日は夜を知らず、月は昼を知らず

SHIZU

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気持ちのおく

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「先輩。コーヒー冷めたでしょ?  淹れ直しますよ」

俺は先輩のマグカップを持ち上げて言った。

「……あのさ。私はさ、どうしたいんだろう?」

キッチンで新しいコーヒーを注ぐ俺の背中に、先輩はソファから話しかけている。

「どういう意味ですか?」

「仕事は辞めたくないんだよね。しんどいこともあるけど、やっぱ楽しいし。今まで漠然と、次付き合う人と結婚するのかなーとか、家庭を持つのも良いよなーとか、そんな程度の想像力しか無くて。いざ現実的になるとね」

「仕事は続けたらいいじゃないですか?  辞めろって言われたんですか?」

「そんなこと言われてないよ。そういう具体的な話もまだ。でもいつか子供が出来て休み取って、今度また2人目出来て……とかそんなことしているうちにどんどん世の中に置いてかれそうでさ。うちのお母さんがそうだった」

「そうなんですか?」

「うん。お父さん、私にとってはおじいちゃんが、凄く厳しい人でね。早く家を出たいって思ってたんだって。大学行ったら1人暮らしできると思ってたのに、家から通えるところじゃないと学費出さないって言われて……」

「へぇ。それで?」

「それで腹が立ったから、大学在学中に結婚してやったって。大学の同級生の8個上のお兄ちゃんが、お母さんに一目惚れして結婚。結婚なら流石に家に居ろとも言えないでしょ?  跡継ぎでもないし」

「確かに」

「そっからすぐにお父さんの海外赴任が決まって、お母さんは大学卒業してからアメリカ行って、そこでお兄ちゃん産んで、お兄ちゃんが小学校入る前にこっち帰ってきたんだよ。その間にお姉ちゃんと私が産まれて、結局、お母さんは一度も仕事したことがなくて、それがちょっと残念って言ってた」

「先輩、3人兄弟だったんですね」

「そうなのよー。バリバリ仕事に生きる幸せもあっただろうけど、お母さんはお母さんの人生が幸せだって言ってた」

「……先輩、色々怖いんでしょ?」

「え?」

「何を選択しても、後悔しそうで」

「そうなのかも」

「みんなに頼りにされてる"佳苗先輩"でいられなくなることが怖い。職場のみんなやお客様に必要とされている今の自分を、結婚や出産で失うのが怖いんでしょ?」

「あるかもねぇ」

「でも結婚や子供は諦めて、仕事人間で死ぬまで頑張りますって言うのも怖い。結婚したから偉いとか、子供産んだから偉いとか、そういうんじゃないのに、劣等感や嫉妬を感じてしまう気がして怖い」

「それもあるね」

「もし結婚して子供ができたら、子供中心の人間関係で、もしかしたら大して気も合わないようなママ友たちとおしゃべりして時間を過ごさなきゃいけなくなるかもしれなくて、ママ友との関係が子供に影響するから無視もできなくて怖い」

「それは恐ろしいよね」

「そして一人ぼっちも怖い」

「孤独死いやぁ!」

「そして同性に好きというのも怖い」

「え?」

「自分に向けられた好意がだと知って、応えられないことにごめんって気持ちになればまだ良かった。でも先輩薄々感じてたんじゃないですか?  ほっぺにキスされるような理由に。それでも嫌な気がしなかったから悩んでる」

「でも私は……」

「返事、保留にしたんでしょ?」

「なんで?」

「何となく分かりますよ。さっきの感じだとウキウキで返事したわけでもなさそうですもんね。それに俺も同じだから、わかります。その気持ち」

「返事、すぐに出来なかった」

「やっぱりな」

俺はマグカップを持ち上げ、コーヒーに映る黒い自分の顔をふぅーっと吹いて消した。





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