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27 拓地
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寺の蔵に籠もって墓に眠る人物の名前を復う。
しかし、いくら探しても鳳右衛門の両親、兄弟、親戚の類の名前は無かった。自棄くそに無縁仏の名簿を捲った。
十年前。あかりが来た頃をなんとなく捲る。
苗字の無い、女の名前ばかりだ。
しかし、ひとり苗字がある。
これは。
「あなた、これを。」
花江があかりの荷物を整理していた時、見つけた紙切れを私に渡してきた。
「これは。」
「あかりの物かと思ったのですが。透けて見えた宛名が違うんです。」
人の手紙を見るのは気が引けるが、花江の表情からして見るべきなのだろう。
きれいに折り畳まれてはいるが、封が無い。丁寧に開けると短い文があった。
(小夜へ
君がいなくなってとても辛い。
この手紙は君は読めないだろうけれど、見つけ次第読んで欲しい。
ボクは先に待っているから、安心して。
もし、ほかに好きな人ができていても、ボクは怒らないから大丈夫。
追伸 君のお父さんにも手紙を書いたよ。ごめんね。 桂樹 )
「桂樹(けいじゅ)って。」
「どうやら、豆川屋から引き取った小夜の荷物に紛れていたようで。
気付かずあかりの箪笥に一緒に入ってしまっていたみたいです。
手紙の入っていた浴衣は、あかりは使わなかったので気付きませんでした。」
私が貰った手紙には名前は無かった。
豆川屋の旦那からは、奉公名しか伝えられず、素性がわからなかった。
謝罪とお礼が書き連ねてあり、読んでいて胸が締め付けられる思いがした。
「珍しい名前なので、もしかしたらと。」
「祥庵は元気だと言っていたが。」
「…このお手紙、見せますか。」
珍しく雪庵夫婦が揃って寺に来た。新婚時代を思い出すが、当時の明るさや雰囲気は無い。
「ちょっと、受け取って貰いたい物がありまして。」
「俺も見て貰いたい物がある。」
そう言って、お互い長机を挟んで座り、まず雪庵が手紙を置いた。
「何だ。」
「読めばわかる。」
手紙を開き、読む。
「…桂樹の字だな。」
「息子さんは、亡くなっていたのですね。」
ふん、と鼻を鳴らし涙を誤魔化す。
「あいつ、一丁前に女に惚れやがって。でもなんで雪庵先生が持ってるんだ。」
「小夜は、私どもの娘です。」
「え。」
天野(安森)小夜、の表記。
雪庵先生の名前は天野 冬馬。医者になった時に雪庵と名前を変えたのを思い出した。
単に安森家の娘とばかり思っていた。娘がいた事も知らなかった。
それから、小夜の経緯、桂樹の経緯を話した。
納得し、暫く沈黙が続いた後、祥庵は懐にしまっていた冊子を取り出し机に置く。
「……こんな事ってあるか?」
祥庵は涙を押し殺しながら、目線を逸らし印をつけた頁を開く。指を指した先に、懐かしい名前があった。
「これは。」
花江が泣き出す。花江は、知っていたようだ。
「祥庵が供養してくれたのか。」
「いや、親父だ。息子は、桂樹の事は雪庵先生がいろいろやってくれてたんだな。豆川屋の旦那が、世話してた娘さんのご両親が全部やってくれたって。寺の息子なのに、俺何も出来なくて。」
青年が亡くなり、豆川屋から遺書が届いた。連絡すると、父親しかおらず小さい妹さんと西の国に居る、遺体がこの暑さでは腐ってしまうから、こちらで葬式をすると返事が返ってきた。
小夜の事で忙しかったが、放っては置けなかった。せめて葬式代は、と包んで送った。
(…………。)
「娘も小さいし、連れて行くわけにも置いて行くわけにも行かず、もたもたしてたら葬式が終わっちまって。骨だけはなんとか引き取りに行けたが…」
沈黙が少しあった後、花江が口を開く。
「…小夜は、他の人達と同じお墓に埋葬されているのですよね。心の整理が付かず、まだお参り出来ていないのです。」
「いや、峰清楼の旦那が別にしてくれって。日当たりの良い、一等良い場所に眠ってるよ。」
「そうですか。旦那様にお会いしましたがそんな事、一言も。」
「親父が、共同墓地にお参りに来てる人がいたら、必ず声を掛けろって言っていたが。奥様を待っていたんですね。」
「…ありがとうございます。」
「雪庵先生、あの…良かったら、桂樹の墓、横に作っても構わないか?まだ、墓作ってやれてなくて。」
「もちろん。」
右には小夜、左に桂樹。
地面には青々と苔が生え、後ろは青竹が覆い、左右には紫陽花が植っている。季節になったら見事だろう。日がきらきらと差し込み、まるで祝言のようだった。
しかし、いくら探しても鳳右衛門の両親、兄弟、親戚の類の名前は無かった。自棄くそに無縁仏の名簿を捲った。
十年前。あかりが来た頃をなんとなく捲る。
苗字の無い、女の名前ばかりだ。
しかし、ひとり苗字がある。
これは。
「あなた、これを。」
花江があかりの荷物を整理していた時、見つけた紙切れを私に渡してきた。
「これは。」
「あかりの物かと思ったのですが。透けて見えた宛名が違うんです。」
人の手紙を見るのは気が引けるが、花江の表情からして見るべきなのだろう。
きれいに折り畳まれてはいるが、封が無い。丁寧に開けると短い文があった。
(小夜へ
君がいなくなってとても辛い。
この手紙は君は読めないだろうけれど、見つけ次第読んで欲しい。
ボクは先に待っているから、安心して。
もし、ほかに好きな人ができていても、ボクは怒らないから大丈夫。
追伸 君のお父さんにも手紙を書いたよ。ごめんね。 桂樹 )
「桂樹(けいじゅ)って。」
「どうやら、豆川屋から引き取った小夜の荷物に紛れていたようで。
気付かずあかりの箪笥に一緒に入ってしまっていたみたいです。
手紙の入っていた浴衣は、あかりは使わなかったので気付きませんでした。」
私が貰った手紙には名前は無かった。
豆川屋の旦那からは、奉公名しか伝えられず、素性がわからなかった。
謝罪とお礼が書き連ねてあり、読んでいて胸が締め付けられる思いがした。
「珍しい名前なので、もしかしたらと。」
「祥庵は元気だと言っていたが。」
「…このお手紙、見せますか。」
珍しく雪庵夫婦が揃って寺に来た。新婚時代を思い出すが、当時の明るさや雰囲気は無い。
「ちょっと、受け取って貰いたい物がありまして。」
「俺も見て貰いたい物がある。」
そう言って、お互い長机を挟んで座り、まず雪庵が手紙を置いた。
「何だ。」
「読めばわかる。」
手紙を開き、読む。
「…桂樹の字だな。」
「息子さんは、亡くなっていたのですね。」
ふん、と鼻を鳴らし涙を誤魔化す。
「あいつ、一丁前に女に惚れやがって。でもなんで雪庵先生が持ってるんだ。」
「小夜は、私どもの娘です。」
「え。」
天野(安森)小夜、の表記。
雪庵先生の名前は天野 冬馬。医者になった時に雪庵と名前を変えたのを思い出した。
単に安森家の娘とばかり思っていた。娘がいた事も知らなかった。
それから、小夜の経緯、桂樹の経緯を話した。
納得し、暫く沈黙が続いた後、祥庵は懐にしまっていた冊子を取り出し机に置く。
「……こんな事ってあるか?」
祥庵は涙を押し殺しながら、目線を逸らし印をつけた頁を開く。指を指した先に、懐かしい名前があった。
「これは。」
花江が泣き出す。花江は、知っていたようだ。
「祥庵が供養してくれたのか。」
「いや、親父だ。息子は、桂樹の事は雪庵先生がいろいろやってくれてたんだな。豆川屋の旦那が、世話してた娘さんのご両親が全部やってくれたって。寺の息子なのに、俺何も出来なくて。」
青年が亡くなり、豆川屋から遺書が届いた。連絡すると、父親しかおらず小さい妹さんと西の国に居る、遺体がこの暑さでは腐ってしまうから、こちらで葬式をすると返事が返ってきた。
小夜の事で忙しかったが、放っては置けなかった。せめて葬式代は、と包んで送った。
(…………。)
「娘も小さいし、連れて行くわけにも置いて行くわけにも行かず、もたもたしてたら葬式が終わっちまって。骨だけはなんとか引き取りに行けたが…」
沈黙が少しあった後、花江が口を開く。
「…小夜は、他の人達と同じお墓に埋葬されているのですよね。心の整理が付かず、まだお参り出来ていないのです。」
「いや、峰清楼の旦那が別にしてくれって。日当たりの良い、一等良い場所に眠ってるよ。」
「そうですか。旦那様にお会いしましたがそんな事、一言も。」
「親父が、共同墓地にお参りに来てる人がいたら、必ず声を掛けろって言っていたが。奥様を待っていたんですね。」
「…ありがとうございます。」
「雪庵先生、あの…良かったら、桂樹の墓、横に作っても構わないか?まだ、墓作ってやれてなくて。」
「もちろん。」
右には小夜、左に桂樹。
地面には青々と苔が生え、後ろは青竹が覆い、左右には紫陽花が植っている。季節になったら見事だろう。日がきらきらと差し込み、まるで祝言のようだった。
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