狐に幸運、人に仇

藤岡 志眞子

文字の大きさ
31 / 35

31 夕焼け

しおりを挟む
「冬馬、戻って来てもらえて切に嬉しい。雪冬の具合が悪くてな。しかし、力が強すぎる故、誰も診る事が出来ぬのだよ。」

「私の息子でもあり、黒の狐憑き。責任を持って面倒をみさせて頂きます。」

「心強い。雪冬は奥の屋敷に居る。」

「わかりました、」

「あと。最近東の国の、鳳右衛門のところだが、何か問題ばかり起きてるそうだが。」

「…清吉の事で御座いますか。」

「渋々置いてやっていたというのに、恩を仇で返しよって。恭亮らの面倒は誰が見るのだ。本家からは寄越せぬぞ。」

本家や他の分家の離れの世話は、安森十四家の遠い親戚か世に憚られる人物が担っている。しかし、安森の内情が複雑化するにつれ、人選が狭まってきていた。

「今は祥庵が面倒をみております。」

「祥庵?あぁ、前に本家に仕えておった生臭坊主か。まぁ良い。逃げた清吉が鳳右衛門の悪事をバラさなければ良いのだが。安森の名に傷が付く。」

何が傷だ。もう安森は死んでいるも同然ではないか。

「奥様も大儀なものです。探しているようですが、既に手遅れと聞いております。」

「爺であったから、話が回る前に死ぬだろう。さ、雪冬のところに行ってお上げ。」

「…はい。」




生まれてすぐに引き離された雪冬は立派な青年になっていた。雪冬という名は詠子様が付けたもの。私が付けた名前は、忘れてしまった。

「雪冬様、これからお世話をさせて頂きます、雪庵と申します。」

「よろしくお願いします。雪庵先生ですか、名前に雪があるのですね。親近感がありますね。」

親子だから。そうか、知らないのか…。

「今、具合が悪いところは御座いますか。」

「わたくしは、自然放出が苦手なのです。力が溜まると辛くてたまりません。」

嘘の狐憑きなのに、力?

「放出技法は習われましたか。」

「はい。しかし、溜まり過ぎてから放出技法を使うと…」

「…どうかされましたか。」

「いえ。放出技法を使うと、災いが起こるのです。」

馬鹿馬鹿しい。

「どういった災いか、お聴かせ願えませんか。」

「人が、死ぬのです。」

……。

「…ちなみに、どなたが亡くなられたのですか。」

「ひとりは、女中、ひとりは専属医師です…怖がらないでいただきたいのですが。決して雪庵先生に力が向かわないようにしますので。」

「大丈夫ですよ、怖くはありません。他には。」

「…前、ご当主、冬嘉様です。わたくしがまだ小さかったため、制御不能になり…この事は詠子様以外知りません。」

病で亡くなられたと聞いたが。

「どんな状況、状態で亡くなられたか、お聞かせ願えませんか。」

「…冬嘉様は、わたくしは覚えておりませんが。詠子様の話によると、身体が裂け、消えて無くなったと。恐ろしい話をして申し訳ありません。」

狐憑きの力を誇示するための作り話か。ならば、安森の人間が知っていておかしくないはず。

「他の者は。」

「同じです。」

「え。目の前で見られたのですか。」

「その、女中は私に悪戯をしてわたくしが激昂した拍子に。専属医師は、わたくしに暴力を…。」

「怒りを覚えた時に起こったのですね。」

「はい。なので、皆わたくしを怒らせないよう、腫れ物を触る様な感じで接してくるので、息苦しく窮屈なのです。」

それはそうだ。怒る度に殺されては敵わない。しかし、これは風鼠ではないのでは…狐憑きの黒。本当なのか。

「冬嘉様の時だけ、何で激昂したのかはわからないのですね。後は、皆目の前で亡くなられている。遠隔ではないのですね。」

「…わかりません。近くにいない人にも向いているかも知れません。なので、力が外にいかない様に冬嘉様の件以来、この部屋から出た事はありません。この部屋は四方を仏間で囲まれております。」

…本当なのか。過去、祥庵が招集会で雪冬に会った後寝込んだと聞いた。狐憑きが存在しないと知ってから、薬を盛られたとばかり思っていた。
もしかして。

「例えば、ですが…雪冬様がある特定の人物に、故意に力をぶつけるという事は可能でしょうか。」

「試した事はありませんが…出来ると思います。何故ですか。」

「雪冬様、今から話す内容は詠子様にも、誰にも口外なさらぬように。」

私は安森の内情、狐憑きに関する情報を伝えた。雪冬は最初冗談を、と聞いていたが、段々と表情が真剣になり、自身疑問に思っていた点と結び付いた様だった。

「では、わたくしは狐憑きではない、と。」

「そう思っておりましたが…雪冬様に関しては、先程の話が誠なら、狐憑きの黒で間違いないかと。」

「…やはり狐憑きですか。」

「私にとっては、万々歳です。」

「は。」

「雪冬様のそのお力、私のこれから話す作戦の終止符として使わせては頂けませんか。」

「…作戦?」

身分証を取りに来た口実が、まさかの安森破滅の要に出会ってしまった。それが実の息子でなければ、もっと喜べたのに。

診察と偽り、雪冬の元へ頻繁に通い作戦を練った。途中辞退すると言ったが、心を鬼にして説得し続けた。決行のその時ぎりぎりまで力を溜めるのも難儀した。毎夜高熱を出し踠き苦しみ、今にも自分に向けられそうで生きた心地がしなかった。

「ここまでして…世話をしてくれた詠子様を…何故。詠子様が居なくなって、そう、変わるのでしょうか。」

「はい。不幸な者達は確実にいなくなります。雪冬様も自由の身です。」

「ですが…わたくしは、間違いなく狐憑きです…そ、外の世界で暮らせますか。」

「大丈夫です、安心なさって下さい。」

「わたくしは…親の顔を…知りません。兄弟もいません…。」

「…ご両親は、生きてらっしゃいますよ。今も雪冬様の事を気に掛けてらっしゃいます。」

「ほ、本当ですか。どんなお方…ですか。」

「雪冬様のように立派で…(花江は立派だ。)しかし、安森に翻弄された人物です。なので、雪冬様の力でご両親も幸せにして差し上げませんか。」

「はい…終わったら…会えるでしょうか。」

「もちろん。この計画も知っておいでです。終わったら一緒に、暮らしたいと…。」

「それは、楽しみです…兄弟はいるのでしょうか。」

「はい、たくさん。大家族で…皆んなで暮らしましょう。」

雪冬の看病をしながら、安森の内部情報の収集をした。それをバレない様に手紙に書き、飛脚に託した。返事はもちろん来ないので、今どういう状況か全くわからなかったが、私が身分証を手に入れて帰る頃には、安森は全て終わっている筈だ。
始め言い伝えた期間より、だいぶ長く滞在している。不安になっているかもしれないが、最初の計画よりこちらの方が被害が少ない。
雪冬の、息子の命に関わるかもしれないが仕方がない。…そして、私も。
日に日に増える掌の赤褐色が、命の期限を刻々と告げていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...