灯の芳香

藤岡 志眞子

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兄妹

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安森 蒼汰(そうた)、有紗夫妻には小学二年生の長男葉助(ようすけ)と柑奈がいる、ごく(一般的な)家庭である。蒼汰は会社員で実家は北の田舎で、有紗は隣りの県の出身である。蒼汰の実家に帰るのはお盆か暮れであったが冬場の帰省となると家族四人分の荷物は多く、距離はあるためなかなかのものである。
収入も家も家族もとりわけ特別なことはなく、自慢にできることもないが大きな悩みもなかった。家族みんな健康で毎日平凡に穏やかに過ごせていることが何より幸せに感じていた。
しかし、葉助が小学校入学した頃、蒼汰の兄、安森 緑太郎(ろくたろう)が倒れた。実家を継ぐ長男であったためこのまま事態が思わしくない場合、次男である蒼汰が跡を継ぐ、と義母に電話口で伝えられた。
今の生活を手放し北で新たな生活が始まるのだろうか、とぼんやり考えること半年。蒼汰の妹、安森 朱音が家に戻ったと連絡が入った。
兄を思って心配して駆けつけたのだろうと思いきや、実家の仕事を任せてほしい、もっと市場規模を広くして売り上げを伸ばすから後悔させないからと突拍子のないことを提案してきたそうだ。
その話を聞いて蒼汰は任せてみたらいいんだ、と無責任な感じで言っていたが、当の実家はてんやわんや。女のお前に継げるか、などと義父が怒り、それに対し朱音が今時古い見解だ、ジェンダーがどうたらかぁたらと毎日のように言い争っているらしい。
緑太郎の体調も耳に入らないし、蒼汰の跡継ぎ問題もどこかへいっているような状態。話が出て一年経ったが未だ決定的な連絡はない。柑奈も幼稚園に入園したし今まで通りの生活が送れそう・・・と思った矢先。

「もしもし?有紗さん?お久しぶりね。・・・その、緑太郎と朱音のことだけれど。」

義母からの電話は不安を感じさせる声色で、その先何を言われてもマイナスなことだろうと予想はついた。

「緑太郎がね、蒼汰が協力してくれるんだったら朱音に任せていいって言うのよ。お父さんもね蒼汰が良いならかまわないって。」



かまわないって・・・。



「それは、蒼汰さんがそちらにいって朱音さんと一緒にご実家のお仕事をなさるってことですか?」

「そうね。でも急にとは言わないのよ?今の仕事もあるだろうし、葉助たちのことだってあるでしょ?」



私のことは。


「・・・そうですね。蒼汰さんはこの話は知っているんですか?」

「いや、まだ話してないんだけど。有紗さんから話してもらえないかしら?」


出た。


「私から話していいんでしょうか。」

「有紗さんから話してもらったほうがスムーズにいくと思うの。ほら、この子達、仲悪いから・・・。」

仲の悪い兄妹が協力して仕事ができるのだろうか。頼むなら朱音さんから直接お願いするものなのでは?

「・・・わかりました。今晩帰ってきたら話してみます。」

「ありがとう、助かるわ。・・・それで、次はいつふたり連れて帰ってくるのかしら?お父さんも会いたがっているのよ。ランドセルの写真、ずっと見てるのよ。」

ランドセル。勝手に送ってきて葉助が気に入って買ったランドセルは返品したっけ。

「葉助もスイミングクラブに入って夏休みはずっと通わなければいけないので。」

「そんなの一週間くらい休んだところで問題ないでしょ?こっちにだってプールはあるし。ね、柑奈も一緒にプール入りたいでしょうし連れて帰ってらっしゃい。」

「その話はまた。朱音さんの話、伝えておきますね。」

「頼むわね。」


はぁ。

久しぶりの重いため息がリビングに響いた。
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