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十日之菊
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シーサーの絵付けに2人が来た。
俺は陶芸の生徒さんに教えなきゃだったから、絵付けは優子先輩に任せた。
ふと先輩の方を見ると、珍しく聡と先輩が話している。
その日は、仕事終わりに、新と聡と優子先輩と俺で、飲みに行くことになった。
それからちょこちょこ、みんなで飲みに行ったりすることが増えていた。
優子先輩、笑顔増えたな…
ハロウィンが終わり、クリスマスのディスプレイが増えてきた土曜日。
今日は棚卸しで、店は休みだった。
作業は昼までに終わり、俺は1人で酒を飲みながら、映画を見ている。
明日は元々休みだし、余計なことは考えず飲み続けるつもりだった。
だけどあの日、俺を見て微笑んだ聡の顔が、頭から離れない。
体と心は別なんて、人には言っておきながら、うっかり心まで奪われたのか?
あんなことするんじゃなかった。
ほっとけば良かったのに。
俺はただ彼を、救いたかった。
そんな大袈裟なもんでもないか。
彼の心の隙間を、ほんの少し埋められれば良かっただけだ。
新を忘れるための道具で良かった。
それで良かったのに…
「拗らせてんのは俺かよ…」
飲みかけだった、ウイスキーのボトルが空になる。
俺は台所の収納スペースから新しいボトルを出した。
そんな時インターホンが鳴った。
「はい」
「俺ですー!聡です」
「え?」
俺は鍵を開けて、彼を招き入れた。
「どうも!これ酒です!つまみもあります」
「何しに来た?てかお前酔ってる?」
「店も教室も、今日休みだって言ってたから、絶対昼から飲んでると思って…飲むなら誘ってよ?俺も1人で飲んでたし」
「何で来た?」
「歩いて来ました。俺も蒼みたいに、クロスバイク買おうかな…」
「乗るなら飲むなよってそうじゃなくて…どうして来たのかって聞いてるんだよ」
「新は今日、総司と翼と出かけてるんで、ちょうど良いなって」
「ちょうどいいって何?総司と翼と出かけてる?何でそんなことに…って翼って誰だ?また喧嘩でもしたのか?」
「ちょっと蒼。いっぺんに聞きすぎ…翼は2回目の街コンで新に出会って、口説いてた美容師。2人とも新に告白して、振られて、総司がたまたまバーでヤケ酒してたら、面識のあった翼が入って来て、なんだかんだで意気投合して、結局2人は付き合い始めた的な?」
「は!?まあそれは良いとして、何でそこに新が一緒で、お前は一緒じゃないわけ?そんなとこに1人で行かせていいのか?」
「大丈夫だろ。普通に友達になったし。もしかして、今頃3Pとかしてたりして?」
「いやいや。笑えないわ。お前それで平気なの?」
「まあそれは冗談だけど、たとえ何があっても…心はここにあるってわかったから…」
と自分の胸を、トントンと人差し指で叩いて言った。
「ふーん。まあお前が良いなら良いよ。んで?上手くいってんの?」
「まあ、それなりに」
「なんか、スッキリしない返事だな…」
聡が持って来たつまみを皿に移し、テーブルに置くと、俺は彼の横に腰掛けた。
「俺たち…付き合い始めたというか、お互いの気持ちを自覚してから、何もしてないんだ。ほぼ毎日会ったり、週末お互いの家に泊まったりするのに。これって変?」
「キスも?」
「キスも。それどころか手を繋いだりすら、してない」
「何で?」
「長く友達だったから、新はどうしていいかわからないんじゃないかな。俺はずっと友達以上に思ってたけど、あいつは違うし。でもそういうことしてもしなくても、新のことは好きだし…なぁどうしたらいい?」
そんなもん知るかよ…
亮も同じようなこと言ってたか…
「わからないなら、話し合えよ。自分はこう思うけど、お前はどうかって。それで上手くいかないなら、それまでだろ…それか適当にムード作って、その後は流れだ、流れ!」
「そうだよな…」
「話はそれだけ?」
「いや、ただ一緒に飲みたいなって思って来たから、特に何か話しがってわけでもなかったんだけど…」
「ふーん。そうなの?俺は最初に聡の顔見た時、てっきりしに来たんだと思ったんだけどな」
「え?」
「欲求不満?だからそんな話したのかなって。それで俺の所に来たんじゃないのかなって」
俺がそう言って俯く聡の目を覗き込むと、彼は俺の首に手を添えてキスをした。
「んっ…何してんの?」
「そうだよ。蒼としたくて来た。悪いか?」
「何開き直ってんだよ。冗談だよ…もうお前には新がいるだろ?」
「それとこれとは別。蒼がそう言ったんだろ?もっと知りたくなったんだ。蒼のこと」
そう言ってTシャツを脱いで、ソファに押し倒した俺の上に跨り、キスをしながら、俺のシャツのボタンを外す。
「ちょっと、聡…お前酔っ払い過ぎ……冗談もほどほどに…」
「抵抗しても無駄。俺、今日は蒼の本気、全部見るまで帰らないから…」
と言ってまたキスをする。
そのまま彼は、俺のズボンのチャックを外し、中に右手を入れて来た。
「あっ…ちょっと…」
聡は俺の首元に顔を近付けて、
「蒼、良い匂いする。シャワー浴びた?」
と聞いてくる。
心臓がどくどく言ってる。
「…汗かいたから、帰ってきて浴びた…何で…?」
「俺も浴びて来たから、このまま続けていい?」
なんだそれ。もうその気満々じゃん。
そう思ったのに、体は正直で、俺は小さく頷いていた。
心のどこかで、そうなることを望んでたのかな。
「舐めるよ?」
と言って舐め始める。
「あっ…ん…じゃあ、聡のも……こっち向けて…」
しばらくして俺は言った。
「下んなって…仰向きで」
「うん…」
俺は聡のそれに、自分のを擦り合わせた。
「あっ…蒼…ヤバい。それ」
「気持ち良いだろ?俺も気持ちいい……いくとき言って。一緒にいけるから…」
終わったあと、
「はぁ…すごいな」
と聡は言った。
「満足したか?なら…」
「まだ!だって、これまだ5割くらいだろ?」
「聡、何言ってるか、わかってんの?」
「わかってる。全部見るまで、帰らないって言っただろ?」
「本気で落ちたらどうする?」
俺が……と心で呟く。
「やってみて?」
と聡は笑って言いやがった。
そうまで言うなら…
「…こっち来て」
俺は聡の手を引いて行った。
トイレに座らせ、ウォシュレットを指差し、
「これ使って、中洗うんだよ…」
「それって……」
「怖気付いた?嫌なら帰るか?」
「いや、そうじゃなくて。蒼がそっち側だと思わなかったから、ちょっとびっくりしただけ…」
「俺はリバ…まぁ専門用語はどうでもいいか。要はどっちもアリってことだよ。相手による。本気見るなら、どっちも経験しないとな?覚悟しろ。今日は帰れないかもよ?」
「わかった…」
いや、わかるなよ。
「…終わった?とりあえず、先に中入ってて…」
俺も準備して風呂場に入る。
「こっからどうすんの?」
俺はローションを手につけて、彼の耳元で囁いた。
「どうすると思う?」
「わかんない。やったことないし…」
「まずはマッサージしながら、指で広げるんだよ。ほら、力抜いて…」
「うっ、ん…」
「痛いか?」
「大丈夫。ちょっと違和感ある」
「うん。最初はちょっとね。それから1本ずつ指を増やしてさ。俺のが入るくらいまで、時間をかけて広げていくんだ…ほらもう2本入ってるよ。痛くない?」
「うん…」
俺は聡の体を優しく撫でたり、キスをしたりして進めていく。
「リラックスして。想像して。俺のが聡の中に入っていくの…しんどかったら言いな?」
「んん…大丈夫」
「…ほら3本入ったよ…」
「もう…入る?蒼のやつ」
「どうかな?そんなに欲しいの?」
「う、ん…」
「じゃあゆっくり挿れるからな…」
俺はゴムをつける。
ローションをたっぷり塗ったあと、ゆっくりと聡の中に挿れていく。
「なんか、変な感じだな」
「痛くないか?」
「ん。大丈夫。なんか奥…あっ」
「もし、出来そうなら、自分の気持ちいいとこ、探してみな」
しばらくゆっくりと動かしていると、馴染んできた。
俺は少しだけ激しく動かした。
「あっ…はぁ…んん」
「痛くない?」
「うん、大丈夫…当たってる…なんかすごい…」
聡がいくのを見届けたあと、俺も彼の中でいった。
「次、交代?」
「うん」
「指でやる?」
「俺は大丈夫」
そういうと俺は、彼のを触りながらキスをした。
「もういいの?挿れても」
俺は彼の眼を見て言う。
「いいよ…早くちょうだい」
「ヤバ。何それ。エロすぎ…」
と言って、聡は自分のを、俺の中に優しく挿れた。
「あ…ん……さ、とし…わかる?奥当たってるの…」
「うん。蒼の中、すご……気持ちいい…」
「もっと激しくして?」
「いいの?いくよ」
しばらくすると聡は俺の中でいった。
バスルームを出ると体を拭いて、下着を履こうとした俺を、彼は後ろから抱きしめた。
「何?」
「もう1回」
「はあ?」
「どのやり方も気持ちいいよな。蒼は何が好き?」
「どれでもいいよ。好きなようにしてくれ…」
「じゃあ、フルコースで」
「マジかよ…」
「マジだよ。でも、まずはこうする…」
と言うと激しめにキスをした。
「好きだろ?」
「お前、だいぶ酔ってんな。まだ酒臭い…どんだけ飲んできた?」
「さあ?わかんないくらい」
と言ってキスを続ける。
酒強いくせに、こいつも酔うとタチが悪いな。
人のことは言えないか…
ふと俺の顔を見て、彼は言った。
「この間も思ったけど、俺、蒼の眼…好きだけどやだ…」
「何それ?」
「なんか、蒼の眼見てると、自分が自分じゃなくなる気がする」
「え?あぁ…」
俺は同じことを言った亮を、思い出して一瞬笑った。
「何で笑った?」
「さっきから、聡が言ってること、昔、同じことを言った人がいたから…」
「へぇ。なんか妬ける」
「どの口で言ってんの?新がいるくせに…」
「この口…」
と聡はまた俺にキスをする。
「ばか…」
俺たちはそのあと、ずっとベッドの上にいた。
気が付けば、もう夜だった。
やっと落ち着いたと思った矢先、彼が聞いた。
「蒼は何人くらいと付き合った?経験人数は?」
「…何で急に?」
「雑談?なんか定期的に検査してるって言ってたから、そんなに遊んでんのかと思って…」
「んー。そういうわけじゃないけど…それがイコールじゃない時はどうしたら良い?」
「…じゃあ付き合ったのは?」
「付き合おうってどっちかが言って、付き合ったのは3人」
「じゃあ経験人数は?」
どう答えるべきか俺は迷った。
「それは…俺の意思とは反して…関係を持った人も、数に入れる?」
「え?」
「だとしたら、15人くらい?」
「ちょっと待って…どういう意味?」
「……ラジオつけていい?」
とオーディオに手を伸ばし、ソファに腰掛けると、うっすらと残っていたウイスキーを、一気に飲み干す。
ラジオでは、交通情報と明日の天気予報が流れていた。
「中3と高1の時、同級生の女の子に好きって言われて付き合った。子供だったし、そん時はキスくらいしかしてない。初体験は高2のとき、偶然知り合った女子大生で、1夜限りだったから付き合ってはない」
「へー」
「大学入ってすぐ、優子先輩に会って、初めて本気で人を好きになった。初恋ってやつ?でも当時、先輩には彼氏がいて、俺はあっけなく失恋」
俺はまたグラスに酒を注いで、それを一気に飲むと本題に触れた。
俺は新歓のしばらく後、明石に薬を盛られて、眠らされた時の話をした。
聡の顔色が変わる。
彼は俺が貸したスウェットを履くと、隣に座った。
「その時、明石は俺が寝ている間に、まあ、あれやこれやと俺の体を弄んでたんだ。しかもそれをスマホに撮ってた。本がなければ単位が取れない。言うこと聞かなきゃ動画をばら撒く。そう脅されて、俺は1か月、あいつに犯され続けた…」
こんな話したら、酔いも覚めるだろ。
まだ序の口だけどな。
俺は聡に、明石の家を飛び出した帰りに、優子先輩と亮に偶然会って、2人に何があったか聞かれて、全部ぶちまけたことも話した。
「その時に、亮が俺を好きなことを知ったんだ。しかも出会った頃から。でもずっと言えなかったって。お前にならわかるんじゃない?そん時の亮の気持ち…」
聡は小さく頷いた。
話を聞いた先輩と亮が、他にもいた被害者を探してくれて、明石は大学を辞めたけど、他の人には知られたくなくて、示談に応じたことなんかも話した。
「先輩も亮もずっと俺を心配して、気遣ってくれて、俺はそのおかげで少しずつ前に進めた。亮の20歳の誕生日、俺から付き合ってみないかって言ったんだ。あんなことがあった後じゃ、亮から俺に触れるなんて絶対出来ないと思ったから。それが3人目。恩返し…になるかわからないけど、俺は支えてくれた亮に、何か返したいと思った」
「うん…」
「亮はパブロフの犬みたいに、俺と眼が合うだけで、体が反応するんだって。面白いだろ?しばらく俺たちは平和で穏やかな日々を過ごしていた。でも3年のある日、明石がまた俺の前に現れた。仲間を引き連れて、俺と亮を拉致した。そしてみんなで亮の前で俺を犯し続けた。俺が自分のものだって、亮にわからせないと、とか言ってたな。亮が機転をきかせて、優子先輩に連絡をとってくれてたから、そっから警察に話がいって、2時間くらいして、俺たちはやっと解放された…」
「みんなって…」
「俺を最初に襲った時に、仲のいい友達に自慢したらしい。やっと手に入れたって。そっから隠して撮った、何やかんやしてる動画を送りつけて、自慢してたんだってさ。そいつらもそれ観ながら抜いたりしてたらしいよ。ありえないだろ?その友達3人と一緒に、入れ替わり立ち替わりやりたい放題よ…」
「酷すぎる」
「だよな…」
グラスに酒を注ごうとしたら、聡がボトルを奪って代わりに入れてくれた。
「ありがとう。…その出来事から、俺は定期的に検査を受けてる。誰かと交わったりしなくても、なんか怖いんだ。何か自分が汚いんじゃないかって思ってしまう。トラウマってやつ?そのあとも俺たちは、付き合いを続けてた。俺を襲った明石たちを、体から、心から、記憶から消してくれって頼んだ。亮が激しくすればするほど、俺はその間少し楽になれた気がした。でも間違いだった」
俺はクリスマスイブの夜の話をする。
「翌日帰ると、亮はいつもと違ってた。先輩と何かあったと勘繰って、蒼は俺だけのものだ、誰にも渡さないって俺のことを激しく求め続けた。その時気付いたんだ。あいつが俺から追い出そうとしてたのは、明石たちじゃなくて、優子先輩だったって」
「……」
黙ったままの聡をよそに、俺は淡々と語り続ける。
「俺の気持ちに気付いてたんだよ。んで、俺が無意識に呟いた、ごめんの言葉で正気に戻って、俺がどうかしてたって謝った。俺はあいつを不安にさせた事を謝った。それで仲直りできると思った。でもそのあと、あいつの口から出たのは、好きな人を見つめながら言う愛の言葉じゃなくて、泣きながら搾り出した別れの言葉だった。蒼といると自分が自分じゃなくなるって…」
「え?」
「あいつは俺と眼があったから、条件反射で体が反応したんだと思ってた。でも目の前で犯されてる恋人を見て興奮したのかもって考えてしまったんだって。それからずっと罪悪感を持ってた。それに、俺は亮を傷付けて欲しくなくて、あいつらの言いなりになった。自分が守ると誓った俺に、1番最悪な方法で守ってもらったことが、自分には耐えられないって」
「確かに苦しいな。それは…」
「しかもあの日、逃げる前に明石が言ったらしい。蒼はノンケだぞ。同情で始まった、体だけの付き合いなんて、いつまでもつかなー?せいぜい捨てられないように頑張れよって。だから俺は同情じゃなくて、お前のこと大切に思ってるって言った」
「うん」
「でも亮に、恩返しとか、大切とか、言って欲しいのはそんなんじゃないって言われた。ただ一言、愛してると言って欲しかったって。俺が何度愛の言葉を伝えても、お前から返ってくることはなかったって。…何も言えなかった」
「そうか…」
「いつか1番になれると思ってたけど、無理だと気付いたんだと。このままだと、心も体も壊れるまで、俺のこと求めてしまうって。俺はそれでも良かったけどな。でもあいつは、そうならないように、1人でドイツに留学することを決めた。亮が旅立つ日。俺と優子先輩は、空港に見送りに行ったんだ。俺は最後に、ハグさせてくれと頼んで、震える亮に聞いた。俺と居て、少しでも幸せだったかって?」
「亮さんはなんて…?」
「………うん。この上なく…だってさ。だったらそばにいろっつーのな…」
その時ラジオから女性DJの声がした。
「次の曲は、9年前にリリースされた曲ですねー。活動休止前、最後の曲です。恋の終わりを女性の目線で歌っていますが、歌っているのは男性4人組のバンドなんですよー。ボーカルの方の声が何とも甘くて、私もすごく好きでした!えー、ラジオネーム、花より談合さんのリクエスト、signで十日之菊」
"…友達なんて思ってない。
あなたが去るなら、私に出来ることは1つだけ。
あの人の元に向かう後ろ姿を、ただ見つめること。
だから、お願い。振り向かないでよ。
大好きな笑顔はもう見せないで。
最後に優しさなんていらないから。
今はあなたを忘れる時間が欲しいだけ…"
「あ、この歌…」
俺と聡は同時に言った。
俺の眼からは涙が溢れていた。どうして今…
ずっと涙なんて流してなかったのに。
「この歌、新曲じゃなかったんだ…」
「知ってるのか?」
「うん。この間喫茶店でかかってた。十日之菊か…やっとスッキリした!蒼はなんで?」
「亮が別れを言った朝、あいつが聞いてた歌だったんだ」
「そっか…1つ白状していい?」
「ん?」
「実はさ。ぶっちゃけ、俺はもう蒼のこと好きだよ。悩んでるなら、出来る限りのことをして、助けてあげたいくらいには好き。蒼が言ってくれただろ?俺もそう思ってる。新のことは好きだけど、俺は蒼のことも好きだ。同時に別の人を好きになることってあるのかな?って最初悩んだけど、優子さんと話してわかった」
「先輩と?」
「そ。少し前に、優子さんに聞かれたんだ。蒼と付き合ってるの?って」
「え?」
「なんか最近仲良いから付き合ってるのかなって思ったって。だからそういうのではないですって一応言った」
「うん。それで?」
「優子さん、心配してた。というか全部気付いてた。蒼が自分のこと好きなことも、自分のせいで2人が別れたかもってことも、それと…蒼がちゃんと、亮さんを好きだったことも…」
「先輩のせいじゃないけどな。先輩。亮のことも話したの?」
「いや、具体的なことは何も。でも、私のせいで、大切な人と上手くいかなくなって、まともに恋をするのも怖くなってるんじゃないかって言ってた」
聡は俺の目を見て話している。
「さっきも言ったけど、1度に複数の人を好きになることもあると思うよ?不倫願望とか浮気性とかじゃなくてさ。好きな食べ物ってひとつじゃないだろ?寿司も好きだけど焼肉も好き。どっちが1番て決める意味はないよな。俺の場合、強いていうなら、新が1番、蒼が2番だけど、それは気持ちの重さじゃなくて、好きになった順番てだけ。それぞれに見ているもの、感じてること、求めるものが違うんだ」
「どういうこと?」
「俺は新の純粋で、何でも一生懸命で、少し不器用なところが好き。そういう新と居ることで、俺も一生懸命に生きられる気がする。蒼は大人で、優しくて、包容力があって、よく周りを見ているところ。でも本当は寂しがり屋。そういうとこが好き。そんな蒼といると、尊敬するし、ほっとするし、甘えたくなる。蒼からしたら迷惑かもだけど、俺は救われてる」
「俺に?」
「そう。悩んだ時もいつも支えてくれた。詮索とかしないで、ただそばにいてくれた。最初は新の代わりって言われて、流されただけだったのかもって思った。新がいない寂しさを埋めるだけなら、誰でもいいはずだったのに、蒼だから一緒に居たかったって、気付いたんだ」
「俺も寂しさを紛らすために、何人か付き合おうとしたけど、なんかダメだった」
「優子さん、あの頃の亮さんは、蒼を好きすぎて、自分を見失ってたって。蒼も私と亮に対する好きは違うのに、亮さんのことちゃんと好きで大切にしてたのに、そのことに気付かなかったんだろうって。優子さんに、あの子がもう1度、心から恋をするなら、あなたみたいな人だと思うって言われた。たぶん亮さんに似てるんじゃない?俺…」
「……」
「俺、話聞いてて、少し動揺した。俺の知らない蒼を知ってる人が居て、その人は今も、蒼の心を繋ぎ止めてる。蒼も俺のこと好きだろ?もちろん優子さんのことも。でも俺とかを思い出して、こんな風に泣いたりなんてしないんじゃないの?」
「…どうかな。でも今気付いても、それこそもう十日之菊なんだよ…」
「どうして?」
「あいつ、来年には帰ってくるんだ…あと数週間で帰ってくる。好きな人とこっちで暮らすためにな。俺と別れたあと……ずっと思い続けてた人だって。まだ返事はもらってないけど、ずっと離れたくないってさ…その人とうまくいくかもしれないのに、今俺が出て行って、亮の幸せ壊すようなこと出来ないよ…」
胸が苦しい。息が出来ないほど…
もっと早くそのことに気付いていたら…
そうすれば別れなくて済んだのか?
俺は亮の好きな誰かの代わりじゃなくて、俺として、亮にもう1度愛してもらえたんだろうか…
涙に沈む俺を、聡は優しく抱きしめてくれていた。
俺は陶芸の生徒さんに教えなきゃだったから、絵付けは優子先輩に任せた。
ふと先輩の方を見ると、珍しく聡と先輩が話している。
その日は、仕事終わりに、新と聡と優子先輩と俺で、飲みに行くことになった。
それからちょこちょこ、みんなで飲みに行ったりすることが増えていた。
優子先輩、笑顔増えたな…
ハロウィンが終わり、クリスマスのディスプレイが増えてきた土曜日。
今日は棚卸しで、店は休みだった。
作業は昼までに終わり、俺は1人で酒を飲みながら、映画を見ている。
明日は元々休みだし、余計なことは考えず飲み続けるつもりだった。
だけどあの日、俺を見て微笑んだ聡の顔が、頭から離れない。
体と心は別なんて、人には言っておきながら、うっかり心まで奪われたのか?
あんなことするんじゃなかった。
ほっとけば良かったのに。
俺はただ彼を、救いたかった。
そんな大袈裟なもんでもないか。
彼の心の隙間を、ほんの少し埋められれば良かっただけだ。
新を忘れるための道具で良かった。
それで良かったのに…
「拗らせてんのは俺かよ…」
飲みかけだった、ウイスキーのボトルが空になる。
俺は台所の収納スペースから新しいボトルを出した。
そんな時インターホンが鳴った。
「はい」
「俺ですー!聡です」
「え?」
俺は鍵を開けて、彼を招き入れた。
「どうも!これ酒です!つまみもあります」
「何しに来た?てかお前酔ってる?」
「店も教室も、今日休みだって言ってたから、絶対昼から飲んでると思って…飲むなら誘ってよ?俺も1人で飲んでたし」
「何で来た?」
「歩いて来ました。俺も蒼みたいに、クロスバイク買おうかな…」
「乗るなら飲むなよってそうじゃなくて…どうして来たのかって聞いてるんだよ」
「新は今日、総司と翼と出かけてるんで、ちょうど良いなって」
「ちょうどいいって何?総司と翼と出かけてる?何でそんなことに…って翼って誰だ?また喧嘩でもしたのか?」
「ちょっと蒼。いっぺんに聞きすぎ…翼は2回目の街コンで新に出会って、口説いてた美容師。2人とも新に告白して、振られて、総司がたまたまバーでヤケ酒してたら、面識のあった翼が入って来て、なんだかんだで意気投合して、結局2人は付き合い始めた的な?」
「は!?まあそれは良いとして、何でそこに新が一緒で、お前は一緒じゃないわけ?そんなとこに1人で行かせていいのか?」
「大丈夫だろ。普通に友達になったし。もしかして、今頃3Pとかしてたりして?」
「いやいや。笑えないわ。お前それで平気なの?」
「まあそれは冗談だけど、たとえ何があっても…心はここにあるってわかったから…」
と自分の胸を、トントンと人差し指で叩いて言った。
「ふーん。まあお前が良いなら良いよ。んで?上手くいってんの?」
「まあ、それなりに」
「なんか、スッキリしない返事だな…」
聡が持って来たつまみを皿に移し、テーブルに置くと、俺は彼の横に腰掛けた。
「俺たち…付き合い始めたというか、お互いの気持ちを自覚してから、何もしてないんだ。ほぼ毎日会ったり、週末お互いの家に泊まったりするのに。これって変?」
「キスも?」
「キスも。それどころか手を繋いだりすら、してない」
「何で?」
「長く友達だったから、新はどうしていいかわからないんじゃないかな。俺はずっと友達以上に思ってたけど、あいつは違うし。でもそういうことしてもしなくても、新のことは好きだし…なぁどうしたらいい?」
そんなもん知るかよ…
亮も同じようなこと言ってたか…
「わからないなら、話し合えよ。自分はこう思うけど、お前はどうかって。それで上手くいかないなら、それまでだろ…それか適当にムード作って、その後は流れだ、流れ!」
「そうだよな…」
「話はそれだけ?」
「いや、ただ一緒に飲みたいなって思って来たから、特に何か話しがってわけでもなかったんだけど…」
「ふーん。そうなの?俺は最初に聡の顔見た時、てっきりしに来たんだと思ったんだけどな」
「え?」
「欲求不満?だからそんな話したのかなって。それで俺の所に来たんじゃないのかなって」
俺がそう言って俯く聡の目を覗き込むと、彼は俺の首に手を添えてキスをした。
「んっ…何してんの?」
「そうだよ。蒼としたくて来た。悪いか?」
「何開き直ってんだよ。冗談だよ…もうお前には新がいるだろ?」
「それとこれとは別。蒼がそう言ったんだろ?もっと知りたくなったんだ。蒼のこと」
そう言ってTシャツを脱いで、ソファに押し倒した俺の上に跨り、キスをしながら、俺のシャツのボタンを外す。
「ちょっと、聡…お前酔っ払い過ぎ……冗談もほどほどに…」
「抵抗しても無駄。俺、今日は蒼の本気、全部見るまで帰らないから…」
と言ってまたキスをする。
そのまま彼は、俺のズボンのチャックを外し、中に右手を入れて来た。
「あっ…ちょっと…」
聡は俺の首元に顔を近付けて、
「蒼、良い匂いする。シャワー浴びた?」
と聞いてくる。
心臓がどくどく言ってる。
「…汗かいたから、帰ってきて浴びた…何で…?」
「俺も浴びて来たから、このまま続けていい?」
なんだそれ。もうその気満々じゃん。
そう思ったのに、体は正直で、俺は小さく頷いていた。
心のどこかで、そうなることを望んでたのかな。
「舐めるよ?」
と言って舐め始める。
「あっ…ん…じゃあ、聡のも……こっち向けて…」
しばらくして俺は言った。
「下んなって…仰向きで」
「うん…」
俺は聡のそれに、自分のを擦り合わせた。
「あっ…蒼…ヤバい。それ」
「気持ち良いだろ?俺も気持ちいい……いくとき言って。一緒にいけるから…」
終わったあと、
「はぁ…すごいな」
と聡は言った。
「満足したか?なら…」
「まだ!だって、これまだ5割くらいだろ?」
「聡、何言ってるか、わかってんの?」
「わかってる。全部見るまで、帰らないって言っただろ?」
「本気で落ちたらどうする?」
俺が……と心で呟く。
「やってみて?」
と聡は笑って言いやがった。
そうまで言うなら…
「…こっち来て」
俺は聡の手を引いて行った。
トイレに座らせ、ウォシュレットを指差し、
「これ使って、中洗うんだよ…」
「それって……」
「怖気付いた?嫌なら帰るか?」
「いや、そうじゃなくて。蒼がそっち側だと思わなかったから、ちょっとびっくりしただけ…」
「俺はリバ…まぁ専門用語はどうでもいいか。要はどっちもアリってことだよ。相手による。本気見るなら、どっちも経験しないとな?覚悟しろ。今日は帰れないかもよ?」
「わかった…」
いや、わかるなよ。
「…終わった?とりあえず、先に中入ってて…」
俺も準備して風呂場に入る。
「こっからどうすんの?」
俺はローションを手につけて、彼の耳元で囁いた。
「どうすると思う?」
「わかんない。やったことないし…」
「まずはマッサージしながら、指で広げるんだよ。ほら、力抜いて…」
「うっ、ん…」
「痛いか?」
「大丈夫。ちょっと違和感ある」
「うん。最初はちょっとね。それから1本ずつ指を増やしてさ。俺のが入るくらいまで、時間をかけて広げていくんだ…ほらもう2本入ってるよ。痛くない?」
「うん…」
俺は聡の体を優しく撫でたり、キスをしたりして進めていく。
「リラックスして。想像して。俺のが聡の中に入っていくの…しんどかったら言いな?」
「んん…大丈夫」
「…ほら3本入ったよ…」
「もう…入る?蒼のやつ」
「どうかな?そんなに欲しいの?」
「う、ん…」
「じゃあゆっくり挿れるからな…」
俺はゴムをつける。
ローションをたっぷり塗ったあと、ゆっくりと聡の中に挿れていく。
「なんか、変な感じだな」
「痛くないか?」
「ん。大丈夫。なんか奥…あっ」
「もし、出来そうなら、自分の気持ちいいとこ、探してみな」
しばらくゆっくりと動かしていると、馴染んできた。
俺は少しだけ激しく動かした。
「あっ…はぁ…んん」
「痛くない?」
「うん、大丈夫…当たってる…なんかすごい…」
聡がいくのを見届けたあと、俺も彼の中でいった。
「次、交代?」
「うん」
「指でやる?」
「俺は大丈夫」
そういうと俺は、彼のを触りながらキスをした。
「もういいの?挿れても」
俺は彼の眼を見て言う。
「いいよ…早くちょうだい」
「ヤバ。何それ。エロすぎ…」
と言って、聡は自分のを、俺の中に優しく挿れた。
「あ…ん……さ、とし…わかる?奥当たってるの…」
「うん。蒼の中、すご……気持ちいい…」
「もっと激しくして?」
「いいの?いくよ」
しばらくすると聡は俺の中でいった。
バスルームを出ると体を拭いて、下着を履こうとした俺を、彼は後ろから抱きしめた。
「何?」
「もう1回」
「はあ?」
「どのやり方も気持ちいいよな。蒼は何が好き?」
「どれでもいいよ。好きなようにしてくれ…」
「じゃあ、フルコースで」
「マジかよ…」
「マジだよ。でも、まずはこうする…」
と言うと激しめにキスをした。
「好きだろ?」
「お前、だいぶ酔ってんな。まだ酒臭い…どんだけ飲んできた?」
「さあ?わかんないくらい」
と言ってキスを続ける。
酒強いくせに、こいつも酔うとタチが悪いな。
人のことは言えないか…
ふと俺の顔を見て、彼は言った。
「この間も思ったけど、俺、蒼の眼…好きだけどやだ…」
「何それ?」
「なんか、蒼の眼見てると、自分が自分じゃなくなる気がする」
「え?あぁ…」
俺は同じことを言った亮を、思い出して一瞬笑った。
「何で笑った?」
「さっきから、聡が言ってること、昔、同じことを言った人がいたから…」
「へぇ。なんか妬ける」
「どの口で言ってんの?新がいるくせに…」
「この口…」
と聡はまた俺にキスをする。
「ばか…」
俺たちはそのあと、ずっとベッドの上にいた。
気が付けば、もう夜だった。
やっと落ち着いたと思った矢先、彼が聞いた。
「蒼は何人くらいと付き合った?経験人数は?」
「…何で急に?」
「雑談?なんか定期的に検査してるって言ってたから、そんなに遊んでんのかと思って…」
「んー。そういうわけじゃないけど…それがイコールじゃない時はどうしたら良い?」
「…じゃあ付き合ったのは?」
「付き合おうってどっちかが言って、付き合ったのは3人」
「じゃあ経験人数は?」
どう答えるべきか俺は迷った。
「それは…俺の意思とは反して…関係を持った人も、数に入れる?」
「え?」
「だとしたら、15人くらい?」
「ちょっと待って…どういう意味?」
「……ラジオつけていい?」
とオーディオに手を伸ばし、ソファに腰掛けると、うっすらと残っていたウイスキーを、一気に飲み干す。
ラジオでは、交通情報と明日の天気予報が流れていた。
「中3と高1の時、同級生の女の子に好きって言われて付き合った。子供だったし、そん時はキスくらいしかしてない。初体験は高2のとき、偶然知り合った女子大生で、1夜限りだったから付き合ってはない」
「へー」
「大学入ってすぐ、優子先輩に会って、初めて本気で人を好きになった。初恋ってやつ?でも当時、先輩には彼氏がいて、俺はあっけなく失恋」
俺はまたグラスに酒を注いで、それを一気に飲むと本題に触れた。
俺は新歓のしばらく後、明石に薬を盛られて、眠らされた時の話をした。
聡の顔色が変わる。
彼は俺が貸したスウェットを履くと、隣に座った。
「その時、明石は俺が寝ている間に、まあ、あれやこれやと俺の体を弄んでたんだ。しかもそれをスマホに撮ってた。本がなければ単位が取れない。言うこと聞かなきゃ動画をばら撒く。そう脅されて、俺は1か月、あいつに犯され続けた…」
こんな話したら、酔いも覚めるだろ。
まだ序の口だけどな。
俺は聡に、明石の家を飛び出した帰りに、優子先輩と亮に偶然会って、2人に何があったか聞かれて、全部ぶちまけたことも話した。
「その時に、亮が俺を好きなことを知ったんだ。しかも出会った頃から。でもずっと言えなかったって。お前にならわかるんじゃない?そん時の亮の気持ち…」
聡は小さく頷いた。
話を聞いた先輩と亮が、他にもいた被害者を探してくれて、明石は大学を辞めたけど、他の人には知られたくなくて、示談に応じたことなんかも話した。
「先輩も亮もずっと俺を心配して、気遣ってくれて、俺はそのおかげで少しずつ前に進めた。亮の20歳の誕生日、俺から付き合ってみないかって言ったんだ。あんなことがあった後じゃ、亮から俺に触れるなんて絶対出来ないと思ったから。それが3人目。恩返し…になるかわからないけど、俺は支えてくれた亮に、何か返したいと思った」
「うん…」
「亮はパブロフの犬みたいに、俺と眼が合うだけで、体が反応するんだって。面白いだろ?しばらく俺たちは平和で穏やかな日々を過ごしていた。でも3年のある日、明石がまた俺の前に現れた。仲間を引き連れて、俺と亮を拉致した。そしてみんなで亮の前で俺を犯し続けた。俺が自分のものだって、亮にわからせないと、とか言ってたな。亮が機転をきかせて、優子先輩に連絡をとってくれてたから、そっから警察に話がいって、2時間くらいして、俺たちはやっと解放された…」
「みんなって…」
「俺を最初に襲った時に、仲のいい友達に自慢したらしい。やっと手に入れたって。そっから隠して撮った、何やかんやしてる動画を送りつけて、自慢してたんだってさ。そいつらもそれ観ながら抜いたりしてたらしいよ。ありえないだろ?その友達3人と一緒に、入れ替わり立ち替わりやりたい放題よ…」
「酷すぎる」
「だよな…」
グラスに酒を注ごうとしたら、聡がボトルを奪って代わりに入れてくれた。
「ありがとう。…その出来事から、俺は定期的に検査を受けてる。誰かと交わったりしなくても、なんか怖いんだ。何か自分が汚いんじゃないかって思ってしまう。トラウマってやつ?そのあとも俺たちは、付き合いを続けてた。俺を襲った明石たちを、体から、心から、記憶から消してくれって頼んだ。亮が激しくすればするほど、俺はその間少し楽になれた気がした。でも間違いだった」
俺はクリスマスイブの夜の話をする。
「翌日帰ると、亮はいつもと違ってた。先輩と何かあったと勘繰って、蒼は俺だけのものだ、誰にも渡さないって俺のことを激しく求め続けた。その時気付いたんだ。あいつが俺から追い出そうとしてたのは、明石たちじゃなくて、優子先輩だったって」
「……」
黙ったままの聡をよそに、俺は淡々と語り続ける。
「俺の気持ちに気付いてたんだよ。んで、俺が無意識に呟いた、ごめんの言葉で正気に戻って、俺がどうかしてたって謝った。俺はあいつを不安にさせた事を謝った。それで仲直りできると思った。でもそのあと、あいつの口から出たのは、好きな人を見つめながら言う愛の言葉じゃなくて、泣きながら搾り出した別れの言葉だった。蒼といると自分が自分じゃなくなるって…」
「え?」
「あいつは俺と眼があったから、条件反射で体が反応したんだと思ってた。でも目の前で犯されてる恋人を見て興奮したのかもって考えてしまったんだって。それからずっと罪悪感を持ってた。それに、俺は亮を傷付けて欲しくなくて、あいつらの言いなりになった。自分が守ると誓った俺に、1番最悪な方法で守ってもらったことが、自分には耐えられないって」
「確かに苦しいな。それは…」
「しかもあの日、逃げる前に明石が言ったらしい。蒼はノンケだぞ。同情で始まった、体だけの付き合いなんて、いつまでもつかなー?せいぜい捨てられないように頑張れよって。だから俺は同情じゃなくて、お前のこと大切に思ってるって言った」
「うん」
「でも亮に、恩返しとか、大切とか、言って欲しいのはそんなんじゃないって言われた。ただ一言、愛してると言って欲しかったって。俺が何度愛の言葉を伝えても、お前から返ってくることはなかったって。…何も言えなかった」
「そうか…」
「いつか1番になれると思ってたけど、無理だと気付いたんだと。このままだと、心も体も壊れるまで、俺のこと求めてしまうって。俺はそれでも良かったけどな。でもあいつは、そうならないように、1人でドイツに留学することを決めた。亮が旅立つ日。俺と優子先輩は、空港に見送りに行ったんだ。俺は最後に、ハグさせてくれと頼んで、震える亮に聞いた。俺と居て、少しでも幸せだったかって?」
「亮さんはなんて…?」
「………うん。この上なく…だってさ。だったらそばにいろっつーのな…」
その時ラジオから女性DJの声がした。
「次の曲は、9年前にリリースされた曲ですねー。活動休止前、最後の曲です。恋の終わりを女性の目線で歌っていますが、歌っているのは男性4人組のバンドなんですよー。ボーカルの方の声が何とも甘くて、私もすごく好きでした!えー、ラジオネーム、花より談合さんのリクエスト、signで十日之菊」
"…友達なんて思ってない。
あなたが去るなら、私に出来ることは1つだけ。
あの人の元に向かう後ろ姿を、ただ見つめること。
だから、お願い。振り向かないでよ。
大好きな笑顔はもう見せないで。
最後に優しさなんていらないから。
今はあなたを忘れる時間が欲しいだけ…"
「あ、この歌…」
俺と聡は同時に言った。
俺の眼からは涙が溢れていた。どうして今…
ずっと涙なんて流してなかったのに。
「この歌、新曲じゃなかったんだ…」
「知ってるのか?」
「うん。この間喫茶店でかかってた。十日之菊か…やっとスッキリした!蒼はなんで?」
「亮が別れを言った朝、あいつが聞いてた歌だったんだ」
「そっか…1つ白状していい?」
「ん?」
「実はさ。ぶっちゃけ、俺はもう蒼のこと好きだよ。悩んでるなら、出来る限りのことをして、助けてあげたいくらいには好き。蒼が言ってくれただろ?俺もそう思ってる。新のことは好きだけど、俺は蒼のことも好きだ。同時に別の人を好きになることってあるのかな?って最初悩んだけど、優子さんと話してわかった」
「先輩と?」
「そ。少し前に、優子さんに聞かれたんだ。蒼と付き合ってるの?って」
「え?」
「なんか最近仲良いから付き合ってるのかなって思ったって。だからそういうのではないですって一応言った」
「うん。それで?」
「優子さん、心配してた。というか全部気付いてた。蒼が自分のこと好きなことも、自分のせいで2人が別れたかもってことも、それと…蒼がちゃんと、亮さんを好きだったことも…」
「先輩のせいじゃないけどな。先輩。亮のことも話したの?」
「いや、具体的なことは何も。でも、私のせいで、大切な人と上手くいかなくなって、まともに恋をするのも怖くなってるんじゃないかって言ってた」
聡は俺の目を見て話している。
「さっきも言ったけど、1度に複数の人を好きになることもあると思うよ?不倫願望とか浮気性とかじゃなくてさ。好きな食べ物ってひとつじゃないだろ?寿司も好きだけど焼肉も好き。どっちが1番て決める意味はないよな。俺の場合、強いていうなら、新が1番、蒼が2番だけど、それは気持ちの重さじゃなくて、好きになった順番てだけ。それぞれに見ているもの、感じてること、求めるものが違うんだ」
「どういうこと?」
「俺は新の純粋で、何でも一生懸命で、少し不器用なところが好き。そういう新と居ることで、俺も一生懸命に生きられる気がする。蒼は大人で、優しくて、包容力があって、よく周りを見ているところ。でも本当は寂しがり屋。そういうとこが好き。そんな蒼といると、尊敬するし、ほっとするし、甘えたくなる。蒼からしたら迷惑かもだけど、俺は救われてる」
「俺に?」
「そう。悩んだ時もいつも支えてくれた。詮索とかしないで、ただそばにいてくれた。最初は新の代わりって言われて、流されただけだったのかもって思った。新がいない寂しさを埋めるだけなら、誰でもいいはずだったのに、蒼だから一緒に居たかったって、気付いたんだ」
「俺も寂しさを紛らすために、何人か付き合おうとしたけど、なんかダメだった」
「優子さん、あの頃の亮さんは、蒼を好きすぎて、自分を見失ってたって。蒼も私と亮に対する好きは違うのに、亮さんのことちゃんと好きで大切にしてたのに、そのことに気付かなかったんだろうって。優子さんに、あの子がもう1度、心から恋をするなら、あなたみたいな人だと思うって言われた。たぶん亮さんに似てるんじゃない?俺…」
「……」
「俺、話聞いてて、少し動揺した。俺の知らない蒼を知ってる人が居て、その人は今も、蒼の心を繋ぎ止めてる。蒼も俺のこと好きだろ?もちろん優子さんのことも。でも俺とかを思い出して、こんな風に泣いたりなんてしないんじゃないの?」
「…どうかな。でも今気付いても、それこそもう十日之菊なんだよ…」
「どうして?」
「あいつ、来年には帰ってくるんだ…あと数週間で帰ってくる。好きな人とこっちで暮らすためにな。俺と別れたあと……ずっと思い続けてた人だって。まだ返事はもらってないけど、ずっと離れたくないってさ…その人とうまくいくかもしれないのに、今俺が出て行って、亮の幸せ壊すようなこと出来ないよ…」
胸が苦しい。息が出来ないほど…
もっと早くそのことに気付いていたら…
そうすれば別れなくて済んだのか?
俺は亮の好きな誰かの代わりじゃなくて、俺として、亮にもう1度愛してもらえたんだろうか…
涙に沈む俺を、聡は優しく抱きしめてくれていた。
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