狐に幸運、人に仇

藤岡 志眞子

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30 茜雲

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「雪庵先生と祥庵が協力してくれる。」

「…蒼助、俺は呼び捨てなんだな。」

「今更先生付ける方が気持ち悪いだろ。」

「おまえな。」

「喧嘩しないで下さい、ね。」

蒼助と祥庵先生は仲が良くないようだ。大丈夫だろうか。

一つめの門から祥庵が順に鍵を開けてふたりで離れまで登って来たのだが、最後の門に着く頃にはだいぶ距離を取り、蒼助は不機嫌で無言だった。
祥庵はぶつくさと愚痴り、あかりを見るなり蒼助の良くないところを矢継ぎ早に言っていた。
清吉がいない今、鍵を開けられるのは祥庵だけなので誰も離れには入れない。計画を練るのには良いのだが、蒼助の留守を疑われないように手短にしなければいけない。


「安記が先日帰宅した。残念だが、子が流れちまった。だから、こっちには来れなかった。」

「今から話す内容は安記にはもう話してある。」

「安記さんは大丈夫なのですか。」

「大事無い、本人は元気だよ。婚家は大層落ち込んでいるが、あんな話聞かされた後だ。体調に影響しない方がおかしい。」

安記さんからの報せは祥庵先生から事前に聞いている。背筋が凍るとはこの事かと身をもって知った。

「申し訳ないが、話を進める。」

蒼助さんが淡々と話を始めた。

「まず、東の国外に逃げるために、通行手形が必要になる。しかし、身分証明出来るものが家にはなかった。本家にあると思われる。そこで、雪庵先生に、本家に戻る振りをして入手して来てもらう。それで国外に出て、名前を変える。」

「「で、名前を変えるために調べたんだが、ここら近辺の越後屋は皆安森の息がかかってる。豆川屋っつぅ旅籠兼裏家業やってるところに頼もうと思ったが…そこは、雪庵先生の娘を人攫いに渡したとんでもねぇとこだった。更に言うと…俺の息子が死んだ奉公先だ。そんな仕事させられてたなんてな…。」」

安森に関わって被害に遭った者がまたふたり。調べれば調べるほど出てくる。

「その事もあり、雪庵先生と祥庵も全力で協力してくれる事になった。辛いが、やらない方が報われないって。」

「ありがとうございます。」

祥庵先生は目線を逸らし、右手を横に振った。
ふたりして深くお辞儀をした。涙がぽろぽろと畳に落ちる。

「「腹の子、早く生まれそうなんだろ。」」

「はい。」

「その事もあっていろいろ探したら、隣村に昔手習いを教えてたという爺さんが、その手の話なら詳しいと聞いた。安森との関係は一切ないと言っていたし、だいぶ老いぼれて心配だったが、案外頭はしっかりしてた。故郷の西の国にいた頃、上方に薬を献上している知り合いがいて、その人伝てに話をつけてくれる、と。しかも、その知り合いは今、北の国にいるらしい。」

「「丁度良いじゃないか。北の国なら安森の分家はひとつしかないし、身を隠すには西の国からも東の国からも遠くて良い。」」

「問題は、あかりだ。兄さんや俺、安記の身分証は手に入っても、あかりのはそもそも無い。嫁入りの時も、雪庵先生のところからだったから必要無かったんだ。通行手形が取れない。」

そうだった。

「腹の子を助けたくてもあかりが駄目なら意味が無い。」

「「あかり、本当に親の事は何にも思い出せないのか。」」

「…はい。」

「それが…あかりに聞きたい事がある。」

「…何でしょう。」

「隣村のその爺さん、あかりらしい子の話をしたんだ。」

「え…?」

「隣村に住んでた記憶は無いのか。」

「いえ…そのお爺さんは何と言っていたのですか。」

「十年前、七、八歳くらいの女の子がいつもひとりでうちに遊びに来ていた、と。手習いや算盤を教えてあげたって。あかり、寺子屋や手習いに通った覚えが無いと言っていたが、出来るのはその爺さんのお陰なんじゃないのか。」

十年前…。

「「確かに。火事に遭って寺に避難したのに、町の奴らはあかりを知らなかった。村の子だったら辻褄が合う。」」

「でも、他の村の子だったのでは。」

「それが、その子だけ火事以来見かけなくなったらしい。歳も同じくらいだし。村は火事の被害がほとんどなくて、被災者は出なかった、と。」

「でも、いつもひとりだったと言う事はそのお爺さんも、私の親を知らないという事ですよね。」

「いや、火事の日その爺さんはその子の親を見てる。」

「え。」

「火事の前に、ふた親が倒れてると聞いて、その子を自分の家に置いて見に行った。そしたら息があって、爺さんに通行手形を出して、娘の安否を聞かれ説明してたら、家の裏手から火が上がって一瞬で燃え広がった、と…。」

「助からなかった…」

恭亮があかりの背中を撫でる。

「爺さんひとりで、大の大人ふたり運ぶのは無理だったらしい。家に帰ったら、女の子もいなくなっていた、と。」

「「で、その通行手形は。」」

「家族三人分あった。爺さんが大切に、その子が戻ってきた時のために取って置いていた。」

「「名前は。」」

「貫田(ぬきた)圭太、妻、冬乃。子、ハル。」

「ハル…。」

「職業は大工とあるが、爺さんの話ではわからない、と。」

「聞き覚えはありませんか。」

「…わかりません…申し訳ありません。」

「違うにしろ、そうであったにしろ、爺さんがこれを使えと言ってきた。ハルの通行手形を元に、新しく書き換えた物を作ってもらう。使わない手立てはない。」

名前は、ハル。両親は、火事で亡くなった…

「お墓は何処にあるのでしょう。」

「骨が残らなかったらしい。でも、これだけは、と通行手形と一緒にギリギリで渡された物を、祥庵の寺に供養に預けたらしい。」

「「…?何だ?」」

「ハルの臍の緒だ。」

「臍の緒。」

「「覚えてねぇなぁ。あの時はそんなのたくさんあったからなぁ…臍の緒なんてあったかなぁ…?」」

「大切にされてたんだろうな。」

実の親かどうかわからないけれど、その家族の話を聞いて涙が止まらない。あかりはその家族の分も生きようと決めた。

「「でだ、通行手形と行き先は決まった。問題はもうひとつある。」」

「安森本家ご当主だ、母さんも含まれる。俺達だけ逃げても意味がない。狐憑きを何とかしなければこの悪業は続く。それに、後に呪われたくないしな。」

「「呪われる対象者をお前達じゃなく、安森本家の人間に向けるんだ。それが最終目標だ。」」


呪い。狐がもたらす幸運、それに対しての呪い。呪いなのか…悪業に手を染めた人への仇なのか。
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