狐に幸運、人に仇

藤岡 志眞子

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18 渡し船

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桜が満開になった。
裏の山が桜の花で白く見える。
風が吹くと雪が降ったようになり、桜吹雪とはよく言ったものだと思った。

お父さんの勧めで今の奉公先に勤め始めて七年になる。
お父さんの仕事の手伝いも魅力的だったけれど、ボクはお父さんのように勉強は出来ないし、接客の仕事がしてみたかった。
はじめは商家の丁稚になる予定だったけど、商家はいじめが他と比べて酷いとか、休みが取れないから駄目だとか言って、お父さんが見つけてきた今の旅籠に奉公が決まった。
いじめはないし、仕事も音を上げるほど辛いものでもない。
年に二回まとまった休みがもらえて、お父さんの勧めに決めて良かったと感謝をしている。
お父さんは妹と西の国に住んでいて、帰るだけで日数がいるから、まとまった休みはありがたい。
ボクの働く豆川屋は表向きは旅籠だけれど、裏では事情のある人を匿ってお世話をする仕事をしている。もちろん、お父さんは知らない。
奉公五年目にこっちの仕事に携わるようになって、世の中にはいろんな境遇の人がいるのだと知った。
豆川屋の旦那様は西の少し南側の国の出身で、実家の家業が(忍)だ。豆川屋をやる前は城に勤めて密偵や、時には殺しもやっていたのだそうで、その時に一緒に仕事をしていた方々と今も繋がり仕事をしている。

先日来た擁護者は、十五歳になる同い年の女の子。
お父さん側のご実家から跡取りとして引き取りを強要され、それを阻止するために亡くなった事にする、と聞いた。
きっと子供に恵まれなくてその子を欲しがっているとか、家の仕事をさせようとか、望まない結婚をさせようとか、そういった感じなのだろう。
来たばかりの時はほとんど話さなくて、緊張しているのかと思ったけれど、引っ込み思案な性格のようだ。
ここの生活に慣れてきた頃、旦那様から周辺だったら散歩に行ってもいいと言われ、ボクがお供に付いて散歩に出掛けたりもした。
彼女から話しかけてくる事はほとんどなかったけれど、咲いてる花の事や、鳥の種類の話や、雲の形が何に似ているなど他愛もない話をぽつぽつしたりしていた。
ボクはだんだん彼女に惹かれている事に気付いた。でも彼女は、長くて一年もしたらいなくなってしまう。わかっているのにどんどん好きになってしまって、とうとう想いを伝えてしまった。
すると、彼女の顔が桃色になって、頬っぺたが朱色になって、

「ありがとう、私も、好き。」

と、返事を貰った。帰ってからも手紙を書こうと約束した。
すごく嬉しくて、その夜は眠れなかった。
こっそりと手を繋いで歩いたり、神社に一緒にお参りに行ってお揃いの御守りを買って、見つからないように片時も離さず持っていた。


ある日彼女から、私はアカの狐憑きなの、と言われた。
確かに、目は碧いし色が白くて、髪の色も赤かったけど、お母さんか誰かが異国の人なのかと思っていた。
擁護者にはよく異国の人もいたし、お父さんと一緒に暮らしていたところにも、変わった目の色の人がいたから気にも留めなかった。
でも、他の奉公人は気味が悪いとか、目を見たら病気になるとか、偏見を言う人もいるから、きっと彼女は苦労してきたんだと思う。
実際狐憑きと言われても、異国の人という概念に近くて、そんなに驚かなかった。
でも狐憑きの事でうちに来たのかなと思った。
うちに来て二ヶ月経った頃、彼女はボクを連れずに出かけるようになった。
旦那様に聞いたら、神社に御百度参りに行っている、という事だった。
神社は村のはずれにあって、うちから見える距離。そんなに遠くないし村人くらいしかいないから旦那様は許可したんだと思う。
何の願いかわからないけれど、きっと大切なお願い事をしているんだろう。

更に一ヶ月経った。稲穂もすくすく育って村人が朝から雑草を抜いたり、間引いたり忙しそうだ。
その様子を見ていた時、田圃の向こうに見慣れない子供がいた。
小さくて、艶がない髪はぼさぼさで、汚れて全身真っ黒で、体に合ってない着物を着ていた。腕をぼりぼり掻きながらうろうろしている。
すると、彼女が現れてその子供と話をしている。



そしてふたり連れ立って神社とは反対の方向に歩いていく。

なんか、変だ。

子供が変な訳ではない。
ああいう子供は村にもいる。
雰囲気というか、異様というか、何か胸騒ぎがした。

あの日から彼女の後をつけるようになった。
散歩に行ったり、町まで買い物にも行くようになって聴く機会はたくさんあったけれど、なにか聞き辛かった。
ふたりは村の、ひとり暮らしのお爺さんの家に入って行った。
お爺さんの孫だったのかな。
暫く待ってみたけど一向に出て来ない。
夕方近くになってようやく出て来て、子供はうちと反対方向の、町の方へと歩いて行った。
町の子なのか。物乞いか、迷子か。
そんな事を考えていたら、彼女に見つかってしまった。遅くて心配だから迎えにきたと言い繕ったが、あの子が気になるの?、と聞かれ白状した。
あの子供は最近村に来た子で、親がいないのでお爺さんが好意で面倒をみているという事だった。
なんだ、怪しい子ではなさそうだ。親がいなくて、ひとりで可哀想だ。
きっと彼女も同じ想いであの子と一緒にいるのだろう。
旦那様にも確認したら、あのお爺さんはひとり暮らしで、昔は手習いや算盤を教えていたという。
家族は奥さんと息子さんがいたそうだけど、息子さんは暖簾分けされて独立した事業が失敗し、借金を苦にお嫁さんと子供とみんなで心中してしまったという。奥さんはその後病気で亡くなって今はひとりだと聞いた。

あの子供とお爺さん、そして彼女。それぞれ辛い境遇に遭って一緒にいるんだ。

本当にそんな風に思っていたボクは馬鹿だ。
あの時のボクを殴りたい。
勝手に哀れんで、同情して、勘違いをして。

彼女がうちに来て三ヶ月。
突然彼女が消えた。
人攫いに遭って消えた。あんなに注意してたのに。
いや、本当に注意していたのか。
彼女を攫ったのはあの子供の親なんだぞ。
居た堪れない。もっと調べていれば。もっと彼女を見ていれば守れたのではないか。
ボクは大馬鹿だ。
好きな人ひとりも守れないなんて。
しかもボクの不注意で。ボクは何のために彼女の側にいたんだろう。
仕事。違う、一緒にいたかったから。なのに。



お父さん、ごめんね。妹と仲良くね。
ボクはお父さん宛に手紙を書き、足元の踏み台を蹴った。




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