街コン!〜十日之菊〜

SHIZU

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槿花一朝の夢

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俺は大学を卒業して、先輩の工房で働き始めた。
いいようにこき使われている。
今年の夏は暑いな。
先輩の誕生日のお祝いに、先輩の好きな写真家さんの個展のチケットを渡した。
「え!マジ?すごい嬉しい…」
予想通りの反応。
「出来る後輩だろ」
「本当に!…2枚?」
「友達と行きなよ!1人で2回でもいいし?」
「あんた神!?」
「おう。今頃気付いたのか?」
「せっかくなら、これ一緒に行こうよ?」
「え?」
「見たことある?町田隆平まちだりゅうへいの写真」
「いや、ほとんどない」
「じゃあ行こう!なんとも言えない魅力があるよ」
「へー」
次の日曜日。
体験の予約もなかったから、臨時休業にして個展に行った。

「おー。すごいな!」
「でしょ?心が洗われる気もするし、刺激的な中にも癒しもあって、しかも飽きない。すごくない?」
「語りすぎじゃない?」
「こんなもんじゃ足りないよ!」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
後ろから声がして俺たちは振り向いた。
「え?え?えー!本物の町田さんだよ!」
と先輩は俺の肩をパタパタと叩いて言った。
「そうみたいだね」
「すごい!すごいよ、蒼!」
町田さんはそのやりとりを、微笑みながら見ていた。
「あの…先輩があなたのファンなんです。さっき買った写真集に、サインいただけませんか?」
「いいよ!その代わり、僕のお願いも聞いてもらえますか?」
「はい!なんでも!」
「今度、写真を撮らせていただけませんか?」
「え?私を?」
「はい。ダメですか?」
「とんでもない!100枚でも200枚でも!いくらでもどうぞ!」
「はは!いくらでもかー。じゃあ、連絡先を教えてくれますか?」
「はい!」
2人の世界になってしまっている。
まあいいか。
先輩楽しそうだし。
先輩が幸せならそれでいい。


なんだか最近、先輩の様子がおかしい。
彼氏でも出来たか?
んー。気になるけど直接聞くのは…
カラン。
お店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ。あっ」
「こんにちは」
「こんにちは!今日はどうして?」
「優子ちゃんを迎えに…」
優子ちゃん?
「あ!お疲れ様。隆平さん」
隆平さん?
「お店もうすぐだから待ってて!」
なるほど。そういうことな。
「先輩。あとは俺がやるんで、デート行ってください」
「え?でもそれは悪いよ…」
「いいですよ。あともうちょっとだし」
「蒼。あんた本当に出来た子ね…」
「そうでしょ?さあ!ほら!」
と俺は先輩に鞄を渡して言った。
「うん。ありがとう」
夜の街に消えていく、2人の姿を見ていた。
時間があれば、町田さんは工房を訪れた。
写真、陶芸、ガラス工芸、ジャンルは違うけど、3人でアートについて語るのは刺激的だった。


1年くらい経ったある日。
先輩に呼ばれて喫茶店に行くと、隣には町田さんがいた。
先輩は言った。
「私たち、結婚するの。式に出てくれる?」
ついに来たか、この日が。
大事な親友を傷付けて失って、そうまでして貫いた、俺の初恋がやっと終わる。


式の少し前、亮からメールが来たと言っていた。
日本で小さな個展をするから、何日か早く行って式に出るって。
久しぶりだな。あいつと会うの。

当日、受付にいた俺の前に、懐かしい顔が現れた。
「亮。久しぶり」
「久しぶり。これ、ご祝儀とプレゼント」
封筒とA4サイズくらいの、たぶん絵だろうな。
「うん。預かる」
「蒼。おめでとう!良かったな…」
と亮は言った。
???
「そんなもん、本人に言ってやれよ」
「え?だって本人…」
「は?」
「え?」
「お前、誰の結婚式だと思って来たの?」
「優子先輩と蒼」
「…先輩、お前になんて言ったの?」
結婚するから!式に来れる?って」
「誰とって言わなかったのか?」
「うん。だからてっきりお前だと思って…あっ。絵返して。それじゃ渡せないわ」
「だろうね」
「どうりで。こんな時間に新郎が受付に居るから、おかしいなとは思ったんだよ」
「あの人、そーゆうところあるよな。そそっかしいというか、天然というか。まあいいけど」
「確かに。昔からそうだったな。しっかり者に見えるけど、意外と天然なとこある」
「マジで。今も時々困らされてるよ。そういや亮!個展とかすごいじゃん?まだ学生だろ?」
「こっちで、俺の作品気に入ってくれた人がいて、その人がやってみないかって言ってくれたから…あ、これ」
個展のチケットを渡された。
「ありがとう。明後日から3日間かー。2日目休みだから行くよ」
「うん。待ってる」
「んで、最近どうなの?」
「どうって?学校はまあまあ充実してるよ」
「そっか。恋人は?出来た?」
「恋人は今はいない。でも……好きな人はいる」
「そっか。良かったじゃん!恋も勉強も充実してて」
「蒼は?今、誰かいるの?」
「俺も居ない。仕事忙しくてな。今はそれどころじゃないな。あの人すげーこき使うんだよ」
と言ったら、亮は笑っていた。
普通に話せた。
それが嬉しかった。


亮の個展を見に行った。
喜怒哀楽がテーマらしい。
俺は昔を思い出しながら、中を見ていた。
思い返しても、なかなかヘビーな学生時代だったな。
ある絵の前で、俺は足を止めた。
「この眼…俺か?」
喜怒哀楽のどれとも言えない、ただこっち側を見つめる眼。
「来てくれてありがとう」
後ろから声がした。
「亮。この眼」
「うん。わかった?お前だよ」
「…そっか。亮には俺はこう見えてたんだな」
「今日、休みなんだよね?このあと時間ある?あと2時間くらいで終わるから、久しぶりに飯行かないか?」
「いいね。もうちょい見たいから、終わったら向かいのカフェで待ってるよ」
「うん」


「何食べたい?日本食、久しぶりじゃない?」
「そうだなー。美味いラーメンとか行きたいけど、それじゃゆっくり飲みながら話せないしなー」
「じゃあラーメン食べたあとうちで飲む?近所にちょうど美味いラーメン屋さんあるし」
俺たちはラーメンを食べたあと、スーパーで酒を買って俺の家で飲んでいた。
「かんぱーい」
2人で乾杯した。
酒も進んで、俺たちはたくさんの話をした。
向こうでの生活のこと、俺の仕事のこと。
優子先輩たちのこと。
親友のように、たくさんの話を。
「亮。個展、本当におめでとう」
「ありがとう」
「ふふ。先輩も結婚したし、めでたいことばっかだなー」
俺は少し酔っ払ってきていた。
そりゃ飲まなきゃやってらんないよな。
初恋の人の結婚式には出るわ、元彼と再会するわなんて。
なんも考えずに家で飲めば?なんて誘ってみたものの、かなり気まずいし…
酒を飲む勢いがどんどん加速する。
「蒼。でもどうして相手、お前じゃないの?」
その亮の言葉の本当の意味が、わからないくらいにまでに酔っ払っていた。
「どうしてって…色々あんだろぉー?どうにもならないことが、世の中には腐るほどなー」
「いいの?」
「仕方ないよー。俺にはずっと、可愛くてー出来る後輩のポジションしか、空きがないんだー。そんなの、あの人を好きになった時から、ずっとわかってたからなー」
「そうか…」
「だから俺は当分は仕事を頑張るよ!りょうは?恋人は居ないって言ってたけど、好きな人はいるんだろ?いいなー!」
「まあな」
「ドイツの人?」
「いや、日本人」
「告白はー?」
「相手、俺のこと、なんとも思ってないのわかってるから、今はまだしないかな」
「そうなのー?男?女?」
「…男」
「そっかぁ。ドイツの人?って、これさっき聞いたなー!ははっ!」
「お前だいぶきてるな…」
「まだ大丈夫ぅ!あっ。氷ないから入れてくりゅ」
「ろれつ回ってないじゃん…俺が行くよ」
「だいじょぶ!そっからそこだぞー」
立ち上がった俺は、ふらっと倒れかけた。
亮はそんな俺を支えてくれた。
「ほら…」
「ありがと。じゃあこおり…」
亮は、氷を取りに行こうとした俺の腕を引き寄せて、強く抱きしめる。
「りょお?」
亮は俺をソファに押し倒して、キスをしようとして、間際で顔を逸らした。
「りょう?」
「ごめん。蒼」
「りょう。なんで謝るのぉ?こっち、見て?」
亮がゆっくりと視線を合わせる。
6秒も必要ないのはわかってる。
亮は俺に口づけた。
亮が自分のシャツを脱ぎ始める。
良いのかな。こんなことして。
「先にしゃわーあびてて。準備したら俺もいくから…」
2人でシャワーを浴びて、そのままベッドにもつれ込む。
「なぁ?こんなことしていいの?好きな人いるのにぃ」
「どうかな」
「その人の代わりに、俺とこんなことしてんのぉ?」
「だとしたら、どうすんの?」
「どうもしないよ。代わりでもいいよぉ。亮が良いなら」
「じゃあ、もう黙って」
そう言って、キスで口を塞いだ。
酒に酔ってこんなことするなんて、軽いやつだと思われたかなー。今更か。
「あっ…りょう…もう、ダメ…奥、きもちいよぉ…」
「お前、ほんと酔ってんな。しかも…相変わらず、眼も声もエロ過ぎんだよ…」
「ばか…」
俺たちは同時にベッドに突っ伏した。

「…どう?俺はその人の代わりになれたぁ?」
「蒼。それ本気で言ってんの?」
「やっぱだめかぁ。酒に酔った勢いで抱いた元彼じゃ、好きな人の代わりにはなんないよなぁ」
「お前、本当ずるいな…」
「何で?そりゃお前もだろぉ」
「そうだな…」
「そういえば、俺たちが別れたクリスマスの日、お前のスマホから流れてた曲、なんていうやつー?」
「ん?あぁ、signって男4人のバンド。曲名なんつったかな…なんとなくラジオから流れて来て、耳に残ったからダウンロードしたやつ」
「ふーん。歌詞はふつーだけど、女目線の話を、男の声で歌ってたから、ちょっとあれってなって気になってたぁ。あースッキリしたー!りょう。明日、朝早い?」
「いや、夜ちょっとした食事会あるから、昼からでいいって言われた」
「じゃあ…もうちょっといけるな。そのまま泊まってってもいいから…」
「え?いけるって何…?えっ?泊まっ…?」
「さけー!もうちょっと付き合ってくれてもいいだろぉ?久しぶりなんだし。それとも…違う事、想像した?今、したとこなのにぃ。やらしぃ!」
「お前がややこしい言い方するから…」
慌てている亮の耳元で囁いた。
「いいよ?りょうの気が済むまで、すきにしてー…なんてね!まぁ俺はそれより飲むぞ!」
「あぁ」
俺たちは夜中まで飲んでいた。

朝、亮を起こす。
「亮。起きな」
「おはよう」
「おはよ。朝ご飯作るから食べて行きなよ。だから先にシャワー浴びてきたら?」
「うん。ありがとう」
朝ご飯を食べながら聞いた。
「いつ帰るの?」
「明後日」
「そっかー。仕事だから見送り行けないわー。ごめんな」
「大丈夫。個展を手伝ってくれた人も一緒だから」
「そっか。気をつけて帰れよ?あと少しは俺にもメールしろ?先輩にばっかして、2年間1通もないなんて、流石に酷いじゃん」
「そうだな。でも、それは蒼もだろ。お前からだって1通も来なかったよ?」
「確かに。あっ。俺、今日もう仕事行くから、鍵閉めたらポストに入れといて?」
「うん。わかった」
「じゃあ本当気を付けて。またな!」
「ありがとう」
良かった。少しは普通に出来てたよな。
昨日のことは、酔った勢い。
ただそれだけ。
それだけだよ。


それから亮からは、月に1度くらいはメールが来るようになった。
あれから1年くらい経ったある日、信じられないことが起きた。
「先輩ー。今日から隆平さん、海外?」
「そー。なんか遺跡撮るってー」
「先輩のとこはお子さんとか考えてないんですか?」
「まあねー。欲しいけどねー。仕事もやっと軌道にのったとこだし、もうちょっと先かなー」
「そんな事言ってたら、あっという間におばさんになっちゃうぞ」
「ひどいこと言うねー」
その時、先輩のスマホが鳴る。
「はい。町田です……えっ…隆平さんが?」
隆平さんの訃報を知らせる電話だった。
隆平さんの乗った飛行機は、エンジンのトラブルにより墜落し、添乗員と乗客合わせて200人以上が亡くなった。
その日から先輩は、食事も取らなくなり、店にいてもずっと心はどこかに行ったまま。
それでも、店にいてくれる方が、俺は安心した。
突然、ふっといなくなってしまうそんな気がして、目の届かないとこにいるのが不安だった。
最悪の場合、先輩も後を追って…
「先輩!今日は地域のお年寄りの陶芸体験入ってるんですよー。手伝ってくださいー」
「買い出ししてくるんで、店、お願いしますね?」
「俺、今金継ぎの勉強してるんですよー!これ、かっこよくないですか?」
反応はほとんどない。
俺の声が届くことは、もう無いんだろうか…


なんとか仕事はしてくれて、半年、1年と時間が経って、ある日先輩が呟いた。
「隆平さんがね。まだ帰ってこないの…」
「先輩…隆平さんはもう…」
「知ってる。もう会えないの。お葬式の日に気付いたの。私の写真はいっぱいあるのに、あの人の写真は1枚も無かった。遺影の写真だって、私と出逢うずっと前の写真でね。あの人いつも言ってた。僕は撮る方が好きだからって。最近ふと思うの。あの人どんな顔してたっけって」
「でも、ほら!結婚式の写真があるじゃないですか?」
「そうだよね。でもそれだけしかない。あんな写真1枚じゃ。どんな顔で笑って、どんな顔で怒って、どんな顔で泣いて、どんな顔で眠ってたのか、忘れていきそうで、それが怖いの…」

俺はその日、亮にメールを送った。
先輩が言ってたことを相談した。
俺はどうしたらいい?
隆平さんが亡くなってから、先輩は泣いてないんだ。
俺に出来ることはまだあるかな。
見守ること以外にまだ何か。

何週間かして、亮から何かが届いた。
開けてみる。そこには隆平さんの笑顔があった。
亮の記憶で描いた絵だ。
すごいな。1度しか会ってないのに…
手紙が添えられている。

"俺が覚えている町田さんは、結婚式で会った時のたった数時間だけど、そのどれもが先輩を見つめる、素敵な笑顔でした。
大事な人を忘れていくのはとても悲しいけど、それは自然なことだと思う。
忘れられない方がもっと辛いと思うから。
町田さんが先輩を撮りたいと思ったのは、あなたの笑顔が好きだったから。
そして、隣にいる誰かさんも、あなたの笑顔が好きなんですよ。
そして遠い国から先輩に、エールを送ることしかできない俺もです。
無理に笑って、とは言えません。
でも彼は、天国からきっと見守りながら、先輩のこと写真に撮ってるかも。
そのアルバムを、いつか見せてもらう時、中に写ってる先輩が笑顔なら、俺は嬉しいです。"

先輩は、隆平さんが亡くなって、初めて泣いた。
「俺が先輩のお守りになります。悲しくなったら一緒に泣くし、楽しい時は一緒に笑うし、腹の立つ時は一緒に酒飲んで、いっぱい愚痴も聞きますから!俺が辛くて死にそうな時、先輩と亮がそうしてくれたように、今度は俺がそうやって…先輩がおばさんを通り越して、おばあちゃんになって、笑顔で隆平さんのところに行けるように、それまで俺がお守りになりますからっ…」
お守りなんて御利益があるかどうかわからない。
持ってる人の気持ちの問題なんだ。
でも、お守りがあるから大丈夫って、そう思ってくれたら、それが俺の先輩への恩返しになる気がした。
「ありがとう」
先輩は一言、ぎこちない笑顔でそう言った。










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