灯の芳香

藤岡 志眞子

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一枚の紙

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恵里菜の手元にはB4サイズの白い紙。三つ折りの折れ目が付いているが、何度も手に取り薄れていた。
娘の真珠の幼稚園受験の際、塾で言われた言葉。(仕方なく)専門の医師に診てもらった。
落ち着きがない、話を聞かない、覚えていない、忘れやすい。塾のクラスでも目立っていたが子供なのだからと気にしないようにして、いた。

「橋川さん、真珠ちゃんは他の生徒より頭は良いですし、筆記試験や得意な分野・・・絵画などは才能に富んでいます。しかし、集団生活となると個人の行動が目立つというか・・・。」

幼稚園受験は難しい、という判断だった。だがこれまでどれだけの時間とお金を掛けたと思っているんだ。はい、そうですかと諦められず、希望でない幼稚園を含め五箇所受験した。
しかし、面談や集団試験で娘はひとり椅子に座っていられず、先生の話を遮り話始めたり歌を歌い始めたりとめっちゃくちゃだった。結果は惨敗。居るに居られず以前住んでいた高級住宅地の戸建てを売り、中流階級の半ばの住人ばかりの町に来た。
会社も遠くなるし、家も狭いしおしゃれじゃない。なのに夫は何食わぬ顔で以前と変わらない生活をしている。
なぜなんだ、悔しくないのか。

「ママ、このおくつかわいいなぁ。」

「そうね。でもこの前新しいお靴買ったばかりでしょ?」

「かわいいなぁ、ねぇ、しんじゅこれはきたいなぁ。」

「そんなにお靴あってもいらないでしょ?」

「おくつほしい、ほしい!」

始まった。欲しい物がるとテコでも動かない。子供の駄々だと最初はいろいろ方法を変えてなだめてもみた。だが、言えば言うほど声量は上がり、暴れだし手に負えなくなる。だんだんと周りの目も気になるし、私も自分の子供なのにどうしたらいいかわからず泣きたくなる。

「わかった、わかったわよ。買ってあげるから良い子にできる?」

逃げてしまう。
良くないのはわかっている。だけど私がもたない。夫に相談しても私が甘やかすからだと逆に嫌味を言われてしまう。義両親にも育て方について言われ続け、仕事が忙しいからとここ二年は帰っていない。
手元の紙を見る。何十回も見た文字列。親に相談すべきだろうか・・・。

(橋川 真珠   血統的・遺伝子的要素による行動・思考としての診断が有力とされます。遺伝子検査の結果からの対処、治療をお勧めします。もしそのような要素がない場合、脳神経内科、心療内科での精密検査、治療プログラムへの移行、継続的通院・・・)

夫の橋川家には相談できない。言いがかりだと詰られるだけ。では、私の(家)は?まず私の家から調べるべきか。
恵里菜は久しぶりに実家へ出向くことにした。

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