるんで大変なんだろうな。五ヶ月なのにもう臨月みたいな腹してるって言ってたしな。」
「本家には今どれくらい狐憑きを預かっているのでしょう。」
「ん、三、四人は居るんじゃないか。黒が居るから厳しいって事か。」
「黒って、雪冬(ゆきと)さんですか。」
「恭亮は招集で会ってるよな。やっぱり他の狐憑きとは何もかも違う。」
「祥庵先生も会われた事があるのですか。」
「一回だけな。やっぱり黒なだけあって人間の俺にはきついよ。ほんの数分顔を合わせただけなのに、丸々二日寝込んだからな。」
「…僕も苦手です。」
「黒が居て、たぶん高いのばっかり居るっていっても…掻き集めたのは本家じゃないか。今更引き取れないってなぁ。」
「僕は…。構わないと思っています。子供もあかりさんも。」
「は。」
「乳母がいなくなってから人とまともに暮らした事がないので、どういう風に煩わしいのかも想像付きませんし、子供は蒼助の子で甥っ子です。僕に似ているところがあるかも知れないし、きっと可愛い。」
「あかりは、弟のお古だぞ。」
お古って。
「あかりさんが嫌でなければ。僕のお嫁さんになる方だった訳ですし。一度お会いしてみたいとも思っていましたから、一向に構いません。」
「恭亮。おまえは、なぁ…。」
優し過ぎるんだよ、まで聴こえた。
寒さも厳しくなり始めた。あと一ヶ月で今年も終わり。
お腹は日に日に大きくなって、今は自分の足も指先しか見えない。
女中の江里に双子かも知れませんね、と言われたけど、祥庵先生(と言っておこう。)に、双子とは言われていない。妊娠五ヶ月を少し過ぎたばかりなのに、確かに大きいと私も思う。
「あかりさん、ちょっと。」
お義母様に奥の間に呼ばれた。
障子を開けるとお義父様と蒼助さんが座っていた。
「お腹の子の事なのだけれど。」
お義母様はいつになく真剣な表情でいる。
その隣に座るお義父様も。
そして私の隣に座る蒼助さんも、膝を掴む両手を見つめて黙っている。
母さんが話し辛そうにあかりの顔色を伺いながら話し始めた。居心地が悪い、悪過ぎる。
「落ち着いて聞いて欲しいのだけれど。」
「はい。」
(何だろう、全く見当が付かない。)
「まず、この安森の家はふつうとは違います。」
「はい。立派な大店です、存じております。その、しっかり育てて、男の子でしたら立派な跡取りに、」
「そうではない。」
おやじが話を代わる。
「はい…」
(?)
「安森家は代々、狐憑きの者の恩恵で一族を、家業を存続してきた。」
(…狐憑き。)
おやじ、単刀直入に言うな。
「その狐憑きは安森の血を引く者から生まれて、大切にされ敬われてきた。」
「え。お義父様は、き、狐憑きなのですか。」
「私は違う。ここに居る者は違う。」
「では、誰が。」
「安記は、狐憑きだ。弱い力なので一緒に暮らしていた。」
(一緒に暮らして、いた…?)
「私は、お会いした事のない方ですか。」
「ない。力の強い狐憑き、繁栄と幸福を招く狐憑きは、母屋では生活できない決まりで、私以外の家族にも会えないため、あかりさんは会った事はもちろん、ない。」
「どちらにおられて、どの様な方なのですか。」
「我が家の長男、蒼助の兄だ。」
(蒼助さんは長男ではない…。ふたり兄妹ではなかった…?もうひとり、居る。)
あぁ、兄さん登場。
「恭亮といって、あの、竹林がある裏山が見えるだろう。あそこに居る。」
「その、ご長男の恭亮さんと私の子と何か関係がおありになるのでしょうか。」
「あかりさんの子は、狐憑きだと思われる。」
(狐憑き。)
「あかりさん、話はわかる?」
お義母様が泣きそうな顔で私の顔を覗き込む。
「私の子が狐憑きで、え。生まれたらどうなるのですか。」
「恭亮のところにひとりやるか、あかりさんも一緒に行くか。決めなくてはいけない。」
酷だな。
「なぜですか、狐憑きは敬われているのなら、なぜひとりに。」
「人間と一緒に生活すると、お互い良くないのだ。家全体に影響が出る。」
(影響。繁栄と幸福を招くのなら、良い影響ではないのだろうか。)
「まだ狐憑きと決まったわけでは、ないのでは…生まれて顔も見ていないのに。」
「腹の成長をどう思う。」
「………。」
「恭亮も安記も、腹の中で急速に成長して、十ヶ月と十日よりだいぶ早く生まれている。もしかしたら、安記のように弱い力の狐憑きの場合もあるが。祥庵の見立てでは、その…もしも、だ。」
(ここまで話して、もしも、と言われても。)
おやじ、相変わらず話が下手過ぎるだろ。順序とか、言い回しとか。
「…では、この子は離されるという事ですか。」
「そうだった場合を考えて、覚悟はしておいて貰いたい。」
往生際が悪い言い方だ。
「ち、ちょっと待って下さい。ならば、私も一緒に行けるいうのは矛盾です。狐憑きとそうでない者が一緒に暮らせないと言うのなら、私は一緒に、狐憑きの恭亮さんと、こ、子供と一緒に居て良いのですか。」
「狐憑きを産んだばかりの女は、狐憑きの力に影響されない。夫と子供が狐憑きで一緒に暮らしている家族はいる。」
「…恭亮さんは私の夫ではないではないですか。」
…そうだ。
「夫婦でなくても兄弟や姉妹で暮らしている家族もいる。」
(え。お義父様、何を言っているの。)
話が滅茶苦茶だ。
「恭亮さんは義理の兄になります。義理の兄と暮らすのですか。子供だけ恭亮さんのところに行って、私が通う事はできないのですか。」
「自分の産んだ子供でも、離れて時間が経ってから会うと良くないんだ。」
「どう良くないのですか。」
「最悪の場合……」
(…死んじゃうの?)
…死ぬ、のか。
「お義母様は、恭亮さんを産んだ後、安記さんを産んで大丈夫ではないですか。」
「そこはわからないのだが、一回手放した子に限ってそうなる。どうしても会う時は、本家でなら行って会えるが、そう滅多に会えるものじゃない。だいたい、どちらかが亡くなった時だけだ。」
(死んだ時だけ。)
きつい。あかり、大丈夫だろうか。
「…もし、一緒に暮らす場合は、私は、どうなるのですか。」
「そう選択をした場合は…あかりさんも私以外、その他の人間との接触はできなくなる。」
「一生ですか。」
この場から離れたい。
「…例外に祥庵だけには会えるが、それ以外は無理になる。」
(それ以外。)
唯一会える人間が祥庵って。
「もし、離れに行った後、母屋に戻ったらどうなるのですか。」
「戻った者がいないからわからない。だが、取り返しのつかない事にはなるだろう。」
(蒼助さんは、どちらを願っているのだろう。)
お願いだ、子供を手放す方にしてくれ…頼む…くそ、なんで俺の子が。なんで。
(何で私達の子が。安記さんの子は違うのに。)
あかり、お願いだから、兄さんのところには行かないでくれ。
(お義母様は、恭亮さんを手離す時、どう思っていたの。手離した決定打は何。一緒にいようとは思わなかったの。)
俺を独りにしないでくれ。
(自分を、優先したの?今、どう思っているの。)
俺を見捨てないでくれ。
子を願うか、自分の人生を選ぶか。
生まれてくる子供への希望、人生の希望がぼやけた気がした。
清吉が嬉しそうに縁側から僕に声を掛ける。
お父様以外の唯一の訪問者、定期的な診察をしに祥庵先生が門をくぐり、清吉に冗談を言って笑いながら歩いて来た。
春に一回、秋に一回。今回は少し遅め。
きっと安記やあかりさんで忙しかったのだろう。
「よっ、恭亮。元気そうじゃないか。」
お父様が一緒の時は(恭亮様)と呼ぶが、いない時は呼び捨てで僕はこちらの方が良い。
「変わりはないか?ちょっと痩せたかな。」
「はい、変わりないです。食欲もありますし。」
「食欲があるのに痩せるのはいけないな。どれ、腕出しな。」
「安記の体調はいかがですか。」
脈をとり終えた祥庵に聞く。
「ん、いつも通りだ。ひいひい言いながら俺に悪態ついてるよ。」
「そうですか、悪態をついているのならいつも通りですね。」
「急にしおらしくなったら危篤だな。」
家の内情を聞くのならお父様より祥庵先生に聴くのが良い。砕けた物言いだけど、その分その時の状況や心情が良くわかる。
月に一度はうちに通っているからいろいろと良く知っているし、外の話もしてくれるから祥庵先生が来るのを楽しみにしている僕がいる。
けれど、今回は楽しい話はあまり無さそうだ。
「旦那様からあかり、その、恭亮の嫁さん候補だった。何か聞いてるか。」
「…はい、だいたい。」
「そうか。」
診察鞄から竹筒を取り出す。中身は酒だ。
うち(離れ)はお茶を出す者がいない。だからお茶を持って来て、と伝えたら酒を持って来るようになった。乳母も気付いていたが、飛んだ生臭坊主だね、と笑っていた。
自分で飲む分のお茶はあるが、人に出すようなお茶ではないので勧めない。
清吉が朝になるとお茶の入った薬缶と朝食、着替え、そしてたまにお菓子を届けてくれる。
今朝もお饅頭を届けてくれたけど、祥庵先生は甘い物は食べない。見ての通り辛党である。
「あかりの事だけどな、たぶん腹の子は、恭亮と一緒だ。色まではわからないがたぶんな。腹の成長が早過ぎる。」
「そうですか。お父様から狐憑きが生まれた場合の話をされましたが、私は赤子と暮らす事になるのでしょうか。」
「馬鹿言え。赤子なんざうるさくって寝れねぇぞ。本家から寄越される乳母だって口うるさいだろうし。毎日騒がしくなって体調悪くしちまう。狐憑きが生まれたら本家に送るだろうよ。」
「いえ…それが本家の事情で、そうは出来なくなりそうなんです。」
「え。どういう事だ。」
お父様と話した経緯を説明すると、祥庵先生は頭を抱えた。
「そうだったのか。北の国の、安森の医者にたまたま会ってな。今から本家に行くんで途中俺の寺に泊まらせてくれって。もう一泊して行けって言ったら、なんか急いでるからよ。早いとこ、直にお会いしてお願いするんだって。お願いしなくったって連れてくだろって言ったんだがな…あいつのとこ、確か低いのばっかだったが、また生まれるんで大変なんだろうな。五ヶ月なのにもう臨月みたいな腹してるって言ってたしな。」
「本家には今どれくらい狐憑きを預かっているのでしょう。」
「ん、三、四人は居るんじゃないか。黒が居るから厳しいって事か。」
「黒って、雪冬(ゆきと)さんですか。」
「恭亮は招集で会ってるよな。やっぱり他の狐憑きとは何もかも違う。」
「祥庵先生も会われた事があるのですか。」
「一回だけな。やっぱり黒なだけあって人間の俺にはきついよ。ほんの数分顔を合わせただけなのに、丸々二日寝込んだからな。」
「…僕も苦手です。」
「黒が居て、たぶん高いのばっかり居るっていっても…掻き集めたのは本家じゃないか。今更引き取れないってなぁ。」
「僕は…。構わないと思っています。子供もあかりさんも。」
「は。」
「乳母がいなくなってから人とまともに暮らした事がないので、どういう風に煩わしいのかも想像付きませんし、子供は蒼助の子で甥っ子です。僕に似ているところがあるかも知れないし、きっと可愛い。」
「あかりは、弟のお古だぞ。」
お古って。
「あかりさんが嫌でなければ。僕のお嫁さんになる方だった訳ですし。一度お会いしてみたいとも思っていましたから、一向に構いません。」
「恭亮。おまえは、なぁ…。」
優し過ぎるんだよ、まで聴こえた。
寒さも厳しくなり始めた。あと一ヶ月で今年も終わり。
お腹は日に日に大きくなって、今は自分の足も指先しか見えない。
女中の江里に双子かも知れませんね、と言われたけど、祥庵先生(と言っておこう。)に、双子とは言われていない。妊娠五ヶ月を少し過ぎたばかりなのに、確かに大きいと私も思う。
「あかりさん、ちょっと。」
お義母様に奥の間に呼ばれた。
障子を開けるとお義父様と蒼助さんが座っていた。
「お腹の子の事なのだけれど。」
お義母様はいつになく真剣な表情でいる。
その隣に座るお義父様も。
そして私の隣に座る蒼助さんも、膝を掴む両手を見つめて黙っている。
母さんが話し辛そうにあかりの顔色を伺いながら話し始めた。居心地が悪い、悪過ぎる。
「落ち着いて聞いて欲しいのだけれど。」
「はい。」
(何だろう、全く見当が付かない。)
「まず、この安森の家はふつうとは違います。」
「はい。立派な大店です、存じております。その、しっかり育てて、男の子でしたら立派な跡取りに、」
「そうではない。」
おやじが話を代わる。
「はい…」
(?)
「安森家は代々、狐憑きの者の恩恵で一族を、家業を存続してきた。」
(…狐憑き。)
おやじ、単刀直入に言うな。
「その狐憑きは安森の血を引く者から生まれて、大切にされ敬われてきた。」
「え。お義父様は、き、狐憑きなのですか。」
「私は違う。ここに居る者は違う。」
「では、誰が。」
「安記は、狐憑きだ。弱い力なので一緒に暮らしていた。」
(一緒に暮らして、いた…?)
「私は、お会いした事のない方ですか。」
「ない。力の強い狐憑き、繁栄と幸福を招く狐憑きは、母屋では生活できない決まりで、私以外の家族にも会えないため、あかりさんは会った事はもちろん、ない。」
「どちらにおられて、どの様な方なのですか。」
「我が家の長男、蒼助の兄だ。」
(蒼助さんは長男ではない…。ふたり兄妹ではなかった…?もうひとり、居る。)
あぁ、兄さん登場。
「恭亮といって、あの、竹林がある裏山が見えるだろう。あそこに居る。」
「その、ご長男の恭亮さんと私の子と何か関係がおありになるのでしょうか。」
「あかりさんの子は、狐憑きだと思われる。」
(狐憑き。)
「あかりさん、話はわかる?」
お義母様が泣きそうな顔で私の顔を覗き込む。
「私の子が狐憑きで、え。生まれたらどうなるのですか。」
「恭亮のところにひとりやるか、あかりさんも一緒に行くか。決めなくてはいけない。」
酷だな。
「なぜですか、狐憑きは敬われているのなら、なぜひとりに。」
「人間と一緒に生活すると、お互い良くないのだ。家全体に影響が出る。」
(影響。繁栄と幸福を招くのなら、良い影響ではないのだろうか。)
「まだ狐憑きと決まったわけでは、ないのでは…生まれて顔も見ていないのに。」
「腹の成長をどう思う。」
「………。」
「恭亮も安記も、腹の中で急速に成長して、十ヶ月と十日よりだいぶ早く生まれている。もしかしたら、安記のように弱い力の狐憑きの場合もあるが。祥庵の見立てでは、その…もしも、だ。」
(ここまで話して、もしも、と言われても。)
おやじ、相変わらず話が下手過ぎるだろ。順序とか、言い回しとか。
「…では、この子は離されるという事ですか。」
「そうだった場合を考えて、覚悟はしておいて貰いたい。」
往生際が悪い言い方だ。
「ち、ちょっと待って下さい。ならば、私も一緒に行けるいうのは矛盾です。狐憑きとそうでない者が一緒に暮らせないと言うのなら、私は一緒に、狐憑きの恭亮さんと、こ、子供と一緒に居て良いのですか。」
「狐憑きを産んだばかりの女は、狐憑きの力に影響されない。夫と子供が狐憑きで一緒に暮らしている家族はいる。」
「…恭亮さんは私の夫ではないではないですか。」
…そうだ。
「夫婦でなくても兄弟や姉妹で暮らしている家族もいる。」
(え。お義父様、何を言っているの。)
話が滅茶苦茶だ。
「恭亮さんは義理の兄になります。義理の兄と暮らすのですか。子供だけ恭亮さんのところに行って、私が通う事はできないのですか。」
「自分の産んだ子供でも、離れて時間が経ってから会うと良くないんだ。」
「どう良くないのですか。」
「最悪の場合……」
(…死んじゃうの?)
…死ぬ、のか。
「お義母様は、恭亮さんを産んだ後、安記さんを産んで大丈夫ではないですか。」
「そこはわからないのだが、一回手放した子に限ってそうなる。どうしても会う時は、本家でなら行って会えるが、そう滅多に会えるものじゃない。だいたい、どちらかが亡くなった時だけだ。」
(死んだ時だけ。)
きつい。あかり、大丈夫だろうか。
「…もし、一緒に暮らす場合は、私は、どうなるのですか。」
「そう選択をした場合は…あかりさんも私以外、その他の人間との接触はできなくなる。」
「一生ですか。」
この場から離れたい。
「…例外に祥庵だけには会えるが、それ以外は無理になる。」
(それ以外。)
唯一会える人間が祥庵って。
「もし、離れに行った後、母屋に戻ったらどうなるのですか。」
「戻った者がいないからわからない。だが、取り返しのつかない事にはなるだろう。」
(蒼助さんは、どちらを願っているのだろう。)
お願いだ、子供を手放す方にしてくれ…頼む…くそ、なんで俺の子が。なんで。
(何で私達の子が。安記さんの子は違うのに。)
あかり、お願いだから、兄さんのところには行かないでくれ。
(お義母様は、恭亮さんを手離す時、どう思っていたの。手離した決定打は何。一緒にいようとは思わなかったの。)
俺を独りにしないでくれ。
(自分を、優先したの?今、どう思っているの。)
俺を見捨てないでくれ。
子を願うか、自分の人生を選ぶか。
生まれてくる子供への希望、人生の希望がぼやけた気がした。
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